猫に九生有り。
2月22日。
今日は猫の日です。
田中家との穏やかな日々を過ごしていたある日。
自分のしっぽが2つに分かれていることに気が付いた。
所謂、猫又化したようだ。
霊力の強い猫が長生きすると、猫又という妖怪になる。
知らぬ間にそんなに長生きしていたとは。
2つに分かれたしっぽは人間には見えないようだった。
せっかく猫又になったが、自分には殆ど霊力は残っていない。
少し前に、これが最後のチャンスと産んだ仔猫にごっそりと持っていかれてしまった。たった一匹の子供を産み落とすだけで全ての力を使った。
晴れて妖怪になったのだから妖力なるものに目覚めるかと思いきやそうでもないらしい。
霊力にしろ、妖力にしろ源は命からきている。
寿命が近いのかもしれない。
生まれた仔猫は、劉備と名付けられた。
孔明の子供だから、劉備だよねとよく解らない理屈で家族全員が全会一致で決めた。
コーメイの力を受け継いだ劉備には先見の力があった。
未来が見えた。
雨が降る前に頼子に洗濯物を避難させるようにニャーニャー騒いだり、餌やりを忘れられる前にニャーニャー騒いだり、忘れ物を忘れる前にニャーニャー騒いだり。
残念なことに、田中家には伝わらない事が殆どで騒がしい子と言うレッテルを貼られただけに留まっている。
最近は寒さに弱くなった。
特に寒い夜は、港がこっそり玄関に入れてくれる。
暖かいリビングで家族と団欒していれば良いものを、わざわざ寒い玄関に座って膝に乗せ温めてくれる。
霊力が無くなって何からも守ってやることが出来なくなったのに港は、優しく労るようにコーメイを膝に乗せ、ゆっくり撫でてくれる。
一番穏やかで幸せな時間だった。
ずっと港と一緒にいたかった。
港はいつの間にか泣かなくなった。
港はいつの間にか大きくなった。
港はいつの間にか怖れなくなった。
なのに、港は未だに何かに狙われている。
なのに、自分にはもう港を守る力が無かった。
劉備に託すことしかできない。
本当は自分が守ってやりたいのに。
劉備が遠い未来を先見した。
コーメイが死んだあと、劉備が死んだあと、劉備の息子達が死んだあとの未来を。
家族は離れて暮らし、田中家を守る猫がいなくなった未来を。
虎視眈々と港を狙っていた何かに港が殺される未来を。
家族が殺される未来を。
世界が港の、家族の魂を拐っていく未来を。
死に行く自分に何が出来るか。
年老いた体で何が出来るか。
何も出来ない。
今は何も出来ない。
劉備の先見は覆らない。
それなら自分は港を拐った先の世界に出向いてやろうではないか。
そこで港を待とう。
猫に九生あり。
ギリギリで猫又になったのは曉倖であった。
猫又になれば、【九生】生きられる。
あと八回もあれば、あと八回も生きれば、方法くらい幾らでも見つけることが出来るだろう。
猫又にでも化け猫にでも神にだってなってやる。
充分な力をつけて、港を待とう。
しばらくは離れることになるが、また会うためだ。
「コーメイさん?」
頼子が声をかける。
応える力なんて残ってない。
「コーメイ?」
死が迫っている。
何てことはない。九回の内の一回目だと思えば。
体は硬直を始めている。
何てことはない。九回の内の一回目の死だ。
足音が聞こえる。
港が学校から帰って来た。
コーメイが動けなくなってからは毎日、走って帰ってくる。
顔を真っ赤にして、息を切らして毎日、毎日。
それも今日で終わりだろう。
港、ちょっとの間だから、強くなって迎えに行くから。
また一緒に、お昼寝しよう?
ぽろぽろと上から港の涙が落ちてくる。
久しぶりに見る港の涙。泣かなくていい、泣かないで。
絶対に迎えに行くから。
「コーメイさんっ」
港が呼んでる。
港が呼んでる。
みなとがよんでる。
「……みゃ……あ……」
頼子が瞠目する。
ずっと反応がなかったのに、このまま眠るように逝くのかと思っていたのに。
港の呼び掛けに必死に応える猫がそこにはいた。
そんな力、どこにも残ってないだろうに。
「コーメイさんっお願いっ」
「コーメイさんいかないでっ」
「コーメイさんっ大好き!」
「コーメイさんっ死な……ないでっ!」
「おいていかないで……おねがい……おねがいだからっ」
「どこにも……いかないで……」
「死んじゃ……やだぁ……やだよっ嫌だ!……」
港が泣いてる。
泣かないで。
みなと、港。
大丈夫。大丈夫だよ。
みなと。私も大好きだよ。みなと。
だいすきだよ。
港、次に、会うときはもっともっと強くなってるから。
ほんのちょっと、離れるだけ。ほんのちょっとだけ。
でもね、ほんとはね、ほんとはね。
ずっとずっと一緒にいたい。
ねぇ港、泣かないで。ちゃんと帰ってくるから……ね?
絶対、絶対に帰ってくるから。
みなとと、みなとと、みなとと、ずっと一緒に、みな…と……。
……だい……す……き。
猫は目を覚ます。
遠い昔の夢を見ていた。
隣で眠っている少女を愛しそうに自身の体で包む。
毛の色も、目の色も、名前も、何もかも変わってしまった少女はそれでも港だ。
これからずっと一緒にいる。
ずっとずっと一緒に。