ジョナサンおじさん。
誤字脱字報告に感謝いたします。
「分団長ー? いいんですか? 勝手に受理しちゃって」
試験の受付を担当する騎士が、隣に座る分団長にコソコソと耳打ちする。
「え? 何か問題あるっけ?」
「……いや、問題しかないでしょうよ……」
わざとらしくキョトンと、首を傾げる御年三十半ばの分団長(可愛くない)の様子に、騎士は天を仰いだ。
あ、この人わざとだ。
「えーと、年齢は二十二歳。よし、じゃあこの札を持ってあっちの演習場へ行って待っててくれる? その札に書いてあるのが試験番号だから、なくさないようにねー」
分団長は赤毛の背の高い女子の提出した申請書類を確認し、試験で使う番号札を渡して後方を指差す。
「えっ? あ、はい」
あまりにも自然に、すんなりと通されたことに、背の高い赤毛の女子の方が面食らっている。
「あとで騎士団長に怒られても俺は知りませんからね」
自分は見ていないことにしてくれと騎士はヒソヒソと分団長に耳打ちする。
「えー? もちろん騎士団長の命令にはちゃんと従うつもりだよ?」
「うーん、そうですね。それで何事もなければ良いですね」
分団長と長い付き合いの騎士は、困ったように肩を竦める。
騎士は、分団長が騎士団長と同じ髪色をした受験者だけ拒否すればいい……と、理解したふりをして、なるべく多くの受験者を通そうと企んでいるのに気付いている。
騎士団は王国でも花形と呼ばれる職の一つであるが、慢性的に人手不足の分団がある。
使えるなら、女子だって使いたいという分団長の気持ちも、騎士だって分からないわけではなかった。
王国を守る結界のゆらぎは、年々増加の一途をたどっており、辺境の任務を担っているジョナサンや、現場の騎士達の危機感は相当なものである。
それに反して、王都を守る騎士達の意識は低い。
と、いうより意図的に見ぬふりをしているようにすら感じる。
本当は、学園で多少なりとも魔物学を学んでいる貴族出の騎士にこそ、辺境の応援任務に就いて欲しいのだが、肝心の貴族出の騎士は王都での任務に固執する者が多い。
単に辺境が危険というだけでなく、騎士としての地位を上げるために必要な王家や高位貴族の目が、辺境には届かず出世し辛いのも問題である。
辺境任務専門に就くジョナサン分団長は人手不足にいつも頭を悩ませていた。
贅沢は言わない。
せめて人数を増やし、学園でいう魔物学と狩人の実技の教育訓練ができるだけの余裕が欲しいのだ。
狩りの現場に一度出た際に、誰もが直面するのは圧倒的な知識不足なのだから。
辺境は武力だけではどうにもならない場面が多すぎた。
「じゃあ、次の人……っ!」
そんな悩み多き分団長、ジョナサンは列に並んでいる次の受験者に声をかける……が、突然ガタンっと椅子をひっくり返す勢いで立ち上がった。
「! 分団長?」
隣に座る騎士が、何事かと分団長を見上げる。
真面目な騎士が、これ以上の問題は起きないでくれと願うも、まぁ無理そうだった。
なぜならば、立ち上がったまま分団長はガッツポーズをとり、
「合格!」
と叫んだのである。
「分団長ぉーー!!」
真面目な騎士は反射的に、分団長の声を掻き消さんばかりに己の声を張り上げた。
騎士の心配を余所に、分団長の視線は受験者の肉体に注がれていた。
次の受験者も女子だった。
分団長はフリフリのレースのワンピースから垣間見える体を、まじまじと舐めるようにガン見している。
まさか、分団長……色ボケか?
相手は女性、セクハラで訴えられれば勝ち目はないぞ……ん?
女性……じょ、女性!?
騎士は受験者を見てギョッとする。
この受験者の体格たるや、素晴らしいの一言なのである。
騎士ならば、いや、男ならば一度は憧れる見事な
、惚れ惚れする筋肉がレースの間から見え隠れしていた。
え……女性?
「すげぇ……」
騎士は、感嘆の声を上げずにはいられなかった。
だってこの筋肉は、見せかけの筋肉ではないのだ。
こんな……狩人に適した筋肉、そうそうお目にかかれないだろう。
それぞれの部位の筋肉が、過酷な実戦で培われたに違いないと分かる付き方で、歴戦の狩人と言われれば納得せざるを得ないほどの逸材。
分団長ジョナサンも、騎士も、この筋肉を求めていたのだ。
「はっ……分団長!」
しばし見惚れていた騎士が我に返る。
申請書類を受け取る前に、試験を開始する前に、何ならちゃんと顔を見る前に勝手に合格はさすがにまずい。
と、
「え? あれ? ジョナサン、おじさん……?」
突然の合格宣言に驚いていた受験者が、ジョナサンを見てハッとして小さく呟く。
「へ? んんん? ブフォ!! おまっ、まじか!? おいおい、何やってんの?」
受験者の顔を見たジョナサンがハッとしたあと、盛大に噴き出す。
ムッキムキの体を繊細なレースのワンピースに包んだマッスル受験者の顔に、ジョナサンは覚えがあったのだ。
「え? あ! うわぁ!!」
騎士も受験者の顔、いや頭を見て驚き、椅子から転げ落ちる。
受験者の髪色が、騎士団長と同じ色だったのだ。
「あー……えーと……おじさん、お久しぶりです」
受験者は気まずい表情を浮かべている。
うわぁ……バレた、とでも言いたげな顔である。
「ま、まさか……マリ……オン……嬢?」
面倒事は勘弁して欲しいと、騎士は天を仰ぐ。
と、そこへ。
「マーリーオーンー!」
遠くの方から聞き馴染みのある遠吠えが聞こえてきた。
振り向けば、騎士団長が怒涛の勢いで走って来るではないか。
「ひえぇ!」
騎士はその形相にゾッとし、椅子から転げ落ちたまま、後退る。
あの、重たい鎧を身に着けた状態でありえないスピードでこちらへ来る騎士団長の顔は、必死で、悲痛で、悲観で、何なら泣いていた。
「ま、まままマリオォーン!」
騎士団長がガッと受験者の肩を掴む。
「き、騎士団長!!」
騎士が騎士団長を止めようと手を伸ばす。
騎士団長は鉄製のアーマーグローブを着けたまま肩を掴んでいる。
筋肉という鎧の他は、繊細なフリフリレースのワンピースしか身に着けていない受験者の顔にも焦りの表情が浮かんでいる。
無理もない、あれは絶対に痛い。
「お、お前……その姿は……一体」
騎士の制止の声など騎士団長には聞こえていない。
近くで見れば見るほど、ムッキムキのマッチョマチョなのだから無理もなかった。
そう、愛する娘がである。
「お前、本当にマリオンなのか……?」
あれだけ試験担当の騎士に覚え込ませた髪色、己と同じ色、疑う余地なんてものは残されていない。
それでも親として、騎士団長は訊かずにはいられなかった。
変わってしまった娘の体を舐め回すように見る騎士団長の表情は苦悶に満ちてゆく。
だって、目の前の体は女性らしい丸みが失われ、硬く分厚い筋肉に覆われている。
あの美しかった娘が、まさかこんな……。
どうすれば良いのか分からず、これ以上の絶望に耐えられないと目を合わせることができない。
ショックを受ける騎士団長に、受験者は明らかにバツの悪そうな表情を浮かべている。
それでも意を決して、背の高い騎士団長を見上げ口を開いた。
「アノ……オトーサマ? タダーイマ……マリオンヨ」
何故か、カタコトだった。
だが、騎士団長にはそんな些末なことを気にする余裕なんてない。
受験者の発する声を聞いた瞬間、更なるショックで膝から崩れ落ちる。
「そんなっ! 声まで変わって……」
娘は、体型だけでなく声すらも様変わりしてしまった。
「き、騎士団長ぉーー!」
天幕から騎士団長を追いかけてきた騎士がやっとのことで追いつき、肩を抱く。
騎士も、王国屈指と言われた我らが騎士団長の膝を折る姿を二度も見ることになろうとは思わなかったのである。
「……許さん」
「え?」
「許さんぞマリオン! こんな、こんな姿になるなんて」
騎士団長の涙が滝のような勢いで流れ落ち、地面を濡らす。
「いやぁ……あの、騎士団長? 落ち着いて?」
冷静を取り戻していたジョナサン分団長が遠慮がちに声をかける。
さすがに可哀想になってきた。
だが、
「絶対に、認めん!」
騎士団長は机の上に置かれた、ムッキムキ受験者の申請書類を掴み取り、ビリビリと音を立てて破り捨てる。
「あっ! 待っ」
「騎士団長!」
分団長が止めようと動くも間に合わず、申請書類は見るも無惨に修復不可能なまでに細切れにされてしまった。
「こいつは絶対に受けさせん! これは騎士団長命令だ!」
ムキムキの受験者を指差し、騎士団長は周りの騎士や受験者に聞こえるように声を張る。
「あの、えーと……」
「何を言っても無駄だ!」
申請書類だった紙切れが風に舞う中、騎士団長は背を向け、歩き出す。
何か弁明される前にこの場を去れば、マリオンは諦めざるを得ない。
「………」
「………」
ムッキムキ受験者は騎士団長の背を無言で見送ったあとで、分団長と顔を見合わせる。
「えーと……」
どうなってるんだ?
と、いう分団長の視線に、ムッキムキの受験者がぽつりと呟く。
「うーん、こんなに上手くいくとは思わなかったなぁ……」
拍子抜けしたような受験者の表情に、分団長はより訳が分からないと顔を顰め、説明を求める。
「は? どういうっ……」
「あ、おじさん。じゃあ、俺帰るから試験頑張って!」
騎士団長に不当に拒否されたムッキムキの受験者は、未練の未の字も見せずにスタスタと軽い足取りで試験会場をあとにする。
「え? ちょっ! おーい! 終わったら、家寄るから詳しいこと教えろよ〜!」
ジョナサン分団長は、そんな受験者の背に声をかけ、受験者は受験者で背を向けたまま手を振って答える。
「さてと……」
試験の受付を再開するか。
分団長は、倒れた椅子をもとに戻して座り直す。
うん。
気になったら負け。
ジョナサンは己に言い聞かせる。
古い付き合いであるジョナサンは心得ていた。
学生の頃は律儀に突っ込んでいたが、あの時だって、友人数人で突っ込んでも間に合っていなかったではないか。
増えた家族の所業まで突っ込んでいたら、日が暮れてしまう。
今日は大事な採用試験日なのだ。
うん。
仕事をしよう。
「よし、次の人ー。待たせてごめんね。受付再開するから申請書類もらえるかな?」
ジョナサンはにっこりと笑い、次の受験者に声をかける。
「はっはい! よろしくお願いします!」
声をかけられた受験者が気持ちの良い返事とともに、握りしめていた申請書類をジョナサンへと提出する。
「うん、ありがとう」
あの騒動のあとで、この対応ができるのは期待できる人材だなと、ジョナサンは顔を上げる。
次の受験者は、さっきの受験者と比べると華奢な体付きではあるものの、姿勢の美しい女子であった。
どこぞの令嬢だと言われても頷けるほどの気品も持ち合わせている。
長いピンク色の髪に、繊細なレースが施されたワンピースがよく似合う。
客観的に見ても眉目秀麗、いるだけで騎士団の格が一つ二つ上がりそうなくらい、華があった。
この存在感たるや、少し騎士団長に似ていなくもない。
「えーと、年齢は十七歳ね。よし、じゃあこの札を持ってあっちの演習場へ行って待っててくれる? その札に書いてあるのが試験番号だから、なくさないようにねー」
「はい! ありがとうございます!」
受験者が言われた通りに、演習場へ小走りで向かう。
走る姿も美しく、華奢とはいえバランスの良い筋肉が付いているのが分かる。
「ふふ」
でも、まあ、あのマッスルムッキムキ令嬢ほどの衝撃はないなぁ、とジョナサンは苦笑する。
もうこれからどんな受験者が来ても驚かないだろう。
ジョナサンはこれまでの遅れを取り戻すかのように受付に集中する。
気になることはあるものの、考えたら負けなのだ。
なんで学園時代の友人、レオナルドの息子が髪の色を変え、女装して騎士試験に来ていたかなんて。
考えたら、負けなのだ。
皆様、あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。
ジョナサン分団長は、短編「恋の話」でレオナルドに突っ込んでいた友人の一人です。
騎士団では辺境応援任務専門なので、近くの領で応援があるときはパレス領に寄ったりしてるので一家とも知り合いだったりします。
このあたりの話もいつか書きたいなぁと思いつつ、まずは頑張って本編進めていきたいと思います。
皆様の1年が素晴らしいものとなりますよう、願いを込めて。
猪口




