前世思い出した。
「……さま……お………様!……お嬢様!」
私付きのメイドのマーサがあり得ないほど狼狽えている……ふわふわした意識の中、マーサに心配かけてはいけないと起きようとした瞬間、頭にタライが落ちたかのような衝撃……ん?
何だこの表現?タライが何故、落ちてくる?
………!
ああ、そうそうドリフか?ドリフだよね?
ん?ドリフってなんだっけ?あれ?ドリフはドリフでしょ?ネタが古いとかはさておいて。
何だこれ?頭がごちゃごちゃしてる。
どうしたの?わたし……あたまがなんだかごちゃごちゃしているわ?
わたし?わたし?わたし?ってわたし?
なに?……これ?
「お嬢様っ?お気付きですかっ?お嬢様?」
マーサが寝ている私を抱えて叫んでいる。
何が起きたの?まーさ?そうマーサはわかる。ずっと前から家にいるもの。
なら、わからないのは?
「お嬢様?エマ様?」
エマ……?えま?
そうそう、そうよ。わたしは……?エマ?
ぐるぐると目が回る。
タライのせいで頭も痛いような気がする。
あれ?たらい?
だからドリフ……どりふ?
なんだ?なんなの?ぐるぐる、ぐるぐる回転がどんどん早くなる。
もう意識が、持たない。
頭の中の情報量が急激に増加していく。見たこともない人々……なのに……知っている。訳のわからない乗り物……なのに……知っている。私じゃないわたし……?
「ごめん……なさい……マーサちょっと……一回寝かせ……て……っ」
ガクッ
……ごちゃごちゃになった頭を整理すべく、一度リセットのためにシャットダウンをするかのように気を失う。
「お嬢様ぁーーーー!」
困ったときは取り敢えず寝る。寝て起きたらスッキリ元気になっている筈だ……。多分……。
その後、意識混濁。
しっかり寝込むことなんと、10日間。
やっと自身の状況に折り合いがついた田中港こと伯爵令嬢、エマ・スチュワートは10日前に起こったあらましをメイドのマーサから聞いているところである。
「本当に二度とやめて下さいね!庭に生えたキノコをこっそり食卓に出すなんて!皆様が無事だったから良かったものの伯爵家一家食中毒死なんて外聞悪すぎます!」
「ご、ごめんなさい……?」
私が庭で偶然に見つけたキノコがそもそもの原因だとマーサに怒られる。
ところで、炭火で焼いてディナーの一品に紛れ込ませたのが私だと何故にばれている?証拠は無いはず。日頃の行い……?
でもね……あれ……マーサは知らないと思うけども、松茸だったんだよ?まつたけ!!
天然物の松茸のあまりの衝撃的な美味しさに前世を思い出したなんて言えない……。少なくとも今は言えない。なにより説明のしようもない。
………?
あれ?マーサ今、一家食中毒って言った?
「倒れたのは私だけではないの!?」
よく分からないが、今の私の家族にも何か影響があったのだろうか?
「あのキノコを食べた旦那さま、奥様、ゲオルグ様にウィリアム様、皆様一斉におかしな言葉を仰ったあと卒倒いたしました」
どういうことだろう?
この世界では松茸を食べる習慣がないから吃驚したとか?
松茸……凄く、凄くおいしいのに。
思い出しただけでうっとりする。
食べた瞬間のあの芳醇な香り!シャッキリした歯応え!
和の味と香りに一気に前世を思い出してしまうなんて、なんて罪な松茸…。
そう……食べた瞬間、一番初めに思い出したのは皮肉なことに死ぬ直前の光景。
前世の、田中港の最後の瞬間。
耳に残るぷしゅっという音の後にくる突き上げるような揺れ、逃げようにも立つことすら上手く出来なかった。壁が先なのか、天井が先なのか、大きな音をたてて崩れてくるのを見た直後の激痛……。
「お嬢様……?」
思わず寄せた眉間に気付いたのかマーサが心配そうにこちらを見る。
無理もない。出来立てほやほやの病み上がりなのだから。
そんなマーサの問い掛けも聞こえず、前世の最後の瞬間に思いを馳せる。
なんて、なんて辛い死に方をしてしまったのだろう。
『あぁ……せめて一口ビール飲みたかった!』
思わず日本語で呟くとマーサが驚いた顔をする。
「そうです皆様一様にそう仰っておりました!なんの呪文ですの?」
マーサの言葉で、前世に引き摺られていた意識が戻る。
「マーサ、呪文じゃなくて日本語だよ……。って?え!?みんな!?」
そう…田中家は酒好きだった。