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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と帝国の暗躍
193/198

二度目の。

誤字・脱字報告に感謝いたします。

一難去ってまた一難。

スチュワート家、門番のエバンは本日二度目の騒動に困っていた。


早朝に起きた騒動……イケメン公爵令嬢突然の訪問から一時間も経っていないのだが、再び招かれざる客がスチュワート家の門を叩いたのだ。


しかも……


「おい、マリオンを出せ。ここにいるのは分かっている」


そう言って男は門番の制止などお構い無しに、屋敷へ向かおうとしている。


必死で待ってくれと男の前に立ちふさがったエバンは、その男の顔を見た瞬間驚きのあまりに、あんぐりと口を開け固まってしまった。


男は、ジャービス・ベルだった。


彼は言わずと知れた王国四大公爵家の中の一つ、ベル公爵その人であり、王国騎士団の騎士団長でもある。


先ほど突撃お宅訪問してきたイケメン公爵令嬢、マリオン・ベルの父親だ。


王国の特権階級である貴族の中でも、とりわけ高貴な立場にある。


そんな高貴な存在である男の顔を、おいそれと庶民が拝める機会は殆どない。


殆どないはずなのに、エバンが彼を見て驚いたのには訳があった。


若い頃の彼は、王都に長く住んでいる者なら誰もが知るレベチの男前として超絶有名人だったのだ。


特に、彼の結婚適齢期だった三十年前の人気といったらそれはもう凄まじく、貴族街、商店街、臣民街に至るまで街中に彼の姿絵が溢れていた。


朗らかに笑うジャービス・ベル。


憂いを帯びたジャービス・ベル。


剣を構えた勇ましいジャービス・ベル。


その姿絵は、貴族の顔が男前だろうがなかろうが、全く興味のなかった当時のエバンの目にも強制的に映り込み、なんなら覚えてしまうほど、毎日さまざまなジャービス・ベルに視界を埋め尽くされていた。


どこぞの令嬢も、腕のいいお針子も、強気な看板娘もこぞって彼の姿絵を買い漁るがために、翌日にはまた別のジャービスが新たに描かれ、店頭に並べられるシステムが構築されていた。


その王国きっての男前ジャービス・ベルが今、エバンの目の前に立っていた。


一振りの剣で三人の男を倒し、一回の流し目で五百人の女をメロメロにする。


あの、ジャービス・ベルが。


「……ん?」


そんなジャービス・ベルを固まって仰ぎ見ていたエバンは、違和感を覚える。


今の彼は朗らかに笑ってもなく、憂いを帯びてもなく、勇ましくもない。


よくよく観察してみれば、態度がデカいというよりも何やら焦って余裕をなくしているようにも見えなくもない。


「あ、あのう……ここから先はお約束がある方しかお通しできませんのです。どうしてもと仰るならば先に主に確認をしに行かせてもらえ……」


相手が超絶有名人の騎士団長であろうとも、例外は許されない。


たしかに、国王陛下も、殿下も、親戚の方々も、側妃様も、後々すんなり通すことになったのだが、一応エバンにも門番としての矜持というものがある。


その矜持がどれくらい役に立つのかは今のところ不明である。


「私が誰か、知らぬわけではないだろう?」


騎士団長は、年老いた門番を威圧した。


「ヒッ!」


武道に長けた者が出す特有の圧のせいで、エバンは息を詰まらせる。


これまで来た招かれざる客とは異なり、騎士団長が放ったのは明らかなる敵意だった。

気弱な人間ならば、これだけで気絶していたかもしれない。


「ほう、なかなかやるではないか?」


眼光鋭く強めに放った威圧に必死で耐える門番に、騎士団長は片方の眉をピクリと動かす。


「お、脅されたとしても、主の許可なくしてここを通すわけには行きませんのです」


エバンは騎士団長を見上げ震える声で答えた。

そして、心の中で己に言い聞かせた。


大丈夫だ。

自分なら、やれる。


門番として、絶対に引いてはならないと。

引いてなるものかと。


騎士団長がどんなに大きな男といっても、主人であるレオナルド様よりは小さい。


騎士団長がどんなに恐ろしい睨みをきせかようとも、主人であるメルサ夫人のため息の方が怖い。


騎士団長がどんなに突拍子のない動きをしたとしても、主人であるエマ嬢ちゃんを超えることは絶対にない。


騎士団長がどんなに高貴な身分である公爵家の当主だとしても、国王陛下ほどではない。


騎士団長がどんなに整った美しい顔立ちをしていたとしても、側妃様の色気には遠く及ばない。


…………?


ん?


門番は、己が知らぬ間に異様に経験値を積んでいることに気づく。


「ふっ……」


たかだか一介の門番が身につけるには不相応な経験値に、思わず笑いが込み上げてくる。


「おい、何を笑っているのだ?」


だが、相手は騎士団長。

面と向かっている状態で門番ごときが、笑みを浮かべていいはずがなかった。


「はっ! あの、今のは違っ……」


ズンッと騎士団長は門番に一歩近づいた。


たった一歩。


されど、一歩。


門番にかかる圧が、一歩近づいたことによってぐんと強くなる。


「……あ……あああ……あっ」


キュッと喉を締め付けられるような感覚に、門番は目を見開く。


「ふんっ」


「あ………あ……あ……」


もし、騎士団長が一歩前に出なかったら、これから起こる事態は避けられたかもしれない。


もしくはエバンの気道が威圧によって塞がっていなければ、事なきを得たのかもしれない。


そもそも騎士団長がもう少しだけ、冷静であったら……。


どれだけ考えたところで、後の祭り。

門番が攻撃されて、何もしないスチュワート家ではない。


スチュワート家は、王家よりも優秀なセキュリティシステムを完備している。


王国騎士団の中でも最強を誇る騎士団長が、スチュワート家のセキュリティが作動した気配を察知できなかったとしても、仕方のないことである。


「あ……あ……あぶ……」


門番は、騎士団長の背後に近づく大きな影を見た。


出ない声を振り絞って、なんとか騎士団長へ知らせるために、彼の背後を指差そうとブルブルと震える体に力を込める。


が、遅かった。


「ふんっ。まあ良い、このくらいにしといてやっ……ぷぺぇ!!」


騎士団長は、さすがに門番への威圧はやりすぎたと思い直した。

が、その瞬間、背中にこれまで感じたことのない衝撃を食らう。


「なっ何がっ……?」


「うにゃ!」


派手に地面に叩きつけられた騎士団長の背の上にはコーメイの両前脚。


「??!!?」


何が起きたのか分からず、騎士団長は倒された体を上げようともがく……が、全く起き上がれない。


「にゃ~ん♫」


軽々前脚で騎士団長を押さえつけた、スチュワート家ニャコムセキュリティ部長コーメイが一声鳴いて、門番に大丈夫かと尋ねてから……。


「あっ! コーメイさん! まっ」


ぷちっ。


「ああー! 遅かったぁー!」


エバンは頭を抱え、どれだけ威圧されても頑として崩さなかった膝をつく。


ぷちっという不穏な音と共に、ガサガサともがいていた騎士団長がピクリとも動かなくなった。


「にゃ!」


さらにコーメイは、そのまま背の上に前脚をおいたまま伸びをして、のっそりと意識を手放した騎士団長の上で香箱座りになって寛ぎ始めた。


「あ……コーメイさん、あの、そ、それはダメ!」


「にゃ?」


「あの、どいて……ゆっくり、なるべくゆっくり……」


「にゃ?」


「し、死んでない……よね?」


「にゃ?」


猫語はノリと勢いだとはいうが門番には、コーメイの言葉は分からない。


あの「にゃ」が肯定なのか否定なのかで今後のスチュワート家の未来が全く違ってくるというのに。


しかも、なんとなーく語尾に?がついているような気がして余計に不安になる。


生きてる……よね?


「うにゃ~ぁふ」


エバンの不安をよそに、コーメイは大きな欠伸を一つすると、ペロペロと体を舐め始めた。


猫はとっても綺麗好きだから、自分の体をペロペロと舐めて毛繕いするのだ。


「ああっ!」


しかも、猫の体は柔らかい。

人間だったら絶対に届かないであろう場所も、ぐいーんと体を捻って舐めることができる。


問題は、毛繕いするコーメイの下に騎士団長がいるということ。


騎士団長……あれからずっと動かない。


コーメイが毛繕いするのに、体を捻る度に騎士団長が身につけている鎧が悲鳴のようにミシッという音を出す。


ペロペロ


ミシッ


「あわわっ、コーメイさんっ!止めっ」


ペロペロ


ミシッ


「あっ、そ、その体勢はっ!」


ペロッ


ギシッ……パキッ


「う、うわぁぁあ!! 嬢ちゃーん!! コーメイさんがっ! コーメイさんがぁっ〜!!」


老体にむち打ち、エバンは朝食をとっているだろう主人一家へ助けを求めるため、屋敷へと駆け出した。


◆ ◆ ◆


「にゃ~!」


お庭でくつろいでいたコーメイが、エマが走ってくる気配に顔を上げる。


「こっコーメイさーん!」


「あっ!」


「あーあ……」


「おっと」


鎧を着た大柄な男が微動だにしないまま、コーメイの下敷きになっている。


「にゃ~にゃ」


「え? 門番さんいじめたやつをこらしめておいた?」


のっそりとその男の上から降りたコーメイがエマに擦り寄る。


「よくやった……って言って良いのですかね?」


ウィリアムがところどころ凹んでいる男の鎧に、なんだか嫌な予感がしますと警戒する。


血相を変えて走り込んで来たエバンは、まともに話すことが出来ずに咳き込んでいたので、とりあえず三兄弟とマリオンがエバンが指差した現場へと走ったのだ。


「うーん……それは、この男が誰かによるな」


ゲオルグは、鎧の男を見てから弟の言葉に苦笑いをする。


「……」


三兄弟と一緒に来たマリオンは、コーメイが離れたために見やすくなった男を、無言で見つめていた。


正義感の強い彼女ならば、一言二言ありそうなものだが、マリオンは黙ったままである。


マリオンからしてみればウィリアムのいう嫌な予感どころの騒ぎではない。


倒れている男の身につけている鎧にしっかり見覚えがあった。


更には、なぜその男がスチュワート邸を訪れたのかという理由にしっかり身に覚えがあったのだ。


「おやおや……とりあえずひっくり返して顔を確認しようか?」


咳き込む門番を担いで遅れてやって来たレオナルドと、


「そうね、とりあえず確認ね」


メルサも合流する。


「あ、はい。では、ひっくり返しますね?」


よっと、軽い掛け声を上げて、ゲオルグがその大柄な男をくるりと仰向けにする。


「ん?」


「あら?」


レオナルドとメルサは少々驚いたように声を上げる。


「ああ……やっぱり……」


マリオンは悩ましげに前髪をかき分け、それが己の父親だと確信する。


「ゴクリ……」


ひっくり返され、仰向けになることにより露わになったイケオジっぷりに、エマは思わず唾を飲み込む。


「えーと……誰?」


「あれ? マリオン様何と言いました? 今、聞いてはならないような単語を聞いたような………」


見覚えがあるような、ないような顔に首を傾げるゲオルグと、マリオンの嫌な予感が的中したようだと、頭を抱えるウィリアム。


「ゲホっ……ゲッホゲホ……す、すみません。コーメイさんがっ……きっ騎士団長をこ、殺ろし……」


レオナルドに担がれたまま、門番が咳き込みながら必死で謝る。


「にゃにゃ! にゃ~にゃ!」


「エバンおじいちゃん、大丈夫だよ。コーメイさんが死んでないって言ってる。猫聞きの悪いこと言わないでだって」


エマがコーメイの言葉を訳す。


「そ、それは……良かっ……た?」


レオナルドの肩から下ろしてもらいつつエバンは安堵のため息を吐く。


が、


咳き込んで赤くなった門番の顔から、サーと血の気が引く。


よくよく考えてみれば、門番ごときが威圧された腹いせに、公爵を気絶させるなんて大問題ではないか。


スチュワート伯爵家に何の沙汰もなく済むはずがない。


「ど、どどどどうしましょう!? わ、わしはとんでもないことを……」


門番の首一つで済むのなら、いくらでも持っていってくれと言いたいが、責任は雇い主にも問われることになるだろう。


「騎士団長……ベル公爵様を……こんな、こんな……」


なぜ、なぜ、なぜ、コーメイさんを止められなかったのだと、門番は自責の念にかられる。

恩あるスチュワート家に申し訳ない。


「いや、でも……うん。まあ……大丈夫じゃないかな?」


今にも泣き崩れそうな門番に、雇い主であるレオナルドが危機感のない緩い声で答える。


「へ?」


門番は顔を上げ、主を見上げる。

一体何を根拠に、うちの主人はそんな呑気な顔をしていられるのだろうか?


「いや、ほら、コーメイさん。この前国王陛下にも猫ぷちかましてたから……」


あの時のやつで、国王陛下からのお咎めは一切なかったし、ベル公爵が何か言ってこようとも、陛下が宥めてくれるはずだから大丈夫、大丈夫……とレオナルドは呑気に門番に笑いかける。


「は?」


待て待てコーメイさん、国王陛下にもさっきのやつやっただと?

門番は信じられない思いでエマに擦り寄る三毛猫を見る。


うん。

でかい。

いつ見ても、相変わらずでかい。

可愛い。


でも、え?


お咎めなしとは?


は? どういうこと?


門番は混乱した。

意味が……分からなかった。


そんな混乱を極めた門番の頭の中で、再び奇跡が起きる。


王国人の脳の構造上絶対に繋がることがないシナプスが、あろうことか再び誤作動を起こし、門番の口から出るはずのない言葉がまたもや勢い良く飛び出した。


そう、


『なんでやねん!』


……と。


それは、本日二度目の全てをまるっと突っ込める魔法の皇国語であった。


 

作者近況「4年ぶりにスマホが新しくなりました」

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先触れもせず、アポも取らず、名乗りもせずに貴族宅の門を押し通ろうとした不審者が処された所で何の問題が?ってもんよね
いつも楽しく拝読しています。 一気にここまで来ました。 気になったのはエバンさんは皇国語話せるんですか? 王国人には発音できないし聞き取れないだったような 話せたのはマーサのお父さんのイモコじいち…
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