背に腹は代えられない決断。
誤字脱字報告に感謝いたします。
長らくお休みして申し訳ございませんでした。
「な、何を言っているんだ!? ビクトリア!?」
平和がもどりつつある王城に、突如として国王の声が響き渡った。
「陛下、落ち着いて。話を聞いてください」
見るからに慌てふためく国王とは対称的に表情を変えることもなく王妃はため息を吐く。
「だって、だって……そんなっ! せっかく、せっかく容疑が晴れたのだぞ!? ……良いのか? ローズはそれで良いのか? マックスも? エドも?」
必死の形相で訴える国王だったが、その自慢の大きな声がどんどん弱々しく萎んでいく。
側に控えている愛する側妃も、可愛い二人の息子達も、国王の必死の訴えから逃げるように、スッと視線を逸らしたのである。
残念なことに、家族の中に王の味方はいなかった。
「っつ! 嘘だろう!?」
国王は家族の反応に絶望する。
「陛下、これが一番良い落としどころなのです」
そんな父王に、第一王子マクシミリアンがどうか堪えて下さい、と頭を下げた。
第二王子エドワードは兄の意見を肯定するようにコクリと頷いている。
「お前達まで……そんな……」
そんな息子達を見て国王は力なく王座へ崩れ落ちるが、それでも諦め悪く了承することを拒むように言葉を探す。
「こんな方法しかないのか? 何か、他に何か良い案があるのではないか? だって……こんなの……あんまりではないかっ」
何が何でもごねる国王を前に、王妃ビクトリアは仕方なく内心呆れつつも、国王の手を握り微笑む。
……が、その後に王妃の口から紡がれる言葉は国王の心を軽くしてくれるものではなかった。
「陛下、全て王国のためではありませんか」
そう、これはもう、ほぼほぼ決定事項なのだ。
国王がごねようが関係ない。
「陛下、私達は真実を知っている。それで良いではありませんか?」
頑なに首を縦に振らない国王に、残ったもう片方の手を取った側妃ローズが、優しく声をかける。
「ロ……ローズぅ……」
国王は側妃に向かって思わず情けない声を出すが、
「陛下、我々は王族です。国のために生きなくてはなりません」
王妃ビクトリアに選択肢は無いとピシャリと言われて、シュンと首をすくめる。
返す言葉もない。
王族とは国の一番上で、ただ偉そうにしている人間のことではないのだ。
基本的人権なんてものは国民のためのもので、王族は端から適用外。
国王だって身に沁みて理解している。
このどこまでも厳しい王妃とどこまでも優しい側妃に挟まれた国王は今、悩ましくも悲しい決断をしなくてはならない。
帝国の侵略戦争から一週間が経った。
課外授業に参加した学園の生徒達も皆無事に王都へ戻り、一見すれば世界初の侵略戦争を仕掛けられたなんて殆どの国民は気づいていない。
王国は、王都は変わらず平和だった。
ただ一箇所、王城を除いて。
この一週間、王城では集めた情報を整理し、帝国との戦後処理をどうするかの議論が繰り広げられていた。
王国は今、帝国の魔法使い四人と約千人の兵士を捕らえており、彼らの処遇についても頭を悩ませている。
帝国が今後二度と侵略しようなどと思わせないために、何らかのペナルティを負わせることは必須、だがあまりに強く出過ぎるのもまた危険だった。
世界初の侵略戦争を終え、初めての戦後処理に直面する王国は難しい局面を迎えているのである。
とにかく何もかも前例がない。
交渉の塩梅すらも見えてこない中で、戦争を仕掛けるなどという野蛮な思想を持つ帝国を相手にするには細心の注意を払う必要があった。
使える情報は多いに越したことはないと、帝国に留学していた第一王子を中心に、囚えた魔法使いや兵士から様々な聞き取り調査が行われた。
魔法使いは王国側が驚くほど何でも話す一方で、スカイト領の森で囚えた兵士は正気とはほど遠い様相で、攻められた側が可哀想にと思ってしまうほどの壊れ方をしていた。
帝国の兵士千人は、運悪く辺境スカイト領の森にいた精神攻撃系の魔物の餌食となり、聞き取り調査にて直に彼らを見た者は魔物の恐ろしさを痛感し身震いした。
とはいえ、王都への魔法を使った大規模な砲撃(未遂)に、移動魔法陣を用いた千人軍隊による侵略行為を、国として看過できるものではない。
ここまでされても、黙っていられるようなお人好しな国ではないと帝国には知ってもらう必要がある。
野蛮な思想をもつ帝国の面子を守りつつ恩を売り、二度と王国を侵略しようなどと思わないように難しくとも、やらなくてはならない。
そんな王国側の思惑が織り込まれ、マクシミリアンが考えに考え作り上げ提出された交渉案は、他の案よりも頭一つ抜きん出た画期的なものであった。
見た者は皆、第一王子の外交力に感嘆した。
そう、唯一目の前の国王を除いて。
「ど、どうしてフアナ嬢を私の娘にしなくてはならないのだ!? 私の娘はヤドヴィだけだぞ!」
マクシミリアンの案の肝は、国王がフアナ嬢を御落胤だと認め、それが事実だと国民に公表することにあった。
だが、どうしても国王はそれを許容できないとごねている。
国王からしてみれば、不名誉な噂をやっと払拭できると思っていた矢先の非情な宣告に他ならない。
国王は最初に疑われた時の家族の視線の冷たさを忘れていなかった。
「なぜって、何度も言っているでしょう? その方が都合が良いからです」
ゴネまくる王に、王妃ビクトリアの声はどんどん冷たくなる。
「帝国は侵略が失敗したと知ると、厚かましくもこの上なく、即刻魔法使いを返せと要求してきているのです」
ビクトリアは憎々しげな表情で机の上にある帝国が寄越してきた書簡を睨みつける。
侵略戦争が失敗したと知った帝国の動きは早かった。
帝国王家からは、
『第一王子の友人が不当に王国に拘束されていると聞いた。大変遺憾に思う。即座に返還願う』
といった書簡が。
更には帝国教会から、
『王国で発見されし聖女を、掟に従い帝国教会へ引き渡し願う』
といった書簡が届いている。
魔法陣を使って送り込んだ約千人の兵士の存在なんて完全に無視を決め込んでいた。
なんなら侵略戦争などなかったと、圧力すらかけてきている。
「帝国には恥という概念はないのかしら」
帝国の書簡の内容に、王妃は眉間に深いシワを寄せて、信じられないと言わんばかりに首を横に振る。
「王妃、帝国と王国は違う国なのです。気候も、文化も、王族のあり方も、国民の感情も我々王国人とは異なる考え方を持っている。これだけは、頭に入れておいてもらわねばなりません」
帝国に留学していたマクシミリアンが憤慨するビクトリア王妃を宥める。
恥ずかしくないかと問われたなら、帝国は間違いなく恥ずかしくないと答えるのだ。
帝国人は己の非を認めない。
彼らは己が認めない限り、責任は取らなくても良いという考え方で生きている。
「こちらが、ここまで譲歩したのだから、次は向こうが折れてくれるなどと思ってはいけません」
マクシミリアンは、更に念を押すように口を開く。
王国は海側北部に関しては冬季になると厳しい寒さに晒されるものの、その他の地域と季節は他の国に比べて温暖で暮らしやすく、特に食糧は豊富に採れる。
その気候と同じように王国の国民性はのんびりしている者が多かった。
何を隠そう王族だってお人好し揃いなのだ。
困った国があれば、当たり前のように助けようとする。
皇国の時もそうだったのだろう。
王国以外の国にも、皇国は食糧支援を要請していたはずだとマクシミリアンは推測する。
口ではお宅のような大国だからこそ助けを求めているのだと言ってきたとしても信じてはいけない。
嘘も方便である。
お人好しな王国は、昔から外交で損な役回りを押し付けられていることに気づかなくてはならない。
マクシミリアンの留学は魔法使いの確保に加えもう一つ、王国以外の国の考え方を学ぶという目的もあった。
今の王国が外交でなんとかなっているのは、王国のとある商会が上手く立ち回ってくれていることの副産物のお陰であり、国自体はいいように使われているだけという状態。
これでは後々問題も出てくるだろう。
王国が困窮した時、手を差し伸べてくれる国がどこにもないなんてことも、起こり得るのだ。
そう思って精力的に行った留学だったのに、逆に帝国に付け入る隙を作ったのは情けない限りであるのだが……。
結局帝国にとっては第一王子マクシミリアンも、お人好しで御しやすい王族にすぎなかったのだろう。
それももう、終わりにしなくてはならない。
どこよりも強かに立ち回れる国に、変わらなくてはならない。
そんな思いを秘めたマクシミリアンの考える強かな国となる第一歩が、聖女フアナを御落胤として認めることである。
王国の弱みは明確だった。
魔石の枯渇と魔法使いが何年も出現していないことの二点である。
枯渇した魔石に関しては、マクシミリアンが考えるまでもなく棚ぼた的に偶然にも皇国からの輸入の算段がついていた。
お人好しもたまには仕事をするらしい。
残るは、魔法使い。
一人でいい。
たった一人でいい。
魔法使いさえ得られれば、王国は他国に必要以上に頼らずとも国として立つことができる。
ただそれが、どれだけ難しいか。
魔法使いを手放せる国は既に、帝国に牛耳られている。
何人も魔法使いを集めた帝国においても魔法使いは貴重な存在であった。
一見華やかな帝国という大国の裏で、魔法使いと魔石の利権争いが頻繁に発生していることをマクシミリアンは魅了魔法にかかっている時に散々見てきた。
身近に使える便利な魔法具ほど簡単に大金を得られるものはない。
そのせいで、魔石が枯渇しようとも金儲けに目が眩んだ者共は魔法具の製作を止めようなどとは考えない。
三十年以上、王国は魔法使いなしで生きてきた。
帝国ほどの欲を出さないよう取り締まることも可能だろう。
便利な魔法具がなくとも、人は生きられる。
王国は結界さえ、あればいい。
一人の魔法使いと、結界に足る分の魔石さえあれば十分なのだ。
それがなければ、王国は滅ぶ。
なんとしてもそれだけは避けなくてはならない。
だから父王を説得する。
いや、説得なんてできなくても関係なくやるしかない。
「陛下、選んでください。潔く御落胤を認める王となるか、状況証拠も揃い間違いなく御落胤だと証明されたのに、一人だけ駄々をこねて認めないクソ野郎になるか」
王家としての意向はもう、どちらにしても認める以外の選択肢はない。
あとは国王の姿勢だけだと、マクシミリアンは帝国留学で得た何が何でも己の意見を通す話術で父王に詰め寄った。
心は痛むが、王国のためなのだ。
「何その二択!? ううっ……ぐぅ……分かった。だが、条件があるぞ! ヤドヴィには、ちゃんと誤解されないように説明してほしい。それができなければ、私はクソ野郎と呼ばれてもヤドヴィのために絶対に認めん」
「あら、ヤドヴィガなら受け入れ態勢万全ですわ。では失礼いたします」
「「失礼いたします」」
やることは山程あるのだといわんばかりに国王の了承を得た途端、王妃と息子達が足早に退室する。
「うう、ローズ……ヤドヴィは怒ってなかったか?」
パタンと閉まる扉を寂しげに見つめた後、国王が側妃に握られたままになっていた手に、もう片方を重ねる。
「ヤドヴィガも王族です。ちゃんと分かってくれました」
側妃ローズは肩を落とした王に優しく微笑む。
「そうか……」
「そうですわ」
うふふ、側妃は可憐に笑う。
魔法使いの姉が出来ると聞いてヤドヴィガは目を輝かせていたなんて言える雰囲気ではない。
「よし、気分転換(八つ当たり)してこよう」
国王は、勢い良く立ち上がり侍従を呼ぶ。
いつまでもくよくよするのは性に合わないのだ。
「騎士団長に剣の相手をしてもらいたいと伝えてくれ」
王国広しといえども、国王が本気で剣を交じ合わせられる人間は限られている。
久しぶりにマクシミリアンと、と思わないでもなかったが、王より第一王子のほうが忙しそうで声を掛けるタイミングを逃してしまった。
「陛下畏れながら申し上げます。あの……それが……騎士団長は、本日登城しておりません」
侍従は深く頭を下げる。
「ん? 珍しいな。風邪でも引いたか?」
質実剛健な騎士団長が休むのはとても珍しいことだった。
もしや鬼の撹乱か? と国王。
「い、いえ……それが……」
侍従は言い淀む。
「なんだ?」
何か大きな事件が起きたのかと、国王は顔を顰める。
「あの、実は……騎士団長の御令嬢が家出をされたとかで……」
「は?」
「も、申し訳ございません!」
侍従は冷や汗をダラダラ流し、更に深く頭を下げた。
騎士団長ともあろう者が、そんな些末な理由で城を空けるなんてあって良いことではない。
ただでさえ虫の居所が悪い様子の王に、こんなことを言わなくてはならない侍従は己の運の悪さを呪った。
「娘が……家出?」
「は、はい。 申し訳ございません! 直ぐに使いを送り騎士団長を呼びっ……」
侍従の頭はもうこれ以上ないほど下へと下がっている。
「陛下」
眉間に深く皺を寄せた王に、側妃が声を掛ける。
侍従が目視で分かるほどブルブルと震えている。
大柄で筋骨隆々の王は、少し声を荒げるだけで普通の人間は恐怖する。
「ローズ」
「はい」
だが、
「一大事ではないか!?」
「はい。騎士団長、大変ですね」
王国の王族は、皆お人好しだった。
いつも田中家、転生する。を読んで下さりありがとうございます。
来月12月5日に田中家、転生する。第7巻が発売いたします。
7巻はなんと、ありがたいことに小冊子付き特装版も出してもらっております。
通常版、特装版でお値段が変わりますので、ご購入してくださる際は注意してください。
これからもどうかよろしくお願いいたします。




