アライザライ。
誤字、脱字報告に感謝いたします。
連れてこられた一室に座らされたフアナは、早々に始まった尋問に全身変な汗をかいていた。
だって、なんか……思っていたのと、全然違うのだ。
この尋問は、帝国への裏切り。
もう、二度と帝国の地を踏むことはないだろう。
そう、覚悟を決めて臨んだ。
臨んだのに、
それなのに、
「ご趣味は?」
「?」
「好きな男性のタイプは?」
「!?」
「好きな食べ物は?」
「??」
「休みの日は何をして過ごす?」
「???」
さっきから矢継ぎ早に投げかけられる尋問というか質問が、おかしいを通り越して最早狂気でしかない。
フアナは世界初の侵略戦争の口火を切った実行犯。
王国にとってまごう事なく大罪人だ。
そんな大罪人に対して一番に訊くのが趣味って……。
実行犯の好きな食べ物を知ったところで、なにが得られるのというのか。
質問者の意図が、全く分からん。
もしや、お見合いか?
お見合いなのか?
今、フアナはお見合いをしているのか?
あとは若い人に任せて……とか言われちゃうのか?
っと、喉元まで押し寄せてくる突っ込みを何とか押し込み、フアナは質問に答える。
しかも、
「……ガーデニングで……すが?」
「「「!!!」」」
「若くて健康なら、こだわりはない」
「「「!!!?」」」
「ボルシチ……」
「「「???」」」
答える度に衝立の向こう側がざわついている。
部屋の真ん中、丁度フアナの目の前に大きな衝立が置かれている。
その衝立の奥にいる質問者を、フアナは見ることができない。
が、わざわざ見えないようにしているのに、フアナの答えに明らかに衝撃を受けている雰囲気が否応にも伝わってきていた。
意味が分からない。
フアナは自身の隣に立つ、そばかすの少年に助けというか説明を求めて視線を送るが、彼の方は衝立の向こう側とは違って何の反応も返してくれない。
ならば、質問に答え続けること以外にフアナができることはない。
「ワイン蔵巡り……」
「「「!? !? !?」」」
また、衝立の向こう側にいる者達がざわつく。
しかも、これまでで一番反応が大きいような気がする。
意味が分からない。
フアナはゴクリと唾を飲み込み、正面にある衝立の上から下、右から左へと視線を巡らせる。
意味が分からないついでに言わせてもらうと、さっきから向こう側がざわつく度に衝立の上部にチラチラと何かが見え隠れしている。
大の大人が立ち上がっても頭が見えないくらい、そこそこ高さのある大きな衝立の上を、だ。
何か、というかケモミミだ。
黒と茶色のケモミミが見えるのだ。
なんなら、上だけではない。
衝立の両側面もそうだ。
見えているというかはみ出している。
艷やかな黒のしっぽと、モフモフの毛足の長い白のしっぽが、衝立からちょこちょこはみ出している。
質問者のざわざわの合間には「にゃっ」という、人ならざる声まで聞こえてくる気がするのだが?
もしや、あれだけはみ出ていて、隠れているつもりだろうか。
いや、詰めが甘すぎるだろう?
お見合いの席で交わされるような質問に、ケモミミ、ケモシッポ?
拘束されたフアナは、尋問を受けている筈だよな?
尋問……?
とは……?
一体、なんだったっけ?
♦ ♦ ♦
一方、衝立の奥側では一家と猫、更に蜘蛛と蚕(巨大)がぎゅうぎゅうに身を寄せていた。
「ガーデニングって……みな姉は観葉植物のサンスベリアすら枯らす女ですよ? やはり、これは別人でしょう」
「ああ、あいつサボテンすら枯らすからな」
弟のウィリアムと兄ゲオルグが記憶の中の港との違いを見つけ、熱弁する。
「若くて……健康? 真逆だわ」
「うんうん、港は年食って枯れてるのが好きだもんな」
母メルサと父レオナルドも興奮気味に頷いている。
「ボルシチ……は、前世でも今世でも食べたことないわ」
さっきから、ちょこちょこディスられているのは気のせいかしら? と、蚕(巨大)を胸に抱いたエマは、蚕に頬擦りする。
課外授業で離れていたために、久しぶりにそのスベスベな体を堪能しているのだが、絵面はあまり良くない。
フアナがお見合いのようだと思っている質問は全て、港とフアナの違いを見つけようと家族が必死になってしていた質問であった。
衝立の向こう側は、フアナを前にする恐怖を和らげるために助っ人として家族の周りを猫で囲み、エマの頭に蜘蛛、膝の上に蚕を配置したことで異様な空間が出来上がっていた。
残念ながら、うっくん(ウデムシ)はどうしてもスチュワート家従業員組合長(マーサ)の許可が下りなかった。
「やっぱり、違うんですよ!」
ウィリアムが断言する。
「ああ、見た目はどう見ても港だけど、改めてじっくり見ても港だけど、中身が全然違う!」
ゲオルグも頷く。
「ええ。若くて健康な男性が好きなら、私はとっくにおばあちゃんになっていたはずだもの」
「うんうん。港が好きな食べ物は鰻だもんな。ボルシチなんて田舎者が口にできる代物じゃないもんな」
メルサもレオナルドもほっと胸を撫で下ろす。
だが、次の質問の答えがエマ以外の家族の表情を曇らせた。
「あ……ワイン蔵巡りって? うーん、これはみな姉っぽいですよ?」
ウィリアムが頭を抱え、
「ワインかー」
酒好きの港なら答えるかもなーと、ゲオルグは頭を掻き、
「うーむ。これまでのは港とは思えない答えだったのに」
レオナルドは顎に手を当てて考え込む。
「港の時、ワイン蔵巡りは?」
冷静なメルサが、エマに尋ねる。
「え? 行かない、行かないよ。休みの日は家でダラダラしたいから、ワイン蔵巡るより、お家で飲んでるほうがいいもの」
深刻そうな顔になる家族にエマが首を横に振る。
長期連休なら旅行に行くが、港は基本出不精なのだ。
それに、前世日本に巡れるほど近場でワイン蔵が点在している地域はそんなにないと思う。
「……そうね。港がワイン蔵巡ったら巡った先から、出禁になるかもしれないし……」
港が酒に求めるものは、質より量。
「「「ああ……」」」
メルサの言葉に、家族がそうだった……と残念そうな表情を浮かべる。
「いや、え? あなた達には言われたくないんですけど……」
「ふふふ」
「まー、そうだな」
「こればっかりは……ね?」
「だな?」
田中家は皆、酒豪だった。
「……では、フアナ様がみな姉ではないなら、訊かなくてはなりませんね?」
ウィリアムが父レオナルドに目配せする。
「ああ」
レオナルドは、衝立の方へと向き直る。
フアナの【中身】は、港ではない。
これで、確信が持てた。
聖女フアナは、質問の答えも話す雰囲気も港とは全く違う。
だから、訊かなくてはならない。
だから、安心して訊くことができる。
こんなにも違うのに、フアナの【外見】が港そのものである理由を。
レオナルドが意を決して口を開く。
「ならば、フアナ嬢? 貴女はいつからその体になった?」
「?」
レオナルドの声に、フアナの隣に立っていたヨシュアが怪訝な顔をする。
なにも知らない者なら、質問の意味自体が分からないだろう。
だが、
それを聞いた瞬間、フアナが弾かれたように立ち上がった。
「なぜ、それをっ」
帝国でも殆どの者が知らない、皇帝にすら隠していることをなぜ?
フアナは衝立の向こう側から覗く、ケモミミに向かって叫んだ。




