お・も・て・な・し。
誤字脱字報告に感謝いたします!
……。
ウデムシ達は困っていた。
ヨシュアからお願いされたはいいものの、客人が馬車から出てこないのだ。
カサッ? カサカサ……。
(どうしよう? おもてなしできない……。)
カササ?
(ね?)
カサ!
(あ!)
カササ?
(何?)
カサッカササ、カサカサ
(人間って夜寝る生き物だから、寝てるのかも)
カサカサ
(そっか)
……。
……。
カサ?
(でも寒くないかな?)
カサカサ?
(洞窟は冷えるってエマ様が前言ってたような?)
カサッ?
(それに、お腹空いてないかな?)
カサカサ?
(いつもエマ様、お腹空いたって言ってるもんね?)
……。
……。
カサッ?
(ねえ?)
カサッ
(うん)
カサ、カサ?
(ちょっとだけ、様子見てみよーよ?)
ウデムシ達の優しい性分は、客人をそっとしておくなんてできなかった。
一方馬車の中のフアナと魔法使い達は、ヴァイオレットの糸で拘束されて動けない状態ながらも辺りの様子に耳をそばだてていた。
「真っ暗だ……」
ウデムシ達の住処である洞窟に馬車ごとすっぽり入ったことで、小さな天窓から微かに入っていた月明かりがなくなり、何も見えない。
「ふ、フアナ様しばらく馬車が動いていませんが……ここは一体どこなのでしょう?」
魔法使い達は震えていた。
帝国の夜は魔石の照明のお陰で夜でも明るいため、完全な暗闇に慣れていないのである。
月明かりですら心許なかったのに、今は隣にいる仲間の姿さえ見えない。
「ふん、どこか建物の中にでも入ったのだろう」
王国で明かりが欲しいなら、ランプか蝋燭か松明を使うしかないのだが、王国の騎士も捕虜を乗せた馬車の近くに、火を置くようなヘマはしない。
「あの、さっきからなんか聞こえませんか? ちょっと静かにしてもらえます?」
フアナの隣にいた魔法使いが、会話の合間、合間に何か聞こえると皆を黙らせる。
……カ……カサカサ……。
カサッ……。
「うわっ、なんかいますね」
聞き耳を立ててみれば、何かが這うような音が四方八方から聞こえてくる。
「音の感じだと虫っぽい……けど、虫だったら嫌すぎる!」
不穏な音に、生まれも育ちも帝都のシティボーイな魔法使いが身震いする。
「虫? いやいや、そんな小さいものではないだろう、この音は……何だ?」
虫が出すには大きな音に、フアナも警戒を強める。
「とんでもなく、でかい虫が……いるとか?」
シティボーイな魔法使いがますます青ざめる。
「でかい虫ってお前……」
虫の大きさにも限度はあるぞと田舎で育った魔法使いは呆れる。
「なんだよ、ここは外国だぞ? お前が知らないだけででっかいやつがいるかもしれないだろ?」
シティボーイの魔法使いは頬を膨らませ、わざと声を荒らげて喧嘩を吹っ掛ける。
喋っていないと謎のカサカサ音が怖くて仕方がなかった。
「んーまあ、逆にでかい方が良いのでは? 小さい虫だと隙間から中に入ってくるけどでかいと入ってこれないだろう?」
魔法使い達が乗る馬車は、小さな天窓しかない簡素な造りの割に、床やら壁やらは存外にしっかりとしている。
魔物を運ぶための馬車だと言われても納得できるほどである。
「うわぁ~。やめてくれよ。こんな動けない時に虫が寄ってくるなんて考えただけで気持ち悪い……」
シティボーイな魔法使いは虫が入ってくることを想像し、身震いする。
「大の大人が虫くらいでそんなにビビるなよー」
田舎で育った魔法使いはカラカラと笑い声を上げるが、その表情は引きつっていた。
残念ながら、彼等の会話は全てフラグとなっている。
カサカサ、カサッ。
カサカサ、カサッ。
「な、なぁ……。なんか、どんどん集まって来てないか?」
「あ? ああ……。でも、ここにいれば大丈夫だろ?」
人間とは不思議なもので、真っ暗闇で視覚が使えないとなると、聴覚が研ぎ澄まされてゆく。
他にすることがないため、余計に気になってカサカサ聞こえる音に集中してしまうのだ。
魔法使い達の謎のカサカサ音の正体への想像がどんどん膨らんでいった。
「あの音の主、明かり取りの天窓より、絶対大きいよな?」
「ああ。間違いない」
魔法使い達は安心したくて、お互いの感覚をすり合わせるように確認し始める。
アレが何か分からないが、この馬車の中にまでは入ってこれないのだと思いたかった。
それくらい、暗闇のカサカサ音に恐怖を掻き立てられるのだ。
そして、彼らの淡い期待は完膚なきまでに裏切られる。
エマの愛するウデムシ達は馬車に入ることができる。
魔法使い達の乗る馬車は、ロートシルト商会のもので、皇国でウデムシ達が乗っていたものと同じ型であった。
なんなら皇国滞在の二か月間、住処として使っていた。
そんなウデムシ達にとって馬車の扉の開け閉めなぞ、造作もないことである。
ガチャ、ギィー……。
「え?」
暗闇の中、魔法使い達は鉄壁の守りだと信じていた扉が、無情にも開く音を聞いた。
そして、恐怖のカサカサ音を出す何かが馬車の中へと入って来る。
そう、お人好しで世話焼きなウデムシ達が。
カサカサ? カサカサ? カサッ?
(お客人? 寒くないですか? お腹空いてないですか?)
「ヒッ!」
カサカサ?
(あの、よかったら、さっき取ったこのオオコウモリ食べます?)
ダンッ!
ウデムシ自慢のおもてなしごはん、洞窟にいたオオコウモリを馬車へ投げ入れる。
「ギャー!」
だが、近づくカサカサ音と何かが降ってきた音に、魔法使い達は絶叫する。
カサカサ? カサッ!
(あれ? お客人縛られてる!)
ウデムシ達がもてなすべき客人が拘束されていることに気づく。
「助けて、もうしません。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。来ないで、お願い、来ないで」
迫り来る恐怖に、魔法使い達は懸命に謝罪の言葉を連ねては頭を下げる。
カサッ!
(なんでこんな……すぐに自由にしてあげますから!)
そんな、客人達を優しい心で心配するウデムシ。
「来ないで、来ないで、来ないで、こーなーいーでー!」
どんなに謝ってもどんどん近づいてくるカサカサ音に、パニックになる魔法使い達。
拘束されている客人の糸に気づくウデムシ。
カサカサ……!
(あ、これヴァイオレットパイセンの糸だ……!)
カサ……。
(これは、僕ら切れないやつだ…)
カサカサ?
(猫さん呼ぶ?)
カサッ?
(呼ぶ?)
カサッ!
(あ!)
カサカサ……。
(客人、寝てる……)
魔法使い達は、限界だった。
恐怖のあまり気を失った。
「バカな! こんな扱いありえん!」
唯一意識を保っているフアナは、驚愕の表情を浮かべる。
カッサカサ!
(あ、一人起きている!)
カサッカサッ!
(客人、何かいるものありますか?)
カサカサ!
(肩でもお揉みしましょうか?)
「や、やめろ! 来るな、触るな、揉むなぁー!」
カサカサ!
(凝ってますねぇ)
「わ、私は魔法使いだぞ! こんなことして許されるとでも……あ、やめ、だめ、助け、ごめんなさいぃー!」
バタンッ……。
とうとう、フアナまで気を失った。
カサカサ?
(あれ? 寝ちゃった?)
カサ、カサッ
(まあ、夜だもんね)
カサカサ?
(震えてるよ?)
カサッ?
(寒いのかな?)
カサカサ!
(添い寝してあげよう!)
カサね!
(イイね!)
フアナと魔法使い達にとって、ここからが地獄の始まりであった。
悪夢にうなされ、目が覚めると周りにはウデムシがみっちりと見守っており、カサカサと世話を焼こうと動き出す。
そのあまりの恐怖に、フアナも魔法使い達も再び気を失う。
再び目が覚めるとまたウデムシが……。
それは、ヨシュアが迎えに来るまで延々と繰り返され、まさに無限地獄であった。
やっと地獄から解放された魔法使い達は、もう二度と同じ目に遭うまいと心に誓い、王国側が拍子抜けするほど、全ての尋問に嘘偽りなく即答することになる。
後にヨシュアは言った。
「でも、まあ、ウデムシさん達の姿が見えないように馬車を洞窟に入れたりと、僕なりの配慮はしたんですよ?」
それは、地獄の恐怖にフアナと魔法使い達が自我を失わないギリギリの線をつく、絶妙な配慮であった。




