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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と帝国の暗躍
180/198

セイジョバイアス。

誤字脱字報告に感謝致します!

「……えーと……ですね? もう一度説明しますね?」


エマはおじさん達のキラキラと眩しい視線から逃れようと四苦八苦していた。


「大丈夫、エマちゃんが聖女だということはちゃんと理解した」


国王は満足そうに笑っている。


「いえ、あの、ですね? 陛下? あの火傷は魔物が見せた幻であって、私が治したのでは……ないの……で」


奇跡の生還をはたし、すっかり平穏を取り戻したキャンプ地で、おじさん達はエマを崇め奉るようにぐるりと囲んで跪いていた。


エマの嘘は撤回できず、おじさん達になにを言っても伝わらない。

あの時の状況を子細説明すれば、詭弁だったと分かってもらえると思っていたのが甘かった。


とはいえ、丁寧に説明はしたのだ。

そのお陰で国王を始め、王子、マリオン、アーサー、教師に騎士や狩人達が、虹色ラクーンという魔物の特性に理解を示してくれた。


それなのに……。


肝心のエマが聖女であるという嘘だけが何度言っても伝わらない。


特に国王が頑なに聞き入れてくれない。


なぜなら自ら転がり始めたおじさん達は、もう止めることができないのである。


「エマちゃん。聖女はね? 概念なんだよ。これだけの人間が心の底からエマちゃんを聖女だと確信したのだ。もう、覆らない。たとえ本人がどんなに否定しようともね☆」


国王のウインク付きのありがたい言葉に、その場にいた騎士や狩人(主におじさん達)が大真面目な顔で頷いている。


「??? へ、陛下!? 本人が違うと言ったら違うに決まっているでしょう!? そもそも概念の使い方合ってます? ちょ、兄様、ウィリアムもっ! なんかフォローしてって……」


軽い気持ちで吐いた嘘が取り返しのつかないことになりそうな予感に焦ったエマは、兄と弟に助けを求める。


「エマ……お前、やり過ぎたんだ」


「姉様、あの陛下のキレイな目を見てくださいよ。めっちゃくもりなき眼で見定めちゃってますよ?」


学園や社交界で、無意識にあれだけの信者を集めているエマが嘘とはいえ、意識的に聖女をやったのだ。

もう、後戻りはできない。


エマのおじさんホイホイは、虹色ラクーンの幻覚よりも強く、ファイヤーフォックスの炎よりもずっと長く燃え続ける炎を、おじさん達の心に灯したのだった。


◆ ◆ ◆


その頃、侵略を目論む帝国軍は計画通り、森深くに設置した魔法陣から王国への侵入を成功させていた。


攻める際の障害となるものを魔物ファイヤーフォックスに任せて、帝国軍がサクッとちゃちゃっと王国を侵略する。


帝国側に被害が出ないように考えられた、セコくて卑怯ではあるが効果的な作戦であった。



効果的な、作戦の筈……だったのだ。


しかし、現実はそんな甘いものではなく、机上の空論でしかなかった。


危険のない戦争など存在しない。


世界初の侵略戦争などと言ってしまえば聞こえはいいが、なにぶん初めてのこととなると、アクシデントは付きものである。


ファイヤーフォックスを送る時点で既にトラブルが発生し、少なくない兵士が負傷者リスト入りした。


気を取りなおし、王国へ侵入したものの、帝国が誇る軍隊は、転移魔法陣の出口であるスカイト領の森の中で、今や戦意だだ下がりの進軍を余儀なくされている。


「クソ、何もかも真っ黒に焦げてやがる」


「あっつっ! おい、気をつけろ! まだあちこちで燻っているぞ」


「俺、王国に恨みなんてないのに……ここまで残酷な光景、見たことない」


帝国軍から見たスカイト領の森は、どんなに冷たい人間でも心を痛めてしまうような、筆舌に尽くしがたい酷い状態であった。


どこもかしこも、焼け野原。

豊かだっただろう森の見る影もない。


未だに、ところどころで火が燻っており、一歩一歩、歩く度に靴底から熱が伝わる程だ。


悲惨な光景は軍全体の足取りを重くする。


……のだが、実際は何も燃えてはいなかった。

焼け野原など、どこにもない。

スカイト領の森は、ファイヤーフォックスが来る前と変わらず、木々が生い茂る豊かな森のままである。


帝国側に被害が出ないように考えられた、セコくて卑怯ではあるが効果的な作戦は、転移してきた瞬間に、破綻していた。


帝国軍は三十年以上、魔法使いが現れていない国がどういうものなのかを本当の意味で理解していなかった。


甘く見ていた。


帝国の結界とは違い、魔法使いのいない王国の結界は、修復も補修もされることなく劣化の一途を辿っている。


となれば魔物の出現率は帝国の比にならない。


特にスカイト領の結界は、近年頻繁にゆらぎが起きていた。

ゆらぎが起きれば、新しく魔物が出現する。


帝国の魔法陣は容易くみつからない場所にと、結界のすぐ近くに設置されている。


王国の人間が足を踏み入れない場所という意味では完璧な立地ではあったが、足を踏み入れないのにはしっかり理由があるのだ。


帝国軍が転移した時、そこには虹色ラクーンがいた。

スカイト領に出現する魔物は、精神干渉系のものが多い。


ゆらぎが起きて、新たに虹色ラクーンが出現したとしても全く不思議ではない。


ただ、運が悪いことに帝国軍は、魔法陣で王国へと着いた瞬間に、目が合ってしまったのだ。


そこから緑生い茂る森の中で、帝国軍は虹色ラクーンの幻覚に悩まされ続けることになる。


恐怖の感情を増幅させ、幻覚を見せるのが虹色ラクーンだ。


その幻覚は効きに効いた。


転移させる前にひと暴れしたファイヤーフォックスのせいで恐怖心が残っていた帝国軍人達は、簡単に虹色ラクーンの幻覚にかかってしまったのである。


焼け野原に見えているが、実際は焼け野原ではない森を歩く帝国軍に、ただの木の枝がペシっと当たる。


「ヒィ!」


焼け野原に見えているが、実際は焼け野原ではない森を歩く帝国軍は、ただの草に足を引っ掛ける。


「うわっ!」


焼け野原に見えているが、実際は焼け野原ではない森を歩く帝国軍が、国王がヒャッハーして倒した魔物の死骸を踏んで滑る。


「おわっ!」


ペシっと当たった頭の治療で、足を引っ掛けた際に解けた靴紐をなおすのに、ズルっと滑った何かを確認するために、隊列から少しでも外れた兵士達は、虹色ラクーンをはじめ森に潜む魔物達の餌食となっていった。


すぐに戻ると言った仲間が、一向に戻らない。

探しても、姿が見えない。


そうなると、また更に不安と恐怖が押し寄せる。


じわじわと帝国軍の兵士達の人数は削られ、確実に士気は下がっていった。


「正使様っ! 見てください!」


そんな中、先頭の兵士が足を止め、将である正使に報告が入る。


「どうした?」


辺り一面が焼け野原(に見える)のために足場が悪く、持ってきた輿が使えず進軍でフゥーフゥーと息を乱した正使が答える。


「王国人を発見いたしました!」


第一村人ならぬ、第一王国人。


虹色ラクーンの幻覚に悩まされたとはいえ、精鋭を誇る帝国軍は、なんとか森を抜けることに成功し、キャンプ地へと辿り着いていた。


「騎士や狩人のような者も見受けられますが、幼い子供もいるようです。正使、当たりかもしれません」


先に王都へ潜入させた魔法使いから、スカイト領で学園の課外授業が行われるという情報が入っていた。


兵士が【当たり】と言ったのは、課外授業には近年、国王も参加していると聞いていたからだ。


課外授業で国王を守るのは、近衛騎士と狩人、そして学園の生徒だけだ。


それに対して、こちらは精鋭を集めた軍隊である。


「神は我々の味方だな」


「はい。正使様、あの辺りから全体がよく見えるようです。確認をお願いいたします」


そう言って、報告に来た兵士が道を開ける。

正使は、帝国で王国国王の顔を知る数少ない人間だった。


とはいえ王国では王族直系は皆、黒髪なのだから確認する必要はない。

初の侵略戦争の開始に、この兵士も緊張しているのかもしれない。

まあ、影武者……という可能性もある。


「ああ、任せろ。あの忌々しい国王の顔は、この目に焼き付けてある」


忘れたくても、忘れられない。

かつて、正使が目をつけた史上最高クラスの美女を聖女とする直前で、側妃にして横取りした男の顔なのだから。


正使は王国人に気付かれぬよう、静かに兵士達の合間を縫って隊列の前に出て目を凝らす。


キャンプ地には、正使が望む通り課外授業に参加している国王と第二王子、騎士、狩人、学園の生徒がいる。


「っっな、なんだ……あれは……」


望む通りの光景なのに、正使はキャンプ地を見た途端、驚愕の表情を浮かべ、凍りつく。

最前列にいる兵士達も、困惑の色が隠せない様子でチラチラとお互いに視線をおくり合っている。


あれは間違いなく国王だ。


遠目にも分かる鍛え上げられた屈強な体に整えられた髭、黒髪に混じる白髪……。

あそこにいるのは、まさしく王国の国王、シャルル・コンスタンティン・ロイヤルその人である。


ただ、


「な、なんで……裸、なんだ……?」


ちょっとはだけているどころではない。

かろうじてズボンは穿いているものの、国王ともあろう者が、上半身素っ裸なのである。


「……変態だ」


正使の後ろに立つ兵士が、呟く。


「あ、ああ。そうだ……な。あれは……変態だ」


誰ともなく同意する。


数十人の中でただ一人、国王だけが裸だった。

しかも国王は目の前に立つ少女に跪いていた。


何度も言うが、裸で、だ。


これは、絶対に変態である。


「……王族だから……な?」


「あ? ああ……」


「王族……だもん、な?」


それでも兵士達は戸惑いつつも仕方がないか、と頷き合う。

我が帝国の王なんて代々、全世界から美少女を聖女と称し半ば強引に集めている。


「お、おい! ちょっあれを見ろ!」


「お、おう……」


「そんなっ!」


更に、兵士達は気づいてしまう。

跪いているのが、国王だけではないことを。

少女を中心にして、多くの騎士や狩人らしき者が地面に膝を付けて恍惚の表情を浮かべていた。


「おい、お前! たしか目が良かったよな? 何が起きているんだ?」


正使がハッと我に返り、隣に立つ兵士を見る。


「っ! せ、正使様……私が分かるのはあの少女は少女で困惑しているみたっ……ん?」


「どうした!?」


「え? あっ! お? ああ……」


「「だから、どうした!?」」


目の良い兵士の様子に、正使だけでなく他の兵士達も耳をそばだてる。


「あ、あの少女……国王の胸の筋肉が、ピクッと動く度に一瞬ニヤッて笑って……います!」


この兵士、本当に物凄く目が良かった。


「は?」


上半身裸の国王と、騎士や狩人を跪かせ中心に立つ少女。

跪いた者は全員恍惚の表情を浮かべている。


少女がもし普通の貴族令嬢ならば、目の前に裸の男がいれば恥ずかしさのあまり失神していてもおかしくない。


しかし、あの少女は失神するどころかむしろガン見していた。

そして、国王のそれはそれは立派な大胸筋が動く様を、それはそれは嬉しそうに目を細めて愛でているのだという。


あれは、きっと……。


「せ……性女だ」


「!? え? まじ? 性女?」


「うわ……ガチで? ホンモノ初めて見た」


兵士達にどよめきが広がる。


「……間違いない」


正使は確信する。

王国の国王は、あのような欲に負けるような男ではない。


それが、上半身裸で跪いて恍惚の表情まで浮かべている。


つまり、あの少女が只者ではないということ。

正真正銘の天性の性女に違いなかった。


「あれは……欲しいな」


正使は肥えた体を揺らす。

聖女を奪われた恨みを性女で晴らす……侵略戦争第一の戦利品として申し分ないではないか。


「あの性女は殺すなよ」


そう言って、正使は殺戮の指示を出した。


いつも田中家、転生する。を応援してくださりありがとうございます。


8/4にコミカライズ田中家、転生する。4巻が無事発売されました!

暴食の4巻、エマの美味しい顔が秀逸なのでぜひともよろしくお願いします。



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― 新着の感想 ―
ピンチの登場のはずなのに、俺達にはコメディの旦那が見えている…。 面白くない隙がない!
性女で間違いなかったんじゃないか…
[一言] 遂にエマが性女であることがバレてしまったか・・・
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