スーパー燃える。
誤字脱字報告に感謝いたします。
「コーメイさんっ! 背中っ背中ぁ!」
ファイヤーフォックスの攻撃が止み、そっと顔を上げたところに飛び込んできた光景にウィリアムが叫ぶ。
「にゃ?」
だが、そんなウィリアムを当のコーメイさんは不思議そうに見て首を傾げている。
「うわっ。コテンと首傾げるコーメイさん可愛いっ!! っじゃなくて背中燃えてるよ!」
巨猫の可愛い過ぎる仕草に思わず胸キュンするウィリアムだが、それどころではない。
家族を庇い、盾となったコーメイの背中は盛大に炎上していたのである。
「にゃ?」
ウィリアムの声に、ん? とでも言うようにコーメイは人では不可能な角度で首を曲げ、己の背中を確認し、
「にゃん♪」
と、良いお返事をする。
「いや、え? ちょっ、姉様! モフモフ堪能してないで訳してくださいよ!」
ウィリアムは訳が分からないと猫語翻訳係のエマに助けを求める。
攻撃の間、ずっと猫の毛に埋まっていたエマが名残り惜しそうに顔を上げる。
「コーメイさん、大丈夫なの?」
「にゃんにゃーん」
「え?」
「にゃーん」
「……ふむ」
「にゃにゃ~」
「へー……」
猫の話にウンウンと頷き、何やらエマは考え込んでいる。
「姉様、コーメイさんはなんと言っているのですか?」
焦れたウィリアムが答えを急かすが、
「んー……。なんか燃えてるけど、燃えてないんだって」
コーメイから聞いたそのままを通訳するエマ自身もよく分からないのよね……と首を傾げた。
「え? 何その、夢だけど夢じゃなかった的な謎解釈……」
エマが分からないならお手上げだとウィリアムは頭を抱える。
「にゃーんにゃにゃ」
「えーと……つまり? 熱くもないし、痛くもないんだって」
「にゃん!」
「うん、だから、それは一体どういうことですか?」
「……さあ?」
だが、二人がコーメイの説明に頭を悩ませていられたのはここまでで、事態はもっと深刻であった。
「マリオン様! アーサー様!」
攻撃が止み、周囲を確認するために立ち上がっていたゲオルグは、コーメイの背中越しに見た光景に青ざめ、駆け出した。
「陛下! 殿下!」
レオナルドも。
「アーバン!」
メルサまでも駆け出していた。
ウィリアムとエマの身長ではコーメイに阻まれ見えなかったが、無傷だった一家とは違い、ファイヤーフォックスの攻撃による被害は深刻であった。
マリオンの右腕が、アーサーの左足が、国王の髪の毛が、王子の脇腹が……燃えていた。
騎士達も、狩人達も、狩りに慣れている筈の叔父アーバンまでもが燃えていた。
猫に庇われている間、そのモフモフの毛に夢中になっていた一家は気付かなかったが、ファイヤーフォックスの攻撃は長く、なかなか止まなかった。
いくら恐怖を感じないように楽しいことを考え続けようとしても、限界はある。
「うっ……途中……までは、なんとか別のことを、考えたりできていたんだけどね……」
駆け寄ったゲオルグにマリオンは大丈夫だとは言うものの、燃える右腕の痛みに堪えるように顔を歪ませる。
「ああ、あんなに長い攻撃だとは……」
左足が燃えているアーサーも頷く。
「っ! 被害の報告を……」
王子は燃えている脇腹に顔を顰めている。
一家以外、皆負傷していた。
「ああ、情けない。油断した」
被害の報告を聞く国王もまた、燃えていた。
このままでは、再びファイヤーフォックスが攻撃を仕掛けてくれば、持ち堪えられる者は少ないだろう。
「へ、陛下……御髪がっ。お守りできず申し訳ございません」
右足の燃えているアーバンは王を見上げ、頭を下げる。
「陛下っ!」
「髪が……!」
「ううっ!」
アーバンの声で顔を上げた騎士達や狩人達も己の体そっちのけで国王の髪の心配をする。
王族の象徴ともいえる黒髪が燃える姿は臣下にとってはかなりの衝撃であった。
問題は、ファイヤーフォックスの攻撃が止んでも、恐怖に引火してしまった火は消えないということ。
自分の体が燃えていては、どうしても恐怖から意識を引き離すことが難しい。
手っ取り早く火を消すためには、意識を手放すしかない。
「コ、コーメイさん! 陛下をぷちっと……!」
ゲオルグが急いでコーメイを呼ぶが、
「いや、待てゲオルグ君。私はこのままで良い」
国王は慌ててコーメイの猫ぷちを拒否する。
王としての責任あるからやら、このまま意識を失う訳にはいかない……等々、もっともらしい言葉を重ね、何としてでも猫ぷちを回避しようとしている。
「……いや、あの。陛下……」
先に王のバーサクヒャッハー状態で痛い目を見たゲオルグには王の、これから面白くなるのに呑気に寝てられん、という本音が透けて見えていた。
とはいえ国王の髪はそれはもう、盛大に燃えている。
髪が燃え上る様はもう、ほぼスー○ーサ○ヤ人の様だった。
さすがにそんな状態の国王を見て見ぬ振りはできないと、ゲオルグも説得を試みるが、残念ながらそれを聞き入れるような国王ではない。
「ゲオルグ君、心配ない。私は魔物ごときを恐れてはいないからな。これ以上は燃えん」
己の頭を指差して、国王は謎に自信たっぷりに笑う。
「陛下ぁ! でも今、燃えているんですよ?」
「大丈夫だ! 問題ない。そもそもこの炎の攻撃がだらだらと長かったのが悪いのだ。このままだと王都へ戻るのが遅くなるではないかと気が気でなくて……」
王妃からの手紙によれば、王都では大変なことが起きているようだった。
できるだけ早く戻らねばならない。
なぜならば……
「遅くなると……ほら、ビクトリア(王妃)怒るだろうな〜って……一瞬、頭をよぎっ……うおっ!」
国王は王妃に怒られるかもしれないことを恐れていた。
怒れるビクトリア王妃を、うっかり再び思い浮かべた瞬間、国王の髪は更に勢いを増して炎上する。
「陛下! 落ち着いて下さい! 楽しいことです! すぐに楽しいことを考えて下さい!」
燃え上る国王を見て、慌ててアーバンが叫ぶ。
この場では関係のないことだとしても、恐怖の感情であれば炎上してしまう。
心を乱せば、乱すほど魔物の思う壺なのある。
「った、楽しいこと? そうだ、楽しいこと……か。ヤドヴィ、ヤドヴィ、ローズのおっ……ゴホンっ。ヤドヴィ、ヤドヴィ……おっ嫁に……行……く?」
ヤドヴィ、ヤドヴィと考えながら、国王の視線は、つい、うっかりゲオルグの方へと向いていた。
愛娘のヤドヴィガは、ゲオルグを大変気に入っているようで、あろうことかゲオルグしゃまと結婚する! なんて言ったこともある。
それをわざわざこのタイミングで国王は思い出してしまったのだ。
溺愛する愛娘の結婚なんて、父親にとっては恐怖以外の何物でもない。
「うおぉぉぉぉ! さすがにこれは熱いぞぉ!」
思い出した途端に国王の髪が怒髪天を衝くように、更に勢いを増して燃え上がる。
「あんた! 何やってんだよ!」
そんな国王に、アーバンが思わず反射的に暴言を吐いた。
この国王……要らんことしかしない。
「くっ駄目だ。私まで心を乱してはいけない。落ち着かねば……こう、もっとこう楽しいことを考えねば……」
思わず出てしまった暴言や国王の負傷の責任云々は、今は考えてはいけない。
そうでなければアーバンまで引火している足の炎の勢いが強くなってしまう。
アーバンは楽しい事を考えようと、精神を集中させる。
「……エマ……エマ……お……嫁……? うわぁーー!」
「え!? 叔父様!? は?」
アーバンは当たり前のように、恐怖の感情から一番遠い存在である愛すべき姪のエマを思い浮かべた……ところまでは良かったが、先に国王が放った【嫁】という言葉に引っ張られ、口が勝手に動いてしまったのだ。
大好きなエマがお嫁に行くのは、アーバンにしてみればどんな魔物が襲って来るよりも恐怖だった。
その結果、攻撃は止んでいるのにアーバンの髪が国王同様に燃え上がったのである。
「アーバン!! 何をしている! 油断するな!」
炎上するアーバンを、背後にいた兄レオナルドが厳しい声で叱咤する。
狩り場ではどんな些細なミスも許されないのだ。
打開策のないこの状況で無駄に傷を増やすようなことをしたアーバンは、狩人失格と言われても文句は言えなかった。
アーバンは己の至らなさを心から恥じて、反省する。
「も、申し訳ありません。兄さ……って燃えてるんかいっ!」
きちんと謝ろうと振り向いたアーバンだったが、兄レオナルドの姿を見て、間髪入れずに突っ込まずにはいられなかった。
コーメイに守られ無傷であった筈の兄の髪が、なぜかしっかり炎上していたのである。
「お前がエマが嫁に行くとか言うからだぞ!」
アーバンが「エマ、嫁」と、声に出してしまったせいで、娘を過剰に溺愛するレオナルドにまで、無駄にダメージが飛び火していた。
スー◯ーサ◯ヤ人が一気に三人、爆誕した瞬間である。
「何をやっているのです、二人とも!」
パレスの領主と領主代行が揃って無駄に炎上するハプニングに、当然の如くメルサが声を荒らげる。
「「メ、メルサ! ご、ごめんなさいっ!」」
二人は、辺境の中でも優秀で屈強な狩人として知られるパレス領主と領主代行である。
その二人が二人共、秒速速攻で土下座する。
それは、とても綺麗な土下座であった。
メルサは怒ると怖い。
そう、怖い……のだ。
「あっ! ああ……もう……」
謝る二人の髪が更に燃え上がっている。
何をやっているのだと、メルサはがっくりと肩を落とし、これ以上怒るわけもいかず、もういい……と二人を立たせる。
「………っ」
レオナルドとアーバン、そして王妃と似た怖さのメルサに国王が横一列に並んで所在なさげに立ち尽くしている。
「おぅっふ、ふ、ふはっ……さっ三人ともっ……なんで揃って髪っ」
そんな光景を見て、笑いの沸点が低いアーサーが堪られる訳もなく、己で己の口を覆うよりも先に吹き出してしまう。
「あ、兄上。ふふっ……そんなに、笑うのは失礼ですよ」
兄を諌めようとしたマリオンも、大の男が髪を燃やしながら縮こまって謝っている姿に笑いを噛み殺している。
「ふぷっ!」
「はっ、はは!」
「くくっ!」
騎士や、狩人の中にもつられて笑ってしまう者がチラホラいて、魔物と交戦中とは思えない和やかな雰囲気が辺りを包み込んだ。
「……エマ……嫁……」
くつくつと笑う、ベル兄妹の後ろで、エドワード王子だけは、一人真剣な顔で項垂れていた。
王子の脇腹も未だに燃えており、普通にどう考えても絶体絶命の危機であるには変わりがない。
だが、そんなことよりもエドワード王子には気になることがあった。
そう、エマが嫁に行くのなら、相手は誰だ? ……と。
「はっ……!」
もしかしたら、それは自分なのでは? と都合良く想像した途端に顔が火照る。
「ん? 殿下、今呼びました?」
そこに、エドワードに呼ばれた気がして、間の悪さに定評があるエマがぐいぐいと王子の顔を覗き込んでくる。
「あっ……いや……その、エマが無事で良かった……と」
エマの顔がぐいっと近づいたせいで、エドワードの顔は更に赤くなる。
返事すらもしどろもどろで自分でも何を言っているのかも怪しいくらいに狼狽える。
「あっ殿下、また更に顔が赤く……。あれ? でも脇腹の火の勢いが大分弱くなったような……?」
王子は出会った頃から顔が赤くなる持病があるとエマは思っていた。
「うーん? 不思議ですねぇ?」
普通はこんな時に持病の症状が現れたら恐怖を感じる筈なんだけど……火の勢いは弱まっている。
エマは不思議そうに首を傾げる。
「にゃぶ……」
コーメイはエマに残念そうな視線を送りつつ鳴く。
「ん? コーメイさん? どうしたの何が鈍いの?」
「にゃーにゃ……」
エマの質問に、コーメイは静かに首を振る。
なぜならエマの後ろで、父親のレオナルドと叔父のアーバンが鬼の形相でエドワード王子を睨んでいる。
それに関わるのは面倒だった。
「「…………」」
その和やかなというか、ふざけているのかという様子を静かに見ていた魔物学と狩人の実技の教師は息を呑む。
「………すご」
「あ………ああ」
他の者と同様に教師達も長い時間ファイヤーブレスにさらされたために、体の一部が燃えていたが、その状態であっても目の前の信じ難い光景にあ然としていた。
「さすが、としか言えん」
「あ、ああ」
まず、凄いのは攻撃が終わった時点で一家は無傷だったこと。
それは猫が直接の攻撃から庇ったとはいっても、あのファイヤーブレスの熱と音が長時間続く中で、全く恐怖を感じていない事を現している。
魔物狩りに出ている伯爵と長男ゲオルグだけでなく、幼いウィリアムやエマ、結婚するまでは王都で大事に育てられた公爵令嬢である夫人までもが恐怖に勝ったというのか。
屈強な騎士も、ベテランの狩人も、軒並み負傷しているというのに。
驚いたのはこれだけではない。
なんと、国王までもが炎上する最悪の事態となったこの場で、比較的体力のある領主と領主代行が、己を犠牲にし恐れ多くも国王をネタに混ぜ込みいじることで雰囲気を一変させてしまったのである。
誰もできることではない。
「パレスの狩人はレベルが高いと聞くが、ここまでとは……」
「国王が負傷なんて、ファイヤーフォックスが次の攻撃をする前に全滅もあり得たぞ」
あの畳みかけるようなボケとツッコミがなければ、皆が恐怖に己の体を焼かれるところであった。
あの一瞬で場の空気を変えたアーバン博士の頭脳と、兄弟ならではの阿吽の呼吸でそれに乗るスチュワート伯爵から、魔物狩りでのとてつもない経験と実績が垣間見える。
さらには幼くか弱いエマ嬢は、その生まれ持っての優しさで王子の気を逸らせ、火の勢いを弱めることまで成功させている。
王子の顔が赤くなるほど、周囲の負傷した者達の顔から恐怖の色が薄まり、生温かい目に変わっていった。
「……天使……か?」
「天使……なのか?」
二人の教師……もとい、二人のオジサンは知らぬ間にホイホイと、エマの特殊能力の影響を存分に受けているが、まあ、仕方がない。
自陣に損害がこれほど出ているのに、恐怖に囚われる事なく、それどころか各所から生温い笑顔が溢れていた。
これが、王国最大の辺境パレスを守る一族なのだと教師達はしきりに感心する。
が、スチュワート家にはそのような意図はミジンコ程もなかった。
コーメイのモフモフは熱と音如きが邪魔できないくらい一家を魅了し、あのボケとツッコミも全部ナチュラルに本気でやっているのだ。
エマに関してはもう、ただの通常運行である。
そして、この状況に驚いたのは教師達だけではない。
「グルルルルルルルル……!」
ファイヤーフォックス側も戸惑っていたのである。
スチュワート家は、これまでの人間とは違い過ぎる。
「グルルルル!」
何かがオカシイ……どう考えても圧倒的有利な筈なのに、人間から得られる恐怖がとても少ない。
虹色ラクーンの力で最強となったファイヤーフォックスは、かなり巨体となって見えている筈なのに。
あの人間の集団の中には、全く恐怖を感じていない者までいる。
忌々しい魔法の気配も感じられないのに果たして人間にそんなことができるのか、疑わしい限りである。
感情を無にする魔法とは違い、目の前の人間達は笑っていた。
恐怖しないだけでなく、笑っていたのである。
「グルルルル……」
明るい感情は、良くない。
それは攻撃の効果を著しく弱めることに繋がる。
「ギュイ!」
すぐ後ろに控えていた虹色ラクーンは、ファイヤーフォックスが弱気になっていることに気づき、鳴き声を上げて隣に進み出る。
「ギュイ、ギュイ、ギュイ!」
ファイヤーフォックスの炎は人間の恐怖に引火する。
虹色ラクーンは、人間の恐怖を狂うまでに増幅させることができる。
ファイヤーフォックスと虹色ラクーン。
二匹が揃えば、国の一つや二つ簡単に滅ぼすことができる。
対人間であればこの二匹が揃ったら、負けるわけがないのだ。
「グルルルルル!」
「ギュイ、ギュイ、ギュイ!」
魔物が再び攻撃態勢に入る。
コメディ「なるほど……」
ラブコメ貴腐人「そうそう、大分使いこなせていますね」
コメディ「最近は便利になったんだなぁ……」
シリアス「……」
ピンチ「……そんな……旅行先から、リモートで仕事……だ、と?」
シリアス「……ぐあァァ!」
ピンチ「!? シリアス? シリアス? しりあーーーーす!」




