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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と帝国の暗躍
175/195

知らない魔物? 知りたくなかった魔物。

誤字、脱字報告に感謝致します。

「何やってるんですか? 早くこのレースの上に乗って下さい。燃えちゃいますよ!」


一家が編んだレースを敷いた後も炎の勢いは相変わらずで、どんどんキャンプ地を侵食していた。


だが、ウィリアムが急かしているのに皆、レースの手前で立ち尽くしていた。


「見れば見るほど……」


「むう……」


「これを、踏む……のか?」


一家が五分足らずで仕上げたレースは、その道に詳しくない者でもひしひしと感じてしまう何かがあった。

このレース、美術館で展示……いや、国宝として王城の宝物庫で保管すべき作品なのではと。


キラキラと光る紫色の糸自体の美しさ、五十メートル×五十メートルという大きさでありつつ、均整の取れた完璧なる正方形。

そして何よりもこの見事な模様である。


外枠を一匹のリュウグウノツカイがぐるりと囲み、その中を色々な種類の魚が泳いでいる。

なんとも躍動感溢れるこれまで見たことのない素晴らしい模様だった。


そもそもレースってこんな、複雑な模様編めるのか?


「う、うーん……ウィリアム君? このレースを汚すのは……」


あの国王ですら、レースの上に足を乗せるのを躊躇っている。

それもそのはず、国王の靴はバーサクヒャッハーの影響でかなり汚れていた。


「え? そんなこと言っている場合ではないでしょう!?」


ゲオルグが早く来いと急かす。

国王の背中には炎がすぐそこまで迫っていた。


「だ、だが……」


レースは、この状況でそんなこと言いたくなる程の芸術作品なのである。


「大丈夫ですよー。ヴァイオレットの糸は水洗いでキレイになりますから」


ふふふ、と笑顔で駆け寄ったエマが国王の手を握る。


「むう……だが……って、ああ! エマちゃんっ」


そんなに気に入ったなら使い終わった後は、洗濯してプレゼントしますから、とエマは太っ腹なことを言いつつ、強引に国王をレースの上に引っ張ってゆく。


「ほら、殿下も!」


国王をレースに上げた後、エマはエドワード王子にも手を伸ばす。


「え? わっ!」


突如、エマの手を握るチャンスが訪れた王子だったが、差し出された手を握る前に己の手汗を拭かねばなんて考えた隙にぬっと現れたレオナルドに持ち上げられてしまう。


「!? は、伯爵!?」


「殿下、うちの娘はお触りは厳禁です」


「ええ。王族であろうとも、我が家の厳格なルールには従って頂きませんと」


怖い顔のレオナルドと、兄に同意するかのようにアーバンも王子に顔を近づけて威嚇する。

たとえ炎に囲まれていようが、娘を溺愛する父親と姪狂いの叔父は健在である。


「ふはっ……。鉄壁ガードですね殿下」


「兄上、不敬ですよ」


エドワード王子の護衛であるアーサーと妹のマリオンも続いてレースの上に乗る。


「お、おい」


「あ、ああ。行こう」


「くうぅぅっ」


足元が一番汚れていた国王がレースを踏むのを見て、騎士や狩人も漸く躊躇いつつも敷かれたレースの上に移動する。

少なくともこのレースは燃えないだけでなく洗濯可能という言葉を信じて。


「さて、困りましたね」


全員がレースの上に乗ったのを確認したウィリアムは母メルサを見上げた。

その表情には、少々焦りの色が見える。


「……そうね」


メルサはそんなウィリアムの声に頷き、隣に立つ義弟のアーバンにもどう思う? と声をかける。


「…………ええ。これは、少し困りました」


王子に注意していた時とは打って変わってアーバンは悩ましげに顔を歪ませる。


レースを編んで最低限の足場の確保は間に合ったものの、実質全員が炎の中に閉じ込められてしまった。

スチュワート家が揃い、スカイト領の狩人もいたのに、誰も退路の確保ができなかった。

それほど火の回りが早かったのである。


「うーん。困った……か」


パレス領領主であるレオナルドも、三人の表情で楽観視できない状況にあることを察する。


アーバン、メルサ、ウィリアム。

スチュワート家の頭脳である賢い三人の表情が暗い。


「こんな、規格外の火力を持つ魔物を僕……知らないんです」


既出の魔物の殆どを記憶しているウィリアムが声を震わせる。


火を出す魔物は数多しと言えど、こんな馬鹿みたいな火力を継続的に出し続けられる種なんて記憶にない。


「そうね。森どころかキャンプ地までを覆い尽くすような火力を持つ魔物なんて、初めてよ」


震えるウィリアムの肩を抱き、メルサは迫りくる炎を見上げた。

炎の隙間から森の木々よりも高く上がった一本の火柱がこちらに移動して来ているのが見える。

多分あれが本体なのだろう。

真っ直ぐに近づいてくるあの魔物は、確実に我々を狙っている。

敵の情報が全くないことには、対処ができない。


「知らない、ねぇ……んー、例えばサラマンダー千匹が暴走ネズミの影響でヒャッハーしてる……って可能性は?」


あれも違う、これも違うと再度頭の中の魔物ライブラリーに照らし合わせて首を振っているウィリアムに、エマが数の暴力と暴走ネズミのバーサクで火力が引き上げられたのでは? と思い付いた仮説を言う。


「知らないんだったら……新種じゃないのか?」


ウィリアムが知らないなら誰も知らない。

ならばこれまで目撃例のない魔物、新種が現れたのではないかとゲオルグ。


「いや、サラマンダーが千匹ヒャッハーしたとしてもこの火力は無理です、姉様。一瞬で広大な森が火の海と化す勢いなんてどの魔物でも難しいです。兄様、こんな規格外の力を持つ魔物に新種で出てこられたら……っ」


国が滅ぶ……。


国王がいたと、最後の言葉をウィリアムは飲み込む。


何一つとして情報がない魔物ほど、狩人が恐れるものはないのだ。

それがこれまでとは規格外の力を持つなら尚更である。


「……早く王都へ向かわねばならないのだが……それどころではない、か……」


スチュワート家の深刻な様子に、国王も苦い顔をする。

謎の魔物によると思われる火力は、既に森を超えて退路すらも焼き、遠く見える王都へと続く道も炎が揺らめいている。

最初に火柱を確認してから囲まれるまでに逃げられる隙はなかった。


なんなら、炎の方が先に王都へと着いてしまいそうなのだ。


「ああ……考える時間もそんなになさそうだ」


森側を見つめていたアーバンが冷や汗を拭う。

火柱はずっと真っ直ぐ迷いなくこちらへ向かって来ており、辿り着くまでにそう時間はかからないだろう。


「姿を見せずに先制攻撃とは魔物は存外卑怯な生き物なのだな」


正々堂々と戦えよと国王が謎の魔物に文句を言う。


「いや、あの……魔物相手にそれは……」


通用しませんよ、とウィリアムが突っ込みを入れかけるが、国王に突っ込みはよくないと、また慌てて口を噤む。

が、生きて帰れないなら言っても良かったかもしれないな、なんて思いも一瞬頭を掠めるくらいには、未知の魔物は危険なのだ。


その時、


「う、うわぁぁぁーー!!」


突然、騎士が悲鳴を上げた。


「も、燃えてる!」


端にいた一人の騎士の腕に火がついていた。


「わ、わ、なんでっ、消えないっ」


周りにいた騎士が火を消そうとするが、中々消えない。


「あ、熱い! あ、あ、うわぁーー!」


堪らず耐火布代わりのレースの上を騎士が転げ回る。


「嘘だろ!? 水をかけても消えないぞ!?」


「これ以上、どうしろって?」


転げ回る騎士に水をかけ、敷いているレースで騎士を包んでも、仲間の騎士が決死の覚悟で覆いかぶさっても騎士の火は消えなかった。


「なんで消えないんだ? おかしいだろ!?」


火は無情にも騎士の肌を焼いてゆく。

騎士の肌は見る見るうちに赤く爛れてジワジワとその範囲を広げていった。


「た、助けて!」


騎士が炎で焼ける手を伸ばし、助けを求める。


「おい、どうした!?」


「消えないのか?」


「この火は一体……?」


レオナルド、ゲオルグ、アーバンも火を消そうと燃える騎士に近づくが、やはり何をしても消えない。


こんなのは、ありえない。

どうすることもできないのだ。


「にゃーん!」


「あ、コーメイさん? どうする……の?」


香箱座りしていたコーメイが、ぬっと起き上がり、燃えている騎士の方へと前脚を伸ばす。


そして……。



ぷちっ



「あっ」


「あっ」


「あっ」


猫ぷちした。


「いや、コーメイさんっ! 燃えているの腕だから!」


騎士の顔面に肉球を押し付けるコーメイにゲオルグが突っ込む。


「にゃ?」


火を消そうと転げ回っていた哀れな騎士は、コーメイの猫ぷちで意識を失ったのかピクリとも動かない。


「だから、あの……え?」


「兄様! 見て! 火が、消えてる」


コーメイの後ろから駆け寄ったエマがゲオルグの袖を引いて声を上げる。


「え? なんで?」


あれだけ何をしても消えなかった炎が、騎士の腕から消えていた。


「にゃ!」


コーメイが得意そうに鳴く。


「コーメイさん、凄い!」


「にゃーん!」


「よし、早く手当を! ウィリアム来てくれ!」


ゲオルグがウィリアムに傷の様子を見てくれと頼む。

魔物から受けた傷に何か手がかりがあるかもしれない。


狩人に救急セットをもらい、ウィリアムが猫ぷちで意識を失った騎士の火傷を観察する。

スライム事件以降、ウィリアムは応急処置の勉強に力を入れていた。


「これは……母様! 叔父様も見て下さい、この火傷……」


ウィリアムが、ハッと気付いて母親と叔父を呼ぶ。

呼ばれた二人の顔色が、騎士の火傷を見た瞬間に変わった。


「まさか、そんな……」


「ここは、南大陸だぞ?」


スチュワート家の頭脳、賢い三人が驚愕の表情を浮かべている。

騎士の腕に残る特徴的な傷を見て、それでも信じたくないのか首を振る。


「ですが、これ……」


騎士は、炎に焼かれ手の平から腕にかけて酷い火傷を負っていた。

それなのに。


「あ……服が、燃えていない?」


スチュワート家の頭脳三人に加え、エマも異常に気付く。

あれだけの火傷を負っているのに、騎士の衣服は燃えておらず、何事もなかったかのように焦げ一つさえもないのである。


「アーバン? この森は虹色ラクーンがいるのよね」


メルサの声が震えていた。


「は、はい。しかも、先程森で遭遇した時……っ、一匹仕留めそこねたやつが、います」


メルサはレースの上にいる人数を目算し、炎を見て大変なことになったと額に手を当てる。

人間の数が多すぎる。


「え? なに? ヤバいのか?」


狼狽する母と叔父を見て、ゲオルグがウィリアムに尋ねる。

が、狼狽しているのはウィリアムも同じだった。


「けど、アレは北大陸にしかいないはずです!」


ウィリアムが兄の質問にも答えずに、往生際悪くまた首を振る。


「あれは、ここに、この大陸にいてはいけない……そんなっ。虹色ラクーンのいるここでは勝ち目が……」


ガチガチと歯を鳴らして、ウィリアムが頭の中の答えをどうしても否定したくて呟く。


「ウィリアム、でも最近似たような状況あったじゃない? これだけ材料が揃うなら認めるしかないわよ」


エマが覚悟を決めろと弟の頭をくしゃくしゃっと撫でる。


「オワタも、皇国で出現するような魔物じゃなかったわよね?」


「っ! 姉様、じゃあ僕達はアレと戦わなくてはならないのですか!?」


ウィリアムが叫ぶ。


「あの、ファイヤーフォックスと!」


相手が未知の魔物ではなくなったのに、ウィリアムの心は軽くなるどころかグンと重くなっていた。


「そう。ウィリアム、びびっちゃだめよ」


エマがパンっとウィリアムの背を叩く。

何があっても、気をしっかりと持たなければならない。



なぜなら、ファイヤーフォックスの炎は人間の恐怖に引火するのだから。



ピンチ「い、いきなり、忙しい!」


シリアス「お、おれも? 忙しい?」


ラブコメ貴腐人「あのエグい1ページは絶対に健全な読者に見られる訳にはいかないの。コメディ、もっとよく見て! 探して!」


コメディの旦那「大変だ! 仕事してる場合じゃねぇな!」

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― 新着の感想 ―
うちのPCでは今も現役で使ってますよ火狐 いや、もしかしたらクリント・イーストウッド監督の映画かもしれないな
[気になる点] このストーリーは作者以外も理解出来てるの?? レースとか海の生き物とかクーデターとか猫がウニャーンとかまずストーリーが全力で解らん
[良い点] いつもながらに楽しい会話とテンポのよいお話にウキウキして読ませていただきました。 こーめいさんの可愛い返事がたまらなく好きです^ ^
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