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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と帝国の暗躍
171/198

王妃からの手紙。

誤字脱字報告に感謝致します。

緊迫した状況の中、絶対に今じゃないと思いながらも、国王は仕方なくエマが差し出す手紙を受け取る。


「……これは!」


その手紙の真っ黒の封蝋に混ざる赤に国王の目の色が即座に変わった。

緊急事態を知らせるその封蝋は滅多なことでは使われないものだった。

今じゃないなんて思っていたことも吹っ飛び、乱暴に封を開けて中の手紙に目を通す。


「そ、そんな……。マクシミリアンが、せ、洗脳? からの裏切り……? は!? 帝国船から攻撃……? 大……砲だ……と?」


その内容は読めば読むだけ信じ難いことが書かれており、絶句する。

課外授業へ出掛ける王と入れ違いで帰国した第一王子マクシミリアンは、我が息子ながら勤勉で真面目な出来のいい王子として国民からの人気も高い。


その息子が帝国に洗脳されており、王国を攻撃するための手引きを行ってる。


冒頭から衝撃的な内容だった。

マクシミリアンの友人の乗る船として入港を許可された帝国船に王都まで到達するらしい大砲が積まれている。

その大砲はいつでも撃てる態勢が整っており、今夜にも王都が攻撃されるかもしれない。

最後は即刻帰るようにと締めくくられていた。

この嘘みたいな内容の手紙は間違いなく王妃の直筆であり、それは書かれてあることが真実だと、証明するものであった。


「なんということだ。すぐに……王都へ帰らねば!」


国の一大事に王がぐわっと顔を上げる。

……が、その国王の両頬を追って、ひんやりと冷たい手が包んで引き戻した。


「!」


「陛下、顔を上げてはいけません。虹色ラクーンと目が合ってしまいます」


引き戻されたために再び下を見た先には、背の高い国王の頬に手を添えるため、つま先立ちで手を伸ばしているエマがいた。


「で、でも……エマちゃん、今王都が大変だとこの手紙に……」


王国の都が帝国に攻撃されようとしている。

国王としては、こんなところで小さな魔物に構っている場合ではないのである。


「陛下、それでも落ち着いてください。虹色ラクーンの前で不安や恐怖を見せてはなりません。狙われてしまいます」


国王の動揺を見て、虹色ラクーンがじりじりと移動する気配をエマは感じとっていた。

精神攻撃系の魔物を前に心につけ入る隙を見せてはならないと、懸命に国王の視線を自分に向けようと頑張る。


二度目の国王乱心は困る……し、個人的にイケオジに見つめられるチャンスは逃せない。


だが、


「う、うわぁぁぁぁ!」


国王の近くにいた騎士が、突如悲鳴を上げた。

虹色ラクーンが国王の視界に入ろうと移動したことで、近くにいた騎士がその視線の餌食になってしまったのだ。


騎士は、言われた通り魔物の目を見ないように注意しながらも、本分である護衛をするために王の様子だけは注視していた。


そこにきて、エマが懸命に王の頬へ手を伸ばして見つめ合う光景に【これは見てはいけないヤツ】だと体が勝手に視線を逸してしまったのだった。


王と少女のイケナイ関係……もちろん、これは黙殺するのが正解である。

それは王族の近くで護衛をする近衛騎士として正しく空気を読んだ動きであったが、ここは狩り場、普段の常識が通用するなんて考えてはいけない。


騎士は虹色ラクーンが魔物への恐怖を利用することを前もって聞いてはいたが、魔物狩りに慣れていないせいで魔物の精神攻撃を甘く見ていた。

たしかに魔物は恐ろしい。

だが、鍛えに鍛えた屈強な騎士である自分がおかしくなるほど恐怖するなんてイメージできなかったのだ。


騎士が、イケナイ関係から視線を逸した先に魔物が移動していた。

咄嗟のことで絶対に見るなと言われていた虹色ラクーンの目を騎士はうっかり見てしまった。


まずい……と目を逸らそうと試みたが、もう遅い。


騎士の視界は虹色ラクーンによって、奪われ一気に暗闇が拡がっていく。

そして、無が訪れた。

すぐ近くにいた王の気配も少女の気配も目が合っていた魔物の気配さえも忽然と消え去って何もかもがなくなった。


「……え? 何? ……暗い」


バクバクと己の心臓の音だけが聞こえる。


「ま、待って……。暗いのは……、暗いのだけは……」


騎士が、最も恐れたのは暗闇だった。

幼い頃、悪さをしてクローゼットの中へ閉じ込められたことがある。

謝っても、泣いても、叫んでも許してはもらえなかった。

あとから聞けばほんの数十分の間だったらしいが、それが数時間にも感じられるほどに恐ろしくて仕方がなかった。

あの日以来、暗いのだけはどうにも苦手だ。

それでも大人になるにつれ克服したと思っていた。


この瞬間までは。


どんなに訓練された騎士も、潜在意識の中に巣食う恐怖心には勝てない。

虹色ラクーンは、対象の持つ恐怖の記憶に干渉し、精神を支配して必要とあらば幻覚を見せることもできた。


「う、うわぁぁぁぁ!」


魔物に対する恐怖を取っ掛かりに過去の記憶までを利用されては、どんなに強い男であっても敵わない。


初めから強い人間なんていないのだから。


そして、パニックは伝染する。

騎士の叫びで別の騎士が視線を上げ、移動していた虹色ラクーンの目が視界に入る。


「ヒィィィ!」


別の騎士が叫ぶ。


「や、やめろ! なんでっ生きてる? なんで? おまっ……なんでぇぇぇ」


別の騎士が、彼の記憶に残る恐怖に捕まる。

誰もいないところを指差して、ペタンっと尻餅をついて震えている。


「あ、あいつらがあんな悲鳴を上げるなんて……。何が起きているんだ?」


顔を固定され、エマの顔しか見えない国王が直々に稽古をつけている自慢の騎士達の悲鳴に身じろぎする。


「陛下、虹色ラクーンのせいです。陛下はこのまま私を見ていて下さい。そう、私だけを!」


半分本気で半分下心ありきのエマがぐいっと上向きかけた国王の顔を引き戻す。


魔物の中では小型で非力な部類に入る虹色ラクーンは、目さえ合わせなければ危険ではない……と課外授業でヴォルフガング先生が教えてくれていた。

直接攻撃されたとしても酷くて骨を折る程度だと。

運悪く目が合ってしまった騎士達のように震えてるだけならまだなんとかなる。


一番怖いのは精神攻撃を受けた者が、恐怖に追い詰められた末に逆ギレした時だ。


彼らは既に味方と敵の区別がつけられる精神状態ではなく、恐怖に苛まれ闇雲に振る剣が傷付けるのは、魔物ではなくすぐ隣にいる仲間なのだ。


逆ギレする者が出た場合、正常な他の者は視界に限りがある中で攻撃をかわしつつ、被害が拡がらないように取り押さえなくてはならない。


その過程で少しでも虹色ラクーンと目が合えば、恐怖に捕らわれて正気を失う者が増えるという悪夢を繰り返すことになる。


全ての者が正気を失うまで、じっと待つ。

それが虹色ラクーンの攻撃法だった。


「とにかく、陛下が暴れる前に倒さないと……!」


「だね」


騎士の恐怖の叫び声が伝染していく中、ウィリアムが言い終わる前に、叔父アーバンが矢を放った。

近づくのが難しい魔物には長距離攻撃できる弓矢が有効なのである。


だが、


「あ!」


「……外したか」


アーバンが顔をしかめる。

虹色ラクーンはすばしっこく、視力がかなり良い。

弓に長けたアーバンでも標的と目が合わないようにという制約が命中率を下げてしまったようだ。


「よし、今のうちに帰り支度をしよう」


レオナルドが顔を上げる。


「そうですね」


「え?」


「はーい」


名残惜しそうにエマの手も、国王の頬から離れた。


「ウィリアム、アレ一応回収しにいくか?」


少し離れていたゲオルグがいつの間にかウィリアムの後ろまで移動していた。


「うーん……お父様があの魔物はあんまり美味しくないって言ってたので気が進みませんが……。毛皮も……売っているところ見たことないんですよね」


回収しても使い道あるかなぁとウィリアムはブツブツと文句を言いながらも、ゲオルグのあとをついて行く。


「ちょっと待って? エマちゃん、今アーバン博士は外したって言ったよね?」


スチュワート家の急な撤収モードについて行けず、国王は混乱する。


「はい。叔父様一匹逃しちゃいましたので」


「申し訳ございません陛下。今は逃げた一匹を追いかけて仕留めるよりも、森を出るほうが安全かと……」


アーバンが国王に頭を下げる。


「……え? 八匹は仕留めたの!? あの一瞬で!?」


「はい。このパレス製の弓は弦が特殊でして、見た目よりも殺傷能力が高いのです」

 

チラッとエマに視線を送り、アーバンが笑顔で答える。

エマ考案のヴァイオレットの糸を使って作られた弓は魔物狩りの現場で重宝されている。


「あー……なるほど?」


どちらかと言えばコントロールの方に驚いていたのだが……と国王は曖昧な返事を返す。


アーバンのあの細腕で、魔物八匹を一瞬で倒すとは信じられなかった。


「にゃ♪」


ぷちっ


「にゃ♪」


ぷちっ


撤退と聞いたコーメイが、虹色ラクーンの精神攻撃によって恐怖に囚われた騎士達を猫ぷちして回る。


「うーん、虹色ラクーンを倒しても精神攻撃の効果が消えないのは地味に厄介なんだよね」


今はコーメイさんがいてくれて助かるとレオナルド。


「魔物を倒すのは俺達慣れてるけど、人間相手だと加減難しいですもんねー」


虹色ラクーンを六匹を回収して帰ってきたゲオルグが同意する。

ゴリラには人の扱いは繊細すぎるのだ。


「うわ……これ使い道あるのかな?」


二匹の虹色ラクーンを引きずりながらウィリアムも遅れて合流する。


「これ、死んでも毛の色は変わるんですね……」


引きずっている虹色ラクーンは土色、ゲオルグが持ち上げている方はゲオルグの手やら服やら空やら細部まで細かく背景に同化した色に変わっていた。


「……つまり、これを毛皮のコートにして今の陛下に着せても……結局は……」


パレスではほとんど出現しない魔物を見たいと駆け寄ったエマが虹色ラクーンを見てハッと呟く。


「裸の王様に……」


「「「ぶはっ!!」」」


レオナルドとゲオルグとウィリアムが噴く。


「ちょっ、姉様! やめて!」


「エマ、お前……っ」


「うんうん、エマは面白いねぇ」


スチュワート家がキャッキャッと前世ネタに笑い合う。


「……え? 今の何が面白かったの?」


「さ、さあ?」


が、近くにいた騎士と狩人は困惑している。


「うう……」


そして、スチュワート家なのに笑いのツボが分からないアーバンが寂しそうに唸るしかない。


「よし、撤退を急ごう。王都に帰らなくては」


裸の王様は自慢のイケボを張り上げる。

王都が、攻撃される前に帰らなくてはならない。


だが、この時逃した一匹を仕留めなかったことを一家は後悔することになる。


復讐に燃える虹色ラクーンと帝国が送った魔物が出会うのにそう時間はかからなかった。



しばらく更新が止まりまして、申し訳ございません。


ピンチ「って、作者が謝ってたけどシリアスからも謝らないとな」


シリアス「え?」


コメディの旦那「そうだぞ、シリアス。謝れ」


シリアス「ええ?」


ラブコメ貴腐人「早く謝ってくださいな、シリアスきゅん」


シリアス「え? きゅん?」


チャンス「そうそう。謝ろうシリアス君」


シリアス「……ご、ごめんなさい」


作者「ほんとにごめんなさい」




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― 新着の感想 ―
ロートシルト商会によって光学迷彩服爆誕? まあ起きたことはしかたがないので、王都の連中にはこの後しっかり教育しておかないと。 第二王子に続いて国王にも前科がついたけど、まだ本人も周りも自覚できてなさそ…
[良い点] 叔父さんはfate/stay nightのヘラクレス並の強さですね。 射殺す百頭(ナインライブス)と言って分かるでしょうか?
[良い点] 辺境の実情が伝わりそうなところ。 考えてみれば陛下が現場に出たがったのも「自身の認識に抜けがある」と考えたから。 そして甘い考えで突っ込んで。 状態異常に陥って王国の危機というときに容易に…
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