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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と帝国の暗躍
170/198

本来の目的。

誤字、脱字報告に感謝いたします。

ガラガラと耳障りな音と共に台車に乗せられた檻が運ばれてくる。

檻は真っ黒な布で覆われており、中に何がいるのかは見えない。

台車を引くのは屈強な男達で、その表情は硬く緊張している。


彼らの周りを囲むのは、帝国の軍隊。

真ん中には大きな魔法陣が設置されていた。


この軍の指揮を任されている正使が間に合ったかと一言呟き、これで確実に王国を手中に収めることができるだろうと笑う。


「よし、檻を魔法陣の真ん中に置き、鍵を開けろ」


魔法陣を使って軍より先に王国へと、檻の中にいるアレを移送するのだ。


「あの、正使様。今からでも遅くはありません。アレの檻を開けるのは危険です」


檻を囲む男達の一人が声を上げる。

アレを、生け捕りにするために十三人が犠牲になっていた。


「ふん。危険、良いではないか。危険だからこそ王国に送るのだ。我が軍よりも先にアレが一仕事してくれるだろう。森に常駐する狩人も周辺の村人も全て燃やし尽くして、我々が行く頃には随分見晴らしも良くなっているはず」


ああ、あと課外授業にたまたま参加していた不運な国王も一緒に……な。


正使は魔物の知識を有していた。

王国とは違い、帝国では魔物学を専門に学んだ者は優遇されるのである。


王国では辺境の領主に一任される魔物狩りだが、帝国では知識がある者が辺境で魔物を狩ることはほぼ、ない。

魔物学を修められる貴重な頭脳の持ち主は、帝都の安全な執務室でただ指示を出していれば良い。

動くのは現場の者達に限られる。

その中には王国では禁止されている奴隷の姿も少なくはない。


「知っているか? 魔法陣のあるスカイト領の結界付近には、例のあの魔物がよく出現するらしいぞ」


正使は嫌らしい笑みを浮かべる。


「例の……まさか、虹色ラクーンですか!?」


檻を運んで来た男達に動揺が広がってゆく。

アレ単体だから、何とか捕獲できたというのに、王国側に虹色ラクーンがいるとなると……。


「まあ、王国の狩人はそれなりに優秀だと聞いている。ある程度はアレの力を削ぐこともできるだろう」


我々は魔物が疲れたところを適当に捕獲すればいい、と正使が動揺する男達の心配を一蹴する。


「そんなっ……。アレと虹色ラクーンですよ!? 無理です! いかに王国の狩人達が経験豊富で優秀だとしても、檻のアレと虹色ラクーンに同時に相対してマトモでいられる人間なんていません!」


正使の考えは机上の空論というもの。

どれだけ優秀だろうが、アレと虹色ラクーン同時に対抗できる訳が無い。


「つべこべ言わずに、さっさと台車を移動しろ」


男達の動揺が軍隊にまで広がる前に正使が台車の移動を命ずる。

王国……いや、あの腹立たしい国王を葬る絶好の機会を逃したくはない。

帝国の正使である自分をあそこまでコケにする国主は王国だけである。


「正使様、檻の設置が完了しました」


檻が台車ごと魔法陣の中に置かれ、鍵を開ける者一人を残して、男達は魔法陣から離れる。


「本当に危険なのです。鍵を開けたらすぐに転移させてください。一秒のズレもなくですよ?」


なおも食い下がる男達に、周りに控えている軍人の中にも不安そうな顔を見せる者が出てきている。


「しつこい、そのくらい分かっておるわ。おい……魔法使い共、火だるまになりたくないなら鍵を開けるタイミングに合わせてちゃんと送れよ」


正使の指示に、魔法陣の周りを囲む魔法使い達は緊張で青白くなった顔を隠すように深くフードを被ってから頷く。

なにせ中にいるアレは貴重な魔石で作った檻でしか捕獲できない危険度の高い魔物なのだ。


ヴゥン。


魔法陣が、光る。


「解錠します!」


魔法陣の中に残ることになった運の悪い男が叫ぶ。

その声は緊張で裏返っている。


「!」


「バカ、早い!」


「ウワァァァァァ!」


檻の鍵が開いた瞬間、辺り一面に炎が噴き上がった。


「早く送れぇ!」


正使が叫ぶ。


「ウワァァァァァ!」


檻から一番近くにいた鍵を開けた男が炎に包まれ転がる。


「ひっ!」


魔法陣を囲んでいた魔法使い達も、思わず怯んで後退りする。


「ギャァァァ!」


「ヒイィィィ!」


「ああぁぁぁ!」


魔法使いよりもずっと離れて待機していた帝国軍の中からも、突如悲鳴が上がる。

鍵を開けた男と同じように、突然全身が炎に包まれ、その耐え難い熱に発狂していた。


「バカめ! あれ程アレを直視するなと言ったのに……」


炎を消そうと転がる軍人達に、王国へ行く前から負傷してどうするんだと正使が舌打ちする。


ヴゥゥン……。


阿鼻叫喚の中、やっと魔法陣が作動して檻は中身ごと消え、見えなくなった。

転送が完了したのである。

不思議なことに転送と同時に、火だるまになっていた者達の炎までも消えていた。

炎なんて初めからなかったかのように。


「さっさと負傷者の数を確認し、報告しろ。これより二時間後に魔法陣を介し王国へ進軍する」


正使はイライラと軍隊へ指示し、其処此処へ転がっている軍人に冷たい視線を送る。


彼らはあれだけ炎に包まれていたにもかかわらず、身に着けている衣服等には焼けた痕跡は見られない。

だが、見える範囲の肌は真っ赤に腫れ、水ぶくれができ始めていた。

人だけを狙ったかのような、気持ちの悪い傷の状態に、衛生兵は息を呑んだ。


「……まぁ、いい。アレが王国で派手に暴れてくれることを考えれば、この程度の損失おつりがくるわ」


用意されていた椅子にドカッと座り、正使は不敵に笑った。


 ◆ ◆ ◆


王国、スカイト領の結界付近の森。


「とにかく、早急に撤退しましょう」


レオナルドが猫ぷちから目覚めたばかりの国王に進言する。

国王の暴走のせいで合流するのに手間取った挙げ句、国王の意識が戻るまで待たなくてはならなくなり、予定していた帰る時間はとっくの昔に過ぎていた。


もう、何なのこの国王。

問題しか起こさない。

レオナルドの眉間に隠しきれない皺が寄る。


「ん? ああ。……でも、もう少し行けば結界に着くのだろう? 一度、結界見てみたいんだよねー」


そんなレオナルドの焦りを、全く察してくれない国王はせっかくここまで来たからには、ついでに結界も見たいと言い出した。


「「うぅぅ……」」


それを聞いた狩人と騎士達は声にならないうめき声を上げている。

皆、もうツッコミ疲れてクタクタであった。


「いけません、陛下。もう、日も暮れてかけております。暗い中で夜目の利く魔物に遭遇した場合、私共も安全を保証できなくなります」


レオナルドに次いでアーバンも国王に進言する。

魔物に対する時、一番大事なのはその魔物が【何か】を見定めることである。

暗闇で多種多様の魔物を見分けるのはかなり難しい。

更に、夜行性の魔物はたちが悪い種が多く、狩りも通常、夜は避けている。


「ん? あっ! お父様! 叔父様!」


国王の上半身の筋肉を余すことなく堪能していたエマがおや、と周囲に視線を巡らせた瞬間、父レオナルドと叔父のアーバンに呼びかける。


国王の筋肉のせいで気付くのが遅くなってしまったと、エマは少しだけ反省する。

前方を囲まれていた。


「うわっ……あれって……例のヤツ?」


隣にいたウィリアムがエマの視線を追ってからヤバくない? っとスカイト領の領主を見る。


今のメンバーで対処するには、少々厳しい魔物。

狩りに慣れている父や兄、叔父でもパレスに出現しない種では立ち回りもぎこちなくなってしまう可能性が高い。


「よりによって、面倒なヤツが……」


隻腕のスカイト領の領主は自領の狩人達に目配せし、合図を送る。

一行の前方を囲んでいるのはスカイト領では比較的出現率の高い魔物だった。

しかし、普段なら出ても一匹、二匹くらいなのだが、数が多い。


狩人達は領主の合図に無言で頷き、急ぎ予備のランプに火を灯してゆく。


うす暗くはなってきていたが、森にいる魔物に見つからぬように、明かりは最小限にとどめていた。

しかし、そうも言ってられない。


この魔物は暗闇では分が悪い。


暗闇は人に恐怖を呼び寄せる。


「陛下……前方を魔物に囲まれているのが分かりますか? あまり大きくはありませんが、お気を付けください。アレは人の精神を攻撃します。いいですか? 絶対に目を見てはいけません。ですが、見失ってもいけません」


アーバンが愛用の弓を構えつつ、国王へ説明する。


「え?」


何それ難しい……と、国王は森の中に溶け込むような毛色をした魔物を、言われた通り足元だけチラッと確認する。


「アレは虹色ラクーンと呼ばれる魔物です。カメレオンのように体毛を周囲の色と同化させることができます。日が完全に暮れる前に倒さないと……」


ウィリアムが、虹色ラクーンの数を数えながら、魔物に慣れていない騎士や、国王に特徴を教える。


夜になって体毛が暗闇に完全に同化してしまえば、唯一視認できる光る目に自然と視線が持っていかれ、相手の思うつぼになってしまう。


精神攻撃系の魔物は、目を見てはいけないというのが鉄則である。

視線が合わさることで、精神に攻撃を仕掛けてくるのだ。


人は、魔物を前にすると恐怖する。


虹色ラクーンはその恐怖心を大きく大きく膨らませ、パニックを起こさせる。


魔法使いの魅了魔法と同じく、心の弱い者はその攻撃を強く受けやすい傾向にあった。


一人のパニックがパニックを呼び、集団ヒステリーが起きれば、狩りの連携が失われてしまう。

そうならないためには少数精鋭が望ましい。


国王と王子という王族を引き連れての課外授業で、通常の狩りよりも人が多い今、最悪のタイミングで最悪の魔物に囲まれてしまったのだった。


こいつを警戒して隊を二手に分け、先の道の確認やら気を配っていたのに……国王が暴走なんかするから皆集合しちゃったじゃんか!

なんか全部裏目に出るな、とウィリアムが思っているところへ、


「数確認! 七!」


レオナルドが叫ぶ。


「七!」


アーバンが答える。


「七!」


少し離れた後方で、王子とアーサーと一緒に令嬢達を守っているゲオルグも答える。


「七!」


ウィリアムも先程確認を終えていた魔物の数を答える。


魔物が複数いる場合、数のすり合わせは大事な手順である。


「九!」


最後に、エマが答えた。


「…………九かぁ」


レオナルドが頷く。


「え?」


どういうこと? と国王が首を傾げる。

四対一で意見が割れた場合、通常は人数の多い方の意見を採用されるべきである。

が、スチュワート家ではそうはならない。

ここでは昆虫採集で鍛えたエマの目が優先される。


「九だね」


アーバンも何の疑いもなくエマの意見を採用する。(これは単に姪狂いの為せる技)


「姉様、あと二匹どこですか?」


見つからぬ……とウィリアム。


「向かって右から三番目のあれ、後ろに更に二匹隠れてる」


エマが草陰に隠れるように潜んでいる虹色ラクーンを指差す。

毛色は草と同化し、よくよく見なくては見つけることも難しい。


「あっあれかぁ……なんかヒゲの数が多いと思ったら重なってたのか!」


こりゃ一本取られたわ、とゲオルグが額を打つ。


「え? ゲオルグ君? 見えるの?」


「???」


後方にいるゲオルグから魔物との距離は五十メートル以上あるため、アーサーと王子が驚いている。

普通はヒゲすら見えない。

ヒゲを見て、目を見ないなんて芸当どうやるかも分からない。


「あ! ちょっとアーサー様も殿下も、あまり魔物の方を見ては駄目ですよ! 恐怖で頭がおかしくなりますから。ほら、マリオン様達を見倣って下さい」


魔物を見ようと顔を上げかけた二人の目をゲオルグが手のひらで慌てて塞ぐ。

魔物素人はこれだから危ないのだ。


「マ、マリオン様。あれ、魔物ですわ」


「フランチェスカ様、落ち着いて。あの魔物は課外授業で習いましたよね?」


「ええ」


「習ったわね、ケイトリン?」


「習ったわ! キャサリン!」


フランチェスカと双子がマリオンに同意する。


「では、私達がすることは?」


「「「目を瞑って動かない、ですわ!」」」


「にゃーん!」


令嬢達の答えにコーメイからお褒めのにゃーんが出る。

授業の説明と、エマからの助言をしっかりと覚えていた。

曰く、


「パニックで自分を自分で傷つけてしまう可能性、パニックになっていない人を巻き込む可能性、魔物を倒そうとしている人の邪魔になる可能性があるので、目を瞑って動かないでいる方が何気に生存率は上がります」


とのことだった。


「いいですか? 殿下、アーサー様? 多少腕に覚えがある者が一番危険ですからね? スカイト領の狩人はあの魔物に慣れていますから下手に手を出してはいけませんよ」


女のコの前でいいカッコしたいとか思っても、魔物相手では百パーセント失敗しますからね、とゲオルグが釘を刺しておく。


「分かっている」


スライム戦での苦い記憶を思い出し、エドワード王子も大人しく目を瞑る。


「にゃ!」


コーメイも下手に動くと守りにくいから、皆集まって目を瞑るにゃ! と鳴く。

通訳のエマとは少し離れているので誰も何を言っているのか分からない筈なのに、王子、アーサー、令嬢達がコクンと素直に頷く。


猫語はノリと勢いである。


「エ、エマちゃん? エマちゃんも、ウィリアム君もあっちに避難した方がいいんじゃ……」


猫に守られている令嬢達を指差して、国王が心配する。


「大丈夫です! 陛下こそあちらへ私は………ん?」


魔物かるたの拡充のためには、やはり本物を見たいから……と陛下に答えようとして、肘をちょいちょい突っつく感触に、エマが振り向く。


誰もいない。

が、耳元にヒソヒソ声だけが聞こえてきた。


「エマ様……あの、陛下に……」


ヒューだった。

スチュワート家で忍者から忍術を教えてもらっているヒューが、姿を隠したままエマの肘を突いてモゴモゴと言い難そうに話しかけている。


「え? ……あ!」


そもそも、何故エマが森の中まで来たのかすっかり忘れてしまっていた。


「陛下」


危ない、危ないとエマは国王にヒューから受け取った手紙を差し出す。


「……これは?」


前方を精神を攻撃してくる魔物に囲まれて、狩人達がジリジリと目を合わさないように距離を縮めているような緊迫した状況の中、エマは笑顔で答える。


「王妃様から、お手紙です!」


「え? 今!?」


「はい! 緊急の案件だそうなので直ぐに読んで下さい!」


「え? 今!?」


「はい!」


絶対に今じゃないよ? ……と、国王は思った。

ピンチ「作者、朝ごはんにフルーツサンド買ってて、楽しみだなって冷蔵庫に入れてたことすっかり忘れて冷凍庫にあったチーズフランスをチンして食べたらしいぞ」


シリアス「え? 俺は朝ごはんに生ハムクリームチーズサンド買ってて、楽しみだなって冷蔵庫に入れてたこと忘れて冷凍庫のチーズベーグルをチンして食べたって聞いたぞ」


作者「今週、両方ともやりました」


ラブコメ貴腐人「そんな賞味期限短そうなパンばっかり食べ逃して……己がどんなに腐ろうとも、パンは腐らせてはなりません!」


作者「賞味期限は目安だもん(諸説あり)腐ってないもん(どっちがとは言わない)」


コメディーの旦那「……チーズのパン好きすぎじゃね?」


ラブコメ貴腐人「語るに落ちたとはこのことね。ふふふ、チーズは発酵食品。腐ってないとは言わせないわ!」


シリアス&ピンチ「え? どういうこと?」


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― 新着の感想 ―
ちなみに「賞味期限」は この日付(時間)までは美味しく食べて頂けます。 (過ぎたら不味くなってても知らん) と言うメーカーからの指定です(笑) 「消費期限」は この日付(時間)までは品質を保証します…
あとがきが錯乱しておる⋯⋯。 国王には手紙を読んでいてもらうほうが余計なことしないからいいよね。 実際この時点で言うこと聞かずに目を瞑っていないし。
[一言] 帝国の正使様から差し入れ一丁〜!! 美味しい魔物肉! ありあとやっした〜〜!? 〉絶対に今じゃないよ? ……と、国王は思った。 いや、もう、遅過ぎるくらいなんで。完全に今より後は『王妃側妃…
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