ピンチにパンチ。
エマの足はこの街の中心にある大きな公園に向かっていた。
この公園は自然公園で、かなりの広さがある。エマも虫の採取で来たことがあった。
部屋で猫の鳴き声が聞こえた時はこんなに遠くまで来るとは思ってなかったし、来れるとも思ってなかった。
途中、酔っぱらいに絡まれそうになった時の大ジャンプもちゃんとおかしいと頭の隅では認識していた。それでも足を止めることがなかったのは今でも続く猫の鳴き声のせいである。
一番気になる事以外は全て後回し。エマの性質までは転生を認識した港が入った今でも抑えられなかった。仕組みは解らないがエマも港も違和感なく1つの人格となっている。
アーオ
アーオ
猫が呼んでいる。
公園に入るとまた、人影が見えてきた。
さっきの酔っぱらいなんて比ではないくらいの人数だ。
「何処に行った!」
「探せ、灯りを増やせ!」
口々に何か探している男達を横目にまたバビュンと走り抜ける。
男達は魔物狩りに行く父や兄のような装備だが、狩人達は所謂領に雇われた公務員で、公園にいる男達のような粗暴な感じではない。
強そうではあるが、パレス領の狩人達の身なりはしっかり整っている。
エマは虫採取の時にお世話になっているので、パレス領の狩人達なら大体の顔は覚えている。
ということは、他領から来た賞金稼ぎか?チンピラか?
なるべく関わらずに通り過ぎよう。
「なんだ!今の!」
走り抜けたエマの後ろから男達が驚きの声を上げる。
「猫か?」
「みつけたか!?」
「いや?あれは……?おんな……のこ?」
「!?速すぎだろ?」
どうやら男達も猫を探していたらしい。
どこからか聞こえる猫の声を求めて集まって来たのか?
なにせ猫一匹で家一軒の値段だ。
……エマは走りながら首を捻る。
なぜ男達は猫を探しているんだ?あそこにいるのに。
エマには確実に猫のいる場所が解る。猫の声がエマを呼んでいる。こんな近くまで来てなぜ探している?姿は見えないけど確実にあそこにいるのに。
あともう少し。
あと100メートルもない。
更に足に力を込めたところで何かに足を捕らわれる。
勢いがついたままビタンッと前に倒れてしまう。
「いっ!っった……くない?」
倒れる瞬間に蜘蛛が糸を放ちクッションになったようだ。
トップスピードから転けたがおかげで無傷だ。
捕らわれた足を確認すると何かが巻き付いている。巻き付いている先を辿っていくと一人の賞金稼ぎの男の手が見えた。
鞭?
男の持った鞭の先が足に巻き付いていたのだ。
「何するんですか!」
思わず叫ぶが、叫ぶより逃げるべきだった……。
足の鞭を解く前に無数の男達に囲まれる。
「お嬢ちゃん、こんな夜中にかけっこかい?」
嫌な笑みを浮かべ、男達がゾロゾロと集まってくる。
逃げる隙も、逃がしてくれそうな雰囲気もない。
「あ……えっと……」
夢中になって周りが見えず、あとで後悔や、反省をすることは多いが今回のは洒落にならない。ちょっと危険な予感がする。
せめて蜘蛛だけでも助けなければと頭に手をやるが蜘蛛はいなかった。転けた衝撃で落ちたのかもしれない。
「頭ぁー!結構上玉ですぜ?」
「着てるもんも上等な絹じゃないか?」
エマの服を触ろうと男が一人近付いてくる。
「触らないで下さい!」
思わず伸ばされた手をパチンっと叩いてしまった。
「イテッ!てめぇ優しくしてたら調子に乗りやがって!」
叩かれた男が逆上し、手を挙げる。
殴られる!っと咄嗟に目を瞑り、両手で頭を守り衝撃に備える。
が、何も起こらない。
「?」
伏せたままのエマの耳にブゥゥンと風を切る音と、その後にドサッと何かが落ちる音がした。
音はするが、エマには何の衝撃もない。
「うわっ」
「なんだ!」
男達の焦ったような声が聞こえる。
ブゥゥン
ドサッ
ブゥゥン
ドサッ
「うわっ!」
「げっ!」
ブゥゥン
ドサッ
ブゥゥン
ドサッ
恐る恐る顔を上げる……。
ブゥゥン
男が一人ぶっ飛んで…。
ドサッ
落ちた……音だった。