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誤字脱字報告に感謝いたします。
「ど、ドーン! ううっ……ドーン、ドーン ぐすっ ううっど、ど、どぉー……」
魔法で人を殺すという想像を絶する残虐な行為に、親指大の魔法使いの良心がとうとう悲鳴を上げた。
小さな小さな目からはとめどなく涙がこぼれ落ち、突如ガクンと膝をつく。
「ううっ、うっうぅぅ……ひぐっ、うっぅ」
魔法は世のため、人のためになる素晴らしい力だったはずなのに。
親指大の魔法使いの言葉にならない言葉はすべて嗚咽となり、もう魔法が使えるような精神状態ではなかった。
「な……んでっ……こんなっ」
何発撃ったのか、もう分からない。
とにかくいっぱい撃った……撃って、しまった。
後悔の念が早くも押し寄せる。
あの砲撃で一体、何人死んだのだろうか、何人が怪我を? どれだけの人の住処が破壊された? 火は?
分からない……でも、いっぱいだ。
とにかくいっぱい撃った……から、とにかくいっぱい死んで、とにかくいっぱい怪我をして、とにかくいっぱい壊れて……。
見たことのない王都と呼ばれる街は、今は火の海になって……。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
こんな、こんなことをするために自分は魔法使いに変異したのか?
魔法とは人間が魔物から身を守れるようにと与えられた特別な力、守る力だったはず。
「おい! 何をしている! もっと撃つのだ!」
糸で拘束されたフアナがもっと殺せ、もっと怪我をさせろ、もっと壊せ、もっと王都を火の海にしろと叫ぶ。
「ううう……嫌だ……」
「何を言っている⁉ これは命令だぞ⁉」
魔法研究者としてずっと尊敬していたフアナ。
こんな姿になってしまった後も面倒を見てくれた恩人だ。
そんな上司からの命令を断るなんてできようがない。
だけど心も体も、こんなことはしたくないと訴えてくる。
上司に応えたい気持ちと良心がせめぎ合う。
「できなっ…………」
親指大の魔法使いは頭を抱え蹲る。
「無理強いはよくありませんよ、フアナ様?」
ヨシュアがフリーズして動かなくなった魔法使いを人差し指と親指で摘まみ、手のひらに乗せる。
「可哀想に。上司が無能だと部下は壊れてしまいますよ? 命令は相手の力量や適性を見極めて下すものです。もう充分、彼は貴女の命令に従って何の罪もない王都の人々を無差別に、大量に、一方的に殺していますよ? 魔法という特別に与えられた特別な力を使ってね?」
「ごめんなさいぃぃぃぃ!」
「「「ぐぅぅ」」」
ヨシュアの容赦ない追い打ちの精神攻撃で手のひらに乗せられた魔法使いはビクッと体を震わせ、更に泣きじゃくる。
そしてその攻撃はフアナや、一緒に捕まった魔法使いたちにもダメージを与えた。
人類の中で稀にしか存在しない魔法使い。
選ばれた我々は、その特別な力を人殺しのために使うのかと。
そこへ、
「王国の騎士団、来た」
この部屋唯一の扉が開き、片言の青い髪の男が騎士団の到着を告げる。
♦ ♦ ♦
「は?」
騎士は何度も同じ質問を繰り返していた。
「ですから、こちらがフアナ様です。おそらく王都に大砲を撃たせた張本人で……」
ヨシュアは理解力のない騎士に何度目かの説明をする。
帝国船から何発も王都に向けて大砲が放たれたのは紛れもない事実であり、それはシモンズ領の港に向かってきていた王国の騎士達にも見えていた筈。
砲撃の音は轟音といっても差し支えないほど響いていたし、数十発の砲弾のうちの幾つかの軌跡は目の良い者ならば追えただろう。
現に駆けつけてくれた騎士達はヨシュアの要請に見合う人員の半数ほどしかいない。
砲撃を見て半数は王都へ引き返したのだろう。
辺境でもない地での砲撃。
緊急事態だ。
残りの騎士も王都の様子が気になっているに違いない。
さっさと状況を把握し、王都へと戻りたいと。
それなのに、拘束したフアナを前にしてもヨシュアの説明に何度も「は?」を繰り返している。
「そんな筈がないだろう?」
騎士達は頑として首を縦に振らない。
いや、その表情に怒りさえ滲ませているのである。
王国の聖女がそんなことをする訳がないとでも思っているのだろうか。
口の長けたヨシュアがどう言おうが、騎士達の反応は悪いというか鈍い。
「ここにいるフアナ様が大砲を撃てと命令するのを僕は見ています」
王城にいるはずのフアナがここにいること自体がおかしい。
この事実だけで充分なのに、騎士達はそれすら不可解な表情を浮かべる始末。
「いや、そうではなく。この女……はフアナ様ではないだろう? こんなバカげた悪戯で騎士を愚弄する気か?」
だが、騎士の言いたいことはもっと別にあるようだった。
「と、言うと?」
ヨシュアは眉をひそめる。
「君はフアナ様を見たことがないのか? たしかにこの女は瞳は黒いし、髪色も黒に近い。だが、フアナ様はもっと……こう、なんていうか……若くて……そう若くて可愛い……だろ?」
騎士は言いにくそうに、もごもごとヨシュアだけに聞こえるように耳打ちする。
女性の容姿に口を出すのは貴族として、騎士として褒められたことではないので大きな声では言えない。
「は? 至近距離で顔を合わせることはありませんでしたが僕も学園に通っていますので姿くらいは見たことがありますが……もしかして皆様には違うように見えるのですか?」
ヨシュアは皇国から帰国後は綿のクレーム処理に奔走し、学園を休みがちだったが噂の中心人物のチェックを怠るようなミスはしない。
見た目の変化があればそれこそ誰よりも先に気付いている。
「は? 我々の知るフアナ様は十代の少女で、若くてとても愛らしい……お顔……ん? あれ? どんな顔だったっけ?」
フアナの姿を思い浮かべる途中で騎士は首を捻る。
あんなに好ましく思っていた容姿だったのに、いざ思い浮かべると何も出てこないのだ。
出てこないのに、目の前の糸で拘束された女は違うと断言できる。
騎士が競うように覗きに行った聖女とはかけ離れている。
この女を貴重な昼休みを潰してまで見に行こうなんて誰が思う?
なんというか、こう……こんな地味な顔ではなかった。
同じなのは王族の血筋を思わせる瞳と髪の色だけだ。
「若くて、とても愛らしい?」
顎に手を当て暫し考えていたヨシュアが呟く。
ヨシュアにとって愛らしいのはエマだけなのでそのあたりの感覚にはやや自信がない。
騎士達がこぞって顔が違うと言うのならそうなのだろう。
ヨシュアは見た目の年齢なんて環境で左右されることを経験上知っていた。
過酷な生活を強いられる辺境の娘や貧しい家に生まれた娘、山のてっぺんの高地に住んでいる娘……王国全土を見て回れば、苦労の分だけくたびれた容姿になってしまう。
フアナは学園に通うには少々薹が立った年齢に見えなくもなかったが、貴族ではなく庶民の暮らしをしていればこんなものかくらいに思っていた。
騎士が交流する女性なんて、貴族もしくは娼館美姫くらいで、彼女らは美への投資を惜しまない。
辺境にいたフアナ様と比べるのは酷な話である。
学園でチヤホヤされているフアナを見ても、貴族の趣味は相変わらず変だと思うだけでスルーしていたが……どうやらここは突っ込みポイントだったか。
ヨシュアにとって女性とはエマかそれ以外であって、エマ以外の令嬢の美醜になんて興味がない。
エマだけが特別で、その他は店の客も、美しいといわれる令嬢も、庶民の女の子も扱いは一緒。
女ったらしのカルロスには、絶対におかしいと言われていたが、そうなのだから仕方がない。
「魅了、魔法です」
ヨシュアの後ろに控えていた忍者モモチがそっと耳打ちする。
好意的に見せるだけでなく、若く美しい娘に見えるような魔法を使っていた可能性があると。
「フクシマ様、言ってた。友の魔法使いと酒を飲むと、シメの華国風ソバを無性に奢りたくなることがあったって。ソバくらい普通に頼めば良いものを、そんときだけ友の顔がとんでもない美少年に見えて何でもしたくなるとか、なんとか」
「……なるほど?」
フクシマ様の趣味趣向は置いておいて、フアナは王都に来た時から、魅了魔法を使っていたのだろう。
そして、その魅了魔法とやらはヨシュアには効果がなかった。
「では、今は魔法が何らかの要因で解けた……ということですね」
これは、ヴァイオレットの糸の影響だろうか。
この状況で魔法が使えたのは、この親指大の魔法使いだけ。
フアナを含めた魔法使いらしき者は皆、エマシルクにヴァイオレットの糸を混紡した絹糸で拘束している。
それにヨシュアは肌身離さず常にエマから貰ったカフリンクスを身に着けている。
学園の様子を思い返せば、単純にエマ派だと思っていた令息達のフアナへの反応が鈍かったのは貢物の菓子の礼として、ヨシュア同様エマから受け取っていた刺繍小物を身に着けていたからかもしれない。
ヨシュアは紫に光る糸の価格設定を考え直さなければと頭の中で計算する。
ヴァイオレットの糸の汎用性の高さは予想を遥かに超えてきている。
拘束、怪我の治療、虫除け、防水に加えて防魔法機能まで……ものによっては皇国以外の国には輸出しないほうが良さそうだ。
スチュワート家の誇るホームセキュリティは出張中でもしっかりと役割を果たしてくれる。
「魔法で容姿が少々変えられていたようですね。髪の色と目の色はどうやら自前だったみたいですが」
王族の色も魔法であれば国王は喜んだだろうが残念なことにまだご落胤説は払拭できそうにない。
この場においては騎士を説得しやすくなるので、珍しい色が残ってくれたのはありがたい。
「あんなに可愛いかったフアナ様が……本物はこれ?」
ヨシュアの言葉を聞いた騎士達に静かなる衝撃が走る。
あの綿を手渡してくれた笑顔……可愛いと悶えた記憶はあるのに肝心のその顔は思い出せない。
若い衆達なんて競うようにフアナ様が現れるだろう王城の中庭に覗きに行っていた。
あの、聖女のフアナ様が……コレ?
「そんな……俺達のときめきを返して⁉」
ここにエマがいたらブチ切れていたかもしれない。
「……いや?」
困惑する騎士達の中で一人、彼らを束ねる部隊長がポツリと呟く。
「はっ! 我々はなんてことを……騙されていたとはいえ、女性の容姿に難癖をつけるとは!」
「さ、さすが。部隊長は……騎士の中の騎士だな」
「ああ。こんなにビフォーアフターが違うのに平然としている」
「俺達はまだまだだな。敵の見た目に一喜一憂するなんて」
若い騎士達は思いのまま非難していた己の未熟さを反省する。
騎士道とは淑女を守ってなんぼの世界。
その点において全く非難を口にしない部隊長は紛れもない騎士の中の騎士であった。
「……これは、これで……。悪くない……いや、イイ。凄く、イイ……なんか、イイな……とてもイイ!」
来月五十歳になる部隊長の呟きは、運の良いことに若い騎士達には聞こえなかった。
【おじさんホイホイ】
エマの前世、田中港の姿をしたフアナは彼女自身もその存在を知らぬ特殊能力を無意識に発動していたのであった。
♦ ♦ ♦
「う、うーん」
スカイト領、魔物の出現する結界の境近くの森。
魔物の影響で暴走後、コーメイさんの猫プチで停止&エマに身ぐるみを剝がされた目下、王国で一番尊い存在の国王が目を覚ます。
「陛下!」
「え、エマちゃん?」
気が付いた国王の目に飛び込んできたのは、ここにいてはならない王国一、体の弱い伯爵令嬢。
「な、なんでこんなところに⁉」
「良かった、バーサク状態も治りましたね♡」
うふふ……と危険な森の中で似つかわしくない最高の笑顔を浮かべ、すすすっと胸のあたりに手を置いて顔を覗き込んでいる。
「陛下は魔物の影響で少し……大分……中々お暴れになったのです」
エマの後ろから合流したレオナルドがホッとした表情を浮かべている。
目を覚ました時にまだバーサク状態が続いていたら危険だからと娘を説得するも絶対に離れようとはしなかったので、目覚めの瞬間に気を張り詰めていたのだ。
「あんなに献身的に陛下を看病するなんて……エマ嬢は天使だ」
「レオナルド伯爵がどんなに危険があると説得しても陛下から離れないなんて……」
「ああ、ずっと意識のない陛下の体をさすったりして……」
スカイト領の狩人や国王の護衛についてきていた騎士達は口々にエマの行動を褒め称えている。
あの国王の暴れっぷりは相当危険だった。
それを目の当たりにした後でもエマ嬢は恐れるそぶりを見せずに常に笑顔を浮かべて介抱していた。
「やはり、エマ嬢が本物の聖女ではないか?」
教会の発表に異を唱えるのは、異教徒扱いされかねない危うい発言だがその場にいた全員が、頷いていた。
……いや、例外が二人。
ゲオルグとウィリアムである。
「……姉様、意地でも筋肉……じゃなくて陛下から離れませんでしたね?」
「……あいつ、あんだけ性女じゃないとか言っておいて……聞き間違いしてたのも絶対自覚があり過ぎたせいだろ」
苦労の絶えない二人の兄弟は揃って何とも言えないしょっぱい顔を浮かべていた。
♦ ♦ ♦
時を同じくして帝国。
王国の社交シーズンから帰国した正使は特注の銀色の鎧を身に着け、そのでっぷり肥えた体をくつくつとこみ上げる笑いで揺らしていた。
「くっくくくく。これで王国は終わりだ。今頃王都は壊滅状態、そして私が率いる帝国軍によって王国全土を掌握するのだ」
ヴゥン。
巨大な魔法陣が光る。
大量の魔石を使い、一度に一個軍隊の移動を可能にした帝国の威信をかけて作られた移動魔法陣。
出口となる魔法陣は王国にある。
人が絶対に入らない辺境の領に長い年月をかけて設置した。
この魔法陣に使われた魔石を結界にまわしておけば、帝国はまだここまで追いつめられることはなかったのだが、そんなことは関係ない。
なければ奪えばいいのだ。
魔石も、魔法使いも、美少女も。
海側は大砲、陸側は我が軍隊。
王国に逃げ場はない。
「くっくくくく。全ては帝国のため。王国には犠牲になってもらう。楽しみだなぁ……エマ・スチュワート伯爵令嬢だったかな? 聖女なんて言われた清い少女が穢された時、どんな顔をするか……楽しみだなぁ」
ピンチ「シリアス出番だ! 鼻血だしてる場合じゃねぇ!」
シリアス「あ、待ってピンチ! クソっなんで止まんねーんだ⁉」
ラブコメ貴腐人「フクシマ×魔法使い(見た目は美少年)……リバ有ね……」
コメディ「……正使vs主人公の変態対決?」




