ソウジャナイ。
誤字脱字報告に感謝いたします。
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森の中で、騎士と狩人は途方に暮れていた。
規格外に強すぎる国王を止められる者はいない。
魔物の血を浴びた影響で理性を失った国王はそれはそれは楽しそうに魔物を切り刻んでいる。
その姿は王族というよりも歴戦の戦士のようで、騎士と狩人達はただ途方に暮れることしかできなかった。
だって、相手は国王。
傷一つつけることは許されない。
誰もが解決策を模索するが、そう簡単に有効な案は出てこない。
何も手立てがないままに、魔物を倒しながら森の奥へ嬉々として進む国王の後を追う。
こうなってしまったら、無責任だと謗られようと皆、願わずにはいられなかった。
勝手な願いだと各々重々承知の上で、それでもこのどうしようもない状況を打開したかった。
だから、願ってしまったのだ。
心の底から。
頼む、誰か国王を止めてくれ! と。
その切実な願いは突如叶うことになる。
だが、叶えられた願いを目の当たりにした騎士は、狩人は思った。
ソウジャナイ!!
ソウイウコトジャナイ!! と。
ぷちっ。
大きな、姿形だけは猫のような獣が現れ、暴走する国王を止めたのである。
止めたっていうか……もうこれは潰したと言ったほうが正しいのでないか……。
そして、お願いだから止まってくれと皆が切望した王は、大きな猫のような獣の前脚の下でピクリとも動かなくなった。
「「「ひっ………………!」」」
ぶわぁっと全身に鳥肌が立ち、なんかヤバいことになったぞと頭よりも体が先に反応する。
「「「へっ……陛下ぁぁぁああ!!」」」
騎士と狩人が一斉に叫んだ。
国王を守るために同行した騎士。
安全に森の中を案内するために同行した狩人。
ギリギリ持ち堪えていると、ここからなんとかリカバリーできる筈だと、心の中で無理やり誤魔化していた彼らの任務は、非情にも完膚なきまでに瓦解する。
どうしよう……国王から、虫でも潰したかのような音が……。
王族を、ましてや国王陛下を死なせてしまった代償は、己の命をもってしても払えるようなものではない。
今ここにいる騎士や狩人達一人ひとりの一族郎党が断頭台へ送られるのは確定だろう。
今ここにいない騎士団長も副団長も支部団長の命だって分からない。
「せっ……せめて、お身体だけでもっ」
棺の中身が空なんてことだけは避けなければ。
「そっそうだ!」
せめて、命がけで陛下のご遺体を持ち帰り、ここにいない仲間の命だけでも恩情に訴え、守れないだろうか。
「なんとしてでもっ……ちくしょう、足が、震えて動かないっ!」
だが、すぐにでも駆け寄りたい気持ちとは裏腹に、ショックが大き過ぎて体は思うようには動かない。
騎士は必死で自身の体に動けと命じるが、その情けなくも竦んだ足が動く前に、猫がゆっくりと王を潰した前脚を上げる。
「あ……やめっ……やめて!」
「へっ、陛下がっ」
「たっ、食べっ!」
大きな猫のような獣が仕留めた獲物(国王)のにおいをスンスンと軽く嗅いだあと、そのまま口を大きく開けて食らいつく。
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
王の体が残らず獣の胃袋へと収まろうとする様に、騎士と狩人達から絶望的な悲鳴が上がる。
「にゃ?」
その悲鳴に獣が首を傾げ、騎士と狩人のいる方を見る。
猫のような鳴き声に、普通なら可愛いと感じるかもしれない仕草。
だが、その口にあるのは王の亡骸である。
キラキラ輝く金色の瞳が真っ直ぐこちらを見ている。
「「「ひっっ……!」」」
猫に睨まれたネズミの気持ちが今なら誰よりも分かる。
ゴクリ……と、緊張のあまり唾を飲み込むが、その音でさえ獣を刺激しないかと恐怖する。
王の次はきっと、自分達……だろう。
目が合って、改めて確信する。
この獣には敵わないと。
「コーメイさーん」
そこへ、覚悟を決めた騎士と狩人達の耳になんとも場にそぐわない、ふわっふわの緩い声が飛び込んてきた。
「にゃーん♡」
その緩い声に導かれるように猫の視線が、騎士と狩人達から逸れて、彼らの更に後方へと視線が動く。
「「「!」」」
猫が視線を移した場所……。
騎士と狩人達は、はっと身構える。
我らの後ろには、エドワード殿下がいる。
スチュワート家の兄弟とベル家のアーサーが殿下を護衛しているが、あの獣相手では何の役にも立ちはしないだろう。
アレは、あの暴れる王を虫を殺すくらいの気軽さで、亡き者にした獣なのだから。
王亡き今、王子まで猫に食わせる訳にはいかない。
バッと騎士と狩人達は王子に逃げろと叫ぶために振り返る。
「「「殿下、早くお逃げくださ……てっ!? なんでエマ嬢がいるのーーーー!?」」」
スチュワート家の兄弟よりもベル家のアーサーよりもエドワード王子よりも、一番前にいたのは、森にいないはずのエマ・スチュワート嬢だった。
しかも、満面の笑みで手を振っている。
「なんでこんなところに……いや、違う、あれはエマ嬢じゃないっ! 天使だ!」
「はっ! そうか、天使か! つまり、ここは天国。我々はもう、知らぬ間にあの獣に屠られてしまったのか……」
「ああ、天使ってエマ嬢にそっくりなんだな? ほら右頬の傷の位置まで……それに奥にはフランチェスカ嬢にマリオン嬢、シモンズ領の双子令嬢にそっくりな天使も見えるような……」
魔物が出現する森の奥深い殺伐とした場所に、貴族の令嬢がいるわけが無い。
ましてや、あんな笑顔でいられる訳が無いのである。
「にゃあ!」
「「「うわぁ!」」」
騎士と狩人達が自分に言い聞かせていた矢先、猫のような鳴き声を上げた獣が、国王を咥えたままエマ・スチュワート嬢に良く似た天使のもとへ駆け出した。
一瞬のことで、反応できなかった。
獣は天使の前まで移動し、咥えていた国王をゆっくりと置く。
「あ……あああ……あの天使も獣に食べられてしまう……」
「陛下を置いて、先に天使を食べ……ん?」
「んんん?」
「うにゃーん」
獣が国王を置いたあと、スッと天使の前にお行儀良くお座りした。
「よし、よし。コーメイさん、ありがとう」
「にゃあ!」
「「「……え? ええぇぇぇ!?」」」
エマ嬢に似た天使は、あろうことか獣に抱きついた。
むぎゅうっという音が聞こえそうなほどにがっつりと抱きつき、柔らかそうな獣のモフモフの毛に埋もれている。
「あ、危なっ……」
「何を!?」
「は? 一体何が起きたんだ!?」
国王を潰した凶暴な獣は、天使の顔にスリスリと額を擦り寄せているではないか。
お互いがお互いを大好きだと言わんばかりの抱擁に、騎士も狩人も混乱する。
獣が天使を害そうとする様子がない。
「そう……か。つまり、獣も天使は襲わないってことか?」
「なるほど、天使だからか……」
「まぁ、天使だもんな」
獣を前に見せる天使の神々しい笑顔に、一同は不思議なほどストンっと納得した。
◆ ◆ ◆
「よし、じゃあ早速脱がそうか!」
うふふ、と天使の微笑みを浮かべたエマは横たわる国王の側に膝をつける。
「エ、エマ? あの、父は、陛下はどうなったんだ?」
父親が猫に潰される光景を見たばかりの息子としては最大限に冷静にエドワード王子が尋ねる。
「大丈夫です、気絶しているだけですから。まだ、陛下の服に付着した魔物の血が乾いていない箇所がありますので危険です。殿下は念のため離れて下さい」
乾いていない血を触ってしまうとまた、状態異常を引き起こす危険がある。
「それならエマ嬢も離れなくては!」
忠告に従い、アーサーが王子を国王から離すようにずいっと前に出て、さらに膝をついたエマを立たせようと手を伸ばす。
確実に逝ったと思われた国王陛下だが、仰向けに寝かされている様子を見るに胸が微かに上下しており、呼吸していることがアーサーの目にも確認できた。
「いえ、私は陛下の介抱をします」
「!」
手を伸ばすアーサーに、ゆっくりとエマが首を横に振る。
「駄目だ。今、君が言ったんだよ? 危険だと対処法を教えてくれれば私がやる」
何故、エマ嬢がわざわざ危険な事をしなくてはならない?
もし、陛下が目を覚まし暴れたら、細くて繊細そうなエマ嬢は怪我どころでは済まないだろう。
「だから、私がやるのです。アーサー様、血が乾いていないと、また状態異常を引き起こす可能性があります」
国王の服に付いたおびただしい量の血痕を指差す。
「アーサー様や、殿下や、ゲオルグ兄様が先程の陛下のようになられても誰も止められません。逆に、私が暴れたとしても皆様が羽交い締めにでもして下されば私なんて簡単に動けなくなりますでしょう?」
暴走ネズミによる二次被害、三次被害を防ぐためには力の弱い者が優先的に介抱するのが鉄則である。
「っっな!! エマを羽交い締め!?」
アーサーの後ろで王子が声を上げる。
華奢な彼女が暴れたとしても、たしかに組み伏せるのは難しくない。
だが、エマの手首も、腰も軽く力を加えただけで折れてしまいそうなほど細いのだ。
こんな、こんな、細い身体を……。
「でも、あの、もし、私が暴れたときは……なるべく……痛くしないで下さいね?」
エマはスッと一瞬目線を逸らしてから、遠慮がちに上目遣いに王子とアーサーを見つめてお願いする。
介抱は譲れないが、もしものときは優しくしてくれと。
「ファッ!?」
知らぬ間に舐めるようにエマの体躯を見てしまっていた王子はエマの伏せたまつ毛の影に、潤んだ瞳の上目遣いに、何よりもその言葉に一気に顔が赤くなる。
一歩、二歩、三歩……と、まるで衝撃波を受けたように後退し、ドスンっと尻もちをつく。
「なっ、なっ、なっ!」
語彙力は失い、腰から力が抜け、頭の中でずっとさっきのエマの声がリフレインし続ける。
……痛くしないで下さいね? 痛くしないで下さいね? 殿下、痛くしないで下さいね? ……と。
「……そこまで言うなら、任せるよ」
王子とは対照的にアーサーは、数秒立ち尽くしてから、言葉少なに国王とエマから離れる。
「………………」
エッロ……何? 今の?
十三歳の女のコが出す色気じゃないぞ?
プレイボーイと名高いアーサーも、ほんのり顔が火照っていた。
「姉様!! 僕も手伝います!!」
ウィリアムがアーサーと交差するようにエマのもとへ走る。
「いいのよ、ウィリアム。私一人で……」
「大丈夫です! か弱さなら僕も姉様に負けませんから!」
エマの返事を聞く前にウィリアムは被せて声を張り上げる。
「何をそんな自信たっぷりに……」
言わなくていいだろうとエマが口を尖らせる。
「これ以上、被害者を出す訳にはいかないのです!!」
「何のこと? 私はただ純粋に陛下の介抱をするのに、魔物の対処法に照らし合わせて効率よく…………」
ウィリアムの勢いとは逆に、エマの声はどんどん小さくなっていく。
「姉様は、ただ陛下の服を脱がせて胸筋とか、腹筋とか見たいだけでしょう? なんならお触りしまくって、しっかり目に焼き付けて、家に帰って半裸のデッサンを描きまくるつもりでしょう?」
前世で三十年以上、今世で十年以上姉を見てきたウィリアムに、エマの魂胆は丸見えであった。
「チッ」
ウィリアムの突っ込みに、エマは伯爵令嬢らしからぬ舌打ちをする。
国王(武闘派ワイルド系イケオジ)を脱がして、体に付いた血を拭くという名目で触りまくれるチャンスだったのに……と。
「本当に何なんだ、この世は! 狂ってる、何で姉様ばっかりラッキースケベ案件が……」
ブツブツと文句をたれながらウィリアムはテキパキと狩人が常備している応急処置セットのカバンからガーゼや水、手袋を出す。
「あ、ウィリアム。私の手袋はいらないわ。筋肉は素手で触らないと……」
「あ゛あ゛ん?」
ウィリアムは問答無用でか弱き姉に手袋を投げつける。
「はぷっ! もー分かったわよ、手袋着ければいいんでしょ~……あっ! 待って、待って、ボタンだけ、ボタンだけでいいから私に外させて!」
「あ゛あ゛ん?」
妹(変態)と弟(変態)の様子を離れて見る兄のゲオルグは深いため息を吐く。
「…………あっちも地獄、こっちも地獄だわ」
国王の筋肉を狙う妹と、姉ばかりにいい思いをさせてなるものかと邪魔をする弟。
エマの上目遣い+止めの一言で腰砕けの王子と守備範囲変わったかな、と首を傾げているアーサー。
あと、何で騎士と狩人さん達はエマの方をみて祈りを捧げているんだ?
「エマ様はテキパキ動けて凄いわね、ケイトリン?」
「エマ様はテキパキ動けて凄いわ、キャサリン!」
「私も魔物学をしっかり学んでエマ様のように困った人を助けられるようになりたいですわ」
「そうか、今後は騎士も戦うだけではなく、応急処置の知識も必要になってくるようだ」
そんな中、ゲオルグの後ろで令嬢達は、汚れのない心でエマを褒めていたのであった。
シリアス「なぁ、エイプリルフールにはまだ早いと思うんだ」
ピンチ「現実を受け止めろよシリアス。楽になるぞ」
シリアス「だって俺、こんなに元気だぞ」
ピンチ「元気だから、だ。シリアス。よく考えてみろよ。今ここで、お前が元気でいられるはず……!?」
シリアス「??? 何だ? 体が、砂になって崩れて……!?」
ピンチ「シリアス!? お前、霊体になってもダメージを受けるのか!?」
シリアス「な、な、なにを、言っ……(サラサラサラサラ〜)」
ピンチ「シリアース!!」
緊迫しているところお邪魔しますの作者「皆様、いつも田中家、転生する。を読んで下さり誠にありがとうございます。少しお待たせしましたが、田中家、転生する。第4巻の発売が決定いたしました! 発売日は5月2日です。4巻は書き下ろしをたくさん書きました! 1巻の書き下ろし(問題作)のウィリアムの(心の友と書いて)心友もちょこっと出てきますよ! これからも、田中家、転生する。をよろしくお願いいたします!」




