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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と帝国の暗躍
163/198

ぷちっと。

誤字脱字報告に感謝いたします。

辺境スカイト領の森に入って小一時間。

エマ達は順調に王のもとへと歩みを進めている。


「お、思ったより魔物いませんわね?」


ずっとビクビク、キョロキョロとしていたフランチェスカだったが、魔物一匹見当たらない森にほっと胸を撫でおろす。


「コーメイさんから離れなければ大丈夫ですよ」


コーメイの背に乗っているエマが脇を歩くフランチェスカに笑いかける。

知性が少しでもある魔物ならば、好き好んでコーメイには近づくことはない。


「皆様、足元と前方をよく見て歩いて下さいね」


正面から挑む魔物はいないが、姑息にも後ろから攻撃を仕掛けてくる魔物は何度か現れていた。

そんな魔物達は、たかるハエでも振り払うかのようにコーメイの尻尾に音もなく吹っ飛ばされ、処理されている。

エマがやんわりと足元と前方に注意を向けさせて、恐ろしい魔物を見ないように配慮する。


言わぬが花

知らぬが仏、である。


課外授業中、こっそり魔物狩りをしていた父達の手によって森の中はある程度令嬢でも歩きやすい道が確保されていた。


スカイト領の狩人達には言わずに勝手に作ったもので、見つかると何かと面倒なことになる。

先に出発した国王率いる課外授業の面々はスカイト領の狩人達が普段使っている正規の道を選択していたので、まだバレてはいないはず。


意図的に正規の道とは重ならないように父らが作った今の道も、そろそろ終わりそうなところまで歩いてきている。


「そろそろ、お父様達に追いつく頃と思っていたのですが……」

 

課外授業で見た森の地図と、兄ゲオルグの話していた舗装経路を頭の中で照らし合わせていたエマだが、未だに真っ直ぐ奥へと進もうとしているコーメイの足取りに不安を覚える。


想像よりも、森の深くまで足を踏み入れていた。

これ以上進むとなると、素人連れでの狩りは危険を伴う。


森の奥に位置する結界に近づけば近づくほどに魔物に出くわす可能性が高くなるのは言うまでもない。


父や叔父がいるとはいえ素人を連れた狩りでは進んでもこの辺りが落としどころと目測をつけていた場所はもう、ずっと前に通り過ぎている。


これ以上の深入りを父が許すとは考え難く、何か不測の事態が起きたのかもしれない。


いつもいつも、なにかと問題を起こすのはエマが元凶だといわれてきたが、ぶっちゃけ他の家族だって似たりよったりだと思う。


「それにしても、王様へ緊急の報せって何かしら、キャサリン?」


「気になるわ、王様へ緊急の報せって何かしら、ケイトリン?」


コーメイを挟んでフランチェスカとマリオンの後ろを歩く双子が、ウィリアムが仕掛けていた魔物用の罠に令嬢がかからないように解除しているヒューを見て、気になるわと話している。


国王に火急の報せ。

王国の貴族ならば、国王よりも王妃のほうが政に精通していると知らぬ者はいない。

わざわざ、王妃がスカイト領にいる国王に、こんな少年を使ってまで寄越す報せなんて想像できないのだ。


「おねーさん達、そんな可愛いそっくりな顔で訊かれても言えないよ? しゅひぎむがあるからね」


ガシャンっと物騒な罠を片付けながらヒューが双子を振り返る。

報せる内容は王妃から堅く口止めされている。


「にゃっ!」


「ん? コーメイさん王様見つけたの?」


「にゃっ!」


コーメイがスンスンとにおいを嗅いで頷く。


「にゃーん」


どんどん先に進んで行くから急いだほうがいいとコーメイが鳴く。


「あら、まだ奥に進んでいるの? キャサリン様、ケイトリン様、少しスピードを上げますのでお二人はコーメイさんに乗ってください」


エマは一旦コーメイに香箱座りしてもらい、後ろを振り返る。

騎士になるために訓練しているマリオンとダンスが得意なフランチェスカと違い、双子の方は少々疲れが見え始めていた。


「いいんですの、コーメイさん? 大丈夫かしらケイトリン?」


「私達まで乗ったら重くないかしら? キャサリン?」


キャサリンとケイトリンが馬でも三人乗りはしないわと、心配そうにコーメイに尋ねる。


普通に猫に話しかけている双子にフランチェスカとマリオンはお互い目配せして肩をすくめる。

この順応性の高さは見習うべきだ。


「にゃあ!」


コーメイが香箱座りのまま、双子に返事をするように鳴く。


「コーメイさんが全然大丈夫だって。なんなら愛用のハンマーを持ったお父様のほうが私達三人より重いけど、余裕で乗せて動けたからって」


「今の【にゃあ!】だけでそんな意味になるのですか?」


隣を歩くフランチェスカが驚いている。

もう、通訳していることには突っ込まない。


「……ふむ。言われてみればあの伯爵のハンマー……100tって書いてたような……」


双子がコーメイに乗るのを手伝っていたマリオンが、レオナルド愛用のハンマーに刻印された文字について思い出す。

騎士の使う剣とは違い、対魔物用に特化した武器だと聞いたが、人間が100tもする物体を振り回すなんて可能なのかと密かに気になっていた。


「ふふふ、さすがに100tはないのですが、ハンマーにはそう記すと昔から決まっているのです」


様式美ですわ、とエマがキャサリンにしっかりつかまってと自分の腰に手を回させて笑う。


「もともとお父様が浮気したとき用にお母様が使えるよう、作ったんですが……ほら、お父様浮気なんてしないから……」


「にゃーにゃ!」


「うふふ。そうね、コーメイさん。100tハンマーは辺境の田舎のハンター(狩人)には無用の長物でしたわね」


これは一本取られたわっとエマがコーメイと座布団一枚ね、と笑い合っている。


「……何がそんなに面白いのか分かる? ケイトリン?」


「……何がそんなに面白いのか分からないわ、キャサリン」


ケイトリンがキャサリンの腰に手を回しつつ、首を傾げる。


王都では貴族が愛人を囲うのはよくあることだが、辺境では違うのねとフランチェスカも不思議そうにしている。


「にゃあ!」


ゆっくりとコーメイが脚を伸ばし、出発するよと声をかける。


「お二人ともしっかり掴まって落ちないように気をつけてくださいね? どうやら王様だけでなく、魔物もいるようですから」


「「「「え?」」」」



 ◆ ◆ ◆



「ヒャッハー!!」


絶賛バーサク中の国王が飛んできた魔物をバッサリと斬り捨てた。


「ああぁ……。手袋の素材としてめちゃめちゃ人気の魔物、マモンガがっ……さっきからバッサバッサと……」


「諦めろウィリアム。まだ陛下が俺たちや騎士さんや狩人さん達に攻撃してこないだけマシだ」


魔物を倒しながら有り得ないスピードで奥へと進む国王にようやく追い付いたゲオルグとウィリアムは、二度と王様のおもりなんてごめんだとげんなりした表情で途方に暮れている。


「あーその、すまない……」


国王ほど返り血を浴びていない王子はなんとか正気に戻りつつあった。


「いや、殿下。王族がそんな簡単に謝ってはいけません」


同じく正気に戻りつつあるアーサーがエドワード王子を窘める。


「そうは言ってもだな、アーサー……」


目の前で、父親がヒャッハーと叫びながら魔物を屠っている状況で、謝る以外の言葉が出てこない。


「まあ、気持ちは分かりますが……」


国王は社交シーズンで溜まりに溜まったストレスをこれでもかと発散しているのでは、と思わざるをえないはっちゃけっぷりだった。


「変わらず帝国の正使も、商人も礼儀正しいとはいえない者ばっかりだったし、これまでは綿のために我慢してたけど、今年はその肝心の綿すら粗悪品ばかり……」


大好きな剣の稽古の時間を削って社交にあて、大好きな騎士団の視察を削って綿の確保に奔走したのに、大した成果もなく国王も頭が痛かったことだろう。

その後も王国始まって以来の綿不足で貴族達の不満も高まっているようで、国がなんとかしろと言い出す者までいた。


「おっとっ!」


「!?」


物悲しい目で実の父親を見ていたエドワード王子の顔の横へ、不意にゲオルグが手を伸ばす。


「殿下、アーサー様も気を付けて下さい。ここらはもう、結界から数百メートルも離れていませんのでそこらじゅうから魔物が出現します」


ゲオルグの手には先程国王が切り捨てたのと同じ二十センチくらいのリスに似た魔物が握られていた。


「すっすまない」


「ぴきー!」


魔物がゲオルグの手の中で、王子に向かって必死に小さな手を伸ばしている。


「……可愛いな」


小型でモフモフで瞳がうるうるで、ぴきー! なんて鳴くマモンガは、魔物というよりも愛玩動物のような愛らしさがあった。


「ちょっ! 殿下、それ以上顔を近づけてはいけません。このマモンガは一見可愛いかもしれませんが、好物は人間の目玉ですよ! 油断すればすぐに抉り取られてしまいます!」


可愛いからとよく見ようとする王子の袖をウィリアムが引っ張るのと同時に、魔物が顔の端から端まである口を開け鋭い牙を見せる。

そこにはうるうるの瞳の可愛かった面影はない。


「うわっ!」


「ぴきー! ぴきー!」


王子の目玉を寄越せと言わんばかりに魔物がゲオルグの手の中でもがく。


「いくら可愛くても、ほら、怖くないよ。怯えているだけだよね、なんて魔物にやってたら両目とも食べられちゃいますよ」


結界近くの森を舐めちゃだめです、とゲオルグが魔物の首をきゅっとひねる。

なるべく毛皮を傷付けないようにプロの狩人はマモンガの首を折る。

国王のように真っ二つに斬ったりはしない。


「ほら、狩人さん達の表情見て下さい。あんなに緊張して……。普段こんな奥までこないから……」


実際、緊張しているのは狩人だけではなくゲオルグとウィリアムも一緒だった。

父も叔父も猫もいないのに、ここまで森の奥に入ってしまったのは想定外である。


「あー……やっぱり、エマに来てもらっとけば良かった」


エマがいればコーメイさんも一緒に来てくれていたはずだったのに。


と、ゲオルグが思ったところで後ろからガサガサと草木を掻き分ける音がする。


「ん? 兄様、今呼んだ?」


「にゃ?」


「ああ、エマとコーメイがいてくれたらな……って、ん? え? エマ!?」


図ったようなタイミングでエマとコーメイが現れた。


「ふふふ、呼ばれて飛び出て……」


「にゃにゃにゃにゃーん♪」


息ぴったりである。


「ちょっ! 姉様なんで!?」


「エマ!?」


「いや、ま、マリオン!? フランチェスカ嬢に、双子まで!? ……ってそれより、何より猫でっか!!」


ウィリアムも王子も突然のエマとコーメイ達に驚きの声を上げる。

アーサーは更に猫の大きさにも驚く。


「あ、アーサー様。この子、うちの飼い猫のコーメイさんです♡」


「にゃーん!」


「これは、丁寧な挨拶……え? ……え?」


とっさに猫でっか、と叫んだものの猫と呼んでいいものなのかとアーサーは混乱する。


「猫のコーメイさんですよ。ほら、エマ様がよく刺繍していたではありませんか」


「にゃ!」


「ま、マリオン……え? いや、猫って……え? 何? あの刺繍の猫、実寸大にしたらこんななの?」


目の前の獣の模様はたしかによくエマ嬢が刺繍していた四匹の猫の中の一匹にそっくりだが、それでそうかと納得しろというには無理がある。


「いや、うーん……」


しかも、絶対におかしいはずなのに猫の大きさに驚いているのが自分だけなのが腑に落ちない。

隣にいるエドワード王子の視線は、こんなデカい猫を前に、エマにしか向いてないし。


「エマ、ここは危険だ。どうしてこんなところまで……うわっ!」


エマを心配し、王子が駆け寄るもコーメイにシャーっと威嚇される。


「あ、コーメイさんっ! 殿下にシャーってしないのっ」


「にゃ?」


「うん、殿下は悪い人ではないからね?」


「にゃ!」


「殿下、申し訳ありません。局地的結界ハザードの時に私が怪我してたのを思い出したみたいで……」


あの時にいたやつ皆敵だと、コーメイは覚えのある王子のにおいについ、威嚇していた。


「大丈夫だ。コーメイさん、あの日スライムから守ってくれたこと、礼を言う」


エドワードはコーメイに心を込めて頭を下げた。

コーメイが来てくれていなければ、エマも王子もゲオルグも生きてはいない。


「にゃ!」


「コーメイさんがどういたしましてと言ってますよ、殿下」


「殿下っ! 猫(?)になんでそんなコト……ってエマ嬢はさっきからなんで通訳して……?」


一体どうなっているんだと、一人状況の読めないアーサーがゲオルグに助けを求めるように視線を向ける。


「あっ! そうだ! コーメイさん、ちょっとあそこでバーサクってる陛下大人しくさせてくれない?」


ゲオルグはアーサーの訴えるような目に気づいたものの、心情を察してやれるほど細やかな性格ではなかった。


「にゃ?」


「……兄様、あの血まみれ陛下のハッスルっぷりは何ですか?」


ヒャッハー! と叫びながら魔物を斬り刻んでいる国王を見たエマの声が震えている。


「エマ、見るな!」


まだ、あの局地的結界ハザードから二年も経っていない。

思い出して震えていると勘違いした王子が心配する。


「ま、魔物がもったいない!」


が、エマの視線は国王と魔物に釘付けである。


「ん?」


「さっきからマモンガが、手袋が台無しにっ」


「ん?」


「ウィリアムも兄様もなんであんなになるまで放置してるのよ!? ほんと、もう、けしからん……陛下ったら……もう、なにあれ……ほんと……」


震えている、というかわなわなとエマが国王を見つめている。

(ああ、マモンガが大量に陛下の足元に切り捨てられてもったいない……もったいないんだけど……血まみれで剣を振る陛下、カッコよっ!)


「……姉様?」


いつのまにかイケオジ鑑賞に耽る姉をウィリアムが冷たい目で見ている。


「ヒャッハー!」


「……とにかく、コーメイさん。あの国王止めてくれる?」


コーメイの背に乗っていたエマと双子を下ろしつつ、ゲオルグがコーメイにお願いする。


「にゃ!」


トトトっとコーメイが国王へと走り出す。


「あっ! ちょっと危ないって! ゲオルグ君、あの猫大丈夫なの!?」


バーサク中の国王は、己よりも大きな魔物も倒してしまうほど強かった。

ただ大きいだけの猫に止められる訳がないとアーサーが慌てる。


「大丈夫ですって、ほら」


にっこり笑ってゲオルグが国王を指差すのと、猫が国王を前脚で踏みつけたのが同時だった。



ぷちっ。




「「「あっ……」」」


暴れていた国王は、静かになった。


「え? …………今、ぷちっていわなかった?」


恐る恐る口を開いたアーサーに、誰も目を合わせる者はいなかった。



ピンチ「あっ……国王がピンチ! なあ、シリアス、国王が……あっ。そうか、もう、シリアスは……」

シリアス「いや、生きてますけど?」

ピンチ「えっ?」

シリアス「え? 生きてる……よな? おれ?」

ピンチ「…………」

シリアス「え?……え?」


ラブコメ貴腐人「死に別れた恋人の幽霊との再会……チープでありがちな展開ですわ。でも、嫌いじゃありませんことよ」


シリアス「え?」



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― 新着の感想 ―
100tハンマーの元ネタ知ってる若者はどれだけいるんだ。鈴木亮平が実写映画に出演して話題になったし知ってる人の方が多いか?このネタが出てくるって事は今後あれもでてくる可能性ありか… 楽しみにしとこw
[良い点] ぷち、と潰される国王がステキ [気になる点] でも、ぷち、よりは ぶぎゅるっ、と潰されて欲しい なんて思う高橋留美子脳 [一言] のしイカみたいに潰されたイケオジ! イケオジになりたい…
[気になる点] シリアスとピンチが オスナノカメスナノカってゆう大前提を、 貴婦人も含めてわざと誤解してませんか? [一言] 展開的に見ても、 シリアスがオスで ピンチがメスだと思えば、 別に無理のな…
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