ゴリラVSクマ。
誤字脱字報告に感謝いたします。
「うぉっと!」
王の重い斬撃をゲオルグが避ける。
「んー? 避けちゃ駄目じゃないかゲオルグ君。ちゃんと剣で受けないとっ」
王は楽しそうに笑いながら、追撃の手を緩めず、逃げ回るゲオルグを追う。
「いやいや、陛下! っと! 俺の細身のカタナじゃ、その大剣は受けきれませんって!」
せっかく新しく皇国で手に入れた一振りをこんなところで折る訳にはいかないと、ゲオルグが次の追撃もギリギリで避ける。
そもそも調子に乗って逆刃刀なんかにするから下手に受けると自分が危ないのである。
「うわぁ……陛下、完全にイッちゃってる」
腕に自信のないウィリアムは、木の後ろに隠れ安全確保しつつ様子を窺っている。
他の者よりも大量に返り血を浴びた国王は、やりたい放題であった。
「うううっエマぁっ!」
「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
「……エドワード殿下はなんか泣いてるし、アーサー様はずっと笑ってるし、陛下はあんなだし……状態異常に個人差があり過ぎる……」
魔物の資料に記されていた通りに、皆が状態異常を起こしているのは分かるが、資料を読んだだけではここまで混乱を極める状況になるとは思ってもみなかった。
実際に体験しないと分からないものである。
これでは、たちの悪い酔っ払いではないか。
前世の飲み会でもこんなことあったなと地味に懐かしくなるものの、その酔っ払い全員が何らかの殺傷力の高い武器を携えているのだから、洒落にならない。
なんとか正気を保っているのは後から来たゲオルグと狩人の教師と自分だけで、大なり小なり騎士もスカイト領の領主や狩人も皆おかしくなっている。
「……飲み会の三次会に素面で参加する地獄かよ……」
絶望的な状況にウィリアムはため息を吐く。
まだ正気の狩人の実技の教師には先行している父達を呼び戻しに行ってもらっている。
状態異常を治す術はなく、ただ時間が解決してくれるのを待つしかない。
待つにしても今ここで暴れる陛下の相手をゲオルグ一人でするのには無理がある。
国王が強すぎる。
「ううっ。先生……早く、早く帰って来て……兄様が半分になる前に!」
ゲオルグにゴリラ並の体力があったとしても相手は国王なので、反撃は許されない上に国王の攻撃を避けつつ、騎士や狩人がおかしな動きをしないかもチェックしなくてはならない。
普段政務に追われているはずの国王の攻撃は、信じられないくらい重いのに異様に速い。
「ゲオルグ兄様はゴリラだけど陛下は陛下でクマみたいに強いのなんなの……」
こうなってはウィリアムは木の影から見守ることしかできない。
せめて己の安全の確保だけでもして兄の負担を減らさなくては。
ヴァイオレットがゲオルグの頭に乗っていれば良かったのだが、残念ながら猫と虫はエマを守っている。
ゴォォッ!
「うわっ」
国王が薙ぎ払った大木がゲオルグに襲いかかる。
大木がぶつかるくらいなら、ゲオルグも死にはしないのだが運の悪いことに森の足場は悪い。
木の根か何かに引っかかり、ゲオルグの足を止めてしまう。
「兄様、避けて!」
ギリギリで攻撃を避けていたゲオルグの足が止まるということは、相手に恰好の隙を与えることに等しい。
国王がトドメだと言わんばかりに大剣を振り上げていた。
体勢の崩れたゲオルグは避けきれそうにない。
「うわぁっ………………ん?」
だが、国王の動きが危機一髪で止まった。
「……ゲオルグ君?」
「へ、陛下! もしかして……正気……に」
助かったぁ……とゲオルグが安堵の表情を浮か……。
「今、奥で何か動いたよね? 稽古はまた今度にしよう。ほら、獲物が逃げてしまうよっ! ヒャッハー! 急いで!」
「なってなかったぁー……」
大木を薙ぎ払ったために周囲の視界が開けたのか、国王が何か魔物らしきものを見つけ、それを追いかける。
「皆の者! 魔物を倒すぞー!」
「「「はっはい!」」」
しかも、おかしくなっている騎士や狩人達までを引き連れて行ってしまう。
状態異常でも、王の統率力は無駄に健在であった。
「え、ちょっ勝手に行かないで!」
父や叔父が来るまではここに留めておきたかった……なぁ……とウィリアムが意気揚々と魔物を追いかける国王を呼ぶが、新たな獲物に夢中の王に聞こえるはずがない。
「兄様、陛下が走って行った方向は森の奥側です。これ以上進むと結界に近づき過ぎることになります」
結界に近ければ近いほど魔物とのエンカウントは増える。
「素人……マジで怖えぇな。ウィリアム、追いかけるぞ」
「はい!」
こうして先行した父レオナルド達との合流は叶わず、魔物狩りの一行は完全に二手に分かれることになるのだった。
◆ ◆ ◆
一方、森の前のキャンプ地でお留守番中の女性陣は、狩りの参加の許可が認められずに気落ちするマリオンを全力で慰めていた。
「マリオン様、元気出してください」
フランチェスカがそっとマリオンの背を撫でる。
「ありがとう、フランチェスカ様。うん。私も薄々気づいているんだ。貴族の令嬢が騎士になるのは難しいと……」
マリオンは幼い頃から騎士を目指していた。
しかし、成長して夢が近づくほど周囲の反対が強くなっていった。
女の子が騎士だなんて。
公爵家の令嬢だぞ。
もし、怪我でもしたら?
もし、傷が残ったら?
婚姻に影響が出るのではないか?
騎士なんて常に危険と隣合わせの仕事をわざわざしなくても良いだろう。
もう、大人なんだから分別を持ちなさいと、父にも先日釘を刺されたところであった。
「そろそろ、潮時なのかもしれないね……」
マリオンが珍しく弱音を吐く。
「あら、騎士団は実力主義だと聞いたことがあるわよね、ケイトリン?」
「マリオン様ならその辺の令息なんかよりもお強いから採用試験を受ければ絶対に合格すると思うわよね、キャサリン?」
実力があるのに潮時なんて……と双子は不思議そうに首を傾げる。
マリオンの剣はどの令息にも引けを取らない。
女性だからと舐めてかかった令息は軒並みコテンパンにされている。
問題は騎士の採用の可否を決めるのが、騎士団の上層部だということ。
そのほとんどはべル家に縁のある者で占められている。
そのベル家の当主は騎士団長であるマリオンの父親である。
父親がマリオンの入団をよく思っていない以上、実力があったとしても意図的に不採用となる可能性が高かった。
なんとか父を説得できればと思っていたが、話は平行線をたどりお互いの主張を譲ることはなかった。
「まあ、色々と難しくてね。皆、ごめんね。暗い雰囲気にしてしまって……いつまでも夢を追いかけてばかりもいられないよ」
マリオンは十七歳だ。
結婚についても考えなくてはならない時期に来ている。
貴族の令嬢として役目は果たさなくてはいけないことは頭では分かっているが、どうしても夢を捨てきれない自分もいて葛藤する日々であったが、そろそろ時間切れだろう。
「マリオン様。私、いつでもお話聞きますわ。潮時なんて言わないで騎士になる方法を一緒に考えてみませんか? まだまだ、お若いのですから諦めるのはもったいないと思います」
弱々しい笑みを浮かべるマリオンの手をエマが握る。
マリオンの手の平はエマよりも硬く、父レオナルドや兄ゲオルグに近い。
しっかりと剣の鍛錬を積んできた武人の手だ。
相当な努力をしてきたのがこの手からだけでも伝わる。
「エマ様、私はもう十七なのです」
年下のエマに若いと言われても……とマリオンは困った顔をする。
はっきり言って十七歳は夢を見続けていられる年齢ではなかった。
結婚適齢期というやつで、同じ年の令嬢の殆どは婚約者がいるか、結婚しているか……子供がいるかなのだ。
そもそも貴族の令嬢が結婚以外の夢を持っていたとしても叶えられはしないのだ。
よっぽど夫となる人物に理解がないと外で働くなんてできない。
世の中が見えてくるに従って、マリオンの夢は現実的には難しいのだと思わざるを得なかった。
「何をおっしゃいます! もう、ではなくまだ、十七歳ですよ、マリオン様! 十七歳はぴっちぴちで可能性の塊ではないですか!」
自嘲気味に笑うマリオンに、エマが大きく首を横に振る。
前世の記憶のあるエマから見れば十七歳は、お酒もタバコも禁止、選挙権も車の免許もない未成年である。
夢を諦めるにはまだ早過ぎるというか、これからなのにと言いたい。
「ふふふ、そう言ってもらえるとなんだか私、元気が出て来ましたわ」
マリオンと同い年のフランチェスカはエマが十七歳はぴっちぴちだと力説する姿に、胸のつっかえが軽くなるのを感じていた。
第一王子派の洗礼を失敗してすぐ、決まりかけていた婚約が白紙になったフランチェスカ。
次のお相手を見つけるのに、また一から候補を探さなくてはならなかった。
もう、今からでは年がずっと上の貴族の後妻であろうとも文句は言えない。
「フランチェスカ様まで……。皆様はまだ何にでもなれるお年頃ですわ。それに、そもそも結婚なんてしなくても別に……」
「エマ?」
「ひっ! お母様!?」
結婚なんてしなくても別に楽しいことは沢山ある……とエマが言おうとしたところで、少し離れて魔物の肉を煮込んでいたメルサが、いつの間にか真後ろに立っていた。
「今、何を言おうとしたの?」
恐ろしいほどの地獄耳であった。
母は学園のお友達の手前、ニッコリと笑っているものの、エマには鬼の形相にしか見えない。
「え?」
「今、聞き捨てならない会話が聞こえたような気がしたのだけど?」
「え? え、えーと……」
「まさかあなた、(今世も)私に孫を抱かせないつもりではないでしょうね?」
「ひっ……そ、そんなこと私、言いました? 言ってないですわ! わっ私は、えと……落ち込まれてるマリオン様にけっ……ひっ!」
結婚、焦らなくていい。
そう、言ってあげたい。
しかし、母の視線が怖い。でも……。
「けっ……ここここここ……こっコーメイさんを……そう、コーメイさんを紹介しようとしてましたの!」
エマは母メルサの圧に負けた。
「「コーメイさん?」」
双子がどこかで聞いたことあるような……と考え込み、揃って顔を上げる。
「あ! エマ様の猫ちゃんの名前じゃなかった? ケイトリン?」
「そう! エマ様が刺繍の授業でよくモチーフにされている三毛柄の猫ちゃんよ! キャサリン!」
カフリンクスにハンカチ、ランチョンマット……授業でエマが刺すのは猫の柄が多い。
お家で飼っている子達だといつもエマが幸せそうな笑顔で猫の話をしていたのを双子が思い出す。
「そ、そうなのです。キャサリン様。私、コーメイさんの話をしていましたよね? ケイトリン様。ほら、落ち込んだ時はもふもふです! だって! もふもふを超える癒やしはこの世に存在しないのですから!」
メルサの意識を結婚と孫から引き剥がそうとエマは必死である。
このままだと長い説教に突入してしまう。
「そ、そう? でも……エマ、急にコーメイさんを見せてはお友達が驚くでしょう?」
繊細な貴族令嬢にスチュワート家の巨大猫達は刺激が強すぎるとメルサが止める。
「大丈夫ですわ。お母様! 猫達の話はよく学園でしていますから」
よし、上手いこと意識がそれたとほくそ笑むエマ。
そして、
「エマ様、もしかしてコーメイさんをこの課外授業のキャンプ地に連れて来ているのですか?」
もふもふ好きのマリオンの目が光る。
「きゃー! コーメイさん触りたいわね、ケイトリン?」
「きゃー! コーメイさん触りたいわ、キャサリン!」
何にでも好奇心旺盛な双子の目も光る。
「あの、ですが、こんなキャンプ地にまで連れて来て大丈夫なのですか?」
心配症なフランチェスカは猫はとても高価だからと遠慮気味に尋ねる。
この世界で猫は個体数が少ないために一匹で屋敷が買えるほどの値段で取引されているのだから。
「うーん……たしかに。私も触りたいのは山々だが……他の者に見られでもしたら、大事な猫を盗まれてしまう可能性が高くなるよね。エマ様、無理はしないほうがいい。気持ちだけ受け取らせてもらうよ」
猫は何かあった時に簡単に弁償できる値段ではない。
マリオンも慎重になる。
「大丈夫ですわ、マリオン様。刺繍の授業の際にもコーメイさんは普通の猫より少し大きいと言いましたでしょう? うちの子はそう簡単に盗まれたりしませんわ」
ふふっとエマが得意げな顔をする。
コーメイさんを盗める泥棒なんて王国中探してもいないだろう。
猫パンチで、ワンパンである。
「いや、その、少し大きいくらいでは、なんの抑止にもならないと思うよ?」
マリオンが猫の希少性は個体のサイズで変化するものではないと忠告するも、無事にメルサの意識を逸らせるのに成功したエマはさっそく馬車でお昼寝しているコーメイを呼ぶ。
「コーメイさーん! お友達紹介するからこっち来てー!」
マリオンとフランチェスカは猫を盗まれる可能性を心配して遠慮する空気を出していたが、基本、エマは空気を読まない。
「にゃぁん♡」
エマの呼びかけに応えるように馬車から猫が返事する。
「あ、扉を開けないと……」
ギシッ。
フランチェスカが、馬車の扉が閉まっていることに気付き、これでは自力で出てこれないわ、と手を伸ばした矢先、スチュワート家の馬車が軋んだ。
「?」
「?」
「「?」」
猫以外に馬車の中に何かいる? と、フランチェスカらが不思議に思ったところに、馬車を軋ませたであろう巨大な生き物が器用に前足で馬車の扉を開け、ぬっと顔を出した。
「にゃあ!」
「!?」
「!?」
「「!?」」
一声鳴いて馬車を降り、巨大な生き物はエマにその巨体を擦り寄せる。
「にゃーん♡」
「コーメイさん、学園のお友達紹介するね。こちらがマリオン様、フランチェスカ様、キャサリン様とケイトリン様よ」
コーメイに頬擦りされながら、エマは令嬢達を紹介する。
「「「「……………………え?」」」」
「うにゃーん!」
「コーメイさんが、皆さんのお話はよく三兄弟から聞いてますよ。いつもエマと仲良くしてくれてありがとう。だって!」
「「「「……………………え?」」」」
エマのありがとうに合わせて、巨大な生き物がスッと頭を下げたように……見えた。
「「「「……………………え? ……え?」」」」
シリアス「ナイスアシストっす! マリオン様!」
ピンチ「忙しい……国王ちょっとハウス!」
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いつも田中家を読んで下さりありがとうございます!
コミカライズ田中家、転生する。2巻
2月4日に発売です。
シリアス唯一の活躍の場、第2巻よろしくお願いいたします。




