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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と帝国の暗躍
160/198

王、ご乱心やめて。

誤字脱字報告に感謝いたします。

「ハーハッハッハッハー! 楽しいなぁっ! 楽しいなぁっ!」

 

向かって来る魔物の群れを国王がバッサバッサと笑顔で斬り捨ててゆく。


「へっ、陛下! お待ち下さい! その魔物は硬くて切れなっ」


ブシュッ!


「アハッ♡ ハーハッハッハッハー♡」


魔物学教師、ヴォルフガングの制止を無視し、国王は最後の一匹の腹下に潜り込み、力ずくで硬い表皮に剣を刺す。


国王を護るはずだった騎士もスカイト領の狩人達も活躍の場を与えられず立ち尽くしている。


「なぁこれ……おれら、いらなくね?」


盛大に返り血を浴びた国王は、汗か魔物の血か分からない湿った額を満足そうに拭い、一息つく。


「ふぅー。 久しぶりに思いっきり体を動かすと気持ちいいな!」


「へ、陛下っ。勝手に動かれては困ります! 何でもかんでも斬れば良いというものではありません!」


魔物の出現する森に入って数時間、慎重に慎重を重ね歩みを進めてきた。

鼻の利く猟犬が危険を報せれば、先にスチュワート家が様子を見に行き、危険を排除してから合流して進む、を繰り返し、今の今までは何事もなく順調だったのに……。


「ふはっ……。陛下相変わらず強すぎ」


「あれは誰も止める間は無かった……。何かあったとしても責任の所在は陛下にあると先に言っておく」


アーサーがエドワード王子の背に隠れ、我慢できずにくつくつと肩を揺らす。

王子はオロオロする魔物学教師のヴォルフガングとスカイト領の領主に後で罰したりはしないと約束する。

勝手に飛び出した王が勝手に怪我をして、臣下に責任取れなんて事態には自分がさせないから安心しろと。


王には森に入る前に何度も魔物を見つけても動かずに、狩りに慣れた者の指示に従ってほしいと進言していた。

だが、不意をつかれた魔物の襲撃に、無駄に鍛えている王が一番早く反応してしまったのだ。


スチュワート家の男性陣は、猟犬の報せに集団から安全の確保のため先行しており離れていた。

まさか、そこを狙ったかのように魔物の群れが現れるなんて誰が予想できただろうか。

しかも、その魔物は明らかにこちらを標的と定め群れで襲いかかってきた。

魔物学教師が、魔物の同定を始めるより、狩人と護衛の騎士が国王を守るために動くよりも早く、国王は魔物へと向かって走り出していた。


魔物狩りの心得のある者は、まず、現れた魔物の数と種類を把握することに集中する。

騎士の中には魔物を初めて見る者も多く、そのグロテスクな見た目に怯んでしまう者がいたのも仕方がない。


その両者の一瞬の隙をついて駆け出した国王は「ヒャッハー!」と叫びながら魔物に、剣を振り下ろしていた。


「だが、まぁ、心配無かっただろう? 先程斬れんと言った魔物もあの通りではないか!」


血に染まった剣をブンブン振ってから国王は刃こぼれを確認する。

教師のあの魔物は硬いという忠告はしっかり、聞こえていた。

咄嗟の判断で頭を狙うのを止め、腹に潜ったのは正解だったな……などと国王は悪びれる様子もなく爽やかな笑顔を浮かべている。


周りには、十数体の魔物の死骸が転がっており、狩人が国王に追いつく前に、騎士が国王に追いつく前に、一人で全部、国王が片付けてしまった。

日頃から政務をビクトリア王妃に任せて剣術の稽古に励んでいるだけはある。


と、そこへ。


「お待たせしました。ルートの確保ができま……した……の……で?」


ガサガサと草を踏み分けてスチュワート家の長男ゲオルグと次男ウィリアム、狩人の実技の教師が現れる。

先行した先の安全が確保された時点で迎えに来るのが彼らの役割となっていた。


「こっこれは……一体……?」


国王の周りに魔物の死骸が大量に転がっているのを見てウィリアムは息を飲む。


「何があった!? 無事か!?」


狩人の実技の教師も驚いている。


しかし、国王は頬にも付いていた返り血を拭いつつ笑顔を崩すことはない。


「急に魔物の群れが現れてね。だが、心配は無用だよ! 私が一匹残らず倒してやったぞ」


全身に浴びたこの血は全部返り血で、怪我もないから安心してくれと言う国王。

どこの世界に狩人と騎士がついていながら、国王だけが血まみれになる状況になるのか。


「こ、これ全部陛下が?」


信じられないと震える声で尋ねるゲオルグ。


「ん? ああ、考えるよりも体が動く質でね。少々硬いのもあったが、この程度なら問題ないよ」


狩りに慣れているといっても、ゲオルグもまだ十六歳の若者。

大人の力を見せつけてしまったかな? 自信を無くさないと良いのだが……なんて国王が思った矢先、諸々を理解したウィリアムが我慢できずに叫んだ。


「な、な、な、なんてことしてくださりやがったのですかー!?」


「ん?」


ウィリアムは血で染まる地面を踏まないように上手く避けながら魔物の死骸を一体ずつ確認して、頭を抱えている。


「あー……これは、ひどいな」


お手上げだわと、ゲオルグが途方にくれるように天を仰ぐ。


「陛下、こんな、こんなの、姉様が見たらどんなに悲しむか……!」


魔物を倒して悦に入っている国王とは対象的にウィリアムはがっくりと肩を落とす。


なんて、勿体ないことを……と。


魔物の死骸の中にはパッと見だだけでも一角ウサギやヒポポタマル、アーマーボアなどが確認できた。

その全てが素人(国王)によって倒されたせいで台無しになっている。

よりによって高価な素材や美味しい魔物ばかり。

前の日も、まえの前の日もこんなイイ魔物出現しなかったのに。よりによって……なんで、このタイミング……。


一角ウサギの毛は無残に抜け落ち、血に染まり、毛皮にできそうな部分は残っていない。


ヒポポタマルだって肉は旨いし、表皮は馬車の車輪にと余すことなく使えるお得な魔物なのに……なんでここまで執拗に切り刻むんだ?

魔物肉は空気に触れると鮮度が落ちてすぐに食べられなくなるし、表皮はある程度の大きさが必要で、これではもう、食肉にも素材にもできないではないか。


そして、アーマーボアは蒸し焼きだろ? 常識だろ?

なんで、腹から切っちゃうの?

血抜きするまで腹側は切っちゃ駄目なのに……。

これじゃ肉は無理、うわっ盾の素材になる鼻も凹んでる……普通、凹まないよ? ここ……。


なんとか素材として使える部位はないかとウィリアムは探すも、どれもこれも絶望的としかいえない状態だった。


「あー、うーん、これは、エマじゃなくても泣くぞ? エマがここにいなくて良かったかも……って、あっ」


ゲオルグは返り血を浴びた陛下の姿を見て気づく。

狩り素人の陛下が無傷血まみれで帰れば、食い意地の張ったエマにバレない訳がない。


これは、めんどくさいぞ。

エマが陛下に説教しかねない。


「エマちゃんが……悲しむ? 泣く? ……とは? ……はっ!」


残念ながら、王からはエマに魔物肉と素材が勿体ないと怒られるなんて発想は出てこない。

王の目に映るエマは未だに儚げ美少女である。


「エマちゃんは魔物に襲われたトラウマを抱えている。そこへ大好きな(?)国王が血まみれで魔物狩りから帰ってくればきっとショックを受けてしまう……ってことかい? ウィリアム君?」


人とは自分の都合の良い解釈をする生き物である。


「え!? ショックはショックでしょうけど……」


「ただでさえ体が弱いのに、こんな姿を見せては食事だって喉を通らなくなるし、歩くのもままならなくなるのではと言いたいんだよね? ゲオルグ君?」


「いや、ご飯は意地でも食べるかと……」


「……! そうだよね? 誰にも心配かけまいとエマちゃんは無理にでも食べるだろうね……うぅっ……エマちゃんっ健気だからっ」


おじさんホイホイは絶好調だった。


「グスっ……」


「うぅう……」


「ひぐっ……」


そして、王の涙につられるようにスカイト領領主が、狩人、騎士達の中にもすすり泣く声が聞こえ出す。


「え? 何事?」


「エマはっ! 私が護る!」


「え? 殿下まで急にどうした!?」


「ぶっひゃっひゃっひゃっ!」


「ちょっ! アーサー様も!? え? みんな、どうした!?」


冷静だった王子も、いつも余裕のあるアーサーまでも様子がおかしい。


「あっ……。うわぁ……兄様……コレ……」


ウィリアムが魔物の死骸の中から、手の平くらいの小型の魔物のしっぽを摘んで持ち上げる。

パレスには出現したことのない種の魔物で、ウィリアムも実物は初めて見る。


「ウィリアム、それが何か関係してるのか?」


魔物の知識が残念なゲオルグはぴんと来ていない。


「暴走ネズミ……です。他の大型の魔物を噛んで暴走させる厄介な特性を持ってて……」


「魔物を暴走させる? この陛下が倒した魔物はこいつに操られてたってことか?」


スカイト領の魔物は精神攻撃系の魔物が多いと父が話していたのを思い出す。

まあ、ゲオルグの頭では小型で食いでがないことくらいしか思い出せないが。


「おかしいな、とは思ってたんです。魔物が群れるにしてもあまりに多種多様だから……共存関係にない種が群れで攻撃なんてしてこないでしょ普通は……」


ウィリアムの頬に冷や汗が伝う。


「なんか、ヤバい感じか?」


弟の顔色を見る限り、嫌な予感がしてきた。


「この、暴走ネズミ自体はそんなに強くもないのですが……こいつに噛まれて暴走した魔物の血は、人を一時的に狂わせると本に書いてありました」


「狂わせる?」


「はい。ゲームでいうなら状態異常みたいな」


「え? バーサクとか魅了とか催眠とか混乱とかのアレ?」


「ソレです」


前世のゲーム知識は何かと役に立つ。


「そんなの、暴れでもされたら、どうやって相手すんだよ……人は、さすがに国王は斬れねーぞ?」


国王だけでなく、王子も、アーサーも、教師も狩人も騎士も、誰も傷つけたくはない。


「うーん……まだ、動き足りないんだよなぁ……」


ゲオルグの後ろで、さっきまでグスグス泣いていた国王がゆらりと頭を上げ、剣を握り直す。


「ゲオルグ君、ちょっと剣の稽古付き合ってくれないかい?」


国王の目の焦点が合っていない。

こんなところで剣の稽古なんてやれる訳がないのに、周りの騎士も狩人も止めようとしない。


「まじか……」


そう、狩場に素人がいることほど危ないことはないのである。







おみくじは大吉を引いたが、2022年最下位らしいおうし座O型の作者「皆様、あけましておめでとうございます!今年も何卒よろしくお願いいたします」


シリアス「神様……今年こそ、今年こそ、今年こそは、活躍の場を!」


ピンチ「神様……シリアスの健康を少しでも回復してやってください(既に病んでいる前提)」


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― 新着の感想 ―
第二王子の前科は国王に報告されていないのかね。もうやだこのポンコツ王家。 第二王子のときもだけど、ちゃんと説教したのかな。 エマが国王に説教しかねないってことは兄弟は説教する気がないよね。 誰もレクチ…
国王が残念であればあるほど、王位につけてはならないと言われる王兄の酷さが際立つ……のか?
[気になる点] 国王、魔物学初級とか受けてないの?
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