草木も眠る丑三つ時。
ァーオ
ァーオ
ふと、目が覚めた。
ァーオ
ァーオ
コーメイさん?
ぼーっとした頭で考える。
アーオ
アーオ
そんな筈はない。
コーメイさんは港が高校最後の年に死んでしまったのだから。
だからこの鳴き声はコーメイさんではない他の猫の声。
他の……猫?
そこでガバッと起き上がる。
この領で……いやこの国で外から猫の鳴き声が聞こえるなんてあり得ない。
急いで部屋を出ると同時に奥の扉が2つ開いた。
「姉様!」
「エマ!」
ゲオルグとウィリアムである。二人にも聞こえたようだ。
何だか居ても立っても居られない。
アーオ
アーオ
私が呼ばれている。私を探している。
夢のせいかそんな気がしてならない。
迷わず外へと走り出す。
「あっこらエマ!」
「姉様!」
腐っても伯爵令嬢のエマは一人の外出は禁止されている。それは伯爵令息のゲオルグもウィリアムも同じで、父の外出許可があって初めて使用人と護衛を付けることで可能になる。
深夜に無断外出など以ての外である。
表の玄関の鍵はエマでは開けられない為、裏口から外へ、エマの小屋の横を走って過ぎる瞬間……わしっと頭に変な感覚が落ちてきた。
もどかしく走りながら手に取ると、お気に入りの紫色の蜘蛛である。
「君……脱出できるんだね」
蜘蛛はエマが寝込んでいる間に共食いだけでなく、蚕の巨大化用の餌まで食べていたのか、エマの両手に乗りきらない大きさにまで成長している。
「しっかり掴まっておくのよ」
蜘蛛を頭に戻し、猫の声が聞こえる方へまた走る。
「うわっ兄様!エマ姉様が頭に蜘蛛乗せて走ってるよ!」
「アイツ……ナウ◯カかよ」
本日のエマの寝衣は青き衣のワンピースだった。
蚕のでかい幼虫じゃ無いだけマシか……とゲオルグが呟いている間にどんどんエマとの差が開いていく。
「姉様っ足っはやっ!」
「港の1000倍は速いぞ!」
エマを一人で外に出したとなると父に叱られてしまう。エマの失態は兄と弟の失態。
パレス領は比較的治安は良い方だが、夜中に子供が歩いて何事もなく帰れるとは思えない。
ゲオルグは寝衣のまま愛用の剣だけ持って追いかける。魔物は何匹も切ったが人は……切ったことは無い。ぐっと剣を握り直し、必死に追いかける。
「港が入ってマシになったと思ったんだがな……」
アーオ
アーオ
猫の鳴き声は続く。
それに急かされる様にエマのスピードが上がる。
この走りが港の時にあればもっと楽にラブから逃げられたものを……。
やがて、屋敷から数キロ離れた町に着く。
それでもエマのスピードは落ちない。
とっくにゲオルグとウィリアムは振り切っている。
エマが立ち寄ったこともない、町の酒場が多く並んでいる通りに出るとチラホラと人影が見えてきた。
翌日は週に一度の休息日、しこたま酔っぱらった男達がエマを見つける。
「んー?お嬢ちゃんこんな時間に何し……」
バビュンっと男が言い終わる前に走り去る。
「っ!はやっ!なんだあれ?」
「おっおい!捕まえろー!」
男達がエマの行く先に居た他の酔っぱらいに怒鳴る。
なんだなんだと酔っぱらい達がエマを捕まえにかかる……が、バビュンとあれ?人かな?って疑いたくなるような速さで去っていく。
「こうなったら一列に並べ!絶対に捕まえるぞ!」
酔っぱらいがムキになって叫び、道を塞ぐ様に一列になる。
っと一列になった男達の顔目掛けて蜘蛛が紫色に光る糸を放つ。
視界が遮られ、男達が糸を取ろうともがいている内にエマがピョーンと男達を飛び越える。
「はぁー!?」
深夜まで飲み明かす屈強な男達である。
そろって背が高い男達を軽々と飛び越える少女。
二メートルを越える大ジャンプ。
「はぁー!?」
その頭の上には引くほどでかい蜘蛛が乗っている。
「はぁー!?」
いとも簡単に突破された男達は飲み過ぎたことを反省し、きっと夢でも見てたんだと自らを疑いにかかる。
紫色の蜘蛛の糸がキラキラと顔に巻かれた男達でさえ夢だと、それほど信じがたい状況であった。
これ以上酔っぱらってはいけないと口々に言い合い、男達は家路に就くことにした。
エマ……化け物……?