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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と帝国の暗躍
158/198

いないいないにゃあ。

誤字脱字報告に感謝いたします。

こちらはスカイト領、結界の森前の課外授業キャンプ地、早朝。

スチュワート家の朝は、どこにいても早い。


「にゃあ!」


森から猫の鳴き声がしてエマが振り向く。


「あっ! コーメイさんお帰りー♪」


「うにゃあ♪」


トットットっと小走りで猫はエマにすり寄る。


「ふふふ、いっぱい狩れた?」


「にゃーん!」


ゴロゴロと喉を鳴らし、コーメイは嬉しそうに答える。


「シー!! ちょっとコーメイさん! 鳴き声抑えて。みんなにバレちゃいますよ!」


コーメイに遅れてウィリアムも森から出てきて慌てて注意する。

早朝、課外授業に参加している生徒達はまだ夢の中とはいえ、こんなところで猫の鳴き声が聞こえるのは不自然である。


「んー? 猫じゃなくて魔物の声ってことにしたら誤魔化せるんじゃね?」


ビッと魔物の血がついたカタナを振って鞘に納めつつゲオルグが森から出てきた。

皇国で作ってもらったカタナは王国の両刃の剣と同じとはいかず、使い始めは慣れなくて手こずっていたが大分コツを掴みつつあった。


「にゃう!」


「兄様、コーメイさんがあんなんと一緒にすんなーって言ってるよ」


「えっ? ごめんコーメイさん」


一声鳴いてツーンとそっぽを向くコーメイにゲオルグが謝り、耳の後ろを掻いてやる。


「うにゃ!」


「兄様、もっと右だって」


「え? ああ、ハイハイ……」


「にゃっ!」


「兄様、ハイは一回だってコーメイさんが言ってるよ」


「悪かったって!」


「ゲオルグ、声を抑えなさい。本当に皆を起こしてしまいますよ? ただでさえ慣れない寝床で貴族の生徒さんは眠りが浅いのですから」


カチャ……っと森側の馬車の扉を開けてメルサが注意する。


「レオナルドとアーバンの姿が見えませんが?」 


戻って来たのが兄弟とコーメイだけなのに気付き、スゥッとメルサの表情が冷たくなる。


「あ、あの? 母様? 実はちょっと狩り過ぎてしまって……」


「またですか?」


「パレスよりも結界に面した範囲は狭いはずなんですけど、ここの森結構群れで動く奴が多くて……」


はぁ……っとメルサは、こめかみを解しながら呆れたようにため息を溢す。


「また、運ばないといけないようですね……」


魔物は狩った後も色々と大変なのである。


一番森側にテントを設営した一家は、実はこっそり魔物狩りに出ていた。

一家のテントの奥は森なので、スカイト領の狩人の見回りの時さえ気をつけていれば、皆が眠っている早朝なら誰にも気付かれずに狩りに行くことができた。


「目の前に魔物がいる森があるのに、狩らない手はないよね?」


課外授業初日から一夜明けた朝に、レオナルドが目を輝かせて愛用のハンマーを握ると、


「「ですね!」」


ゲオルグはカタナを、アーバンは弓を持ち同意した。

むしろ、これが課外授業に参加した目的と言っても過言ではない。


それから連日、男共は狩りに繰り出し大量の魔物を持って帰って来ることになった。

狩った魔物をそのまま置いておくとスカイト領の狩人に見つかった場合に言い訳できないし、死骸でも放置すると危険な魔物、加工すれば素材になる魔物、美味しい魔物……。


狩りよりも、それらをバレないように処理する方が大変であった。

肉は美味しくいただくとしても、毛皮や骨の加工まではここではできないため、キャンプ地に馬車を呼びスチュワート家へと持って帰ってもらっている。

しかし、こうも大量に魔物を狩られては馬車も一台、二台では追いつかず、スカイト領の領主や狩人達からの視線が、痛い。


「コーメイさんがついて来てくれたから、ウィリアムも狩りデビューできたのは良かったけど……。その分魔物の数もいっぱい……」


やんちゃなかんちゃんよりはマシだが、コーメイも昼間は馬車に隠れてもらっているので、森ではかなりの量の魔物を狩ってストレス発散していた。 


「まあ……僕ができるのは罠を仕掛けるくらいで戦闘は全然でしたけどね」


なかなか兄様のような動きは無理ですとウィリアムが肩を竦める。


「にゃっ!」


エマの保護者は自分だと譲らなかったコーメイは課外授業について来ていた。

他の三匹も行きたいと訴えたが、さすがに巨猫四匹を隠すのは難しい。

しかし、どんな説得もコーメイだけは譲らなかった。


「にゃにゃにゃ!」


コーメイは課外授業に関しての書類を持って来て、前脚で最後に書かれた一行を指してプレゼンを始めたのである。


「えっと……。狩り用に訓練された猟犬をお持ちの家は一頭までなら連れてきても良い?」


「猟犬?」


「にゃんにゃ!」


「猟猫だって」


得意げなコーメイに、いつも通りエマが通訳する。


「「「なるほど」」」


ならば問題解決だと喜ぶ一家の様子を、メイドのマーサが不安そうに眺めていたのが数日前のこと。

マーサは思った。

猫が文字を読んで理解してるのを、この一家、誰も不思議に思ってない……。


「ほら、あなた達。ちゃっちゃと魔物の下処理の準備をしなさい。効率よくしないと朝食までに終わりませんよ?」


仕方ない、とメルサは腕まくりをして子供達に指示する。

きっとすぐに夫と義弟が大量に魔物を持って帰って来るのだ。


 ◆ ◆ ◆


朝食を終えたスカイト領の狩人達は課外授業に参加した生徒達の様子に、やはりこうなるか……と、顔には出さないように努めているが内心呆れていた。


わざわざ森の前にテントを張るのは、野営の過酷さを身を以て体験してもらうためだった。

しかし生徒達は皆、貴族である。

ここが結界の境を有する辺境だとしてもそれは変わらない。


テントは持ち運び重視とは程遠い豪華な造り。

食事はある一家を除けば、各家の使用人が少し離れたところにある宿から毎食配達し、服やら風呂やら何から何まで世話をしてもらう。

これではただの旅行と変わりない。

生徒一人に保護者二人までという決まりも、こんなに行き来が頻繁ではあってないようなものである。


「領主、また馬車が来ましたよ。この辺りは森を挟んでいますが結界の境が近いのに」


狩人がガラガラと音を立ててやってくる数台の馬車に眉を顰める。

いつ魔物が出現してもおかしくない森を前にして、緊張感も危機感も無いに等しい。

 

「魔物は人間だけでなく家畜等の獣も襲うことはよく知られています。馬車だけでもなんとかやめてほしいところなんですが……」


馬車を引くのは、普通の馬。

狩人達が狩場で乗る特殊な訓練をした馬とは違う。

突然出現した魔物に驚いて、乗っている人を振り落としたり、蹴り飛ばしたりされては狩りどころではない。


「今年は例年よりも魔物が多い。これまでは見逃してきたが、今回のスカイト領での課外授業では馬車の行き来は控えてもらおう……と、思ってはいたのだが」


心配する狩人達の声に耳を傾けつつも、スカイト領領主はなんとも煮えきらない表情をしている。

なにせ、どこの生徒の馬車よりも、王国一魔物の出現するパレス領領主であるスチュワート家の馬車が一番頻繁に行き来をしているのである。

魔物の扱いは彼らの方が長けている。

あのロック鳥を一矢でしとめてしまう一家に、なかなかクレームは言い辛いのだ。

と、いうかもう、この数日で突っ込み疲れた。


むぅっと眉間に皺を寄せて領主は森を見る。

唯一の救いはロック鳥以降、不思議と魔物が出現していないこと。

人手不足で王城に騎士を派遣してくれと頼むほど多かった魔物がパタリと息を潜めている。

森の中を定期的に見回る狩人達も、ここまで魔物に遭遇しないのは久しぶりだと驚いていた。

森に巣でもあるのではと疑うくらいには魔物が増えていたのに、誰かが根絶やしにしたかのように激減したのだ。

それとも、嵐の前の静けさなのか……。


「やあ、領主。一つ相談というか、頼みがあるのだが……」


狩人達と領主が、結界近くの森を警戒して睨んでいると国王がにこやかにやって来た。

国の最高権力者からの相談、頼みは命令と同じである。


「陛下、相談とは?」


この国王の人となりをよく知らない者ならば、何なりとお申し付け下さいとでも答えるのだろうが、スカイト領領主は不敬と言われようとも慎重に訊き返す。

絶対に二つ返事で請け負ってはいけない相談というものがこの世の中には存在するのである。

そして、それを平気で言ってくるのが目の前の国王なのだ。


「今年の課外授業だが、少し予定を変更してはどうかと思ってな」


ニカッと少年のような無邪気な笑顔を見せる国王。

ぶっちゃけ嫌な予感しかしない。


「予定を……変更ですか?」


少年のような無邪気な国王ほど臣下にとって怖いものはない。


「ああ、せっかく辺境のスチュワート家も参加しているんだ。彼らにも協力してもらって我々も森に入ってみたりとかできないかな? 私も国王として魔物を見てみたいのだ」


「は?」


狩場に素人がいることほど危険なことはない。

辺境で狩人の任務に就いた者ならば一番初めに教えられる教訓である。

森の中は遊び場でも、修練場でもなく、正真正銘の狩場である。


「陛下。畏れながら、そのご要望にはお応え出来かねます」


王の頼みでも、命令でも、従うわけにはいかない。


「だが領主、私はこの国の王であるにもかかわらず、一度も生きた魔物というものを見たことがない。危険だからと知ろうとしなければその分、無知故に辺境への負担を強いる事になるかもしれない」


現在、王にとって魔物対策とは王城へ集まる魔物に関する報告書や嘆願書に目を通すことで、実態を把握しているとは言えない。

先王や、その前の王、そのまた前の王のやり方に従っているに過ぎないのである。


これに異を唱えたのが、課外授業に同行した息子のエドワードであった。

バレリー領の局地的結界ハザードを経験した息子エドワードは、帰るやいなや大幅な見直しが必要だと訴えた。

日々、第二王子としての政務に追われるだけでも大変だろうに、加えて辺境の魔物対策への負担を改善しようと日夜勉強をしているのを王は知っていた。


そう。

一度、魔物と相見えただけで、エドワードの意見は一転したのだ。

冷たく冷え切っているようだった息子の瞳は、今や熱く燃え滾っていた。

兄の第一王子の姿勢をそのまま倣い、無難に政務を行っていただけのエドワードが、変わったのである。


第一王子のマクシミリアンの興味の矛先は外に向いており、先進的な国々へ留学を繰り返し学びを深めていた。

エドワードもバレリー領へ行くまでは、同じように帝国への留学を望んでいた。

それが今年は自ら魔物学の授業を選択し、課外授業にまで参加している。


「陛下……」


スカイト領領主からしてみれば王の言葉は、相談でも頼みでも命令でもなく、脅迫である。

これ以上の負担は国を破滅に追い込む愚策である。

辺境の領はどこも現在進行形で魔物対策でいっぱいいっぱいなのだから。

いや、パレスを除いて……か。


のほほんとこちらにやってくるパレス領領主のレオナルド・スチュワートの姿が目に入り、スカイト領領主はため息を吐く。


「ん? どうかなさいましたか?」


国王とスカイト領領主の様子にレオナルドが何か問題でもありましたかと尋ねる。

一家だけでは魔物肉を食べ切れそうになく、狩人達に食べてもらえたらと思って来てみたが、何やら不穏な空気が漂っていた。


「スチュワート伯爵! 良いところに! 課外授業の予定を少し変更して、森の中で狩りの実習をしてはどうかと提案していたところなのだよ」


渡りに船と国王がレオナルドを見る。


「森の中で狩りの実習……ですか?」


「ああ。聞くところによるとここ数日魔物は出現していないようだし、スカイト領の狩人に近衛騎士、魔物学と狩人の実技の教師、レオナルド伯爵にアーバン博士まで揃っているのだから危険は少ないだろう?」


こんな完璧な布陣はそうそうない。


「陛下、森は(我々の)狩場です。(コーメイさんと毎朝狩りに出ているのがバレる)危険を冒してまで森に入るのは私としては気が進みません」


「……伯爵」


きっぱりと難色を示すレオナルドに、スカイト領領主がキラキラとした視線を向ける。

ちゃらちゃらして見えてもさすが辺境の領主だ、国王の圧に負けることなく意見するとは……。


「そうか、そんなに危険か……」


「陛下、諦めて下さい」


王国一の結界に面する土地を有するパレス領の領主の言葉は重かったようで、国王は顎に手をやりしばし考え込む。

スカイト領の狩人達もスチュワート伯爵の勇気ある言葉に感銘を受けていた。


言っていることはうちの領主と同じだけど、説得力が違う。

あの国王が、考え込んでる。

やはり、代々辺境を守る家に生まれた人は違うな……と。


「伯爵がそこまで危険だと言うなら、仕方がないな。それにしてもそんな危険なことを担ってくれる一番負担の大きい家が、未だ伯爵位では……もっと爵位を上げて……四大公爵の上にもういっこ高い身分、作るか?」


国王も珍しく説得され、諦めたように呟く……が。


「! いや! 陛下! いやー……よく考えたらそこまで(爵位が上がるほど)危険ではないですね! 生徒全員……は無理でも希望者数人なら……森に入っても大丈夫だと思います! ね?」


「え!?」 


物凄い勢いでレオナルドは手の平を返し、スカイト領領主に同意を求める。


「私も、アーバンもゲオルグもいるなら何とかなりますよね?」


「え? 伯爵?」


「ええ、伯爵で充分です」


「え?」


ガシっとスカイト領領主の肩に手を置き、レオナルドが頷いている。

目がやばい。


「い、いいのか、伯爵!? 森の中に入っても?」


国王がレオナルドの言葉に嬉しそうに尋ねる。


「え?」


困惑するスカイト領領主。


「はい! ですので、伯爵のままで大丈夫です!」


しっかりと答えるレオナルド。


「え?」


困惑するスカイト領領主。


「よし、早速希望者を募ろう!」


ウキウキと生徒を集め始める国王。


「え?」


「「ええぇぇぇぇ……!?」」


困惑するスカイト領の領主と狩人達。


こうして国王は狩場である森へと足を踏み入れることになる。


これから大量に届くであろう王都からの緊急の書簡を、すぐに受け取ることができないような危険地帯へ。







シリアス「ここからだ……きっとここから帝国が攻めてきて超シリアス展開になるんだ。そしたら俺もスーパーシリアスとなって超人的な力をを手に入れ……」

ピンチ「シ、シリアス? あんまり期待はしないほうが……」

チャンス「ピンチ、知ってるか? チャンスを掴むには過去から学ぶことが大切なんっ」

シリアス「うるせー!」

バキィ!

ピンチ「シリアス! 何やってんだ!? お前、チャンスを殴るなんて……そんな事したら、手が折れっ」

シリアス「い、痛てええぇぇぇぇ!」

ピンチ「ほら、言わんこっちゃない! チャンスは大丈夫か?」

チャンス「……え? いや、今当たった? 全然痛くな……え? シリアス骨、折れてんの? え?」

シリアス「俺は、スーパーシリアスになるっんだぁーー」


コメディ「なんか色々混ざってんな?」

ラブコメ貴腐人「恋に傷害はつきものですわ」

コメディ「え?」


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― 新着の感想 ―
爵位を持ち出せばスチュワート家は唯々諾々と従うという成功体験を国王に与えてしまった! そこは「皇国に亡命⋯⋯」という返しで泥沼の脅迫合戦に持ち込むところでしょうが! てかスチュワート家が森の魔物狩りま…
[一言] 頑張れシリアス!スーパーになるんだ!!どこぞの野菜人の如く!
[気になる点]  仮に陞爵したら、補助金とかの国からの実入りが1.5倍増になったとしても、陞爵の恩を返すべしとより義務を押し付けられるだろうことは明らかなわけで。そうなれば支出は五倍増でも利かないかも…
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