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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と帝国の暗躍
157/198

シモンズ港。

誤字脱字報告に感謝致します。

王国最大の港、シモンズ港。

皇国の交易船が着岸し、積まれていた荷をロートシルト商会の人員も加わり荷卸が進んでいる。


「タスク皇子、ご無沙汰しております」


船から下りてきたタスク皇子にヨシュアが駆け寄る。


「久しぶり、ヨシュア。先程、皇国への支援の目録を見た。新たな食糧や、絹まで感謝する」


オワタを倒したからといっても、万事解決ではない。

荒れた田畑ではすぐに作物を実らせることも難しい。

その辺りは辺境に領地を持つスチュワート家はよく分かっていた。

ロートシルト商会を介して皇国への食糧支援は定期的に行なわれることになったのだ。

王国と皇国がお互いに船を出し、国家間の交流も進められている。


「いえ、こちらも金貨では買えない貴重なものを融通して頂くのですから」


皇国側からの荷の大半は魔石である。

魔法使いの魔法を増幅し、貯めておくことのできる貴重な石だが、皇国では未だ枯渇することなく大量に採掘できている。

これなくして結界の維持は叶わない。

王国への献上品として持ってきた魔石の数よりも、ロートシルト商会へ流す魔石の数の方が遥かに多いことは秘密である。

国よりも、ヨシュアの商会の方が商品の保管管理に厳しいため、貴族による魔石の濫用を回避する狙いもある。


そして、荷の中にはもう一つ。


「あと、猫缶も大量にありがとうございます。スチュワート家の猫達が喜びます」


ヨシュアは自分のことのように笑顔で礼を言う。

猫が喜ぶイコールエマが喜ぶだから。


「あの、これ……を。エマ様に……」


タスク皇子の後ろに控えていた少年がエマの名前が出たところで虫かごを差し出してきた。

スチュワート家でメルサから洋食レシピを習っていたタロウズの中の一人で、エマの虫友達タロウ・チヂワである。

王国では名前が聞き取りづらいので通称ミゲルと呼ばれている。

スチュワート家に滞在していたミゲル他四人の少年達は拙いながらも王国語を覚えたためにタスク皇子の補佐に選ばれていた。


「……ミゲル様も、お久しぶりです」


ぐぬぬ、と少年の持っている虫かごを見たヨシュアの顔が一瞬曇る。

普通、令嬢に虫かご(中身はきっと虫)を渡すなんてありえない。

悔しいがこれは、エマ様が絶対喜ぶやつ……。

短い間とはいえ、エマ様と同棲(下宿)して【虫】という共通の話題で急速に仲良くなったミゲル。

若干の危機感を覚える。


「これ、鈴虫。美しい羽音出す。皇国の虫」


「令嬢に虫なんて、とは思ったのだが、ミゲルが大切に育てた虫だ。ぜひ、エマ嬢に渡してやりたいのだ。直接」


「……直接?」


タスク皇子の顔が心なしか赤く染まっている。


「ああ、直接……だ」


「っつ! 残念ですが、エマ様は学園の課外授業へ参加しておられまして、少々行来に日にちのかかる領に滞在中で王都にはいないのです」


ヨシュアはタスク皇子もミゲルも絶対に、エマに会わせてはならないと早口で答える。

いつだ……?

エマ様はいつ、タスク皇子を絆し遊ばされたのだ?

ミゲルだけじゃない、タスク皇子の様子までおかしいではないか。


「課外授業? そう……なのか?」


不自然に早口で会えない、いや、会わせないとでも言いたげなヨシュアの後方をタスク皇子が睨む。

すると、王国に駐在していた忍者モモチとヒューがしゅんっという音と共に現れた。

姿は見せていなかったが護衛としてヨシュアについて来ていたのだ。


「エマ様は、スカイト領に泊まり込みの勉強に行ってるよ。さすがにヨシュアの兄ちゃんも嘘は吐かないって」


「あ、コラ! ヒュー坊、タスク皇子に無礼だぞ!」


エマを巡っての牽制を見て、ヒューがバッカじゃねーのと肩をすくめるのをモモチが窘める。

忍者達は今もスチュワート家に駐屯し、交代で本来の仕事である諜報活動をするために王国語の勉強に励んでいる。

その傍ら(むしろメイン)で味噌やら醤油を作り、ついでにヒューに忍術指南して過ごしていた。


エマに会えないと聞いたタスク皇子とミゲルは分かりやすく落ち込んだ顔になる。


オワタによる荒れ果てた土地に帰国を遅らせてまでスチュワート家が残したものは、彼らが帰ったあとも復興に力を入れていく中でことあるごとに感服させられた。

種の落下によってボコボコになった地は、猫が耕し平らに。

住む家を失った民には新しい家をオワタの破片で建て。

食糧支援に、缶詰の有効利用法、そして魔物食の導入。

滅びる寸前であった皇国は、見違えるように持ち直している。

その全てが一人の少女のアイデアからもたらされたのだ。


十三歳。

たった十三歳の少女が国を救った。

皇国の次期皇后にこれほどふさわしい者はいないのではないか。


「……タスク皇子? 何か不吉なこと考えてません?」


ぞわぞわと背筋からくる嫌な予感にヨシュアは焦る気持ちを隠せない。

こんなことならずっとパレスに閉じ込めてエマ様の魅力を隠しておきたかったというのが本音である。

しかし、そんなヨシュアの願望はエマ様と家族を離れ離れにする。

できるはずがない。

この世で一番愚かな行為は、エマ様の笑顔を奪うことなのだから。


しっかりしろ、ヨシュア。

王都に出れば、エマ様の魅力が露見することは想定内ではないか。

控えめに言っても天使な彼女に心奪われない男はいない。


だったら自分がそんな男達の中で一番いい男になればいい。

王子だろうが、皇子だろうが、虫友達だろうが相手にとって不足はないだろう?


「ふっ」


ヨシュアは己を鼓舞し、不敵に笑う。


「ふっ」


タスク皇子も、好戦的に唇の端をあげる。


「ふっ」


ミゲルもまた、笑う。

一番不利な立場だが、虫友という確固たる地位は簡単に築けるものではないのだから。


「「「ふっ、ふふふふふふ」」」


三人は声を揃えて、笑い続けた。


「いや、怖えぇよ」


異様な光景に、ヒューがやれやれと呟いた。


『タスク皇子!』


不意にしゅんっと新たな忍者が現れる。


『どうであった?』


タスク皇子が口元を引き締めて忍者に問う。


『あの船、かなり物騒なものを積んでおりますぞ?』


新たな忍者こと、ハットリ・ハンゾウは皇国の交易船の隣に並んだ船を顎で示す。

それは第一王子マクシミリアンの友人が乗っているという帝国からの船であった。

港に着いてしばらく経つものの、誰も下船する様子がない。


『物騒なもの?』


皇国の交易船が港に着いた時、タスク皇子が身に着けていた魔力感知器が反応した。

調べてみれば魔力の出どころは隣の船からであった。


皇国は魔物災害で魔法使いを失ったが、彼の残した魔法は今も大量の魔石に貯められ、様々な道具として使われている。

皇国の皇族は常に魔力感知器を身に着けている。

魔力感知器とは、皇国が生んだ天才、ゲンナイ・ヒラガの発明品で魔法の痕跡を感知することができる魔法具である。

皇族を守る忍者と武士がどんなに優秀であっても、魔法への対処は難しい。

危険を事前に知るために、皇族はアクセサリーに扮したそれを常に身に着けて魔法の影響を受けぬように対策しているのだが、以前、王国に来たときにこれが反応することは一度もなかった。


『……大砲です。大砲だけでも一隻の船に十二門。大量の砲弾も確認しました。しかも、王都の方向に向けられ、いつでも撃てる状態になっておりますぞ』

 

ハットリは眉間にシワを寄せタスク皇子に答える。

大砲は魔物を倒すために結界沿いに設置されることはあっても船に発射可能な状態で積まれているなんてことは普通ありえない。

海には魔物は出現しないのだから。

それなら、あの大砲はなんのために備えている?

まるで、王都を狙うかのような……。


『大砲が王都に向けられている?』


大砲の飛距離を考えれば王都まで砲弾が飛ぶことは考え難いが、他国の船が大砲を載せ、矛先が王都へ向けられるなんてことは外交経験浅い皇国人であってもおかしいと分かる。


「あの? あの船に何か問題が?」


皇国語の分からないヨシュアが、ハットリとタスク皇子の深刻そうな会話に割って入る。

タスク皇子は忍者が得た情報ではあるが、これは王国の人間にも報せるべきと判断し、ハットリを見て頷く。


「……ロックル」


ハットリは慣れない王国語ではなく、緊急を要する旨を伝えるためにサン=クロス語で一言、異常事態だと警告する。


「なるほど……あれは帝国の船で、中には大砲が積まれているどころか、王都に向かっていつでも撃てる状態になっているのですね」


ヨシュアがハットリの【ロックル】を聞いて頷く。


「「「!?」」」


これには伝えたハットリも、タスク皇子もミゲルも驚いた。

ロックルしか言っていないのに、ヨシュアは大体のことを把握してしまったのだから。


「ん? ああ、サン=クロス語って便利ですよね」


驚くハットリに、ヨシュアが笑う。


『いや、信じちゃ駄目です。この人、バケモンですからね』


ヒューを介して彼のスチュワート家での姿以外も知っているモモチがヨシュアを指さす。

彼は既にたくさんの事を調べ終えている。

それを踏まえてハットリとタスク皇子の表情を見て推察したのだ。


「ヨシュア。大砲の方向と射程距離を考えると、王都への道は危ない」


これから一行は王都へ向う予定であった。

しかし、大砲の照準が王都方面に向いているとあらば巻き込まれるかもしれないとタスク皇子はヨシュアを見る。


「いえ、もし帝国が本気で攻撃するつもりがあるなら狙いは王都……いや、王城でしょう。それが一番手っ取り早い。道を砲弾で壊しては帝国が攻める際に支障がでますから。どこを攻撃するにしても道は残すかと。多分、あの大砲はここから王城を攻撃するつもりなのでしょう」


タスク皇子は王国語が完璧でないハットリに、ヨシュアの考察を通訳し、意見を聞く。


『しかし、そんな飛距離を飛ばす大砲なぞ、聞いた事がありませんぞ!?』


こいつ本当に、商人か? と、疑いたくなる考察に驚きつつもハットリはそんな大砲はないと首を横に振る。

開国を機に、他国でどのような魔物退治を行っているか、ミツナリ・イシダが調べていた報告書にも、シモンズから王都までの離れた距離を攻撃できるような大砲はなかった。


ハットリはヨシュアにロックル、と伝える。

結界内の魔物を倒すための兵器である大砲に、そんな長距離を飛ばす必要はそもそもない。

下手をすれば大事な結界を傷つける恐れもあるのだから。


「うーん、では大砲の飛距離を伸ばすため、何か人ならざる者の力が使われたのでしょう。例えば魔物……例のオワタの種はここから王城まで優に飛ぶだろうし、あと考えられるとしたら……魔法?」


ヨシュアの一人言のような呟きに、タスク皇子はハッと自身の

右耳のピアスに触れる。

帝国の船をハットリに調べさせたのは右耳のピアス、皇族が常に身に着けている魔力感知器が反応したからである。

魔力感知の件はヨシュアには話していない。

にもかかわらず、核心をついてくる辺り本当に彼は商人なのかと混乱する。


「あの、船。魔力ある。魔法の痕跡確認した」


ミゲルがヨシュアの推察に言葉を失っているタスク皇子に代わって答える。


「へぇ、魔法ですか? ふふふふふふ。それは朗報ですね」


ヨシュアはミゲルの魔法の痕跡があるという普通なら途方に暮れてもおかしくない情報に、あろうことか悪い顔で笑う。

タスク皇子も、ミゲルも、ハットリも、モモチもそんなヨシュアを理解できない。

魔法は便利なだけではない。

とても危険なものでもある。

王国が、帝国によって攻撃されようとしている時に、何故彼はこんなに嬉しそうなのか。


「魔法の痕跡がある……と、いうことはあの船に少なくとも一人、魔法使いがいる……」


世界的に魔石が枯渇している今、他国を攻めるために魔石を大量に消費するとは考え難い。

攻める目的が魔石を手に入れるためなのだから。

大砲の飛距離を伸ばすために魔石はおそらく使われない。

魔石は消耗部品だ。

使うとなくなる。

何キロも砲弾の飛距離を伸ばすには、相応の魔石が必要になるだろう。

それを用意できる程、魔石は手軽な品ではない。

つまり、コスト的に貴重な魔石を使うよりも、帝国では数人は確実にいる魔法使いを連れて来る方が良いと考えられる。


そう、あの船には魔法使いがいる。


王国が待ちに待った、望みに望んだ、渇望した、あの魔法使いが。


「ピンチとチャンスは表裏一体ってことかな?」


王国に張り巡らされた結界は、このままではいずれ崩壊する。

結界なくして人間は生きられない。

その結界は魔法使いと魔石が揃わなければ作られない。


そう、これは王国にとってピンチであり、チャンスなのだ。

ヨシュアはポケットからハンカチを出す。

ロートシルト商会会長の息子でなければ持てない超高級品のエマシルクのハンカチに羽根ペンを走らせる。

いつ如何なるときも商人は契約書を作成するために紙とペンは持ち歩いている。

確実に目を通してもらうために、紙よりもこちらのハンカチに書いたほうが伝わるだろう。

このエマシルクの価値が分かる御方ならなおのこと。


「ヒュー、すぐに王城にいる側妃のローズ様にこれを。ああ……ついでにスチュワート家にあるローズ様のために仕立てたドレスも届けてくれるか? エマシルクのドレスとハンカチを見れば疑うことなく信じてくれるはず。ローズ様はきっとビクトリア王妃に今起きている事態を伝えてくれるだろう」


正規の手続きを踏んで王城に伝えるとなると時間がかかり過ぎてしまう。

伝達の過程でくだらないと握りつぶされる恐れもある。

タスク皇子を介するよりも、忍者並みの移動速度を持つヒューが側妃様にコンタクトを取るのが一番速いとヨシュアは判断した。

彼女はきっと、ドレスを持ったヒューの言葉を信じてくれる。

エマ様が大好きなあの方ならきっと。


魔石はある。

ならば、

王国の結界強化に魔法使いの確保、いつやるの?


今でしょ!










シリアス「ふう……少し落ち着いたよ。ピンチ」

ピンチ「あんまり心配させんなよ、シリアス」

*****「おーい、ピンチ。そろそろ行こうぜー?」

ピンチ「あ、もうそんな時間か……。シリアス、俺ちょっと行ってくるよ」

シリアス「え……。なあ、今の声、誰?」

ピンチ「ん? ああ、チャンスだよ。昔、隣に住んでて仲良かったんだ。最近ばったり街であってさ」

シリアス「え……。チャ……ンス? そんな、陽キャっぽいやつとお前……」

チャンス「ピンチー! 早く行こうぜ。お前の背中を守れるのなんて俺くらいだろ?」

ピンチ「おー。お前、調子に乗ってんなチャンス。シリアス、じゃあゆっくり休んでろよ?」

シリアス「え……。ちょっ、え? ピンチ、嘘だろ……」


コメディの旦那「今回は結構働いてたな? 貴腐人。一人の女のを取り合う攻防戦がなかなか……。なんか、主人公いない方がラブコメ展開が進んでないか?」

ラブコメ貴腐人「ずっとピンチは自分だけを見てくれていると思っていたシリアス。でも、ピンチには自分の知らないチャンスという存在が……。しかもシリアスとは正反対の性質をもった陽キャ。突如始まった三角関係!! これは、見逃せませんわ! 新作、新作を描かなければ!」

コメディの旦那「え?」

ラブコメ貴腐人「え?」

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― 新着の感想 ―
さすがヨシュア! 田中家の次に推しです。
[一言] ヨシュアが有能すぎる・・・
[一言] ピンチとチャンス表裏一体で、出てくるだろうなと察しましたねwいやあ、後書きの方も盛り上がって参りました! 次の後書きは・・・?
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