スカイト領の危険な魔物と違和感。
誤字、脱字報告に感謝いたします。
「……と、いうようにスカイト領で出現する魔物は比較的精神攻撃をしてくるものが多いのが特徴だ」
翌日から本格的に課外授業が始まった。
王国内でも出現する場所によって魔物の種類が全く違うのだと教師が説明する。
「先生、では昨夜のロック鳥も何か精神攻撃をするのですか?」
狩人と騎士の護衛付で森の中での実技が控えているので、生徒もいつもより真剣に教師の話に耳を傾けている。
「……いや、そもそもロック鳥はそんなに頻繁に出現する魔物ではない。あれに頻繁に出現されてたらとっくに王国は滅んでるだろう」
教師はちらっと大人しく授業を受けるスチュワート家の面々を盗み見る。
そんな、魔物を一発で討ち取り、ペロッと平らげてしまった驚愕の一家を。
「そうなのよね。飛翔性の魔物は出現率が低いのよね」
エマが昨夜のトリ肉カレーとタンドリーロックの味を思い出しながら呟く。
「……なんでちょっと残念そうなのですか? 姉様、空を飛ぶ魔物が大量に現れたら追跡が困難になります。先生の仰る通り、簡単に国が滅びてしまいますよ」
つらつらと思いつく限りの飛翔性の魔物のイラストを描きながら、頬を膨らませるエマを見て、ウィリアムが窘める。
姉の言い様ではもっと出現すれば良いのにと言っているように聞こえてしまう。
「だって……鳥系の魔物って……ほら」
「旨いんだよなぁ……」
途中で、これを言ってしまえばまた、母に令嬢らしく振る舞いなさいと怒られてしまうと言葉を濁したエマの後を何も考えないゲオルグが引き継ぐ。
「ああ、たしかに。不思議と鳥系は肉の臭みが少ないやつが多いから食べ易いよね。でも、この辺でよく出る精神攻撃系の魔物は臭みが酷くてあんまり旨くないんだよな。小型の魔物が多いから食い出もない。よく分からないけどあれ見ると麺類が無性に食べたくなるんだよな……。ま、色が綺麗だから毛皮がいくらか高値で売れるかな?」
そして、レオナルドが話に食いつく。
脅威となる魔物も、スチュワート家にかかれば美味しいか美味しくないか、素材として使えるか使えないかが重要でなのである。
「え? お父様は精神攻撃系の魔物を食べた事があるのですか?」
精神攻撃系の魔物はパレスでは出現することが殆どないのでウィリアムがいつ? と首を傾げる。
「ん? ああ。学生時代に長期休暇で帰省する時はバイトしながら帰ってたからな。中央の道は馬車代も関所も高くつくから辺境沿いの道を通る商人の護衛として馬車に乗せてもらうんだ。バイト代に加えて食事付でパレスまで帰ることができたからね。でも、成長期だったから出される食事では足りなくて、夜中にこっそり抜け出して魔物を狩ってよく小腹を満たしてたなぁ」
ここ、スカイト領もよく通って帰ったとレオナルドは懐かしそうに目を細める。
否が応でも聞こえてしまうレオナルドのワイルド過ぎる話に教師は言葉を呑む。
実習の手伝いに控えていたスカイト領の狩人達も自身の耳を疑う。
わざわざ、夜に魔物を狩りに行って食べる?
魔物は暗闇を好み、夜のほうが活発になる種が多い。
特に、精神攻撃系の魔物は人の恐怖心を煽り、増幅させてくるので夜中に遭うのは大人でもめちゃめちゃ怖かったりする。
「さすが、お父様。スチュワート家超貧乏時代のサバイバー……。ではアーバン叔父様もお父様と一緒に帰ったのですか?」
青空授業の傍らで、メルサと共に忙しくカリカリと大量に持ってきた書類に羽根ペンでサインをしているアーバンにエマが尋ねる。
王都行きは勝ち取ったものの、脳筋の多いスチュワート一族に任せられるのは狩人業までで、書類仕事は持参してきていたのである。
「ん? 私は馬車代も関所代も奨学金に含まれていたからね、普通に帰ったよ。そして……今と同じさ。この大量の書類の処理を長期休暇中ずっとやらされる……。メルサ様が家に来て下さってどれだけ、どれだけ助かった事か……」
アーバンは羽根ペンを置き、そっとウィリアムの肩に手を乗せる。
近い未来、同じ目に遭うだろう甥っ子に。
「ひっ……」
「逃さないよ? ウィリアム」
◆ ◆ ◆
時を同じくして王城。
王妃ビクトリアは側妃ローズを厳重に人払いをしてある自身の宮の書斎へと招いていた。
王妃の子である第一王子のマクシミリアンがいつもの遊学を終え帰国していたが、久しぶりに会った息子にビクトリアは違和感を覚えていた。
どこが違うのか、何がおかしいのかは分からないけれど、どこかが違い、何かがおかしいのである。
王妃付きのメイド、マクシミリアンの乳母、さらには宰相にいたるまで、それとなく訊いてみるが、三人とも首を横に振るばかりで誰も賛同してくれない。
この違和感の正体はただの勘違いだったのかと自信が薄れて来ていた。
国王不在の今、神経が過敏になり何でもない事にまで敏感に反応しているだけなのかもしれないと。
だが、息子と接する度に何かが違うと頭の片隅が訴えてくるのだ。
そんな矢先、王城の庭園でローズとマクシミリアンが会話している姿が目に入った。
王妃の息子で第一王子のマクシミリアンと側妃のローズ。
ばったり出会せば挨拶の言葉を交わすこともあるだろう。
珍しい光景ではない。
しかし、ビクトリアは見逃さなかった。
挨拶と社交辞令を終え、マクシミリアンが立ち去る後ろ姿を見送るローズが、軽く首を傾げたのだ。
ん? とでもいうように。
「急に呼び出してごめんなさいね、ローズさん」
人払いをしてあるので、王妃自ら淹れたお茶をローズに勧める。
王不在中に王妃が人払いして、側妃を呼び出すなんて事は今までなかった。
少々緊張した面持ちでローズは勧められたお茶に口を付ける。
……私、何かマズいことしでかしたかしら?
社交シーズンは王妃と側妃が交互に陛下のパートナーとして参加していたが、今年は思い当たる失態を犯した覚えがない。
「ビクトリア様、私何か粗相いたしましたか?」
国の政は今や、ビクトリア王妃なくしては回らないとまで言わしめた才女を前にローズは既に謝る準備に入っている。
絶対に怒られたくないけど、怒られたらすぐに謝る。
完膚無き迄に謝り尽くす。
身に覚えがなくても、取り敢えず謝る。
良く言えば個性的、素直に言えば変人のエマちゃんがよく言っていたのを思い出す。
エマちゃんに教えてもらった、臣下の礼よりもさらに最上級の謝罪姿勢、最終奥義【土下座】を出すときが来たのかもしれない、とこっそりローズは覚悟を決める。
「実は、マクシミリアンのことなのです」
自身で淹れた紅茶の液面の揺らぎをじっと見つめていた王妃が、ぽつりと溢す。
「マクシミリアン殿下……ですか?」
王妃は、同じ母親であるローズにずっと感じている違和感のことを話した。
こんなこと、誰も信じてくれないだろう。
こんな曖昧なことを相談なんかしても、ローズだって困るだろうと、分かってはいたが一度口を開いたら、全て言い切るまで止まらなかった。
マクシミリアンは本当に手の掛からないよくできた息子だった。
今も、皆おかしなところはないと宰相もメイドも乳母でさえも首を振る。
なのに、自分だけが何か違うと思ってしまうのだと。
息子にも失礼だし、どうすればいいのか……。
王妃は一気に吐き出し、冷めかけた紅茶を煽り、ふぅっと息を吐く。
意外にも、ローズは真剣に話を聞いてくれた。
宰相よりも、メイドよりも、乳母よりも。
口を挟まず、ただ、真剣に親身に聞いてくれた。
「ビクトリア様。母親がおかしいと言うのならば、それはきっとおかしいのだと思います」
そして、息を吐いたビクトリアに、宰相もメイドも乳母でさえも言ってくれなかった言葉をくれた。
「……ローズさん」
一瞬だけ、躊躇してからローズはビクトリアに自分も一つ引っかかる事があったのだと打ち明ける。
あの、中庭で話した時である。
「これは、もしかしたら関係ないのかもしれませんが、私もマクシミリアン殿下に一つ、違和感を覚えました」
ビクトリアは、息を深く吸ってローズの言葉を待つ。
「マクシミリアン殿下には先程中庭でお会いし、挨拶をいたしましたが……あの、その時、殿下は一度も私の胸を見なかったのです」
「!!!!なっ」
あまりの衝撃に、ビクトリアは思わず立ち上がる。
「ローズさんの胸を……見なかった……ですって……?」
マクシミリアンはれっきとした成人男性。
それが、対面で挨拶をしたにもかかわらず胸を見ないなんてあるだろうか?
そう、……あり得ない。
「あの、自意識過剰かもしれませんが……。大概の方は私と話す時は視線が胸にいくのですが……」
頬に手を当て、ローズが言いにくそうに顔を赤らめる。
「これは、うちの息子……相当おかしいわ……」
ビクトリアは確信した。
老若男女、誰もが見ずにはいられない。
それが、ローズの胸だ。
誰も本能には逆らえない。
小さな子供でも、教会の牧師様でも、三度結婚をした夫人だって、なんなら聖女だって目の前にローズ様の胸があれば見てしまうものである。
「ローズさん、ありがとう。直ぐに息子に監視を付けることにするわ。帝国に行く前は違和感はなかった……。すこし、探ってみなくては……」
ローズの助言を得たビクトリアは全ての不安を払拭し、確かな足取りで宮を出て、執務室へと向かう。
そんな様子をローズはポカンと見送った。
「……お役に立てて、光栄……です?」
ワクチン一回目から盛大に熱を出した作者「更新遅くなりまして大変申し訳ございません」
コメディの旦那「ローズ様の胸を見ないなんて異常」
ピンチ「これはピンチ! 大ピンチですな!」
シリアス「え? ちょっ!? ビクトリア様? お呼びでなかった? ごふっ……げほっ」
ピンチ「シリアス、無理すんな。まだ、寝てろ。あと三年は寝てたほうがいい」
ラブコメ貴腐人「はっ! マクシミリアン殿下もしや、帝国で新たなる世界に目覚めた……とか? 間違いないわ。これはもう、全裸待機案件!」
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