とあるヨシュアの皮算用。
誤字脱字報告に感謝致します。
「課外授業に行かなくて良かったんですか?」
カルロスはクレーム対応から戻って来たヨシュアに尋ねる。
綿はないのかと未だにしつこくクレームを寄せる客が後を絶たず疲れの色を見せる店員が多い中、ヨシュアは率先して対応の矢面に立ち続けている。
店を任されているとはいえ、普通ならまだ16歳にもなっていない少年に耐えられる状況ではない。
年相応に好きな女の子と遊びたいと我儘の一つでも言う方がよっぽど健全だ。
「あーあ。今頃、愛しのエマ様はエドワード王子といちゃいちゃしてたりして……」
どうします?
と、カルロスは普通の少年ができるはずのない光速スピードで帳簿をつけ始めたヨシュアに軽口を叩く。
「……殿下がエマ様といちゃいちゃするのは不可能だ」
帳簿から目を離さないまま、ヨシュアが口の端をわずかに上げる。
「無理しなくていんですよ? 若旦那。エドワード殿下がエマ様のことを好きだってもう、王国中が知ってますからね。別々のテントとはいえ数日間一緒にいる訳ですから何か進展があったとしても……!」
進展が……のところでずっと帳簿にあったヨシュアの視線がカルロスへ向く。
売り上げの計算をしている時に視線が逸れることは珍しく、カルロスは驚く。
「あ、いや、えっと。……きっと若旦那にも良い事ありますって……」
本気で怒らせたかと不安になる。
「エマ様といちゃいちゃなんて、レオナルド様が許す筈がないだろう?」
「?」
「課外授業の話が出た時点で、手は打ってある。メルサ様が参加されるお茶会で、前以てご婦人方には保護者同伴の話をするように上手く仕向けておいたからね」
「は? え? そんなことしてもメイドか護衛が付くだけなんでは?」
「いや、スチュワート家は基本の考え方が悲しいまでに庶民寄り。保護者と言われれば親同伴の方が馴染みがあるんだ。メルサ様とレオナルド様がスキあらば課外授業に行きたいと思っていることは明白。僕はほんの少しお茶会の会話の内容を保護者同伴の方へ向かわせれば良い。そうすれば二人はきっと課外授業へ行くことになる」
「え……何ソレコワイ……。いや、でも、しかし、【娘溺愛】のレオナルド様だって常に監視なんてできないと思いますよ?? エドワード殿下は頭の切れるお方ですから小さなチャンスも見逃さないでしょうし」
声を掛けた時は課外授業に参加できなかったヨシュアを慰めるつもりだった筈なのに、カルロスは何故か王子の味方についていた。
だって、なんかコワイもん。
「……ああ、問題はそれなんだ。レオナルド様は結構ポンコツだし、メルサ様もしっかりしているようで抜けているから、万が一ということもある」
「いや、言い方っ!」
ロートシルト商会を支える超大得意様の一家になんて事を言うんだうちの若旦那は……。
「そこで、その穴を埋めるべく【姪狂い】を投入した」
「へ? ……え? あ! アーバン様!? 図ったようなタイミングで王都へ来たと思ったら、え? それも、もしかして……?」
「僕はただ、レオナルド様の従兄弟の息子達が一人前になってきたから、スチュワート一族の人員を上手く配置すれば一人くらいエマ様の課外授業に同伴できるかもしれませんね……と手紙を送っただけです」
スチュワート一族は揃ってエマ狂なので、この話に乗らない者はいない。
夏休みにエマが帰省しなかったことで、ヨシュアには一族の動向が手に取るように分かった。
きっと血で血を洗うような争いがパレスで起きたに違いない。
「あんな平和な一族に、なんて爆弾を投下してるんですか!? 若旦那!!」
「あの殆どがゴリラな一族を抑えてくるとは、さすがアーバン博士……【王国の頭脳の至宝】と言われるだけはある。こちらとしても好都合……ふふ、ふふふ。殿下、簡単にエマ様といちゃいちゃできると思っているなら大間違いですよ……」
「いや、コエェって!」
しゅんっと最近はヨシュアの御用達忍者になりつつあるスラムのヒューイが現れる。
「ヨシュアの旦那……そんな画策すんなら素直に課外授業に参加したほうが良くね? 変に拗らせるのは良くないってハロルドの兄貴が言ってたぞ?」
恋物語の定番は真っ直ぐな青年が最後にヒロインと結ばれる。
コソコソ裏でやってるやつは悪役とか鞘当て役なんだぞとヒューイが心配を通り越してドン引きの表情で忠告する。
「何を馬鹿なことを、その辺のヒロインごときとエマ様を一緒にするなヒュー。エマ様は特別なんだ」
「……特別っつーか……特殊っつーか……」
「それより、船は無事に港に着いたのか?」
ヒューイにはシモンズ領へ行かせていた。
ヨシュアが課外授業へ行かなかった最大の理由、皇国へ向かわせた初めての貿易船が帰ってくるからだった。
「ああ、ちゃんと荷は外から分からないように梱包されていたし、船にのっている皇国人は気配を消した忍者の先輩方だけだから、誰もロートシルト商会が皇国と貿易を始めたなんて気付いてないと思うぞ。商会の船は毎日港を出たり入ったりしてるからそこまでしなくても誰も疑わないんじゃないかな?」
皇国との貿易はなるべく知られないように秘密裏に行う必要があった。
主な荷が魔石だからだ。
魔法使いがいない王国では無用の長物だが皇国が貿易をするにあたって差し出せるものは魔石しかない。
国家間での魔石のやり取りが露見すれば大問題に発展する上、魔石の管理においては王城は過去に失態を犯している。
つまり、そんな面倒なことに関わるつもりが毛頭ないスチュワート家が一切の管理をヨシュアに丸投げしたのだ。
魔石取引の値段も、輸入量も、王国へその存在を知らせるのも全てヨシュアが任されていた。
「エマ様が信用して僕に託してくれた任務をおざなりにできる訳がない」
「……スチュワート家がロートシルト商会に……では?」
「なー?」
カルロスとヒューイが揃って首を傾げた。
◆ ◆ ◆
その頃のスカイト領……。
「うまぁ!? ロック鳥、めちゃめちゃうまぁ!」
夕食を食べそびれたスカイト領の狩人達が、恐る恐る調理されたロック鳥を口にしては驚きの声を上げている。
「ふふふ、ヨーグルトに漬けると肉が柔らかくなるんですよ」
メルサが嬉しそうに笑う。
「ちょっ! エマ嬢? も、もう、あ〜んはしなくても大丈夫だから……」
スカイト領の領主は口元に寄せられたロック鳥の肉と笑顔全開のエマにたじろいでいる。
……が、嫌そうではない。
「そんな、遠慮なさらずに♡ はい、あ〜ん」
「っつ! (可愛いな……)あ、あ〜ん モグモグ……」
「まだまだ、たくさんありますからね? タンドリーロック♡」
「タンドリーロック?」
「ええ、タンドリーロック♡ うふふ」
そんな様子をなんとも複雑な面持ちで眺めるエドワード王子。
それを見て笑い続けるアーサー。
そこへ、羨ましくて我慢できなくなった3匹のおっさんが駆け寄る。
「エ、エマ! パパにもあ〜んしてっ!」
「エ、エマ! おじちゃまにもあ〜んしてっ!」
「エ、エマちゃん! 国王にもあ〜……」
光に吸い寄せられる虫がごとく、ふらふらとおじさん達がエマのもとへと集まってゆく光景は見れたものではなかった。
「いちゃいちゃすなぁーーー!」
キャンプ地に、ウィリアムの突っ込みが響き渡る。
ヨシュアの画策も、イケオジホイホイだけは防げないのだった。
コメディ「おい、ラブコメ貴腐人、おい、おーい?」
ラブコメ貴腐人「はっ!」
コメディ「どうしたんだよ」
ラブコメ貴腐人「私としたことが、ヒューとカルロスの可能性についてつい、考え込んでしまいましたわ」
コメディ「幸せそうで何よりだよ……警察の世話には、なるなよ?」
ラブコメ貴腐人「ふふふ、大丈夫ですわ。年齢はカルロスの方が上ではあるものの、身体能力はヒューのが上だから……」
コメディ「いや、なにが? そんなことより最近ピンチ見ないけどどこ行ったんだ?」
とある某ダンジョン。
ピンチ「シリアス、フェニッ○スの尾見つけるのめちゃめちゃ苦労したんだからな、もう、調子に乗るなよ?」
シリアス「すまない、ピンチ……。本当にオレ、自分が情けないよ……これでも、小説の一巻では結構頑張ってたんだぜ?おれ?」
ピンチ「知ってるよ!! その時も俺、一緒にいたじゃないかシリアス」
シリアス「あの頃、オレ、輝いていたよな?」
ピンチ「一瞬だったけどな」
何だかんだで梅酒飲み忘れてる作者「いつも田中家、転生する。を応援して下さりありがとうございます。なんと、コミカライズ早くも重版決定だそうです。凄い! そして、小説の一巻も二回目の重版が決まりました! 重ねてお礼申し出げます。これからもよろしくお願い致します!」




