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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と帝国の暗躍
151/198

肩慣らし。

誤字脱字報告に感謝致します。

「不思議な香りだな……。エマちゃん何を作っているの?」


遅れて到着した国王がエマとメルサが作っていたカレーの香りに興味を持ち、やって来た。


「あ、陛下!」


他の生徒と違い、テントの設営から夕飯の用意まで自分達でこなしていたスチュワート家は国王の到着に気付いていなかった。

急いで、臣下の礼をする。


「エマ、体調は大丈夫か?」


エドワード王子が心配そうにエマを気遣う。

王子がエマを見るのはあの、ドッペルゲンガー港事件以降初めてなので無理もない。


「殿下、あの時はお見苦しい姿を見せて申し訳ございません。とっても元気なのでご心配なさらないで下さい」


何週間も前のことを覚えて心配してくれるなんて王子は本当に優しいなとエマは感心する。

長い間ズル休みしていたので少し後ろめたい気持ちになり、元気だとアピールするために、左の袖を二の腕まで捲くって力こぶを作る。


「っつ! む、無理はしないように」


せっかく作った力こぶだったが王子はすぐに目を逸らした。

簡単に折れてしまいそうな細さに、透き通るような白い肌の二の腕に心臓が跳ねる。


「殿下、知っていますか? 二の腕の柔らかさって胸と同じらしいですよ?」


思い出さなくていいのに、数年前アーサーが嬉々として教えてくれた情報が今になって頭の中でこだまする。

ニノウデハムネトオナジヤワラカサ……。

思春期中二病男子の間でまことしやかに囁かれる噂である。


そんな王子の様子を見て勘違いしたエマは、たしかに毎日鍛えている殿下や陛下に比べたら大したことないだろうけど、結構固いんだぞっと不満そうな顔をしている。


「んんん? どれどれ私が確かめようか?」


「ダメです!!!」


不満そうなエマの表情を見た国王が二の腕に手を伸ばそうとしたが王子が慌てて止める。


「え? 良いですよ? どうぞ触って下さい」


ワイルド系ガチムチイケオジに触ってもらえるなんて力こぶも喜ぶとエマは乗り気だ。


「ダメだ! エマ。これ以上はダメだ。早く袖を下ろせ!」


真っ赤になった王子が国王の手を掴んで物理的に阻止しながら叫ぶ。


「はっ!! そうでした! 申し訳ございません殿下。つい、軽い気持ちで……」


そうだった。数か月前にヨシュアに注意されたばかりだったではないか。膝枕は不敬罪になるから駄目だと。

二の腕見せるのも触らせるのもセクハラだし、相手は国王……危うく本当に不敬罪で捕まってしまうところだった!

せ、セーフだよね? まだ、触らせる前だからギリセーフだよね? と、エマは急いで袖を下ろし冷や汗を拭う。


「青春だねぇ……」


国王は髭に手を当てジョリジョリしながら息子の甘酸っぱい様子にニヤニヤする。


「…………陛下。たとえ、陛下であろうともエマの二の腕に触れていたら、私も我慢できていたか分かりません」


ぬうっとレオナルドが低い声で国王に忠告する。

手には魔物狩り用にレオナルドが愛用している特注の特大ハンマーが握られていた。


「あ、ごめんなさい」


王族は簡単に謝ってはならないが、レオナルドの顔を見た国王は秒で謝った。

娘溺愛仲間として気持ちが痛いほど分かってしまう。


「アーバン、落ち着きなさい!」


メルサの声に国王がハッとして声の方を向くとアーバンが国王の頭を狙い矢を番え、大弓をキリキリ引いていた。


「王国はセクハラがまかり通る国だったとは……。うちの可愛い姪っ子には指一本触れさせませんよ?」


「あっ、叔父様!」


ガチの不敬を働こうとしている叔父に、エマが空を指差しながら叫ぶ。


「あれはっ!」


「あっ!」


「あっ!!」


アーバンは狙いを国王から空中へと変えて矢を放つ。

エマの声で空を見たウィリアムとゲオルグが、急に走り出した。


「え? え? 何? 何?」


国王が今、私命狙われてなかった? と訊く前に一家が目まぐるしく動きだした。

レオナルドは馬車から大きな鍋を、アーバンは矢を射た後に水を汲みに走り、エマとメルサはいーち、にー、さーんと数を数えながら包丁とまな板を用意している。


「え? エマ?」


「すみません殿下通ります!」


「わっ!」


レオナルドが用意した鍋に、アーバンが汲んで来た水を入れる。


「「さんじゅうご、さんじゅうろく……」」


「……だ、大丈夫か? 急にどうし……」


「!! 遅いぞ! ゲオルグ、ウィリアム!」


「「すみません! 木に引っ掛って手間取りました!」」


国王の戸惑う声をレオナルドが掻き消し、森から凄いスピードで帰って来た兄弟に叫ぶ。


「えええええ!?」


ゲオルグは巨大な鳥の尾羽根を掴んで引きずりながら走っており、ウィリアムは引きずられる鳥の上に乗って一心不乱に羽を毟っている。


「ちょっ、ゲオ……!」


「「よーんじゅしち、よーんじゅはち、よーんじゅきゅう」」


そして、ゲオルグが鍋の側まで辿り着くと家族が一斉に鳥の羽を毟っていたウィリアムに加勢する。


「ごじゅーろく、ごじゅーしち」


「よし、全部毟れました!」


「みんな、退きなさい!」


ゆらり、と包丁を持ったメルサが大きく振りかぶってダンッと鳥の首を落とす。


「ひっ!」


「うわぁ!」


「ギャッ!」


何事かと集まって来ていた生徒達が悲鳴を上げる。


「諦めないで、間に合うわよ!」


「ろくじゅうしち、ろくじゅうはち、ろくじゅうきゅう」


凄惨な状況に生徒達が目を逸らしている間に、メルサはどんどん鳥を捌いてゆく。

捌かれた鳥肉は家族が一列に並びバケツリレーのごとく次々に鍋へと送られてゆく。


「はちじゅうさん、はちじゅうよん、はちじゅうご……」


「これで、最後よ!」


と、最後の肉を鍋に入れると、エマがカレーと飯盒炊さんでおこしていた火の中から、レオナルドが火箸を使いお風呂のお湯用に使おうと焼いていた石を取り出し鍋へと入れる。

ジュワァーと焼石を入れた鍋から蒸気が立ち昇ったところで家族がエマを見る。 


「きゅうじゅうしち!」


「「「「「間に合ったーーー!」」」」」


うおおおおおおおおおおおおっと一家が歓喜の雄叫びを上げる。


「いや、何が!?」


ポカン、とガチで命を狙われていたことも忘れて国王が突っ込む。


「陛下、これはロック鳥という魔物です」


頬に付いた返り血を拭きながら、メルサが答える。


「なっ! 魔物だと!?」


メルサの答えに国王も、周りも驚きの声を上げる。


「はい。非常に大型の鳥の魔物で、人間など簡単に攫われてしまいます」


「あっ! えっと、攫った獲物を掴んだまま空高くまで飛び、落として獲物がミンチになるまで繰り返してから捕食する魔物です」


メルサの説明をウィリアムが引き継ぐ。

人がミンチとか伯爵夫人が口にして良い言葉じゃない。

……いや、魔物を高速で捌いた後だからもう、取り繕うの遅いかもしれないけど。


「なんと恐ろしい……そんな魔物がいるのか……」


「は、はい……。しかも獲物を狙うときはかなりの上空で旋回しているので、ロック鳥に気付くのは至難の業でして……」


国王の問に、魔物学の教師が答える。

普通の人間が目視で見つけるのは不可能に近い……筈なのだがと信じられない思いでエマを見る。


「視力には自信があります」


うふふと、数分前までそのロック鳥の羽根を勢い良く毟っていた伯爵令嬢ことエマが、ヒルダ仕込みのお淑やかな仕草で笑う。


あれ? 幻を見ていたかな? とその場にいた全員が首を傾げるほどに。


「あ、あの。エマが数を数えていたのはどういった意味が……?」


エドワード王子が、ずっとカウントを取っていた訳を尋ねる。

あの緊迫した状況の中で、数を数える声は一定でそれが余計に怖かった。


「ロック鳥は仕留めてから百二十秒以内に捌いて六十度以上のお湯に浸けないと……」


笑顔だったエマが、スッと真剣な表情になって説明を始めるので王子が身構える。

魔物は死んだ後も気が抜けない。

放っておくと爆発したり、毒霧となって霧散したり、死体から数秒で卵が孵ったりと処理が大変なものも多いと魔物学の授業で学んでいた。


「……いや、ロック鳥は倒した後の処理はいらなかった筈……」


ん? と魔物学教師が呟く。


「は? 何を言っているんですか!? 先生!?」


ウィリアムが驚く。


「そうですよ。先生、ロック鳥は時間との勝負。俺でも知ってますよ?」


何を言っているんですか、正気ですかとゲオルグも教師に信じられないと首を振っている。


「……いや、そもそもロック鳥を倒した後なんて疲労困憊で普通は動けないだろ!? 何なんですか!? アーバン博士、貴方研究者ですよね? 何、矢一本で射落としてるんですか?」


あの高い位置で旋回しているロック鳥に矢が届くなんて嘘だろうと狩人の実技の教師も声を上げる。

空飛ぶ魔物は飛び道具で倒すのが定石とはいえ、生徒達に真似しろとは到底言えない。


「ん? だってほら、エマがあれ射落としてってキラキラした目で指差してたら、頑張れるよね?」


何かおかしいですかと言うアーバンに、レオナルドもウンウンと深く頷いている。


「くっ……どうなってんだスチュワート家は……!?」


「ま、まぁ……陛下や殿下がロック鳥に攫われる可能性もあったんだ。ここは良かった……と思うことにしよう」


ガクゥと膝をつく狩人の実技の教師の肩に魔物学の教師が手を置き、考えたら負けだと慰める。

普通は仕留めるだけで精一杯のロック鳥だが、多くの経験を積む辺境の領主家族ともなると我々が知ることのないその後の処理にまで徹底して拘る必要があるのだろう。

その、拘りに触れる機会を得たと思えば、二十年以上にわたって魔物学を研究してきたかいがあるというもの……。


「エマ・スチュワート、教えてくれ。スチュワート家が百二十秒に拘る訳を!」


これから魔物学教師として、遥かな高みを上ってゆける。

ヴォルフガング・ガリアーノは清々しい気持ちすら感じ始めていた。


のに、


「味が落ちるのです」


「は?」


「ロック鳥は、百二十秒以内に捌いて六十度以上のお湯に浸けないと、ぐんと美味しくなくなってしまうのです!」


エマの答えは思っていた遥かな高みと違った。


「はぁぁああ!?」


スチュワート家の魔物狩りで最も重要なのは、食べられるかどうかと美味しいかどうかなのであった。


 ◆ ◆ ◆


「ただいま帰りましたーってあれ? 何かありました?」


アーサーがマリオン、フランチェスカ、双子を連れて水場から帰って来た。

スチュワート家を中心に固まっている教師や生徒達を見て、エドワード王子に尋ねる。


「何か……あったかと言えば……あった……ような?」


王子の答えは歯切れが悪い。


「あっ! マリオン様達、どうでした? お魚、いましたか?」


エマが刺繍の授業のお友達に駆け寄る。


「いや、頑張ってみたんだけど、さっぱり釣れなかったよ」


釣り竿を持ったマリオンが申し訳ないと肩をすくめる。


「お魚カレーできなくて残念だわ、ケイトリン」


「お魚カレーできなくて残念ね、キャサリン」


双子も楽しみにしていたのにとしょんぼりしている。


「お役に立てなくて心苦しいですわ」


と、フランチェスカ。

令嬢達は火起こしするエマを見て、自分達も何かしたいと魚釣りをかって出てくれていたのだ。


「ふふふ、皆さん。そんな日もありますわ、でも大丈夫。今日はトリ肉のカレーができますから。とってもとっても美味しいお肉が手に入ったから楽しみにして下さいね?」


「まあ、鶏のお肉ですか?」


「ええ、トリのお肉です♪」


「楽しみね、ケイトリン」


「楽しみね、キャサリン」

 

巨大なロック鳥の姿、毛を毟られる姿、首を飛ばされる姿に、捌かれる姿を見た生徒達に、食欲などすっかり失くなってしまっていたのは言うまでもない。


課外授業、初日。

いや、授業は翌日から始まるので前日。

既にスチュワート家は異彩を放っていた。


ただ、本人達は普段通りにしていた訳で、明日から()目立たないように気を付けようと、食卓を囲み笑い合っていた。








ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……ピーーーーーーーーーーー。


ピンチ「シリアス? え? おい、シリアス? おいぃ!? シリアスゥーーーーー!」

医師「ピンチさん……彼は、もう……」

ピンチ「そんなっ! 先生! 助けて、お願いします、あいつ、ちょっと調子乗っただけなんです!」

医師「2度目です。もう、地球のドラ○ンボールでは……」

ピンチ「……行くしかないのか……。ナ○ック星へ!」


コメディ「カレー食べたいな」

ラブコメ貴腐人「うふふ。南高梅と氷砂糖、一緒に美味しい梅シロップになろうねって誓い合った二人……よきかな。ハッ、あの隙間から二人を見ているのはホ、ホワイトリカー!!? だめよ、二人で一つに、最高の梅シロップになるって誓ったの、駄目よ、三角関係なんて駄目、貴方が来たら、梅酒になってしまうっ! 戻れないの、貴方が! 貴方が来たら、あの頃の純粋な二人には戻れなくなってしまう……だめぇーー!」


作者「今日、初めて梅酒漬けてみました。美味しく出来てるとイイなぁ……。」



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― 新着の感想 ―
ロックバードのせせりと肝と砂肝、手羽元手羽先 でかいんだろーな……w そこまで解体できたんだろーか?? せせりと手羽先は多少味落ちても 調理して食べる価値あるんだけどねー ガラスープはとれるんだろうか…
梅シロップ派のワイ、無事発酵を進ませてしまう低見の見物。 マヨネーズの油と梅シロップ、梅酒の氷砂糖の量は製作過程を一度見ておくほうがいい⋯⋯。
数を数えてる途中で話しかけられるの辛いので砂時計が欲しいな ちなみに自分は仕事で行った食肉工場で、首の皮一枚繋がったままの鶏を見まくりましたが、鶏肉は美味しく頂けてますw
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