コーメイさん。
過去夢話です。
その夜、エマは港だった頃の夢を見た。
日中ずっと猫の事ばかり考えていたからか、小さかった頃の夢。
港の子供時代に飼っていたのは三毛猫のコーメイさんだ。兄と同い年で港とぺぇ太にとっては年上の猫。
港達が小学校から帰ると必ず家の門に寝そべって迎えてくれる。ただいまーと声をかけると片耳だけをピクッと動かして挨拶する。あとはガン無視。
ただ、学校でケンカしたり、辛い事があったときだけはそれがわかるのか、にゃーと一言添えてくれた。
そうだ、この頃は辛いときはコーメイさんがいた。家の中で飼うのは禁止だったから庭に出てコーメイさんがスヤスヤ眠っている横でグズグズ泣いてた。
港は学校が嫌いだった。今思うと、虐められていたわけでも友達がいなかったわけでもないが本当に嫌いだった。
色んなものが怖かった。学校の遊具も休み時間にするドッジボールも登下校の道中にいるラブラドールレトリバーのラブもみんな怖かった。
普通の子達が簡単に楽しそうにしていること全てに恐怖を感じ、全てうまくできなかった。
夢の中で港はやっぱりグズグズ泣いていた。
泣いていたのは庭ではないし、隣にコーメイさんもいない。危ないからと入るのを禁止されている森の中で一人泣いていた。
……思い出した。この日は、学校帰りにいつもは繋がれていたラブが抜け出して港の方に走って来たのだ。
犬自体は多分、港に遊んでー!っと興奮気味にアクティブに絡んできただけだったのに、港は半狂乱で逃げまくった。ど田舎過ぎて、道々誰にも会わず助けて貰えなかった。
逃げて、逃げて、たまに捕まって飛びかかられ、また逃げて、森に入ったところで犬は追いかけて来なくなった。
そこからずっと怖くて動けなくなってグズグズ泣いていたが、だんだん暗くなってきた。森に入る光がどんどん無くなり、でも動けなかった。
森から出たらまた犬に追いかけられるかも、というより森自体が既に怖い。帰り方もわからない。夢中で森の中を走って逃げたので、今いる場所がどこなのか、出口の方向すらもわからなくなってしまった。
怖くて、怖くて、足に力が入らない。涙がポロポロ溢れて視界もぐにゃぐにゃ歪んでしまう。
グズグズ、グズグズ泣くことしか出来なかった。
不安で怖くてグズグズ、グズグズ、そんな時。
ァーオ
ァーオ
猫の鳴き声がした。
ァーオ
ァーオ
まるで仔猫を探す母猫の鳴き方で…。
段々とその鳴き声が近づいてくる。
犬ならその気配だけで震えあがるが、猫は大好きだ。それにこの声は……。
「にゃー」
近くで鳴き声がしたのでグズグズ泣いていた顔をあげると……。
目の前に三毛猫のコーメイさんがいた。
「……コーメイさん?」
「にゃー!」
「迎えにっ来てくれたの?」
「にゃー!」
いつもは抱っこするのも嫌がるコーメイさんが座っている港の膝に乗り、ぐしゃぐしゃの顔を舐めてくれる……。
ざりざり。ざりざり。
猫の舌はザラザラしててちょっと痛かったけど、ふふっと港が笑った。猫は大好きだ。コーメイさんは超好きだ。
「コーメイさんありがとう」
不安で、怖くて仕方のなかった港に笑顔と元気が戻ってきた気がした。
「にゃーん」
港から離れ、コーメイさんが歩き出す。
付いておいでっと言わんばかりに、進んで、後ろの港を確認して、また進む。
さっきまであんなに怖くて動けなかったのに、もう大丈夫だ。
涙を拭いて立ち上がり、コーメイさんの後に続く。
迷うことなくコーメイさんは森を抜け、港の知っている道に出た。
森に入るまでずっと追いかけて来ていた犬もいなかった。
薄暗くなった道もコーメイさんと歩けば怖くない。
無事に家に帰ると、母が今日は遅かったね、とそれだけで。
あんなに怖い思いをしたのに、ちょっとした冒険の終わりのような気持ちになっていたのに拍子抜けした。
その日の夕食で兄、航から衝撃的な事実を知らされる。
「今日……コーメイさんがラブラドールのラブとケンカしてたよ」
「ええ!?」
家族全員が声を上げる。普通の三毛猫のコーメイさんとラブラドールレトリバーのラブ……体格差だけで相当な差がある。
「コーメイさん大丈夫なの?」
ぺぇ太が心配そうに言う。
航が真剣な顔をして……。
「コーメイさん……ラブに圧勝してた……」
ラブは文字通り尻尾を巻いて逃げたらしい。
「ええ!?」
また家族全員が声をあげる。
「確かに、コーメイさんはこの辺のボス猫だけど……」
「ラブは飼い犬だけど……コーメイは半野良育ちみたいなのものだけど……」
「コーメイさんすげー!!」
家族が口々に驚きと称賛の声をあげる中、港だけはふふふっと心の中で笑う。
コーメイさん私の敵取ってくれたんだ……と。
その後、コーメイさんだけでなく港までラブに会うと、ラブの方から尻尾を巻いて逃げるようになったのは余談である。
三兄弟はコーメイのことをさん付けで呼びます。