保護者。
誤字、脱字報告に感謝致します。
「いーーーーーなぁーーーーーーー!」
帰宅したゲオルグとウィリアムから課外授業の話を聞いてエマが叫ぶ。
「お父様、私も行きたいです! 他の領の魔物、見てみたいです!」
「でも、エマ? 今、学園休んでいるんだし……大人しくした方が……」
レオナルドがエマのあざといお強請りを前に怯みながらも説得する。
「休んでいるからこそですよ、お父様!」
「にゃーん!」
「うにゃうあ!」
「にゃんにゃ!」
「にゃにゃあ!」
「! ほら、コーメイさん達も行きたいって言ってます!」
詰め寄るエマと猫達の上目遣いにレオナルドが困る。
「そんなこと言ったら、私だって行きたいよ! スカイト領は結界を有する領の中でもパレスから一番遠い所。出現する魔物の種類も数も全然違うっていうじゃないか!」
多種多様な魔物と数多く相対すること。
経験を積むことこそが狩人を最も成長させてくれる。
辺境の領にとって腕の良い狩人がどれほど貴重な存在であることか……。
「なのに、領によってはうちのやり方がありますから……とか言って他領の狩人を受け付けないところもあるんですよね」
ウィリアムが信じられないと首を振る。
王都から近い領ほど結界に面する面積が少なく、協力の必要性が薄かったためにその傾向が強い。
「毎回、毎回、結界に面してない領の狩人の教育も殆どパレスが引き受ける羽目になってるしね」
そろそろパレスのアーバン叔父様も準備に取り掛かる頃かな……とゲオルグが遠い目をしている。
領主魔物管理六か条の⑤
辺境の領主は定期的に魔物の出現のない領の狩人を自領で受け入れ、教育しなければならない。
気付けばこの定期的の時期は冬の農閑期に決められ(別に狩人が皆揃って農業に従事しているわけではない)雪が、寒気がと何かと理由をつけられては王国最南端のパレスに押し付けられていた。
「あれ、国から予算とか出ないのよね……全部受け入れた領の持ち出しだもん」
エマが今はともかく貧乏時代は本当に辛かったと思い出す。
宿から食事、怪我をする者が出れば治療費、装備に至るまで結構な額である。
タダでさえ冬を越すのは大変だったのに。
「そうだったね。特に結界に面してない領の狩人って甘ったれた、勉強だけはできる貴族の次男三男が多いから教えるのも一苦労でさ……」
レオナルドも表情が曇る。
こちらの言うことは聞かない、怒ると拗ねる、泣く、夜に宿から抜け出して飲み屋で問題起こしたり……。
「「「「アーバン(叔父様)……大丈夫かな?」」」」
四人が揃ってため息を吐く。
「でも、だからこそ、学園の生徒はこの課外授業を受けることが大事だと思うのよね。魔物学も狩人の実技も授業だけでは伝わらないことがあるだろうし……」
「うにゃ!」
「うにゃう!」
「にゃあ!」
「にゃにゃ!」
と、いうことで……課外授業、行ってもいーい?
とエマが猫と一緒に再びレオナルドにお願いする。
「いいわよ」
「メルサ!?」
丁度、部屋に入って来たメルサの声にレオナルドが振り返る。
「今日、お呼ばれしたお茶会で奥様方から聞いたのだけど、課外授業は参加生徒一人につき二人まで保護者が同伴しても良いらしいのよ」
ドッペルゲンガー港問題が解決していない今、課外授業で家族が離れるよりも一緒に行動できる方が良いだろう。
唯一ちゃんと社交しているメルサが、有益な情報を持って来た。
しかしながら、この保護者とは前世の感覚ではイコール親だったりするが、こちらの世界では身の回りの世話をする者や護衛する者の意として使われることが多い。
もちろん、お茶会の奥様方が言っていた保護者は後者に当たる。
たまにやらかすメルサのうっかりが発動していた。
「つまり、私もメルサも参加できるってことだね!」
それなら大丈夫だね、と何も疑わないレオナルドは頷いている。
「え、じゃあ! 保護者あと四人参加できるってこと……?」
どうせ行くなら人数が多い方が楽しいよね、とエマ。
「にゃ!」
「にゃ!」
「にゃ!」
「にゃ!」
待ってましたとコーメイさんとリューちゃん、かんちゃん、チョーちゃんが前足を挙げる。
四匹揃って保護者に立候補する姿は巨大な招き猫が並んでいるようにしか見えない。……なんか御利益凄そう。
「…………いや、さすがに……ね、猫は……」
「「「「ぬにゃ!?」」」」
◆ ◆ ◆
時を同じくして王城。
「お断り致します」
フアナの元にスカイト領の領主が訪れていた。
「しかし、フアナ嬢……領民は貴女の訪問を心待ちにしているのです」
増加する魔物の出現に領民達は不安な日々を送っている。
教会が認めた聖女であるフアナに、慰問に来てほしいと領主は何度も手紙を送っていた。
しかし、フアナからの返事は一貫して同じであった。
「お手紙にも書きましたが、忙しいのです。そのような時間は取れません」
今年の課外授業はスカイト領、そのタイミングで訪問すれば多くの騎士が護衛に同行することになっており安全だと言っても、亡くなったお祖母様の墓に祈りを捧げてはどうかと散々説得を試みるもフアナが首を縦に振ることはなかった。
これが、教会が認めた聖女だというのか……。
フアナを森で見つけ、その容姿から王族と関わりのある者ではと身元を保証し、王都へ送り届けてやった人間の願いをこうも簡単に断るとは。
王城に用意された豪奢な部屋。
出会った時、着ていた服一枚しか持たなかったフアナは今、王国の貴族しか通うことを許されない学園の制服を纏っている。
王都にいれば、飢える事も、魔物の心配もなく快適に暮らせるだろう。
だが、その暮らしは辺境の犠牲の上に成り立っているのだと少し前までスカイト領にいた彼女なら分かっている筈だ。
分かっていて尚、この態度なのか。
隻腕のスカイト領領主は悄然と聖女の部屋を後にした。
◆ ◆ ◆
「〜♪ 〜♪ 〜♪」
「……ご機嫌ですね? 陛下」
剣の手入れをする国王に王妃がため息を吐く。
学園の課外授業に毎年無理やり参加する国王など、この人だけだろう。
「久しぶりに暴れてくるよ、ビクトリア」
国王はニカッと白い歯を見せて笑う。
「今年はエドワード殿下も参加されるとか、張り切ってあまりハメを外さないようにして下さいね。貴方もいい歳なのですから……」
王妃ビクトリア・シャーロット・ロイヤルは国王の笑顔に仕方のない人、と肩を竦める。
昔から政務よりも体を動かすことを好み、隙あらば騎士の訓練に混じるような人だった。
そして幼き頃より彼との結婚が決まっていたビクトリアは正反対に国の歴史や政に強い関心を持っていた。
女は美しく笑っておけば良いのにと、必要以上に学ぼうとする私に誰もが口を揃え、眉を顰めた。
当時ですら王国の女性の中で間違いなく高い地位に私はいたというのに、やりたいこともやらせてもらえない王城ではいつも不満を抱えていた。
そんな王城で陛下と私は婚約者であり、悪友で、戦友だった。
彼は教育係として集められた優秀な教師の授業に私も同席できるように取り計らってくれたし、私は彼が騎士の訓練に抜け出す時の些細なきっかけを作ってやった。
お互いのやりたいことをお互いが協力して、数多の悪巧みを二人で成功させて、今がある。
「政務の方は任せたよ。……まぁ、君に任せておいた方が王国は安泰なんだろうけどね。相変わらず王城は頭の固い連中が多いのが困りものだな」
一人引退しても、新たに一人現れるのは何でだろうなと国王はやれやれと頭を掻く。
他でもない国王が自由過ぎて皆、厳しくせざるを得ないのだと本人は気付いていない。
「あら、政務も結構大変なんですよ? ほらどこかの誰かさんのご落胤やら、綿の不足、帝国からの意味不明な要求もありますし……」
「! ちょっと! 君までフアナ嬢の父親が僕だと思っているのかい? ローズには冷たい目で見られるし、エドワードは最近他人行儀だし、ヤドヴィにはお髭痛いからやめてって言われるし……あ、マックスは? そろそろ帝国留学から帰って来る頃だったよね? へ、変な事……手紙に書いたりしてないよね?」
国王が不安そうにビクトリアを見る。
ビクトリアの産んだ第一王子のマクシミリアン・ルイン・ロイヤルは国の政務の傍ら隙間を縫うように各国の政治を学ぶために短期留学を繰り返している。
母親に似て……いや、それ以上に政への関心が高く、貪欲に学んでいる。
「はぁ……。どうせもうすぐ帰って来るのです。こんな情けない話、手紙に書ける訳がないでしょう?」
母親から息子へ父親に隠し子がいるかもしれないなんて、海を跨いで知らせるにはなんとも忍びない。
「だ、だから! 私は君とローズ以外の女性を愛したことなどないのだ! 信じてくれ!」
「……二度あることは三度あるとも言いますでしょう?」
マクシミリアンは今もだが、お腹の中にいた時点で相当大きな子供だった。
小柄なビクトリアはなんとか産み落としたものの、その後、子を成すことはなかった。
後を継ぐ者が一人では心許ない上に、国王の兄であるカイン殿下の野心を隠そうともしない様子に危機感を覚え、ビクトリアは進言した。
側室を設けろと。
遠い昔に滅びた華国の王には妻が何人もいたと、国王と共に歴史を学んだビクトリアは知っていた。
愛人ではなく、側室を。
王の子を産む女性に相応の立場を与え、その子供にも正式に後継者の資格を持たせることでカイン殿下を牽制したかった。
あの男だけは、王にしてはならない。
「ビクトリア、なんてことを言うんだ! 私は君だけを愛することを誓ったのだ……なんて、言った数年後にローズさんを側室にしたいと言われたこと、忘れてませんから私」
お前だけだと言われれば女として満たされる。
しかし、王妃として国の未来を考えるのならせめてもう一人は後継者が欲しかった。
その複雑な乙女心をこの男はわずか数年で……。
「そっ……それはっ! だが! えっと……だって一目惚れしちゃったんだもん」
ビクトリアの冷たい視線に、国王は口を尖らせる。
「だもんって……本当に仕方のない人ね」
こんな情けない国王の姿はビクトリアしか知らないだろう。
それで、いい。
この顔を見られる私は彼にとってまだ、特別なのだから。
それになんといっても、ローズ・アリシア・ロイヤル。
彼女の美しさは、国をも滅ぼしかねない。
あのタイミングで王が娶っていなければ、彼女を巡って数十……いや、下手をすれば数百人の命が失われた可能性もある。
華国の言葉にもある。
【傾国の美女】とは彼女のことだろう。
王国存続のためにも、夫婦仲は良いに越した事はない。
私と王、ローズと王、どちらともだ。
実際のところ、王の愛は暑苦しいから半分くらいでお互い丁度良いのかもしれない。
「何を笑っているのだ、ビクトリア?」
「いいえ、陛下。何事も過ぎたるは及ばざるが如し、陛下は陛下の役割を全うして下さい」
「よし、スカイト領で一角ウサギを仕留めたら君に毛皮のコートを作ってやろう」
「陛下、この時期の一角ウサギは毛の色が茶色や黄色のものばかり。どうせ戴くなら真冬に狩られた純白の毛皮がいいです」
「……ビクトリア、相変わらずお前はしっかりしているな」
「陛下が、相変わらず抜けているだけでは?」
「ふっ」
「ふふふ」
魔石資源を求め、帝国が王国を植民地にしようと画策していることに、この時王家はまだ気付いていなかった。
国王が王都を離れるという情報は、聖女フアナによって帝国へ伝えられ、攻める機会を待っていた帝国軍は出港準備を始めていた。
王国は今、有史以来初の戦争の危機に晒されていたのであった。
シリアス「呼ばれて飛び出てにゃにゃにゃにゃーん」
ピンチ「シリアス!生きてたのか!?」
シリアス「もちろんだぜ!ピンチ!また、よろしく頼むぜ!」
ピンチ「……お、おう(テンションがおかしい)」
シリアス「なんたって帝国が攻めて来るらしいぞ?これは俺とお前の出番だぜ!」
ピンチ「……お、おう(こいつ、これまでの事、何も学んでねぇ)」
シリアス「俺の時代がキターーーッ」
ピンチ「おちつけ、前半に騒ぐべきじゃない。とにかく様子を見ろ。大事なことだぞ?」
シリアス「フゥーーーー!イエーーーイ!」
コメディ「おいおい、楽しそうだなぁシリアス。俺もまぜてくれよ」
シリアス&ピンチ「…………いえ、その………ヒトチガイデスダンナ……ジブンラナニモシテナイ。マダナニモシテナイ」




