ジゴロ。
誤字脱字報告に感謝致します。
「どういう事です? カルロス」
ヨシュアは自分の耳を疑う。
「だから、帝国は最近軍の強化に力を入れているようですよ」
ロートシルト商会が各国にバラ撒いている偵察員。
急遽、呼び戻したのは帝国にいたカルロスという男。
背が高く、彫りの深い顔立ち。
カールしたオリーブ色の長い髪を縛ることなく、遊ばせている。
「軍……対魔物ではないと言うことだぞ? 分かって言っているのだろうな」
どの国でも魔物に対する組織のことを軍とは呼ばない。
王国なら狩人。皇国ならサムライ。
「分かっていますよ、そのくらい。分かってるから今、報告しているんです。帝国が軍の強化に力を入れているってね」
得意の流し目を無駄に披露しつつ、カルロスが自身の髪を梳く。
「夜中になると見えなくなるような真っ黒に塗られた船に、鉄の玉を飛ばす……大砲? なんていう物騒なものを積んでいるとか」
船に武器なんて載せて一体何を攻撃するのやら……海には魔物は出ないというのにとカルロスは首を傾げている。
「とうとう帝国が、どこかの国を侵略しようと動いているということか」
ヨシュアは薄々感じていた懸念を言葉にする。
口にするだけで現実になりそうで慎重に情報を集めていた矢先に、カルロスの報告が決定打となってしまった。
「侵略……ですか? どこかの国をって、その国には人間がいるんですぜ?」
【侵略】とは、もともと魔物と人間の間で使われる言葉だ。
魔物が結界を破って人間の住む土地を侵略する。
人間が魔法使いの魔法で結界を拡げ、魔物の生息地を侵略する。
人間が人間の土地(国)を侵略するなんて話……想像もできないとカルロスは頭を抱える。
「仕方がないだろう? 人間も動物だ。自分の群れが生きるために他の群れを攻撃するのはあり得る話だ。ただ、今までは群れと群れが離れ過ぎているから起こらなかっただけのこと……」
ヨシュアがエマには絶対に見せない怖い顔で、サラリと答える。
「今だってどの国も離れているではないですか? 何百年もずっと国と国は争うこともなく協力して生きてきたのに……急にそんなこと……何で……」
王国の女性は美しく、帝国の女性は愛嬌があるし、バリトゥの女性は癒やし系……どの国も違いはあれどみんな素晴らしいのだ。
争うなんてそんなこと……。
ロートシルト商会に長年籍を置いている偵察員のカルロスは、ヨシュアが誰よりも優秀であることを知っている。
そのヨシュアが地獄のような未来を予想したならば、それは現実に起こることなのだ。
でも、そんな未来が来るなんて信じたくない。
「国は離れているが、皮肉なことに造船技術の向上が距離を縮めたんだよ。昔とは比べ物にならないくらいの速さで国と国を行き来できるようになった。船も大きくなって、積載量も格段に増えた」
一国を侵略するに足る兵士も武器も運べてしまう。
「そもそも、何故帝国が侵略する必要があるのですか!? この世界で一番広大な土地を持ち、魔法使いも切らした事がない帝国がっ!」
帝国は有史以来常に魔法使いを保有する唯一の国である。
島国や、小さな国々に魔法使いが出現となれば直ぐに帝国のスカウトが現れる。
海に囲まれた島国では魔物は出ない。
小さな国では結界さえ強化してもらえれば、魔法使いよりも帝国から支援を受けたほうが旨味が大きいと考える国も多い。
各国から集められた魔法使いの力で、帝国はどこよりも大きくどこよりも発展した。
「多分、魔石が切れたんだろう……」
取り乱すカルロスにヨシュアが答えを出す。
魔物の侵入を防ぐための結界を張るには魔石が必要になる。
魔法を貯めることができる魔石を使わなければ、魔法使い達は常に辺境で結界魔法を使い続けることになる。
しかし、魔法使いといえど【人】である。
睡眠も食事も摂らなくては三日も保たないだろう。
「……魔石? そんな物のために、国が国を侵略しますかね?」
魔法使いの重要さに比べて魔石の存在価値は知られていない。
魔法使いの出現は不定期であり、その魔法は人々に多大な影響を及ぼすが、魔石は魔法使いがいなければただの石ころなのだ。
魔法が入っていなければ、宝石のように美しく光ることもない。
「するよ。アレがないと国が滅びる。王国は特に魔法使いの不在が長かったせいで魔石の重要性を知らない人間が多すぎるな。それに帝国からしてみれば、魔法使いの不在が長い王国には、まだ大量の魔石があると考えているだろうね」
「は!? 帝国が侵略しようとしている国って……ここ? え? 王国なんですか?」
他人事だと思っていた侵略の話が急に自国の事だと言われカルロスが驚く。
「しようとしている……というより、侵略中と言った方が正しいかもね?」
どこまでも冷静にヨシュアが答える。
フアナ嬢が王城の宝物庫に行ったのは、魔石の在処を把握するためだろう。
侵略したあとに、スムーズに手に入れられるように。だが、
「でも、問題は王国にはもう、魔石は殆ど残って無いってことなんだよね」
先の魔法使いが出現した時に、貴族が挙って使い尽くしてしまった。
どうでもいい見栄のために、貴重な魔石を。
「はぁ!? そんなの……やられ損じゃないですか!? 俺、今から帝国に渡って言ってきますよ! 王国には魔石はないから侵略しないでくれって!」
「うん。信じてもらえないと思うよ? あと先に侵略なんて言葉使うと揚げ足取られるから止めたほうがいい」
くだらない奴ほどイチャモンつけるのは上手いからね、とヨシュアはカルロスを宥める。
「でも、それならどうすれば……相手が帝国なら勝ち目がないですよ?」
帝国の偵察員であるカルロスは絶望する。
あまりにも差が大き過ぎるのだから。
魔法使いを持つ国と持たない国……それは単純に考えても百年も二百年も技術の隔たりができてしまう。
魔法使いというエネルギーのない王国は帝国人から見れば原始人扱いだ。
帝国人は世界の中心は我々だという自負のようなものを持っている。
端から聞けば傲慢だと思われるだろうが、弱小国にとってはあながち間違ってはいない。
帝国から食料と技術を盾に魔法使いを奪われ、政治にも干渉されている。
帝国に次ぐ王国でさえ、綿の供給を盾に取られている。
本当に侵略されたとして、王国に対抗する術はない。
「そーいえば、商会は大丈夫なんですか? 俺はたまにしか王国に帰って来ませんが、店舗に客がここまでいないのは初めてです」
優秀とはいってもまだ若いヨシュアに王国の行く末まで訊いてしまったことをカルロスは反省する。
ヨシュアの予想が的中したとしても、商人ができることはない。
これは王族や、騎士団、高位貴族が考えるべきことで、商人には、商人の仕事がある。
「……まあ、今年帝国から綿を買わなかったことが響いてはいるよ。無いものは売れないと言ってもしつこい貴族も多くてね。臣民街にある店舗は順調だけど、こっちはね」
無いなら無いで庶民は麻の下着を買う。エマの人気も根強い。臣民街の売上は例年とあまり変わらない。
しかし、商店街にあるこの店舗は閑古鳥が鳴いている。
綿の下着を置いていないことで、連日うるさいクレーマーが店に押し寄せたことで、他の客も離れてしまった。
綿の代わりに絹の下着を置いても誰も買わない。
そして、貴族の通う学園でエマの人気に陰りが生じたことも痛かった。
ヨシュアが父親に任された店舗で初めて赤字決算になるかもしれない。
「不思議ですよねー? 帝国の貴族のお嬢さんなんて誰も綿の下着なんて着けてないのに、王国人の方が信心深いのか?」
「は? カルロス。今の話、詳しく教えてくれ」
カルロスが深刻な雰囲気を和ませるために言った与太話にヨシュアの目が光る。
「おっ? 若旦那もお年頃ってやつですね。帝国の女性は割と積極的なんですよ? 酒の席で誘うと落とせる確率も上がり……」
「違う。下着の方だ」
イライラとヨシュアはカルロスを睨む。
「へへへ。若旦那若いですね? 逆に安心しましたよ。そうですよね。十代の健康な男が下着の話に食いつかない訳ないですもんね」
国の行く末とか仕事の話ばっかりしてても、男の子ですもんねとカルロスが急に下卑た笑みを浮かべる。
「…………」
「男爵の若い令嬢から候爵の未亡人までみんな下着は絹ですよ。俺は焦らしながら脱がせるのも大好きなので間違いないですね。あの手触りは絹ですよ。まあ、王国のパレス産から帝国産まで品質はピンキリでしたけどね? あと、庶民の子達も最近は麻とかウールとかであんまり綿は見かけな……」
思いの外ヨシュアが下着の話を真剣に聞くのでカルロスは饒舌になる。
「え? 若旦那……もしかして、下着フェチでした?」
「定期報告書に書いて無かったぞ。そんな情報」
「え? いや、まあ、そんなに下着が好きだったとは知らなかったので……え? 色とかサイズも覚えているのは教えましょうか? それとも絵でも書かせます?」
「そんなもんは必要ない」
「え? (……他人の性癖って難しいな。一体下着のどこに刺さってるんだ? 若旦那、この年でそんなニッチなとこいかなくても……働き過ぎなんじゃ……。)あの、因みに後学のために教えて下さい。若旦那が気になる下着って上の方ですか? それとも下ですか?」
「上も下も両方に決まってるだろう?」
「なるほど、分け隔てなく上下を愛する……ってことか……ホンモノですね?」
「それで、綿の下着はいつから無くなった? 帝国人も年に一回下着を新調するのか?」
「え? いや、だからもともと綿の下着は庶民くらいで貴族はみんな絹でしたよ? 王国みたいに社交シーズン後に一斉に総入れ替えはしないみたいです。帝国産の絹なんて三ヶ月持てばいい方ですし。パレス産は逆に一年以上は余裕ですからね。ま、まあ、大抵浮気がバレて二年以上続く女性はいないんでどのくらい持つかは知らないんですけどね」
ヨシュアの真剣な顔にカルロスはどんどんと怖くなっていき、後半は大分早口でいらないことまで喋り捲くっていた。
まさか、若旦那がここまで性癖を抉らせた変態だったなんて。
小さな頃から知っている分、ちょっとショックが大きい。
「……教会は? 修道女の下着の素材も知っているか?」
「おおおお? そんな! いくら女好きの俺でも修道女にまで手を…………………出しましたね。ええ三人ほど。三人ともパレス産の絹で、意外にも派手な色が多かっ」
「色はどうでもいい」
「あ、ああ。そうでしたね。すみません」
数々の変態と付き合って来たが、ここまでの変態は見たことがない。
カルロスは自分もまだまだだなとホンモノを前に感服した。
◆ ◆ ◆
教会が帝国の利益のために下着は綿製にと教えを広めた事は薄々気付いていた。
しかし、カルロスの報告によれば帝国でも綿が不足しているような状態……。
ただ、王国を困らせるために粗悪な綿しか持って来なかったと思っていたが……。
帝国にはもう、綿栽培に使う魔石すら惜しまなくてはならないくらいにストックがひっ迫しているのだろうか?
予想よりももっと早く、武器と帝国軍を乗せた船が王国の港に現れる可能性が高い。
エマ様に危険が及ぶようなことにならないといいが……。
ヨシュアはこの世界で初めて起こるかもしれない戦争の気配に、深いため息を吐いた。
シリアス「呼ばれて飛び出てジャっ…………………………………………パンツ! パンツの話はもういいからぁぁぁ……」
ピンチ「シリアス何やってんだよ? 暇なら手伝ってくれよ」
コメディ「とりあえずパンツ出しとくか」
いつも、『田中家、転生する』を応援して下さりありがとうございます!!
皆様に、ご報告いたします。
なんと!なんと!なんと!
『田中家、転生する。2』の重版が決定しました!
もう、まるっと全部皆様のおかげです。
ありがとうございます!!
これからも末永くよろしくお願いいたします!
猪口