兄弟悶絶。
誤字脱字報告に感謝致します。
「ゲオルグ様! ウィリアム様! あ、あのエマ様は……エマ様の具合は……」
早退した翌週からゲオルグとウィリアムは学園に復帰した。
本当にドッペルゲンガーだったらという可能性が完全には拭い切れずエマだけはもう少し様子を見ようという話になり、復帰を見送っている。
スチュワート兄弟の姿を見るなり生徒達がわらわらと集まって来た。
「姉様の具合……?」
ウィリアムが今朝見たときは猫達と庭で何かやるとか楽しそうにしていたがそのまま伝えるとサボっていると言われかねない。
それにエマの具合を心配そうに尋ねる生徒の顔に見覚えがあった。
「姉様は大丈夫ですよ。まさか偽物の聖女の体調まで心配して頂けるとは思いませんでした」
エマの悪口を言っていた生徒の顔色が変わる。
「わ、悪かった! 何故あんな酷いことを言ってしまったのか私にもよく分からない……本当に悪かった」
罪悪感に苛まれる生徒が頭を下げる。
「エマ姉様は自分が聖女だと言ったことはただの一度もありませんでした。逆に聖女と呼ばれる度に強く否定なさっていた。とんだ言いがかりをつけてくれたものですね」
どんなに横暴な姉だとしても、いわれのない悪口は気分が悪かった。
ウィリアムは割と根に持つタイプだった。
アラフォーをいじったことで、家族の女性陣から散々非難されたことのストレスをついでにここで発散する。
「ウィリアム、そのくらいにしてやれよ……」
ゲオルグがウィリアムの肩にポンっと手を置いて関係ない奴に八つ当たりしては可哀想だと止める。
「でもっ……はい。そうですね」
ウィリアムは女性陣から受けた制裁を思い出して、カタカタと震える手を握りしめる。
家族の前でわんわん泣いたあとだからって、あの時の姉様はいつもより暴れていた。
アラフォーの照れ隠しはめちゃくちゃ質が悪い。
ちょっと母様は静かに本気でキレてた節はあるけど。
「悪いな、こいつ今日は少し余裕がないんだ。気にしないでくれ」
話しかけた生徒にゲオルグが謝り、弟を促し教室へ向かう。
「い、いえ、そんなことっ……!」
生徒は気付いてしまった。
震える拳を握るウィリアム、ゲオルグの目の下にくっきりと刻まれた隈。
疲れきっている二人の姿はエマ様の命の灯火が消えかけているという噂が真実だと証明する何よりの証拠だと。
◆ ◆ ◆
「本当のことを言って下さい! 心配でどうにかなりそうです!」
昼休み、いつもの中庭でフランチェスカがゲオルグとウィリアムに詰め寄る。
「本当に元気です! もう、迷惑なくらい元気ですから!」
信じて下さいとウィリアムが叫ぶ。
「ではどうして学園に来ないのかしら? ケイトリン」
「ではどうして学園に来ないのかしらね。キャサリン」
怪しいですわと双子がフランチェスカに加勢する。
「エマ様が倒れてから兄も殿下も学園を休まれて何かを必死に調べている。何もない、大丈夫だというには言い訳が苦しいだろう? ゲオルグ様の目の下の隈といい、二人とも疲れているようだが?」
ゲオルグに顎クイして顔を覗き込み、マリオンも加勢する。
「ちょっ! マリオン様、顎クイはちょっ。ときめいちゃうから!」
マリオンのイケメンオーラにゲオルグの心が乙女になりかける。
「目の下の隈は……ずっと母様に勉強を教えてもらってたからで……」
「「「「では、何故エマ様は学園を休んでいるのですか!?」」」」
うん。…………何でだろう?
ゲオルグも訊きたい。
何で、フアナ嬢は港にそっくりなんだ。
何で、誰もアラフォーの制服姿に何も言わないんだ。
何で、急に悪口を言っていた奴らがエマの心配をしているんだ?
絶対に【何か】オカシイ。
「私も知りたいです」
突如、懐かしい聞き覚えのある声がした。
そんな……声まで。
「にっ兄様! どうしよう? フアナ嬢だよ」
数人の令息を従えたフアナ嬢が、中庭のゲオルグ達のいる四阿へと歩いて来ていた。
エマの刺繍の友人達が一斉に声を上げたために、会話が聞こえてしまったのだろう。
「まぁ、フアナ様だわ、キャサリン」
「まあ、フアナ様ね、ケイトリン」
双子がフアナに気付いて驚いている。
「みなっ……。フアナ……様。……俺の妹の事をどうして気にかけるのですか?」
ゲオルグとウィリアムに緊張が走る。
先週、自分達は遠くからフアナを見たに過ぎない。
まだ、一言も話してもいないどころか、目も合ったこともないのにフアナがエマを認識しているのはおかしい。
フアナは一体、何を考えているのか……。
「あら、何を言いますやら。ゲオルグ・スチュワート。今や学園は貴方の妹の噂でもちきりではないですか?」
にっこりと余裕のある笑みでフアナはゲオルグの目の前で立ち止まる。
フルネームでゲオルグを呼び、暗に貴方のことも知っているぞと牽制してやる。
だが、実際はエマ・スチュワートを調べようにも本人が学園に来ないのでフアナは痺れを切らしていた。
どうにもこの魅了魔法のかかりの悪さは聖女だと噂されていた少女が原因ではないかと考えついたのだ。
始めはまさかと思っていたが、調べれば調べるほどエマ・スチュワートと仲良くしている令嬢、令息は特に魅了魔法の効果が薄かったことが分かってきた。
昼休みにエマにお菓子を差し入れする令息達なんて全く効いていない。
偽物聖女と揶揄されていたが、本物だったのか?
教会の聖女に聖なる力なんて無いことは重々承知しているが、あまりにも顕著に出た結果を放っておくことはできなかった。
噂が本当ならば体の弱い少女は今は死にかけているらしいが、それならそれで構わなかった。
問題は、そうでなかった場合だ。
少女が魔法に対抗する力を持っていたなら、早々に対策をたてなくてはならない。
フアナは首にかけていたペンダントをそっと握る。
中には魔石が入っている。
魔石にはあまり知られていないが、魔法を閉じ込めるだけではなく増幅させる力もある。
魔法使いが一人現れたところで魔石がなければ実は大して役には立たない。
魔石と魔法使いが揃ってやっと大きな魔法が継続的に発動できるのだ。
エマ・スチュワートに会えないのは残念だが、まずは兄と弟に強力な魅了魔法をかけてみることにする。
そのために、貴重な魔石を使わなければならなくなったのは痛いが背に腹はかえられん。
「ゲオルグ・スチュワート。ウィリアム・スチュワート。教えて下さいな、エマ・スチュワートは今、何をしているのか」
他の生徒達にかけたような雑な魅了ではなく、対象者の目を覗き込みながら名前を呼んで発動させる一番強力な魅了をかける。
いつもは精神力で跳ね返されていたものもこれは一溜まりもない筈だ。
この魅了すら跳ね返すなら、エマ・スチュワートもこの兄弟にも……いや、スチュワート伯爵家一族郎党、消えてもらうことになるだろう。
「!」
「!」
フアナから魅了魔法をかけられたゲオルグとウィリアムは反射的にフアナから目を逸らす。
「ゲオルグ様、ウィリアム様!? どうなさったの?」
フランチェスカが二人の異変に気付き、心配そうに声をかける。
「い、いえ、だ、大丈夫……です」
「し、し、しんぱいナイデスヨ……」
二人の顔はぶわぁぁぁぁと耳まで真っ赤に染め上がっていた。
「エマは……家で大人しくして……」
「姉様は……寝テイマス!」
フアナの問いかけに答える様は、思春期の少年が憧れのアイドルにでも会ったかのようだった。
顔は赤く、言葉もたどたどしい。
目も合わせられない。
「顔が赤いですよ? 本当に大丈夫かい?」
「リンゴくらい赤いわね、ケイトリン?」
「イチゴくらい赤いわ、キャサリン!」
「「こんなお二人、見たことないわ!!」」
ゲオルグとウィリアムの異常な光景にマリオンも気付き、心配した双子はハモる。
「……………………ごめんなさい。折角のお昼休みに邪魔をしてしまったわね」
フアナはゲオルグとウィリアムの様子を見て、拍子抜けしたように退席の言葉をかけた。
ふむ……魅了魔法は効いている。
私の考え過ぎだったみたいだな。
それに、エマ・スチュワートは本当に病気のようだ。
魅了が効いている状態で私に嘘はつけない。
いささかナーバスになりすぎたか……まぁ、徒労に終わったがこれなら王国も何とかなるだろう。
真っ赤になった兄弟を残し、フアナは魔石を使ってより強い魅了魔法を再度かけ直す計画を立て始めるのだった。
◆ ◆ ◆
「ゲオルグ様、ウィリアム様、本当に大丈夫ですか?」
「人を呼びますか?」
「何か変なものを食べたのかしら、ケイトリン?」
「何か変なものを食べたのよきっと、キャサリン」
フアナが去った後、ズルズルとその場に踞る兄弟にフランチェスカ、マリオン、双子がおろおろと心配していた。
「だ、大丈夫です」
「ご、ご心配なく」
うーーっと兄弟は声にならない声で唸る。
手で赤い顔を覆い、悶える。
覚悟していたが、至近距離でのアラフォーの制服姿はダメージがでかすぎる。
しかも、それが自分の妹(姉)なのだからもう、恥ずかしくて仕方がない。
スマホ老眼で視力が落ちていた前世と違い、今では魔物狩りの訓練もあり、視力はアフリカ人並みである。
もう、痛い。
全身くまなく痛い。
身内の制服姿、キツいぃー。
ゲオルグとウィリアムはしばらく立ち上がることもできなかった。
ゲオルグ&ウィリアム大ピンチ。
ピンチさん「え? 俺が寝食犠牲にして作り上げたピンチ、こんなんだっけ!?」




