羽ばたく翼は止められない。
誤字、脱字報告に感謝致します。
スチュワート家で一家がほっこり家族愛を深めている頃、学園ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「エマ様が倒れた!?」
もちろん、騒ぎの原因となるのは一人しかいない。
「あの、商人の息子がエマ様を運ぶところを何人もの生徒が目撃しているんだ」
「なんでヨシュア・ロートシルトが? 近くにはゲオルグ様もウィリアム君もいたんだろう?」
「ああ、でもその二人も真っ青な顔で殿下とアーサー様に支えられていたとか」
「? 一体何が起きたんだ?」
ヨシュアが学園の裏口までエマを抱えて運ぶ姿は、誰の目にも触れずにとはいかず、目撃した者からどんどんと噂は拡がっていった。
「エマ様はガタガタと震えて、可哀想なくらい苦しそうだったとか」
「殿下やアーサー様まで午後からの授業を欠席していたらしいぞ?」
「そうは言っても、ゲオルグ様とは狩人の実技で一緒に授業を受けているが並大抵のことでは動じない方だぞ?」
「ウィリアム君もだ。あの年齢からは想像できないくらいの落ち着いた性格で頭もいい……いつもエマ様の体調を気遣って小言が絶えないくらいだったのに、エマ様を運ぶヨシュアの後をついていく姿はなんとも不安そうで……別人のようだったぞ」
ウィリアムの小言は、【姉様食べ過ぎです】がほとんどだったが、生徒達の目には体調を心配していると映っていた。
「もともとエマ様は体の弱い方。少し前の王家主催の晩餐会でも体調を崩されたと聞いたぞ」
「あの時は、殿下が別室へ運ばれて……そのまま気を失われたとも聞いた」
「! …………もしかして……いや、でも」
「おい、何だよ!? 言えよ!」
「憶測で言うのは……」
「気になるだろ!?」
「だが……」
「ここだけの話だ。何に気付いたんだ?」
「……憶測だぞ? ただの憶測だからな?」
ざわざわと噂していた生徒の一人が意を決してその憶測を口にする。
「エマ様……もう、長くないんじゃないか?」
「!?」
「学園では気丈に振る舞っていたが、体が弱いからといってこう何度も倒れるか? あんな苦しそうに真っ青な顔で震えて……」
「お、おい、なんて事を言い出すんだ!?」
「憶測だ! ただの俺の憶測だ。でも、考えれば考えるほど説明がつくんだ」
憶測だ……と言いながらも、ちょっと想像力豊かな生徒は更なる想像の翼を拡げ始めた。
「生まれつき体の弱かったエマ様だけど、スチュワート家の財力で最高の医療により何とか生き延びていた。が、あの一年半前の局地的結界ハザードでの負傷。顔にも痛々しい傷が残っている。あの小さな細い体に何も影響がないわけがない」
憶測が話し始めた勢いでいつの間にか確信めいた語尾に変わっていく。
「入学記念のパーティーでも途中席を外していたし、初日の授業でも昼食休憩前にぐったりとして、両脇から兄弟に支えられていた話もある、そして、晩餐会。あの晩餐会の前の一週間は学園でも体調が思わしくない様子だった」
「……そういえばあの頃は……たしかに俺も休憩時間にぐったりしている姿を見たことがある」
王家主催の晩餐会の前の一週間。
スラム街で無断外泊の罰として、エマは毎日【マナーの鬼】と呼ばれる祖母ヒルダからスパルタ教育を受けていた。
しかし、それを知る者は少ない。
「エマ様の体はもう、ぼろぼろなんだ。もう、限……界……なんだ」
感極まった生徒は涙に言葉を詰まらせる。
「そんな中で、あのロバート様の虫事件……。弱った体に、精神的ダメージが重なり、エマ様を苦しめ……」
「や、やめろ! そんな! 何故、エマ様だけがそんな目に!?」
「優し過ぎるんだよ……あの方は。自分よりも周りの人間を優先される。スラム街を領地に欲しいと陛下に言った時、皆が聖女だと確信したくらいだ」
スラム街の地下には貴重なインクの原料があるからだけどね。
「そういえば、不治の病の病人も屋敷へ呼び看病した……んだったなあの方は」
最近は偽物聖女だと噂されていたエマだったが、何をもって偽物だったのかと生徒は疑念を抱きはじめる。
「教会が……フアナ嬢を聖女って言っただけなんだよな?」
「教会がフアナ嬢を聖女認定しただけだ」
ぶわぁっとこれまでのエマの行動が思い出される。
何も、責められるようなことなんてしていなかったのだ。
「な、なんで俺たち、彼女のこと偽物だなんて……」
生徒達は簡単に噂に躍らされた己が恥ずかしくなり、自らを責める。
残念なことに、まさに現在進行形で噂に躍らされているのだが……。
「いや、待て、大切な社交シーズンに国を空けていたのは責められるに値することだ。責めるのも仕方なかった。さらには学園が再開しても何週間も来なかったではないか」
それでもと一人の生徒が声をあげる。
貴族が社交しないなんて論外だと。
特に、帝国からの使者が来る時期に海外旅行など許されない。
綿生地の確保は王国にとって最優先事項なのだから。
だが、想像力の豊かな彼の方が一枚うわてだった。
「海外旅行……ではなく、療養……だったとか? 皇国は未開の地だったよな? きっとスチュワート家の財産を使って集められた世界中の医者も薬もエマ様を癒やすことはできなかった。もう、エマ様を助けられる方法は、望みは……誰も踏み入れたことのない皇国しかなかったのではないか?」
ただの想像の話だ。
なのに、聞いていた生徒達の顔がどんどん悲しみに歪んでゆく。
「え、エマ様……なんてお可哀想な……」
「俺は、俺達は、噂を鵜呑みにして……必死に生きようとするエマ様に偽物の聖女なんて言ってしまった……俺はなんて酷いことを……」
「なあ、おい! エマ様は助かるんだよな?」
想像力豊かな生徒に、話を聞いていた生徒達が答えを求める。
可哀想な少女は、きっと皇国での治療が成功して……それで……。
「どんなに探しても、皇国にエマ様を癒やす医者も薬も……なかった」
しかし、想像力豊かな彼の出した答えは救いのないものだった。
「そんな!」
「弱りきったエマ様の体調を考えれば、学園が始まっても帰ってこれなかったのも致し方ない。致し方ないのにっ、なのに、エマ様は、ふっ普通の令嬢と同じように学園に通いたいと、無理をして……っ」
もはや、彼の独壇場だった。
普段は目立たない生徒の中の一人。
ただ、ちょっとだけ想像力が豊かなだけだった。
しかし、彼はパンドラの箱を開けてしまった。
彼の持つ想像力を、全ての騒動の元凶であるエマに使ったことによって。
「ううっ、エマ様!」
「なんて健気なっ!」
「嘘だと……嘘だと言ってくれー!!」
嘘である。
真っ赤な嘘である。
何ならもう、エマは学園で食いっぱぐれた昼食を取り戻そうとおうちで大量にメルサが作ったナポリタンを口に詰め込んでいる頃である。
が、全ての騒動の元凶はそこにいなくても条件が揃えば発動する。
発動してしまうのだ。
想像力豊かな生徒が重い口を開ける。
彼の頭の中だけの、実際は大嘘なので、むしろ口は軽いだろっとここに、エマ本人がいれば突っ込んだかもしれない。
だが、今現在の学園においては突っ込み不在の独壇場。
彼の想像の翼、エマの騒動の翼は大きく羽ばたくことになる。
「次に発作が起きれば、命はない。家族はそう、医者に言われていた。兄弟はエマ様のギリギリまで普通の令嬢と同じようにとの願いを叶えてあげようと必死にサポートしていた……のに……」
「のにっ!?」
「とうとう今日、発作が、次に起きたら助からないと言われていた発作が……起きてしまったんだ。ゲオルグ様も、ウィリアム君もエマ様を喪うショックと絶望で動けなくなってしまった……これが、真相ではないだろうか?」
「え? 嘘だろ? エマ様が……死……」
「そんな!」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
一人の生徒の豊かな想像力が生み出した仮説は、もちろん【ここだけの話】になんて収まらず、その日のうちに学園中に広まってしまうのであった。
シリアス「おれ……ずっとこの話を支配していると思ってた」
コメディ「残念だが、この話を支配していたのは俺だ」
ピンチ 「あれ? 呼んだ? なんか呼ばれた気がする」
お知らせを少し……
本日より、KADOKAWAラノベ&新文芸レーベル合同の☆2021年激推し!フェア☆ が開催したのですが……。
なんと、「田中家、転生する。」
激推し作品の一つに選んで頂いちゃいました!
場違いに震える……。
あの素敵過ぎる作品群の中にいるの凄い……。
よかったら2021年激推し!フェアのサイト覗いて見ていただけたらと思う次第です。
診断チャートで貴方にぴったりの激推し作品を見つけたりできますよ?
試しに診断チャートしてみましたが一発で「田中家、転生する。」に当たりました(笑)
田中家読者様のチャート診断結果は……いかに。
これからも「田中家、転生する。」をよろしくお願いいたします!




