報告(ぐだぐだ)。
誤字脱字報告に感謝致します。
王国に帰国したスチュワート一家は、翌日王城へ報告のため訪れていた。
皇国の機密である魔石の話題も出るだろうと徹底的に人払いされ、通された謁見の間は王座に座る王と宰相、一家だけという念の入れようだった。
「残念な報告がある」
報告に訪れた一家に、国王は沈痛な面持ちで静かに口を開いた。
「エマちゃん、君は聖女ではない」
学園の夏季休暇が始まる前まで王都中がエマは聖女だと噂していた。
スラム街の子供達を助けたいと国王へ直訴、ウデムシ事件の犯人ロバートへの寛大な言葉、不治の病を患った患者への治療等、誰もが彼女の分け隔てない優しさに驚き、崇拝し、聖女だと信じて疑わなかった。
それなのに、エマが皇国へ手を差し伸べている間に事態は一変した。
教会はエマではなく、フアナが聖女であると発表してしまったのだ。
命懸けで皇国へ行ったエマに、何と酷い仕打ちだろうか。
国王自ら何度も何度も教会へ問い質したが、返ってくる返事が変わることはなかった。
「え? はい。そうですよ?」
国王の深刻な話し方にきょとんとエマは首を傾げる。
むしろずっと否定し続けてきたのだ。誰が性女やねんと。
今さら何を言い出すのだと言葉が喉元まで上がってきたがムキになるのは良くないと大人しく答えた。
「ふっ、さすがはスチュワート家……皇国にいたとしても王国の情勢は把握していると……」
「……いえ、なんの事でしょうか?」
王国の情勢なんか知ったことではない。
エマに続き一家も揃って首を傾げた。
「教会が、フアナ嬢を聖女と発表したのだ」
意を決して国王は、報告する。
「……………………なるほど…………」
フアナ嬢って誰だろう……。
皆さんご存じ的に言われても困る。
スチュワート家に情報通はいない。
「ええと……フアナ様?が聖女と教会が発表して、私が性女ではなくなった?」
意味が分からない。
ファンタジーでおなじみの聖女が、この王国に爆誕したのは喜ばしいことでそれがエマの性女となんの関係が……?
「そういうことだ。それでも、エマちゃんが聖女だって今でも私は思っている。が、聖女の判断は教会に一任されているから……どうすることもできないんだよ」
………………これは…………。
今までずっと私、性女じゃなくて……聖女って呼ばれてたってことなの?
ここでエマはやっと、長い勘違いに気付いた。
ローズ様のおっぱいに癒しを求めたあの時も、イケオジにニヤニヤしていたあの時も?
……王国民の聖女の基準……ヤバいな。
「あの、陛下。姉様が聖女ではないという話……はまた今度ということで、あの、そろそろ皇国の報告をしたいのですが……」
エマが何か変なことを言い出す前にウィリアムが割って入る。
姉のあの表情は絶対に何か噛み合ってない。
弟の勘は鋭かった。
ウィリアムどころかスチュワート家にとって、目立つことは是が非でも避けたいのだから国王の話は朗報だった。
聖女の話自体、ぶっちゃけどうでも良かった。
それより問題は、ウデムシだ。
昨夜大量のオワタの破片と種をヘトヘトになるまで運んだ後に眠い目を擦りながらも家族会議を開いた。
議題はウデムシをいかに内緒にできるか。
こればっかりはバレる訳にはいかない。
ウデムシを返せと言われたらエマが泣いてしまう。
いや、あんな巨大化したものそもそも返せない。
皇国の口止めはできている。
オリヴァーへの脅しもできている。
ここで、この報告さえしっかりと誤魔化せれば、あの巨大化したウデムシを隠し通せる確率が上がるのだ。
「……そうだね。帰ってきて直ぐにこんな話聞かされても戸惑うよね。エマちゃん、残念だと思うんだけど、気をしっかりと持って」
聖女ではないと言われたエマは、何やら考え込んでいた。
その様子に心を痛め、これ以上この話題を避けてほしいと気遣う弟の意見を国王は聞き入れた。
「……………………え?………………いえ、聖女にはふさわしい方がなるべきと思いますので……」
王国の聖女観については後でヨシュアに確認しようとエマは思いつつ、ふわふわと国王に返事をした。
おっぱいを見て聖女認定されるような国ではないと思いたい。
「では、報告させて頂きます」
エマが余計なことを言う前に、メルサが被せぎみに報告をはじめる。
「結論として、皇国の魔物災害プラントハザードは収束いたしました」
「え!?」
「我々が行ったのは食糧支援くらいです」
「は!?」
「皇国には大量の魔石資源があり、上手く活用したところオワタの伐採が可能に……」
「ん!?」
「ちょっと待って下さい!」
それまで黙っていた宰相がたまらず声を出す。
「そんな、都合の良いことが……」
「あるのです!」
メルサは勢いで押し通す、家族会議のプランはいつだって緩いが宰相さえ何とかすれば、国王はチョロいはず。
ここが正念場だ。
「皇国はとても進んだ国でした。遠く離れた場所にいる者と魔石を使って一瞬で文字のやり取りができ、火を起こすのも、水を溜めるのも全て魔石を使っておりました。夜でも家の中は魔石で昼のように明るく、雨に濡れても魔石で直ぐに乾かすことができる……」
「そ、そんな夢のような国が……」
「あるのです!」
怯んだ宰相を睨み付け、目力だけでメルサは黙らせる。
「そして、騎士と狩人の役目にあたる『武士』達は鉄(缶詰)をも真っ二つに斬る腕前でした」
「なっ!鉄だ……と」
「はい。鉄(缶詰)です」
王国でも鉄を斬れる騎士はいない。
狩人も鉄を斬ろうなんて思う者すらいないだろう。
ごくり……と国王と宰相が唾を飲む。
助けてあげる立場だと思っていた皇国が王国よりも遥かに技術や武力で勝っているとは二人とも考えていなかった。
「では、何故そこまでの国が王国に助けを求める程に追い詰められていたのだ?」
宰相が疑問を口にする。
「え? えーっと……それは……」
メルサの目が泳ぐ。
「そ、それほど魔物は脅威なのです! オワタの危険性は陛下もヴォルフガング先生からお話を訊いたと伺っております」
勢いを失ったメルサからウィリアムが話を引き継ぐ。
「ああ、オリバーからオワタだと聞いた時はどんな魔物か知らなかったからな。恐ろしく硬い植物魔物で爆弾のように種を飛ばすとか」
「そうです。はっきり言って我が国でオワタが繁殖したら終わりです」
ウィリアムが国王の言葉に深く頷く。
「なんて危険な! ウィリアム君、そんなオワタをどうやって倒したのだ?」
「えっと……ウデ………………む……むぅ……」
ウデムシと言いかけたウィリアムの口をゲオルグが塞ぐ。
「ちょ、ちょっとしたあの、あれです……な、エマ?」
ゲオルグが引き継ごうとしたが、無理だった。
勉強嫌いの正直者の長男に誤魔化しは向いてない。
「え? それは………………あれです」
「あれ、とは?」
神経質そうな宰相の顔がエマに向けられる。
「……皇国はですね。魔石を生活面に重きを置いて使っていたのです。食材を長持ちさせるために魔石で冷やしたり、空気に触れないように鉄を加工した容器を魔石で作ったり……」
「それは、便利だが……魔石とは、もともと結界以外はそうやって使う物だろう」
「そうなのですか?」
魔石と魔法使いのない王国に生まれたエマは知らなかった。
魔法と言えばファイヤーボールな港も驚いた。
「勿体ない……」
「ん?」
「あっ! ……ですので、皇国で勿体ないなと言ったのです。魔石の魔法と鍛え上げられた『武士』を掛け合わせればオワタを倒せるのではないかなーと……」
自分で言ってて胡散臭いと思いながらもエマはしどろもどろに思い付きで答えた。
「なんと! 魔石魔法を攻撃に使うのか!」
「目、目から鱗の発想ですな!」
「へ?」
国王も宰相も驚きの声を上げる。
「たしかに、火を嫌う魔物は多いと聞くし……」
「陛下、火だけではありません。自ら火を纏った魔物には水が効くと聞いたことがあります。他にももしかしたら有用な使い道があるかと……こんなに単純なことを何故思いつかなかった……」
「あれ?」
予想以上の反応にエマがポカンと口を開けたまま両親を見る。
「じぇ、ジェネレーションギャップですわ」
エマと目があったメルサが勢いを取り戻し平静を装うどころか、どや顔で説明を始める。
「「じぇ、ジェネレーションギャップ?」」
「私やレオナルドの世代なら、幼い頃は魔石は身近にありました。ですが子供達の世代になると魔石自体知らない子も多いのです。現にうちの子は最近まで知りませんでしたし。魔物の危険に晒されるパレスで育った子供達が魔石を知ることでこのような発想になったのだと」
「つまり、我々ではなかなか思い付けなかったが、子供達の柔軟な発想が皇国を助けたと?」
むぅ……と宰相が唸る。
「スチュワート家が皇国に食糧支援以外で役に立ったとすればこの子供達の発想くらいかと思います」
あとは皇国が上手いことやってくれましたの体でメルサが説明を終える。
家族会議での結論とやや違うことになったが、まあ誤魔化されてくれればいいのだ。
「やっぱりエマちゃんは、聖女なんじゃ……。ご苦労だったね。ああ、スチュワート伯爵家に何か褒賞を……」
「「「「「褒賞はいりません!!!」」」」」
一家は揃って否定した。
家族会議で一番に決まったのは、ボロが出やすいレオナルドは喋らない事だった。そして忠実に守るレオナルド。
じぇ、ジェネレーションギャップのとこで一回じぇ、じぇ、じぇってはさもうかと思ったけどなんとか抑えた。




