学園の不穏と帰国。
誤字、脱字報告に感謝致します。
学園が再開しても、スチュワート家は帰ってこなかった。
連絡をしようにも皇国は未開の地、どの船もたどり着くことができない。
大まかな位置が分かっているのに見つけられないのは何か皇国全体に魔法でもかかっているのかもしれない。
授業の始まりを待ちつつ、エドワード王子は帰ってこないエマを想っていた。
「顔が暗いですよ? 殿下」
隣に座るアーサーがもう少し柔らかい表情を下さいよと肩を竦める。
「面白くもないのに笑えるか」
ムスッとした顔は昔からだとエドワードはアーサーを恨めしげに睨む。
「はて、私の記憶が確かならばエマ嬢が隣にいる時の殿下はとろとろに溶けた笑顔だったと思いましたけど?」
冷たい表情の王子に睨まれて、飄々と軽口を叩けるのはアーサーくらいなものだ。
「ロートシルト商会からも何も報告はないのでしょう? 便りがないのは元気な証拠って言うではありませんか」
長い付き合いなので、エドワードが何を考えているかくらいはお見通しだ。
表情のパターンが極端に少ないから、余計に分かりやすい。
スチュワート家の夏休みを使った皇国訪問、表向きは異文化交流を目的とした一家揃っての遊学だが、その実態はどうすることもできない程に侵食した魔物災害プラントハザードへの応援だった。
笑顔を振り撒いて旅立った一家の姿に実情を知る者達は息を呑んだ。
滅び行く皇国へまるで待ちに待った演劇鑑賞にでも行くような笑顔だったのだから。
「もう、夏季休暇は終わった。それなのに一家が帰ってこないのは何かあったのではないか? ケガや病、はっ……エマのあの可愛さだ……皇国の王に言い寄られているのかも……」
王子の心配は尽きない。
今回、言い寄られているのはエマではなく、実際はウィリアムだったりする。
「……殿下。少し心配ではありますが、逆に今はエマ嬢がいない方が彼女にとっては良かったのではないかと……」
あれだけ聖女だ、なんだと周りが盛り上がって噂が広まったものの、教会が認めた聖女はエマではなかった。
アーサーは、遠くに座る生徒をちらりと見る。
黒に近い茶色の髪色、黒い瞳。
教会に認められた聖女フアナ嬢だ。
夏季休暇が明けてから学園に通い始めることになったと聞いた時は驚いた。
誰の子供であるか、依然わからない(国王は絶対に違うと言い張っている)がその姿は王族の血筋を否定できないために、学園で学ぶことに許可が下りたらしい。
何よりも解せなかったのは、聖女に会わせろとしつこかった帝国の正使はフアナと対面したものの、連れ帰るとは言わなかった。
まるで人が変わったように大人しくなり、手ぶらで王国を去っていった。
学園の生徒達は聖女フアナの姿にたちまち夢中になった。
彼女の一挙手一投足に多くの生徒が注目し、絆されていった。
あの、黒い瞳に見つめられたら陥落しない者はいないとまで噂になっている。
エマが聖女だ、間違いないと言っていた者ですら手の平を返すようにフアナに熱を上げていた。
その一方で、皇国へ行ったきりで帰ってこないエマの評判は少しずつ下がり始めていた。
アーサーには一つ、気になることがあった。
「……殿下……ココだけの話ですが……」
こそっとエドワードに耳打ちする。
「あのフアナ嬢、皆がこぞって美しいと言っているようですが、私にはよく分からないのです」
「アーサー、令嬢を美しくないと言うことは失礼だぞ? 口を慎め」
エドワードが眉間にシワを寄せ注意する。
女性の容姿に文句を言うなど紳士としてあるまじき行為だ。
「ココだけの話と言ったではありませんか! 美しくないとは言っていません。女性は誰もが美しいのです。しかし、あそこまでうっとりと魅せられている令息の顔を見ると違和感が……」
アーサーには、フアナが特別容姿に恵まれているとは思えなかった。
「……」
「殿下もそうお思いなのでは?」
「アーサー、女性の容姿をとやかく言うのは……」
「あのフアナ嬢に魅せられた生徒達は、口を揃えてエマ嬢よりも美しいと言っているのですよ?」
「は? そんな訳ないだろう? エマの方が可愛いに決まっている。あの者達の目は濁っているのではないか?」
「殿下っ! 声が大きいです」
慌ててアーサーが王子の口を塞ぐ。
フアナを取り巻く生徒達に聞かれでもしたら気まずい。
幸いにも、王子の声は授業開始の鐘と重なったので誰にも聞かれることはなかった。
一人、フアナだけがアーサーを見て口許に笑みを浮かべたが教師の登場でこの笑みに気付いた者はいなかった。
◆ ◆ ◆
「どう思う?」
昼休み、アーサーは食堂棟の中庭で妹のマリオンにフアナ人気の違和感について意見を訊く。
王子は昼休みは相変わらず公務で王城へ戻っているので、夏季休暇後の中庭はマリオン、フランチェスカ、双子にアーサーといった顔ぶれであった。
令嬢に囲まれるのは嫌いではないが、ゲオルグとウィリアム、ヨシュアがいた頃をアーサーは懐かしむ。
「聖女フアナ様……同じ授業を受けていないのでなんとも言えません」
マリオンの答えにフランチェスカも頷く。
「フアナ様、男女関係なく人気ですわよね、ケイトリン」
「フアナ様、男女関係なく人気ですわ、キャサリン」
噂好きの双子はフアナに興味を持っていたようだ。
「アーサー様の仰ることも分かりますわね、フアナ様はあまり目立つ方ではないものね、ケイトリン」
「アーサー様の仰ることも分かりますわね、エマ様のように誰かを助けたりしていないものね、キャサリン」
着々と増えるフアナ勢。
その一方で、フアナ自身にファンが増えるような行動は見られない。
普通に学園で授業を受けているだけなのだ。
教会から聖女認定された以外に目立つような個性がなかった。
「そうそう、エマ様といえばもうすぐ帰国なさるそうよね、ケイトリン」
「そうそう、エマ様はもうすぐ帰国なさるわね、キャサリン」
今日はこのお話がしたかったのだと双子がパンっと手の平を合わせて報告する。
「まあ、本当ですか? キャサリン様、ケイトリン様。エマ様、なかなか帰国されないのでずっと心配だったのです」
「それは良かった。これ以上授業から遅れると追い付くのが大変だったろうしね」
双子の報告にフランチェスカもマリオンもほっと胸を撫で下ろす。
「キャサリン嬢にケイトリン嬢? その話はどこから? スチュワート家の帰国は、まだ王家でも把握してない情報ですよ」
エドワード王子の暗い顔を思い出しつつアーサーは双子の言葉に驚く。
「シモンズの船乗りからの情報だったかしら、ケイトリン?」
「シモンズの船乗りからの情報だったわ、キャサリン」
双子によれば、シモンズ領の船が旅先でスチュワート家の乗った船に出会ったとのこと。
「? その場合はシモンズの船よりもスチュワート家の乗った船の方が早く王国に着くのでは?」
アーサーがさらに理解できないと首を傾げる。
スチュワート家の乗っている船は、ロートシルト商会の持ち船の中でも一番性能が良い最新鋭の船だった筈で、同じ王国を目指して航海するなら船の性能的に先に到着していないとおかしい。
「エマ様の船は積み荷が満杯で速度が出ないって言ってたわね? ケイトリン」
「エマ様の船は積み荷が満杯で速度が出ないって言ってたわ! キャサリン」
一家を乗せた船はお土産を積みに積んでしまったがために、ただでさえ遅れていた道程がさらに遅れていたようだ。
「積み荷?」
アーサーはふむと、顎に手を当て考える。
皇国は魔石がまだ多く採石されている可能性があると王国が期待している国である。
本来なら他国の魔物災害に干渉できるほど王国に狩人の余裕があるわけではない。
スチュワート家が「皇国へ行きたい」と強く要望しなければ王国は誰も応援になど行かせなかっただろう。
一家が奇跡をおこし見事災害を解決したとするなら、皇国は大量の魔石を持って帰らせたと考えられる。
逆に、災害が手をつけられず皇国がそのまま滅び行く運命にあるなら……あのお人好しな一家のこと、船に乗せられるだけ皇国人を乗せて出港し、王国へ逃がそうなんてことも…………可能性は後者の方が大分高そうだ。
「何の積み荷かは内緒だそうよね、ケイトリン?」
「何の積み荷かは内緒だそうよ、キャサリン」
双子も詳しいことは知らないのだと首を傾げている。
内緒の積み荷が貴重な魔石でも大量の難民でも、これは大きな問題だなとアーサーは王城へ報告するべきか頭を悩ませた。
◆ ◆ ◆
「あっ! やっと見えてきましたよ! シモンズ領の港が!」
ウィリアムが嬉しそうに声を上げる。
「良かった……船……沈まなくて……」
ゲオルグがやれやれといった表情でウィリアムの指差すシモンズ領の港を見ている。
「オワタの種と破片……思ったより大量だったものね。皇国の人達が残さず持って帰ってなんて言うからお言葉に甘えたけど……」
広い土地で山になっていたオワタの種と破片はいざ、船に積むとなると、ものすごい量だった。
食糧や支援物資を乗せて来た行きよりも帰りの方が明らかに多かった。
ちょっと多いから、オワタの種を少し置いて帰ってもいいですか? と一応訊いてはみたが、皇国側の答えは否だった。
オワタの破片は建材として使えるが、滅亡まで覚悟していた皇国民にとってその大元の原因を使って家を建てるのは抵抗がある者も多い。
オワタの種なんて言うまでもない。見たくもないとまで言われた。
「目立つのは避けたいから、オワタの破片と種は夜中にこっそり運びましょう……どんなに急いでも日が暮れるまでには着かないだろうし丁度いいわ」
と、メルサが諦めた顔で指示を出す。
皇国からわざわざ植物魔物の種を持って帰って来たなんて知られたら大変だ。
下手したら騎士団に捕まってしまう。
特定外来生物の持ち込みよりも何倍も危険なのだから。
検疫とかしっかりしている国……世界だと危ないところだった。
……いや、検疫はしっかりした方がいいとは思うけども。
「猫達もウデムシ達も、王国に着いたら運ぶの手伝うのよ」
船の中はオワタの種と破片でぎゅうぎゅう詰めのため、航海中は猫達もウデムシ達も一家と同じ部屋で寝食を共にしていた。
「「「「にゃーん!」」」」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ。
狭い船内から出られると聞いて猫達もウデムシ達も嬉しそうにメルサに返事をした。
航海中……寝返り打ったら正面にウデムシ……なんて良くあることでしたね……(ヨシュア談)
船内移動中……ウデムシに足の小指をぶつける……なんて良くあることでしたね……(ヨシュア談)
なんだアレ!? なんだアレ!? なんだアレはぁぁぁぁぁぁあ!?……(オリバー談)←四六時中ウデムシが唯一いないトイレに込もってメルサに怒られていた。




