日常。
お茶会から2日たち、スチュワート伯爵一家に平穏が訪れていた。
人当たりよく、温厚な一家だが貴族の社交に積極的に参加することもなかった為、屋敷にあれだけの人を招くことは珍しかった。
なんとか母親からお茶会対応の及第点を貰い、三兄弟はエマの小屋で蚕の世話をしている。
「お蚕様……そろそろ餌の種類変えようかしら?」
繭を纏う前のでかい幼虫の様子を観察しながらエマが呟く。
「エマは今度は何をしようとしてるの?」
ゲオルグが区切られた区画の中にでかい幼虫を一匹ずつ入れながら聞いてくる。
「んー餌で繭の着色出来たら素敵かな?って思いません?」
パレスの絹糸の工程において難点が着色工程。パレスの水は染色に向かないため、他領から水を買い染色しているが大量の水が必要な為、水と輸送にかかる費用がかさんでしまう。
「染色剤の改良じゃなくてこっちを変えるって発想がエマらしいな」
ゲオルグが苦笑する。前世の記憶を思い出したことによりコミュニケーションが取りやすくなった妹だが、虫への愛は継続中である。
「そんなことよりゲオルグ兄様……マリーナ嬢と文通しているそうですね」
ウィリアムがでかい幼虫の重さを計りながら恨めしげに言う。
「いやいや……手紙来たから返しただけ。と言うよりマリーナ嬢以外の令嬢からもきてたし」
「お兄様モテモテですね。ウィリアム……幼女趣味キモい」
「なんで僕だけひどい!」
ウィリアムが嘆く。
「あのね、マリーナ嬢の見た目覚えてるでしょ!」
「ええ 凄く可愛いロリータだったね」
エマの蔑みの目は留まることを知らない。
「…っ!違うよ! あんなピンクの髪に目、珍し過ぎるし、あの完璧なる縦巻きロールの髪型!」
ん?
縦ロール?
「もし乙女ゲームの世界に転生してたとしたら……あの子、将来悪役令嬢じゃないかってこと!」
確かに転生ものの読み物で縦巻きロールは悪役令嬢によく似合う髪型だったな……。でも……。
「あの子いい子だったから違うんじゃないか?」
ゲオルグ兄様と同意見である。
「まあ……なんにせよ家族で揃って転生して、家族揃ってなんの知識も役にたってない上に理由とか考えてもわからないだろ?」
なんせ田中家よりスチュワート家の方が断然チートである。
「何が起こるかわからないなら、やっぱ地道に出来ることやるしかないよね」
そう言って餌の配合を考える。エマは趣味と仕事が同じで幸せだと思う。
今みたいに好きなことが明確にあり、それをする財力と才能があるのは贅沢だ。
「それより……ゲオルグ兄様、猫見つかった?」
「ああ……その問題な」
田中家は猫をこよなく愛する一家だがこの世界、動物の種類が少ない。
魔物がいることにより淘汰されてしまった。
見ることの出来る動物は昔から人間の交通手段として飼われてきた馬と狩人の猟犬として働く犬くらいで、虫も魔物から身を守るため、独自の進化をしている。
「いることにはいるが……値段がな……」
猫も昔から飼われてはきたが、100年ほど前に猫の伝染病が流行り個体数が激減したらしい。
ペットは贅沢品とされ猫は個体数の少なさからその頂点とされている。
しかし、田中家は猫をこよなく愛する一家である。
そして田中家一の猫好きの父レオナルドの誕生日が来月でなんとしてもプレゼントしたいと考えていた。
なんとしても猫を手に入れたい。
あのもふもふの日々をもう一度。