聖女。
誤字脱字報告に感謝致します。
「一体どういうことだ!? 教会が聖女を認めたと……。帝国人が来る前まであれだけスチュワート家のエマは聖女ではない。街中の噂は遺憾に思うとかなんとか言っていたのに、今さらこのタイミングで発表されては守れるものも守れなくなるではないか!」
詳細は別室でと言われ、国王の怒りは晩餐会の広間から移動した後、爆発した。
「そうです! 前もって分かっていれば国民にエマのことは話さないようにと王家から御触れを出せたのに……。しかも、陛下に事前の連絡すらせずに国民へ発表するなんて非常識だ!」
一年前まで喜怒哀楽が欠落した王子と言われていたエドワードも、国王に続いて怒りを隠そうともぜずに宰相に詰め寄る。
「陛下、殿下。落ち着いて下さい」
「「これが、落ち着いていられるか!!」」
宰相が宥めるも、国王も王子も聞く耳を持たない。
貴族とはいえ、たかが一国民にここまで思い入れることは危険ではないかと懸念する。
宰相自身は、エマ・スチュワート伯爵令嬢を見たことがなかった。
彼女は社交の場には数える程しか出席しておらず、その割にその姿を見た者からは称賛の声しか聞こえてこない。
なんとも胡散臭い。
数少ない彼女が出席した夜会では、ちょっとした騒動が必ず起きている。
そして、その度に彼女の評判は上がり、気付けば驚くべき早さで聖女という噂は拡散されていった。
貴族の間だけでなく、商店街やシモンズ領の漁師、スラム街の子供達までもが彼女の名前を知っているのである。
めっちゃ胡散臭い。
普通に考えてあり得ない事だ。
が、宰相にとって今はそんなことはどうでも良い。
「陛下、殿下……。その、教会が聖女として発表したのはエマ・スチュワートではないのです」
今や王国中に広まりつつあるエマ・スチュワートは聖女説を嘲笑うかのように、教会は別の娘を聖女と認めた。
「「は?」」
国王と王子はどういう事だと、また宰相に詰め寄る。
「おいおいおい。エマちゃんが聖女じゃないだと? そんな訳あるか!? エマちゃんより、謙虚で繊細で清らかな美少女なんていないぞ?」
「エマが聖女だ! エマ程、淑やかで優しくて、儚げな美しい少女は王国にはいないではないか! 何を見ているのだ!? 教会の目は節穴か!?」
聖女と言っても怒るし、聖女ではないと言っても怒る…………こいつら面倒臭いな。
こっそり宰相は心の中で思った。
「私に言われましても、困ります。事実、違うのですから。教会はスカイト領のフアナこそが聖女であると公式に発表したのです」
名字はなく、ただのフアナ。
国王と王子がその名前を聞いた途端に黙り込む。
「…………あの、フアナか?」
違うとでも言って欲しそうに国王が低い声で宰相に尋ねる。
「あの、フアナでございます」
残念ながら宰相は国王の願う答えを返せない。
「一体何なのだ、あの娘は……」
フーっと息を吐き、国王は宰相に詰め寄るのを止めて深く椅子に腰かける。
王子も国王に倣い座るが、なんとも複雑な表情を浮かべている。
「目の上のたんこぶってのは積み重なるものなのか? ただでさえ扱いに悩んでいるというのに……」
国王も、王子もそのフアナという娘を知っていた。
話は今年の学園入学を祝うパーティーまで遡る。
スカイト領のとある男爵の息子がエスコートしていたのがフアナだった。
招待状もなく、名字もない、出自すら不明だという彼女の入城を可能にしたのは驚くべき容姿だった。
瞳が黒かったのだ。
この国では漆黒の瞳は王家の象徴。
ただの一般庶民が【漆黒】を持って生まれるなんて絶対にありはしないのだ。
髪色も黒に近い茶色をしており、王家の血を思わせる。
パーティーは騒然とし、国王の耳にも入った。
様々な憶測が飛び交うも直ぐ様フアナは王家によって保護された。
更には箝口令も敷かれた。
その後、彼女の噂をする者は厳しく取り締まられることになる。
エスコートしてきた男爵の息子曰く、森の中で一人住んでいたらしいと。
男爵である父親が魔物狩り中に森の中で迷った時に助けて貰い、その容姿に気付いた。
これは、王家に連なる高貴な姫に違いないと。
丁度息子が学園に入学するから、同行させて王城の判断を仰ぐことにした。
何故、手紙を寄越さない!?
事前に報せるべき事案であり、こんなパーティーにいきなり放り込むなんてどういうつもりなんだ!?
「王家のお家騒動に手を尽くす暇は、スカイト領にはないのです。連れてきただけでも感謝して欲しいものです」
怒りを顕にする王に男爵の息子は冷ややかだった。
「父は魔物によって弟を三人失い、自身も左腕を失った。それでも魔物の出現するスカイト領主を辞することは認められなかった。ここ王都にはバカみたいに着飾って踊る貴族が溢れかえっているのに、誰も父の役目を代わろうなんて人はいない。最近は魔物の動きが活発だと言うのに王家は役にも立たない騎士団を送るだけ」
魔物の出現する領を持つ領主はどこも大変だ。
命の危険と隣り合わせの魔物狩りに財政難。
国からの支援は殆どない。
誰もがそれを知っている。
王都の生活を捨ててまで魔物の出る領主を願い出る貴族はいない。
そんな中で、現れた黒い瞳の娘。
王家の誰かの御落胤だろう。
やってられるかって言いたくもなる。
「とにかく、無事に送り届けましたから。彼女の事はきちんとしてあげて下さい」
そう言って、黒い瞳の娘の肩に手を置く。
「フアナ、と申します。ずっと森で一緒に暮らしておりました祖母が一年前に亡くなり、今は一人です」
娘は国王の前だと言うのに臣下の礼もせず、勝手に自己紹介を始めた。
礼儀がなっていないと言うよりも臣下の礼も基本的なマナーも知らないのだろう。
両親の事は何も覚えておらず、物心ついた頃には祖母と二人で暮らしていたという。
紛れもない漆黒の瞳の娘。
髪ならば炭で色をつけたかと疑いもできるが、瞳は手を加えて色を変えられるものでない。
フアナは一時王城で預かることになった。
人目に晒されないように王城の奥の部屋を手配し、王家の血筋と確定した時のために礼儀作法の教師をつけた。
何故、教会がフアナを知っている?
どうやって嗅ぎ付けた?
「…………私の子ではないぞ?」
国王はローズの、エドワードの冷たい視線に耐えきれず念を押す。
「いや、ホントに……」
「「……………………」」
「ろ、ろーず? 信じてくれるよな?」
「「……………………」」
「えど?」
「「……………………」」
「お、おーい?」
「「……………………」」
「失礼致します。クーデター以後、蟄居中の王兄殿下にも確認を致しましたが、この私が田舎の庶民の女なんぞに手をつける訳がないだろう? 穢らわしい……とのご返答でした」
疑惑の視線に耐えきれなくなってきた国王への助け船かと期待した宰相の報告は、ただの追い討ちだった。
「そうね、あの方ならそう仰るでしょうね。侯爵家の令嬢ですら身分が釣り合わないとバカにしていましたもの」
性格に難有りの国王の兄のカインの返答に、ローズが頷く。
「伯父上は大変選民意識の強いお方ですから」
ローズの言葉にエドワードも同意する。
「…………だからといって、私の子ではないぞ?」
「「……………………」」
「っお、おい! 宰相! ローズ達に何とか言って…………!!」
「……………………」
「宰相! お前もか!?」
やっと……出た……。
やっと……出せた……。
黒い瞳の女の人……。
フアナちゃーん!
え? 誰それ? ですって?
そうですね。そうですよね?
伏線投げっぱなしで回収が周回遅れですものね?
良かったら、49話の捕獲第一号の最後の方読んで下さい。




