多分、間に合わない。
誤字脱字報告に感謝致します。
『やっと……完成……』
エマはふるふると喜びにうち震えている。
その手には缶切りが握られている。
『まさか、缶詰があるのに缶切りがなかったとは……』
むむむとウィリアムが桃缶を手に取る。
アーマーボアの蒸し焼きを美味しく食べた後、デザートがてらフクシマの桃缶を頂こうかと話になった時、それは判明した。
『では、缶詰を開けるので少々離れてもらえるか?』
わくわくと桃の缶詰を見ていたスチュワート一家にフクシマが神妙な顔で缶詰を取り上げる。
『……え? 缶詰開けるだけなのに?』
ウィリアムが首を傾げるが、周りの武士達がにわかに沸き立つ。
『フクシマ様自ら缶詰を……』
『これは見物だぞ!』
缶詰を開けるだけなのに手品でも披露するのかという様子で皆が集まって来ていた。
『スウゥゥァーーハァァァァァァアアーーー』
机代わりに使っていた木箱に缶詰をのせ、フクシマは精神統一をする。
『……え? 缶詰開けるん……だよね……?』
ゲオルグも首を傾げる。
一体全体何が始まっているんだと謎しかない。
『キエェェェェーーー!!』
『!』
『?』
『!?』
閉じていた目をカッと見開きフクシマが奇声を発する。
カチリと腰の刀が目にも止まらぬ早さで抜かれ、桃缶が真っ二つになる。
『!?』
『?』
『!!』
三兄弟は驚いて声も出ない。
『さっすが、フクシマ様の居合い斬りは斬れ味抜群ですね!』
『こんなに真っ二つに切れるなんて……』
『剣の道を極めたフクシマ様の太刀筋、しかとこの目に焼き付けました!』
一拍置いて武士達の歓声が沸く。
『え?』
『ほら、エマ殿。桃ですぞ!』
少しだけ得意そうにフクシマが真っ二つになった缶詰から桃を取り出し、エマに勧める。
『たまに中で腐っていることもあるがこれは大丈夫そうで良かった』
『え? フクシマ様?』
『運が悪いと爆発なんてことも……』
『フクシマ様?』
『この一番大きいのをエマ殿に……』
『フクシマ様!』
『ん? どうしたの……だ?』
缶詰を上手く切れたとご満悦のフクシマにエマが声を上げる。
『何で真っ二つにしちゃうのですか!? 折角の缶なのに! 桃を漬けているシロップも全部溢れて勿体ないじゃないですか!』
『ん?』
『この空き缶で水を汲んだり、スープを煮たり、ペン立てにもなるのに!』
『え? いや、あの』
『あのフクシマ様……缶切りを持っていないのですか?』
ウィリアムも呆れた顔で無残に斬られた桃缶を見つめる。
『か、缶切り? なんだそれは? 缶詰は普通腕の立つ者が居合い斬りで斬り開けるものなのだが……?』
『え? な、何で缶詰あって缶切りが無いのです!? それだと刀を持たない人はどうやって缶詰を開けるのですか?』
意味がわからないとゲオルグもフクシマを見る。
『いや、斧とかを使ったり?』
フクシマの言葉に武士達も頷いている。
スチュワート一家が何に憤慨しているのか誰も理解できないような表情だ。
折角缶詰があるのに、フルーツだけとか、缶切り無いとかいちいち惜しい。
『フクシマ様、オワタを倒したら缶切りを作りましょう! 勿体ないが大渋滞です!』
『……いや、だから……エマ殿、缶切りって何?』
『缶切りっていうのは……こういう形のですね……』
ゲオルグが小枝を拾って地面に描いてフクシマや武士に説明する。
『……兄様……? それは……栓抜きです』
こうしてオワタを倒した後、一家は缶切りの製作に着手したのだった。
『結局、栓抜きも作っちゃいましたね……』
ゲオルグのボケによって、皇国ではビンの王冠も開発済みだったが人々は皆歯で開けていたことが分かった。
『何か惜しいんですよね。こう……ファミコンはあるけどコントローラーはないみたいな……』
そんなこんなで、オワタを倒したら帰国する筈だったスチュワート家の滞在は延びに延びていた。
缶切りから、猫缶の製作、稀に出る不良品の検証と対策……。
魔石があることでハイテク化した皇国の文明の手の届かなかった痒いところをエマが面白がってどんどん研究、改良するのを止められる者はいない。
魔物災害で停止していた缶詰工場はヨシュア率いるロートシルト商会によって買い取られ恐ろしい早さで再開した。
今では猫缶はじめ、メルサのアーマーボアの角煮缶、鯖缶、ツナ缶、魔物肉各種缶とバラエティー豊かな缶詰が生産されつつある。
しばらくは皇国内で流通させ、食糧難が解消されたら王国へ輸出することになる。
猫缶だけは全部スチュワート家が買い取ったが。
そろそろ帰国しなくては新学期が始まってしまう時期に来ていた。
『…………ねぇ、ウィリアム? 氷魔法の魔石と風魔法の魔石で……フリーズドライとかできそうな気がしない?』
しかし、エマの勢いはまだ止まりそうにない。
『姉様、そろそろ帰った方が……いいかなって思いますが……』
『ウィリアム、もう少しだけ皇国にいても良いんじゃないか?』
ゲオルグが珍しく暴走するエマの味方をする。
『エマがやりたいようにすればいいよ』
当たり前のようにレオナルドが頷いている。
『………………二人とも毎日、毎日魔物狩りに出掛けて楽しそうですもんね』
兄と父は武士に混じって嬉しそうに魔物狩りに参加していた。
王国ではあまり見ない魔物が出るからと二人はモゴモゴと言い訳していたが、王都で勉強や貴族との交流をするよりも楽しいからだとバレバレであった。
『母様も……何とか……』
『ん? ウィリアム、母様ならエド城の調理場で皇国の食材で試したい料理があるって出掛けたよ? それより、フリーズドライなんだけど……コーンスープとお味噌汁は外せないよね?』
『………………そうですね。僕ちょっと味噌貰ってきます……』
家族が皇国を満喫する中、ウィリアムだけはパレスにいる時、王都にいる時と変わらず、エマのパシりに使われるのであった。
『学園……間に合うかな……』
ウィリアムは雲一つない空を見上げ呟いた。
◆ ◆ ◆
時を同じくして王都。
社交シーズンも終盤に差し掛かり、滞在する帝国貴族の態度が目に見えてイライラしていた。
王家の晩餐会ですらもその態度は改まらず、とうとう我慢も限界と口を開いた。
「陛下、おそれながらそろそろご紹介して頂けませんか?」
帝国王家の正使は豪華な食事にも目を向けずに王国の国王に進言する。
「なんの事だ?」
国王は帝国の正使の言葉に心当たりがないと惚ける。
「……っ! 聖女の事です! 分かっておられるのでしょう? この王都中……貴族から庶民に至るまで彼女の噂をしないものはいないではありませんか!?」
王国に着いてすぐ港の船乗り達からはじまって、商談で訪れた商会、様々なパーティーでの王国貴族の会話、服の直しのために立ち寄っただけの仕立て屋ですらその聖女の噂が聞こえてきた。
「何の事だか……もし、聖女が現れたと言うならとっくに教会から帝国に連絡が行くであろう? 私の方にも。 エドワード、お前は教会から聖女の誕生を知らされたか?」
国王は焦りを滲ませる帝国の正使を一笑し、息子である王子を見る。
「いえ、私も教会からそのような連絡は受けておりません」
正使に冷たい視線を投げながら、王子も惚ける。
「では、何故王都中に聖女の噂があるのですか? 聖女は請われれば聖人であらせられる帝国王家に仕える身。その判断を私は託されているのです」
「そんな、数百年以上前の話を持ち出して何になる? 厳密には王国教会は帝国教会から独立している。もし、万が一、聖女がいたとしても貴殿方には関係のない話だ!」
正使の言葉に王子が珍しく声を荒らげる。
「はははっ関係ないですと? 神の御前でも同じことが言えますか? 聖人である帝国王家はもはや神と同義。その神である王家の使いである私も神といっても差し支えないのですよ? その私が、ただの噂である聖女が本物か否かを判断してやると言っているのです!」
でっぷりと肥えた帝国の正使が下卑た笑いを隠そうともせずに席を立つ。
「まあ、見つかるのは時間の問題でしょう。今この国には、商人も含め何百人もの帝国人がいるのですから。今日のところは失礼させて頂きます」
どしどしと音を立てて正使は退室する。
「…………相変わらずだな、帝国様は」
王国の国王ですら見下される。
「陛下、正使はどうして巷の噂を真に受けているのですか? エマが聖女のように慈悲に溢れているのは知っていますが、教会から正式なお触れは出ていないのに」
「エドワード、あれは自分が見たいだけなんだよ。王都中で噂になっている美少女を。王国では威張れるから自由にできるとでも思ったんだろうねエマちゃんを……」
「なっ!!」
エドワードが正使が退室した扉を睨む。
「あの豚野郎……斬り捨ててやりたい」
「エド」
「……っ。 申し訳ありません」
「今のエドワードのセリフは書かないでくれるか?」
晩餐会での会話を記録していた書記官に国王は声をかける。
「はっ。承知いたしました」
「あと、さっき正使が自分は神だと言ったとこ記録してる?」
「はっ。一言一句逃さず記録してあります」
「よし、その記録を元に帝国の方に苦情として手紙を出す。おたくの国は神を騙る人間を正使として選ぶのかってね? 少なくとも来年は違う奴が来るだろう? まあ、誰が来ても同じかもしれないけどね」
やれやれと国王はため息を吐く。
言葉とは裏腹に大した効力はないだろうことは分かっている。
それでも黙っていては、帝国に帰国した正使がどんな報告をするかなんて考えるまでもない。
正使に非はあるとこちらからも先手を打たねば、健気なエマちゃんが危険だ。
皇国行きを許可したことで正使と対面せずに済んだことは幸運だった。
毎年、社交シーズンにやってくる帝国人は本当に困ったものだ。
王国でやりたい放題する。
帝国王家の正使ですらあの状態なのだ。
ロートシルト商会が綿を買わなかったことで今年は特に苛立ちを隠そうとせず、国民から帝国人への苦情が王城へ殺到していた。
「陛下、もしも王国の教会がエマを聖女と認めたら……エマはどうなるのですか?」
普段のクールな表情とは違う心配そうな顔でエドワードが国王を見る。
考えられる限り、それは最悪の事態だ。
王国教会は帝国教会から独立を宣言しているとはいっても、未だ帝国教会の影響下から抜け出せてはいない部分もある。
「……エマちゃんは守るよ。絶対に。あんなに純粋で健気で優しい良い子が、帝国で生きていくなんて耐えられないだろうしね?」
国王は両の手を力いっぱいギリギリと握りしめ、俯くエドワードの頭を乱暴に撫でる。
気休め程度の言葉しかやれない自分を歯痒く思いながら。
「陛下」
晩餐会に出席する予定のなかった宰相が広間に現れ、足早に国王に近付き耳打ちする。
「先ほど教会から、聖女を認めたとの御触れが出ました」
考えられる限りの最悪の事態がやってきた。
騒動は
いてもいなくても
基本エマ
(字余り)




