成果。
誤字、脱字報告に感謝致します。
スチュワート一家が皇国にもたらしたものはあまりに大きかった。
天皇であるユカリノミヤ・ヒノモトは将軍フジヨシロウ・トヨトミと共に奇跡を目の当たりにしていた。
あの、オワタが一本残らず退治されていたのだから。
一か月前、皇国へ着いたその足で一家はオワタの群生地へと向かった。
その日の夜には、魔石盤が光った。
武士の制止も忠告も聞かず、破滅の大元へと行ったのだ。
天皇も、将軍も一家の訃報だと信じて疑わなかった。
ミツナリ・イシダが魔石盤を読む声は終始震えていた。
これを、信じろと言うのだろうか?
『ふ、フクシマより……いっ一家の連れし巨大なる? 虫により……は? ……オワタ粉砕…………! 同じく一家の連れし猫により、オワタの飛ばした種全てを捕捉? このままこの地でオワタの伐採を続ける……!?』
『は?』
バカなことを……。
フクシマは耐え難い絶望に狂ってしまったのだ。
虫が、虫ごときでオワタが粉砕する訳がない。
猫畜生が種を捕まえるなど片腹痛い。
『殿、陛下。フクシマが心配です。私に様子を見に行かせて下さい』
控えていたカトウが険しい表情で申し出る。
『カトウ。もう、オワタの種は飛び始めている。今から行くとなると命の保証はないぞ?』
それでも行くのかと……将軍は幼き頃より見てきた部下に止めても無駄だと分かりながらも尋ねる。
『もとより、残り一年足らずの命。この世よりもあの世の方が仲間が多い現状で、何を迷いましょうか』
そう言って死を覚悟の上でオワタ群生地へ赴いたカトウは、翌日大量の肉と共に帰って来た。
狐か狸にでも化かされたような、なんとも不思議な顔で報告する。
『殿、陛下。フクシマの魔石盤での事。全て事実でした』
『は? カトウ今、何と?』
『嘘偽りなく、事実でございました。虫……おぞましき見た目の巨大な虫が……ひっ……大量に、もう大量にいて、オワタをバッキバキに……』
『バッキバキ……?』
『デカモフの猫が楽しそうにオワタの種に飛び付き……』
『デカモフ……?』
『スチュワート家の者達は、それはそれは嬉しそうに肉に食らいついておりました』
『肉……?』
カトウまでおかしくなったのだと、天皇も将軍も家臣達も疑わなかった。
しかし、カトウの持ち帰った肉は、この食料難である皇国で用意できる量では到底なかった。
『魔物の……アーマーボアの蒸し焼きだそうです』
カトウは持ち帰った肉を献上する。
『ま、ま、ま、ま、魔物の……肉だ……と……?』
四つ足の獣ですら嫌うものがいる中、魔物の……肉を食べるとは。
『何と野蛮な!』
天皇が穢れた物を見るかのように、献上された魔物肉に顔をしかめる。
『父上、王国では魔物を普通に食するのです』
脇に控えていたタスク皇子が天皇に進言する。
『は?』
『王国は我が皇国よりも広く、人も多いので食糧を確保するために必然的に魔物を食べる文化ができたのでしょう』
『しかし……』
『生きるためです、父上。天皇家や将軍家、華族、武士だけではなく、この国全員が飢えることなく生き延びるためにと、きっとスチュワート家はこの肉をカトウに持たせたのです』
タスク皇子の目は真剣だった。
『…………カトウ。彼らは本当にオワタを倒していたのか?』
天皇が静かにカトウに尋ねる。
『はい、陛下。一晩で数百本は砕かれておりました。私が直接見て確認したので間違いありません』
カトウの目も真剣だった。
『……その肉をこちらに。箸を持て』
『へっ陛下!?』
『陛下! 陛下が直接召し上がらずとも!』
天皇が肉に箸をつける様に、家臣が慌てて止める。
魔物の肉なんてものを天皇の体に入れるわけにはいかない。
『私は天皇となったのに、国民に何も救いを与えてやれなかった。せめて、国民が生きるためにこの肉を食べなければならないと言うなら、毒味くらいはさせてくれ』
『陛下……なんという慈悲を……』
『父上……』
震える手で箸を持ち、天皇は魔物肉を口に運ぶ。
家臣の制止も聞かず、カトウの言葉を、奇跡を信じた。
オワタを倒せると言う言葉を。
生きることを諦めた皇国民全員を生かすために天皇は神体である自らの体を穢れに曝すことも厭わないと野蛮な魔物肉を口に入れる。
『うんっま!! 何これ? うんっま!?』
『へっ陛下?』
戸惑う家臣が見守る中、一口、二口、天皇の箸は止まらなかった。
『そう、うんまいのです!』
カトウが拳を握り、頷く。
『メルサ殿曰く、醤油があれば更に旨いものができると』
『ふぁトウ……(モグモグモグごっくん)……直ぐに醤油を持っていけ』
『ありがたきお言葉……』
翌日、カトウはアーマーボアの角煮を天皇に献上した。
恐ろしいほどに、角煮は米と食べるとメチャクチャ旨かった。
そして、一か月後。
オワタを全て退治したと魔石盤の報せを受けて、最後は自分の目で確かめたいと、天皇、将軍、タスク皇子はオワタの群生地へと直接出向いたのだった。
『エマ嬢! 本当になんとお礼を言っていいか……』
タスク皇子がエマの手を握り感謝の言葉を延々と述べていた。
皇国へ向かう船の中、ずっとエマはタスク皇子を励まし続けてくれた。
天使のような笑顔を浮かべ、皇国は絶対に大丈夫です。
私達にお任せ下さい、直ぐにでもお米が収穫できるようにしてみせますと。
『ふふふ、思ったよりオワタの群生が広範囲で時間がかかってしまいました』
一か月ものキャンプ生活にもかかわらず、アーマーボアやらオークやらの魔物肉の良質な油分を摂取したためか、エマの肌艶は良かった。
王都での堅苦しいマナーからも解放され、最高の夏休みでしたわと笑う。
更には、何もなかったオワタの群生地周囲は、様変わりしていた。
スチュワート家の緩くないキャンプ生活で、ヨシュアの力で。
それは猫が温泉を掘り当てたことから始まった。
元現場監督のゲオルグが、趣味がDIYのレオナルドが、オワタの瓦礫を使って湯船から建物まで建ててしまったのである。
オワタは海水で煮ると接着剤のような粘液が出ることは王都の自宅での実験で分かっていた。
それで缶詰をと思っていたが、粉砕され瓦礫となったオワタは器としては使えそうもない。
『いっそのこと型に入れて固めたら煉瓦みたいに使えないかしら?』
エマの言葉に、合流していたヨシュアは海水を汲みに馬車を走らせ、ゲオルグは設計図を引いた。
ロートシルト商会の人員、スチュワート一家、武士総出で温泉が、食堂が、休憩所がとどんどん建てられた。
気付けば、群生地は小規模な村のようになっていた。
『一か月でここまでできるのか?』
天皇、将軍とともに同行したミツナリ・イシダがオワタ製の家屋を見上げる。
『オワタ、めっちゃ扱い易い建材で俺もびっくりしましたよ』
オワタ煉瓦ができたらもう、一瞬でしたとゲオルグが笑う。
『いや、あの……こんなことしている暇が……?』
将軍が呆気にとられている。
『オワタもたまに出現する魔物もウデムシと猫が倒しちゃうからぶっちゃけ私達は暇だったんで……』
作っちゃった、とレオナルドが頭を掻いて答える。
貧乏、暇なし。
何もしないということができない一家なのだ。
『勝手に建ててしまって申し訳ないですわ』
メルサは頬に手を当て苦笑いする。
バレないように、オワタを倒し終わったらしれっと元に戻そうと考えていたのだが、頑丈に作り過ぎてしまい壊せなかった。
『陛下、あの、オワタの瓦礫ですが……少し王国に持って帰っても良いですか?』
ウィリアムが天皇に山のように積み上げられたオワタの瓦礫を指差し尋ねる。
『瓦礫?』
『はい。王都は諸事情により、建材が高騰しておりまして。スチュワート家は新たに領地を拝領したのですが、そこに使いたいな……なんて』
クーデターで壊された家屋の修復作業で、王都の建設関係は好景気だった。
その分、建材は高騰しパレスの相場しか知らないスチュワート家はちょっと勿体ないなと思っていた。
なにせ、スラムの建物はボロボロで壁、屋根、道、のどこもまともな箇所がない。
大量に建材が必要だった。
『す、好きなだけ持って帰るとよい。…………その代わりと言うのもアレなのだが、このオワタの瓦礫を建材として使う方法を我々にも教えてもらえるか?』
天皇は頷くも一つ条件をつけた。
皇国も、オワタの種により多くの家屋が倒壊した。
たった一か月で、しかも、この少人数で小さな村ができてしまう程の建設技術は住む場所を失った国民のためにも是が非でも欲しかった。
オワタの瓦礫は、山のようにあるのだから。
『ありがとうございます! フクシマさんや武士さん達にも手伝って貰ったので大体のやり方は把握していると思いますよ。あ、兄と姉が描いた設計図も置いて行きますね』
ホクホク顔で、ウィリアムが天皇に礼を言う。
そして、誰もいない方向へ声をかける。
「良かったね? ヒュー」
「ああ、ハロルドの兄貴も喜ぶよ!」
ヒュンっといきなり少年が何処からともなく現れた。
『!』
少年はゲオルグから魔物かるたをスったスラムのヒューイだった。
ヒューイはスチュワート家で忍者の世話の仕事をしていた。
スラムの男の子達が憧れていた一番人気の仕事である。
世話をする中で、ハンゾウに素質を見出されたヒューは忍術の指導を受けるようになった。
秘伝の筈の忍術もエマに上目遣いでコーンスープと共に、『ヒューに教えてあげて?』とお願いされてしまえば断れる忍者は……いなかった。
『…………ハンゾウ?』
『も、申し訳ございません!』
将軍の声にヒュンっとハンゾウも現れる。
土下座姿で。
『つい、つい、簡単な、初歩の忍術を教えたら、面白いようにこなすので……これは? じゃあこれは? と試すうちに楽しくなっっ……』
結果、ヒューは皇国の最強エリート忍者集団から門外不出の忍術をしっかり教わっていたのだった。
『……………………まあ、ここまで築き上げた忍術が、皇国と共に滅ぶのは忍びないと思ったのでしょう。ハンゾウを責めないであげて下さい』
咳払いして、タスク皇子がフォローする。
何となく気付いていたが、大目に見ていたのである。
『そうだな』
まさか、オワタが退治できるとは誰も思うまいと、将軍もあっさりと許す。
『あ、ありがたきお言葉…………』
大量の脂汗をかきながら、ハンゾウが頭を下げる。
天使の笑顔とコーンスープに絆されたとは口が裂けても言えなかった。
『陛下! ではこちらのオワタの種も持って帰って良いですか?』
ヒヤリとした空気を読むことなく、エマが天皇にオワタの瓦礫の横で大量に積み上がっているオワタの蒴果を指差す。
『なっ!! 種は粉砕していないのか!?』
発芽すれば、あの恐怖が再び皇国を苦しめることになる。
『あ、はい。猫達も気に入っていますし、色々研究もしたいですし……』
天皇や将軍、皇国の家臣達が顔をしかめるのをきょとんと首を傾げてエマは答える。
『姉様……うちの庭で育てる気なんじゃ……』
『あいつ……次は何やらかす気だよ』
ウィリアムとゲオルグは頭を抱える。
『種は全部持って帰ってくれ! ここにあっては困る』
ミツナリ・イシダが叫ぶ。
『ありがとうございます!』
エマは嬉しそうにミツナリに笑いかける。
『………………可愛いな……』
「ウィリアム様! ミツナリ様、今なんて言いました!?」
ミツナリの反応を敏感に察知したヨシュアがウィリアムに通訳を頼む。
言葉は分からなくても、なんとなくライバルの増える予感がしたのだと。
「姉様が種持って帰りたいと言うので、ミツナリ様が全部持って帰って良いって話」
ウィリアムがうんざりした顔で通訳すると種用の船が必要になりますね、とヨシュアが商会の従業員に素早く指示を出す。
折角ついて来たのに、基本何かを運んでばかりだと肩を落としつつも、エマの願いは全力で協力するのがヨシュアだ。
『ところでそろそろ、オワタを倒した虫と猫とやらを紹介してもらえるか?』
皇国でどうすることもできなかった魔物災害、プラントハザードをたった一か月で収束させた立役者を見たいと将軍がレオナルドに頼む。
見たところ、それらしき生物はいなかった。
『え? ……見ます?』
『殿……やめた方が……』
『あの、本当に殿……陛下は特に見ない方が……』
レオナルドも、フクシマも、カトウも虫と猫を見せるのに乗り気ではないようだった。
『是非、見てみたいのだが何か問題でも?』
『私も、虫や猫だろうが、皇国を救った救世主に挨拶をしたい』
将軍も、天皇も皇国を治める者として礼を言いたいと何を隠す必要があるのだと不思議そうに三人を見る。
『いや、ですが……』
『あれは……』
『我々もまだ、全然慣れないくらいで……』
モゴモゴとフクシマとカトウが言葉を濁す。
『何をそんなに躊躇しておるのだ?』
『虫と猫を連れて来るのだ』
ここまで勿体ぶられると、余計に気になると将軍と天皇は声を強くする。
『あ、私が呼びましょうか?』
ここでまた、空気の読めないエマが無駄に気を利かせる。
『コーメイさーん、リューちゃーん、かんちゃーん、チョーちゃーん……ウデムシ達ー殿様と陛下にご挨拶してー!』
オワタの瓦礫の山に向かってエマが叫ぶ。
『あっ姉様! いきなりウデムシ全部呼ぶのは!?』
ウィリアムの制止は間に合わなかった。
「にゃーん♪」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ。
『『ひっ』』
その直後から天皇と将軍の悲鳴が長時間響くことになったのは言うまでもない。
ウデムシ可愛いのに……(エマ談)




