アーマーボア。
誤字脱字報告に感謝致します。
数頭のアーマーボアが、ターゲットを定めたのか前に出ていたレオナルドとゲオルグめがけて突進してくる。
乾いた唇をペロッと舐めてから、ゲオルグは剣を構える。
硬いアーマーボアに剣が通るのは目、口、耳、お尻の穴。
あと関節の内側が比較的柔らかいが、エマにおいしく食べるためにやめてくれと言われてしまった。
息を吐き、狙いを定める。
致命傷を与えるには、目から脳へが一番だがアーマーボアの突進の勢いは相当危険なので上手く避けることも考えて…………。
「にゃあ♪」
剣を構えるゲオルグの前にかんちゃんが飛び出してきて、突進してくるアーマーボアの横っ面を猫パンチで叩く。
「あ」
例によってかんちゃんの無音の猫パンチは、アーマーボアをも吹っ飛ばした。
突進の勢いが猫パンチの横の衝撃にのり、吹っ飛ばされた先でアーマーボアはひっくり返った格好で超高速回転している。
『ゲオルグー! 猫より早く動かないと獲物全部取られるぞ?』
レオナルドはアーマーボアの背に飛び乗って上から目を刺してから、忠告する。
『先に教えて下さいよ父様! もう、アーマーボア全部コマみたいになってます』
残りのアーマーボアはかんちゃんが既に回していた。
『うわっ、私も一頭しか倒してないのに! かんちゃーん残してよ!』
「にゃ?」
『いや…………これ、どうやって止めるの!?』
かんちゃんの活躍で久しぶりの狩りが一瞬で終わった。
かんちゃんが回転を止めると、猫パンチによる脳震盪なのか、目が回っているのか、アーマーボアはピクリとも動かなくなっていた。
『アーマーボアは突進中に横から力を加えれば回転する…………これも王都に帰ったら報告した方がいいかもしれませんね』
大真面目な顔でウィリアムが頷く。
『ウィリアム……あれは、猫達以外じゃ無理でしょう?』
更に大真面目な顔でメルサが首を振る。
まともに突進されれば普通の人間は一溜まりもない。
王国一優秀な狩人を束ねる、経験豊富なレオナルドだからこそ簡単そうに倒せただけなのだ。
そして、フクシマと武士たちはまた、絶望から甦る。
『アーマーボアを……一撃……もう、何を見ても驚かないって思ってたんだが』
『あの、フクシマ様? 王国人って人類ですか?』
『おい、それを言うならまず、あの猫……猫か?』
『…………虫だって……いるぞ?』
『一体、何を食べたら……あんな動き…………』
フクシマと武士達の何度目かの戸惑いをよそに、テキパキとメルサが家族に指示を出す。
『休んでいる暇は無いわよ! アーマーボアの肉は鮮度が命。レオナルドとゲオルグは、血抜きと内臓の処理。ウィリアムは素材パーツの切り出し、私とエマで調理の準備をするわよ!』
『『『『ラジャー!』』』』
その指示が終わるか終わらないかの被せ気味に、家族は元気よく返事をして動き出す。
『あっフクシマ様も皆さんも! これからが忙しいのです! 美味しいお肉のため! 手伝って下さい!』
エマがオワタの瓦礫を集めながら、フクシマを見る。
『母様が言ったように、アーマーボアの肉は鮮度が命です! この世界にもアイテムボックス的な便利道具あれば良いのに!』
フクシマが一家を見ると、この日一番と言っても過言ではないくらいちゃきちゃきと動いていた。
『…………本当に、冗談ではなく、魔物を食べるのか?』
皇国ではほんの数十年前まで四つ足の動物は食べない文化だった。
老人達の中にはまだ、抵抗のあるものも多い。
魔物を食べるなんて……。
『フクシマ様、何を言っているのです? オワタを狩り終わったら次に皇国が乗り越えるべきは食糧難ですよ? 魔物だからという理由でこんなに美味しいお肉を食べないなんて選択肢、ありませんからね?』
ポカンと立っているフクシマにエマが詰め寄る。
『わっ我々も魔物を食べるのか!?』
『当たり前です! あの丸々と太った美味しそうなアーマーボア達が見えませんか?』
エマの指差す先には、レオナルドとゲオルグの手によって絶賛血抜き中&内臓取り出し中のアーマーボアの姿があった。
『エグい……』
あんまりな光景にフクシマは目を逸らす。
『フクシマ様! 女子供じゃあるまいし、こんなことで怯んでどうするのですか? アーマーボアなんてほぼイノシシみたいなものでしょう? オークを捌く時なんてもっとグロいですからね?』
女で子供のエマから、恐ろしい言葉が飛び出す。
『お、お、お、オークも食べるのか!? あれはもう、人に近い姿を…………お、オークだぞ!?』
フクシマだけでなく、武士達も震え出す。
『オークも、豚みたいなものです! 魚だって切り身で泳いでいる訳ではないのですよ! 皆さんがちゃんと見て、覚えて皇国の人に伝えるのです!』
食べ物のことになるとエマは厳しかった。
『姉様、あの、あまり無理強いは良くないかと……』
アーマーボアの鼻を削いでいたウィリアムがフクシマ達が可哀想になって助け船を出す。
『エマ、慣れるまでは抵抗あると思うぞ?』
アーマーボアの血抜き&内臓を取り出していたゲオルグも剣に付いた血を振って落としながら、勘弁してやれよと声をかける。
気になるもの、美味しいものを前にすると周りが見えなくなるのはエマの習性で誰にも止められない。
『兄様も、ウィリアムも事の重大さに気付いてないようね?』
ダメな男達ねとエマはため息を吐く。
『なんです? 姉様』
『何の事だ? エマ』
ウィリアムもゲオルグもきょとんと首を傾げる。
『ここは、皇国です!』
『『? だから?』』
『お醤油があるのですよ?』
『『だから?』』
『お醤油があるのなら、アーマーボアで、角煮ができるのですよ! あの、お母様の【イノシシの角煮】が食べられるのですよ!』
『『な、なんだってーーーー!!』』
ゴクンとウィリアムとゲオルグが喉を鳴らす。
頼子の作るイノシシの角煮は絶品だった。
イノシシが普通に出没するど田舎で、ご近所の猟師さんがたまにお裾分けしてくれる時にしか食べられない一品。もう、ビール止まらないやつ。
『それに、オークが出現したら、お母様の【豚の紅茶煮】だって食べられるのですよ!』
『『な…………なんだ…………て……!?』』
ツーっとウィリアムとゲオルグがヨダレを垂らす。
実家に帰る度に、作ってくれる豚の紅茶煮。
三兄弟にとってはまさに、お袋の味だった。
『フクシマ様、アーマーボアの血抜き&内臓の取り出し、今すぐ覚えましょう。もう秒で覚えましょう!』
『は? 秒?』
『あと、今後オークが出ても解体できるように教えますよ』
『オーク……』
ウィリアムとゲオルグは一瞬で寝返った。
『いや、あの、え?』
『母様の角煮を前に食べないなんて人生損しますよ?』
『え? あ、ん?』
『いや、ここはもう、オークを探しに行くべきでは?』
『は?』
三兄弟の圧に負け、フクシマと武士達もアーマーボアの解体や調理を手伝うことになる。
エマの指示のもと、粉砕したオワタの破片を地面に敷きアーマーボアを焼くための土台を作る。
火を起こす際には、武士達の持っていた火の魔法がかけられた魔石が活躍した。
『そうです! アーマーボアの硬い背中を下にして蒸し焼きです! 一回火を通さないと魔物は傷みが早いので注意です!』
『ダメですよ! 喉の傷は小さめにお願いいたします! 肉の美味しさは血抜きにかかっているのです』
『ああ! そこではなくて、この、ここです。ここなら上手く鼻を削げます。 これは盾の素材として使えるのでなるべく真っ直ぐに切るのが理想なのです』
ウデムシ達がオワタを粉砕する中、スチュワート家による魔物の美味しい捌き方、食べ方、素材利用方法は、次の日も、次の日も、また次の日も、フクシマ率いる武士達にレクチャーされたのだった。
ウデムシオワタ粉砕→魔物出現→倒す→食べる。
オワタがなくなるまで、それは続き、学園の夏休みが終わる頃には、魔物肉は皇国民にレシピと共に行き渡り、食糧難までもが気付けば解決されてしまったのだった。
基本的に原動力は食べ物な一家。




