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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と皇国
123/198

缶詰。

誤字脱字報告に感謝致します。


『フクシマ様? では魔物を狩るのではなく退治……? ですか? その時の食糧供給はどうするのです?』


レオナルドが首を傾げながらフクシマに尋ねる。

魔物狩りは毎度日帰りで終われるものではない。

時と場合によっては、数日、数週間とかかることもあり、出現した時点でそれを予想できるものでもない。

王国の狩りでの食糧は現地調達が基本だ。

倒した魔物をさばいて焼いて食べるので、狩人達は思い思いの調味料を持参している。

皇国で魔物を食べないとなると、食糧の調達はどうしているのか。


『もしかして、干飯と味噌を染み込ませた縄とか? あっ味噌玉?』


戦国日本のミリ飯を思い浮かべ、前世歴女だったエマは興味津々に尋ねる。

一回食べてみたかったし、狩場で父や兄に持たせる調味料のバリエーションが増える。


『いやいや、エマ殿。それは何百年前の話、さすがに干飯もズイキも味噌玉も持っていく武士はいませんよ。大概弁当を武士の中でも足の速い者が所属する補給隊が運んで来るのです』


フクシマが何の話だ? 今する話なのかと不思議そうにしながらも律儀に答える。

なにせ、ほんの数メートル先ではオワタがバキバキと虫に粉砕されている真っ只中なのだ。

この光景を目の前にして、スチュワート家の関心は魔物退治時の飯の心配という謎、訳がわからない。


『でも、届けるにしても正確な現在位置を報せるのって難しくないです? 狩りに移動はつきものですから……あっ!狼煙を上げるとか?』


そして、いちいち考え方が古い。

狼煙なんて言葉自体、皇国の最近の子供達は知らないだろう。


『いや、ウィリアム君も、それも何百年前の話。今は連絡なら魔石盤を使いますよ?』


魔石盤……皇国の連絡手段はタスク皇子の帰還を報せるのに使っていた異世界版iP○d。


『あれ?皇国って……王国よりも……めちゃハイテク?』


ゲオルグがフクシマの言葉で船でタスク皇子が使っていた魔石盤の存在を思い出す。

ヨシュアが欲しいと騒いでいたやつだ。

曰く、毎日、毎時間、毎分エマ様と文通ができる! と。

王国の商人で魔石盤を持てば、より早い情報伝達が可能になり便利だろうに、一言目にはエマ様なヨシュアを救う術はなさそうだった。


王国はこの世界では大きい国だが数十年魔法使いが不在の今、技術発展から遠退いている。

それでなくても、魔石不足も深刻で魔法使いがいたとしても、それらの技術よりも結界の強化が優先されるはずだ。

前世の感覚で皇国を見てはいけなかった。

武士や忍者がいても、王国よりも技術が進んでいないことにはならない。

皇国にはまだ、唯一の資源と言ってもいい魔石が潤沢にあるのだ。


『皇国の技術は王国よりもずっと進んでいますね』


味噌玉も狼煙もないのかとエマがしょんぼりと肩を竦める。


『魔法使いと魔石、さらには天才発明家と三拍子揃っていた近年は大分便利な道具も増えまして……って何の話でしたっけ?』


フクシマが、魔石の枯渇が他国で深刻な問題となっていることを知ったのは数か月前。

皇国滅亡の危機に直面するまで他国に目を向けることはなかったのだから。


どの国も血眼になって魔石を手に入れようとしているとメルサは隠す様子もなく教えてくれた。

それはタスク皇子からもたらされた情報と同じで、魔石を欲する思いは皇国民の想像の遥か上にあった。

だが、スチュワート家だけが例外だった。

スチュワート家だけは、頑なに米を欲していたのだ。

小さな子供達から父親まで魔石より、米に目を輝かせるのだ。

そして、米だけのために皇国を救わんと行動しているように見えてしまう。

そんな馬鹿なこと有り得ないのだが。

皇国の魔石は今は潤沢だが、いつの日か枯渇する時は来る。

彼らは魔石の重要性を誰よりも理解しているのだ。

我々が魔石を搾取されないように、考えてくれているのだろう。

きっと米は言い訳に過ぎないのだ。

なんとも聡く優しい一家なのだろうか……。


勝手にフクシマが脳内でスチュワート家を美化している間も、ウデムシはオワタを粉砕し、猫達は蒴果をキャッチし、転がして集めていた。


フクシマは日が暮れ始めていることに気付く。

結局休憩らしい休憩も取らず、体力のなさそうなエマとウィリアムは休ませてやるべきではないか。

先ほど食べ物の話にやけに食いついていたのは、エマもウィリアムもお腹が空いていたのかもしれない。

まだまだ子供なのだから、いざという時のために懐に入れていたおやつを取り出す。


『エマ殿、ウィリアム殿。今はこんな物しかないのだが、食べるかい?』


『『!!!え!? っええ!?』』』


おやつを見たエマとウィリアムが目をまんまるにして驚く。

フクシマが懐より取り出したるものは、まさかの桃の缶詰だった。


『これって、桃缶!?』


『え? 桃缶?』


『は? 桃缶?』


『も、桃缶…………桃の缶詰!?』


二人の声に桃缶を見たスチュワート家全員が同じように目をまんまるにして駆け寄ってくる。


『おお! 皆さんもカンヅメをご存知……ああ、そういえばメルサ殿はエド城の調理場で料理したことがありましたな。あそこにも幾らか常備して……?』


フクシマのそういえば……の言葉に家族が一斉にメルサを見る。


『母様?』


『え?』


メルサは眉間に人差し指を当て、おぼろ気な記憶を辿っていく。

エド城の……調理場……。

包丁……切れ味良かった…………戸棚に……缶詰が……あ……あったな……?


『あったかも……』


『『『母様!?』』』


あれだけウデムシに缶詰のためにと訓練させていたのに……何故そこで思い出してくれない! とエマは憤慨する。


『だって、ほら、台所に缶詰あるって普通過ぎて……』


あまりに自然に置いてあり、目にとまらなかった。


『母様!?』


恨めしげにエマがメルサを見る。

そう、だって田中家はみんな揃って残念家族。

しっかりしているメルサもやらかすのだ。

たまにすごいやつを。


『……? よく分かりませんが、このカンヅメは皇国の発明家ゲンナイ・ヒラガが魔石を駆使して考案したもので、たまに爆発したりするのが玉に瑕だが、おやつを保管するのに重宝しております』


フクシマによれば皇国では、既に缶詰が存在し何故か、おやつの果物だけに使われるというなんとも勿体ないことになっていた。


『フクシマ様? サバとかカツオとかもっと缶詰に入れるべきものがあると思うのですが……』


『ほう? エマ殿のおやつは渋好みだな?』


『いえ、そういうことではなくですね?』


『?』


『ほら、折角の缶詰ですから、もっと色々な食材の保存に使うべきだと思うのですよ。果物だけでなく、ほら、猫缶とか』


『!? エマ殿は……猫を食べるのですか?』


『食べませんよ! なんて事言うんですか? フクシマ様!』


話が全く噛み合わなかった。



そうしている間にも、黙々と、どんどんウデムシ達はオワタを粉々にしていた。

猫達がコロコロと運ぶ蒴果もどんどん山になっていた。


武士達はフクシマとエマの噛み合わない会話を聞きながらも、目の前の奇跡から目が離せずにいた。

あそこまで苦しめられたオワタが、ヤバいフォルムの巨大虫にいとも簡単に倒され、爆弾のような種は飛ぶ度に猫がミラクルキャッチして……。


こんな、簡単に。


こんな、簡単に。


こんな、簡単にオワタが退治されるなんて。


じわじわと、希望が再び湧いて来ていた。

じわじわと、じわじわと家族の顔、仲間の顔が浮かんでは消え、本当に助かるかもしれないないのだと何度も目を擦り、瞬きし、頬をつねる。


これが、夢ではないと確信するまで何度も繰り返す。


しかし、この植物魔物オワタは淡い期待を直ぐに蹴散らしてきた。

武士の精鋭部隊、国宝の刀、魔法使いと発明家。

最後に、王国から来たスチュワート家に期待など誰も持てなかったのに、彼らはあっさりと……!


一人の武士の目に、絶望が映った。

ウデムシが粉砕するオワタの群生の奥に。


少なくない数の魔物がいた。



『っっつ!! フ、フクシマさまぁぁぁ!!』


オワタの群生以降、他の魔物退治は後回しにされていた。

ありがたいことに、魔物は殆ど出現せず武士達はオワタだけに集中できていた。

今、気付く。


魔物は出現していたのだ。

オワタの群生の中に。


そこで、住み着き、繁殖し、数を増やしていた。


希望は、直ぐ打ち砕かれ、絶望へと変わる……。




『父様!』


魔物を確認したゲオルグが腰に提げていた剣を手に父を呼ぶ。


『これは、これは…………』


レオナルドが好戦的な表情でボキボキと指を鳴らす。


『父様! あれはアーマーボアですよ! 表皮が鉄のように硬くて、主な攻撃は突進。……群れで現れるなんて珍しい!』


ウィリアムが魔物を瞬時に見分け、特徴を知らせる。


さすが、辺境で代々魔物を倒してきた一族。

皇国の武士より、余程肝が据わっている……とフクシマが驚きつつも感心した時……。


『父様! アーマーボアは硬い表皮ごと蒸し焼きが一番美味しいです! 下手に表皮に穴をあけては美味しい肉汁が流れ出てしまうので気を付けて下さい!』


エマが、アーマーボアの美味しい調理法を伝える。


…………ん?


『あなた! アーマーボアの鼻は盾の素材になりますから凹ませてはいけませんよ!』


メルサが、アーマーボアから取れる大事な素材を傷つけるなと注意する。


んん?


「にゃぁぁぁぁぁぁん♪」


蒴果を転がしていた黒猫が嬉しそうに魔物へ飛びかかる。


『魔物の肉は久しぶりね?』


『そうですね。王都では新鮮な魔物肉は手に入りませんから。牛、豚、鶏も美味しいですが、あの野性的な味が恋しくなって来ていたところです』


……………………?



スチュワート家は、何故か武士達が絶望する数の魔物の出現を喜んでいるように見えた。







更新遅れまして申し訳ございません。


なんと、昨日より「田中家、転生する。」コミカライズの1話がWebで無料公開しています。

小説一巻でイラスト化をそっと外されたヴァイオレットや虫達がいっぱい出るので良かったら覗いて見て頂けたら嬉しいです!


これからもよろしくお願いいたします‼️



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― 新着の感想 ―
缶詰あるんかい。 でもにゃいパッドもだけど、魔石頼りで早晩使えなくなる技術は果たして単純に進んでいると言っていいのか。 これでオワタの茎が無くても缶詰できるね、とはならないよね。 ただまあオワタも栽培…
[良い点] 涙なくしては語れない面白さ。 [気になる点] 評価する ★★★★★★★★★★ どうして★は5つまでしかないのでしょう。
[一言] 欧州狩猟民族の基礎体力と計略の勝利(?) 細かいこと言うけど名詞なので発音はリユースね。
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