誤算。
誤字、脱字報告に感謝致します。
今回、超絶虫回となっております。
虫の苦手な方は……頑張って下さい。
鬱蒼と広範囲に群生するオワタ。
話に聞くのと、直に見るのとでは全く違う。
『分かっただろう? これはもう、人間がどうにかできるものではないのだ』
フクシマは、オワタの前に立ち尽くすスチュワート家に声をかける。
『あれ以降、奇跡的にオワタの種は飛んでいない。まだ間に合うかもしれない。引き返すぞ』
数時間前に一度だけ種が飛んでから、オワタが次の種を飛ばすことはなかった。
無理矢理説得される形でここまで来てしまったが、あの時引き返せていれば無事にこの一家を王国へ返すことができたのに。
己の判断の甘さが悔やまれてならない。
『フクシマ様、ここまでの案内ありがとうございました』
ウィリアムがペコリと頭を下げる。
『ここからは我々に任せて、皆さんはどうぞ引き返して下さい』
ゲオルグが来た道を示す。
『何を言っているのだ? どこまでオワタを侮って…………』
目の前を、楽しそうにエマが横切る。
鼻歌交じりにスキップしながら。
あの、カサカサと奇妙な音がすると言っていた王国から持ってきた馬車の扉をノックする。
『コンコン』
『カサカサカサカサカサカサ』
『ココココン』
『カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ』
『開けるよー?』
ガチャガチャと首にかけていた鍵を使って扉の施錠を解いている。
『つ、ついに……中身が…………』
『待て待て、今、ノックにカサカサが応えてなかったか!?』
一時、待機を命じられていた武士達がエマの動きに注目し始める。
『お前ら、何をそこまで……』
フクシマについて行った武士達が待機組の様子に首を傾げる。
ガチャ。
エマが扉を開けた瞬間、一斉に黒いモノがぶわあぁぁっと外へ雪崩れ出てくる。
『ひぃっっ』
『!』
『!』
『!』
『あ、姉様! 出すの早いですって!』
『こら、エマ。一回、フクシマ様達に説明しないと…………』
扉の開く音で気付いた兄弟が注意したが、遅かった。
なんだ、なんだと黒い塊を武士達はガッツリみてしまった。
カサカサ。
黒い塊の中から、一匹がエマの腰辺りによじ登る。
『ふふふ、ごめんね。ずっと閉じ込めてて』
よしよしとその平らな体躯をエマが撫でる。
その、黒い塊は、大きな、それはそれは大きな虫だった。
この世に存在していいものかと疑うほどの生理的に嫌悪感を抱かせる異様なフォルムをした、虫だった。
『『『うぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぉぉぁぁぁぁぁぁぁあ!!』』』
その形を認識した者から、武士達は、鍛えに鍛えた武士達が、悲鳴を上げながら全速力で逃げた。
『こう、なるよって言いたかった……』
遅すぎるゲオルグの忠告は誰の耳にも入らず、ただ武士達の悲鳴だけが辺りにこだました。
『お、お前達!! 落ち着け!! エマ殿を助けるんだ』
逃げ惑う武士を大声で、一喝しフクシマがエマを指差す。
大量の巨大な虫が、我先にとエマへと群がっていた。
『ひぃぃ!! フクシマ様、自分には無理です!』
両目に涙をいっぱいに溜めて一人の武士が答える。
その武士に続くように自分も、自分も、とガタガタ震える自身の脚を必死に殴り付けて逃げようともがく武士達。
『な、なんと情けなし! 待っていろ! エマ殿私が助けに…………気持ち悪ぅぅぅぅ!』
フクシマが刀に手を伸ばし、標的を見定めた…………が、あまりの気持ち悪さに動きが止まる。
扁平な体躯、不自然なまでに大きな腕、圧倒的集合体…………。
『あ、フクシマ様、紹介しますね? 私の可愛いウデムシちゃん達です』
フクシマが近付いて来る気配に振り返り、満面の笑みでエマが虫達を紹介する。
『は…………ウデムシ?』
『はい。お気に入りなんです!』
蠢く虫の中に一人、とびきり全開の笑顔で立っているエマ。
『ふふふ、とっても可愛いでしょう?』
よじ登っているウデムシの腕を片方掴んだエマは、その腕でフクシマに手を振るように左右に動かしている。
ウデムシは人慣れしているのか、エマの為すがままである。
『断っじてっ! 可愛くなどっっ! んなぁい!』
全身全霊を込めた、フクシマの突っ込みだった。
『姉様、マジで本当にいろいろ考えて下さい』
『あ、みなさーん。あの虫は無害な優しい虫なので安心して下さいねー』
ヤッホーのポーズでゲオルグが脚ガクガクで這うように逃げる武士たちにアナウンスする。
武士達が何とか落ち着いて会話できるようになるまで、数分を要した。
『せ、説明をしてもらおうか、メルサ殿』
持ってきていた水を一気に飲み干した後、フクシマがメルサに説明を求める。
今、やっと平静を取り戻したところ。
エマと虫の方を見ることは意図的に避けている。
『娘が驚かせて申し訳ございません、フクシマ様。あの虫は、最近のエマのお気に入りの虫なのです』
『あれは…………虫なのか?』
『ええ、ちょっと大きいですけれど、虫ですわ』
『…………ちょっと……?』
『まあまあ、大きい……大分大きいですけれど、虫ですわ』
フクシマだけでなく、同行した武士達の憔悴しきった姿を見て、メルサは言い直した。
『うちの娘は幼い頃から虫が大好きなのですよ』
いやぁ、虫好きの私の娘、可愛いでしょう? とデレデレの顔でレオナルドが頭を掻く。
(いや! 誰も、褒めてない!)
武士達の心の声はシンクロした。
『たまに? 稀に? 度々? うちの娘が虫を育てると何故か巨大化することがありまして…………』
困ったものですと頬に手をやり、メルサは首を傾げる。
(そんな、頻繁に、巨大化するか!? え? あの虫、一メートル以上あるぞ?)
武士達の心のシンクロ率は最早、100%だった。
『皇国に行くのに離れ離れも可哀想だからね?』
ウン、ウン、とメルサの言葉に頷きながら、レオナルドはまだデレデレしながら激甘なことを言う。
(だからって、こんなところまで連れて……)
『だからって、こんなところまで連れて来なくても良いだろう!』
フクシマは我慢できずに、ちょっと声を荒げる。
『フクシマ様ー? この子達はオワタを倒すために連れて来たのですよ?』
声を荒げたので、エマに聞こえてしまったようだ。
『は?』
振り向くと、蠢く虫とエマと大きな三毛猫がフクシマの直ぐ後ろにいた。
『ひっ!』
『コーメイさん、虫達、整列!』
『うにゃ!』
ズザザザザザザザザザザザザザザザザザサーーーーーーーーッ!
『!?』
『!!!?』
『!!!!!?』
猫の掛け声で、虫が整列した。
『『『はっ? はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』』』
有象無象に蠢いていた大量の虫が、ピシッと整然と並んでいる。
前方にいた驚いて口が開いたままの武士達の間を縫うように進んで、エマとコーメイがゆっくりとオワタに近付いてゆく。
『はっ! エマ嬢、それ以上近付いては……きけ……ん!』
『コーメイさん、虫達、鶴翼の陣!』
『うにゃ!』
ズザザザザザザザザザザザザザザザザザサーーーーーーーーッ!
『ひぃぃーーー!』
『っっ!』
『た! 助けて……』
一気にウデムシが武士達を通り抜け、エマとコーメイの前へ移動する。
無駄な動きなど一切なく、先ほどの整列とは異なる陣形にピシッと変形していた。
前方のオワタに対して、緩やかにV字になっている。
『か、鶴翼の陣……だ……と……?』
かつて、華国が魔物を倒すために編み出したと伝わる陣形。
華国が滅んだことでその存在は数冊の書物を残すのみで、伝説となった。
失われた知識の筈だった。
それを……。
目の前の、巨大な、気持ち悪いフォルムの虫が、見事に再現していた。
『標的!! 絶賛イナバウアー中のオワタ!! かかれーー!』
『うにゃにゃにゃーーー!』
エマの指示を聞いた猫の掛け声で、陣形を乱すことなく虫が進軍する。
大きなハサミのような腕を振りかざし、オワタへと迷いなく突撃する。
ん? イナバウアー?
巨大な虫がオワタを捕らえる。
そして、体の大きさに似つかわしくないハサミのような腕が…………!
バキッ!!
バキイイィッ!!
オワタを、粉々に砕いた。
…………そう。
砕いた。
それはもう、バッキバキに砕いた。
は?
フクシマも、武士も、何を見せられているのか、直ぐには分からなかった。
あのオワタが、いとも簡単に砕かれたのだ。
言葉も……出ない。
『いいぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なんで砕いちゃうのぉー!』
代わりに、響いたのはエマの悲痛な叫びだった。
ウデムシ、オワタ砕いちゃった(笑)
『鶴翼の陣!』って言った時のエマはかつてない程のドヤ顔でしたが、一番前にいたので誰も見てなくて、突っ込み不在……。
皆様、いつも「田中家、転生する。」を読んで頂きありがとうございます!
何と!
皆様のお陰で、先日書籍化出版しました「田中家、転生する。」の重版が決定致しました!
本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願いいたします!




