剣と魔法の世界なのに。
ヨシュアとゲオルグとケーキを持ってウィリアムの方へ向かうとあちらはあちらで凄く、盛り上がっていた。
「マリーナ嬢は魔法使いになりたいの?」
「はい。私は魔法で空を飛んでみたいのです!」
周囲から見ればそれはそれは微笑ましい光景であるが……港フィルターを通して視てしまうと髭面アフロの浮浪者が幼女と談笑している錯覚に陥る。
あいつ……捕まらないか?お巡りさんこっちです!
「ぺぇ太……」
思わず前世の名前で呼ぶ。お姉ちゃん見てられないよ。
「ああ!エマさま!」
こちらに気付いたマリーナ嬢はちょこんと可愛く礼をする。
どうしよう。とても可愛い子だ。ぺぇ太への蔑みの視線を抑えることが出来ない。
「マリーナさん、ケーキ一緒に食べましょっ」
マリーナ嬢をそっとぺぇ太から離す。
ヨシュアがチョコのケーキをマリーナ嬢にすすめる。
「美味しいです!凄くいいチョコ使ってます!」
味のわかるマリーナ嬢としばらく美味しくケーキを食べながら、ウィリアムが粗相してないか聞いてみる。
「ウィリアム様とはこの本の話をしていたんですよ。魔法使いの話ですよ」
そう言って見せてくれたのは6歳児が読むには少々分厚い本。大魔法使いコニーの記録。である。
この国で一番有名な歴史人物の伝記で大魔法使いのコニー・ムウが東の未開の地へドラゴンを倒しに行くと言う話。
そう……伝記。
異世界転生の醍醐味、剣と魔法の世界である。
剣と魔法の世界ではあるが……。魔法が使える人は極々少数で一国に一人いるかいないか。
ここまで希少だといないも同然。代々のスチュワート伯爵家にも当然一人もいない。
転生チートで使えるんじゃないかと試行錯誤してみたが魔力的な何かなんて全く感じることもなかった。お馴染みのファイヤーボールと憧れのかめ◯め波とか叫んだりもしたのだが、なんの反応もなく、羞恥心に苛まれただけだった。
「そういえば、この国には30年間魔法使いが出ていないのでそろそろ現れるのではないかって噂がありますよ」
ヨシュアは父親に付いて国中を回るのでいろいろな噂を知っている。
「本当ですか!?」
マリーナ嬢が早速食い付く。
「ええ。最近魔物の動きが活発で各地の狩人達が足りず、騎士の派遣を要請する領主が増えているそうです。魔物が活発ということは大気の魔力が濃くなってるってことなので突然変異が起こる可能性があるとか」
魔法使いは生まれながらになるのではなく、魔法使いに突然変異するのだ。
「確かに最近は魔物の数が多い気がする。うちの領は狩人の数が多いから何とかなってるけど、他の領地は大変かもな」
兄ゲオルグはよく、父レオナルドと魔物狩りに行っている。魔物狩りは辺境の領主のメインとなる仕事で領民の生活圏内に魔物が来ないようコントロールする。
この世界の国土は魔法使いの結界によって魔物の侵入を防いでいる。しかし、時が経つにつれ効果は弱まって、ここ10年は強い魔物も偶発的に結界を抜ける事があり、その場合ガチンコ勝負するしかない。
「やっぱり魔法使い現れてほしいです」
マリーナ嬢が不安そうに言う。辺境の領にいるからこそ子供ですら魔物の脅威は無視できない。
特にパレスは結界に面する辺境中の辺境の地なのだ。
「まあ、うちの領にいるうちは俺が守ってやるから大丈夫だよ、マリーナ嬢」
ゲオルグがマリーナ嬢の頭をポンポンしながら優しく言う。
「ゲオルグ様、格好いいです!」
マリーナ嬢の目がハートになっている。
「あんちゃん……」
ウィリアムが恨めしげにゲオルグを見る。
昔から兄は子供にもててたなと思い出す。
マリーナ嬢を一瞬にして攻略したゲオルグに肩を落とすウィリアムことぺぇ太にだけ聞こえる声で慰める。
「……前世なら魔法使いだったのに、残念だったな、ぺぇ太」
慰めてない。傷を抉りまくってる。