オワタの種。
誤字、脱字報告に感謝致します。
『おおおー。抉れてる……』
かんちゃんの上からゲオルグがオワタの種が落ちてできたクレーターを覗き込む。
『…………想像していたよりも、凄いですね』
オワタに関する資料は全部読んで頭に入れていたウィリアムも、惨状を目の当たりにして冷や汗を流す。
フクシマの話ではあと数時間は馬車に揺られなければオワタの群生地へは着かないとのことだったが、その距離を種は飛んできたのだ。
『降りてみよう! コーメイさんお願いね?』
『うにゃ!』
好奇心を抑えきれずにエマはコーメイに乗ったままクレーターの底へと降り始める。
『あっ! ちょっと! 姉様!』
『エマ! 危ないから! 待て、おい! こら! 待てって!』
待てと言われて、待つエマではない。
ゲオルグもウィリアムも急いでエマとコーメイの後を追う。
植物と言っても魔物なのだ、何か起きたとしても不思議ではない。
『コーメイさん、地面って熱い?』
『にゃんにゃ!』
『熱くはないのね?……クレーターって呼ばれてても隕石じゃないから熱はないのか』
『にゃっ』
クレーターは一つ。
直径にして二十メートル程の穴を、たった一本のオワタの種が落下して作り出した。
オワタは群生している。
これが、十、百、千、万と降ってくるなんてたまったもんじゃない。
国が滅ぶのも納得せざるを得ない破壊力だった。
『これは、硬い岩盤の上に落ちたとしても粉砕しちゃうだろうね』
岩盤だけでなく、馬車も家も何もかも。
コーメイから降りるエマに、兄弟が追い付く。
『もー姉様、安全確認してからって…………!』
『わっ! あれ! エマもウィリアムも逃げろ!』
クレーターの中心がもりもりもりっと膨れ上がってきていた。
『なにあれー?』
『バカっ! エマ、逃げるんだよ! コーメイさんっ頼む!』
『にゃ!』
近くで見ようとするエマを引っ張り、ゲオルグが中心から離れようとした瞬間、ぼふんっと地中で何かが弾けた。
クレーターの円周を超えて地面が噴き上がる。
『きゃっ!』
『わわわっ』
『おおっ!』
舞い上がった土埃で視界を遮られ、三兄弟は大量の土を被る。
それぞれ猫が覆い被さってくれたが、下からも土が噴いてくるので防ぎきれずに土まみれになった。
田んぼに水が張った状態だったら、べちょべちょになるところだった。
『ぷぺっっ皆、無事ー?』
『ぶぶぶべっいっ一応……』
『ぺっぺぺ、口の中、砂だらけ……何なんだ今の?』
ある程度、土埃が収まったところで漸く口を開く。
エマやウィリアムの頭の土を払いながら、ゲオルグが妹、弟に怪我がないか確認する。
『多分……蒴果が弾けたんだと思います』
資料にもありましたよ? とウィリアムが兄を見る。
『読むと体験するとでは大違いね?』
わくわくと楽しそうにエマが笑う。
『エマ、お前、本当に勘弁してくれよな……』
『ヨシュアの念の押し方、あれでも弱かったのですね……』
『ん?』
兄と弟の項垂れる姿をエマは不思議そうに見ていたが、直ぐに遅れてやってきたメルサに怒られることになった。
『エマ? 危ないでしょう? 女の子がこれ以上傷を作ってどうするのです!?』
『母様! 大丈夫です! 私、無傷です!』
『そういうことではありません!! 危ないことはするなと言ったでしょう!!』
『ううう……母様、ごめんなさい……これからは、気を付けるって誓うわ』
『…………貴女、この一年半でそれ何回言ったか覚えてますか!? そして、どうして毎回すぐ誓いを破るのです』
メルサがこめかみを押さえながら、ため息を吐く。
『まーまー、メルサ。皆無事で良かったよ!』
よっと、メルサに続いて来たレオナルドがエマを抱き上げる。
『……それにしても、俺の娘は土を被っても可愛いな』
『あなたっ!』
『うんうん。メルサは怒ってても綺麗だ』
『……もうっ』
エマ怒られる、レオナルド庇う、メルサ褒められる。
毎回、毎回のスチュワート家の説教パターンだが、今回だけはゲオルグとウィリアムは本物の砂を吐いていた。
『だっっっ大丈夫ですかーーーー!?』
フクシマは護衛の武士と共に馬を下りて、真っ青な顔でクレーターを駆け降りる。
何故、スチュワート家全員クレーターの中にいるんだ?
普通、降りないぞ? 魔物が作った穴だぞ? 危ないだろ?
『あー、こんなに汚れて……』
三兄弟は頭から足元まで土にまみれていた。
王国の貴族だけあって三兄弟が着ている布の質は一級品、勿体ないがここまで土が付いたら生地も傷んでいるだろう。
オワタの落下後にくる蒴果の弾ける衝撃に巻き込まれたようだ。
『種はもう地中のどこにあるか分からなくなりました。この土地はもうオワタの場所です。危険ですので早く離れましょう』
エマ嬢を中心に囲み、なにやら呑気に話し合いをしている家族を急かす。
種が発芽の準備を始めると、ごっそりと養分を吸い始める。
それは、土の上で立っているだけの人間も例外ではない。
『つまり姉様は、このクレーターにも意味があると?』
『うんうん、だって凹んでると水が溜まりやすいでしょ? あれだけ大きな植物になるなら水の確保は最優先だと思う』
『でも、エマ? 何で種が弾けるんだ? ウィリアムが言ってた、さっきの土がぶわってなったやつ』
『……一つの蒴果に種が何個かあるなら一定の距離離れていないと養分の取り合いになるから? あっあと、地中に酸素がないと上手く育たないからとか?』
弾けた勢いを使って土を一回噴き上げることで、地中に酸素を取り込んでいるのではないかとエマは推測する。
『なるほど、オワタは自分で耕してるってことだな。やっぱりエマは賢いね』
『あなた、あまり褒めると調子に乗りますよ? この子は』
『! あっでは、クレーターができるくらいの衝撃で種が落ちるのも、先住している生き物……魔物も動物も植物、あと人間も全部養分にするために破壊する目的があるのかも!』
『さすがね……ウィリアム。今世ではまともに育って……嬉しいわ』
『……母様……。そんな、前世まともじゃなかったみたいに言わないで下さいよ……』
『そうだよ、メルサ。前世はうだつが上がらなかっただけだから……』
『父様……』
……………………なんだ、この家族?
皇国の研究者達がオワタを必死で研究してきたことよりも、進んでないか?
一回種が飛んだだけで、ここまでの仮説を?
は? は? なんだ………………この家族は?
………………いや、まずは避難だ。
この家族を絶対に無事に王国へお返ししなくては。
『あの、種が発芽の準備を始めると危険ですので、一旦避難をしましょう』
早く離れるに越したことはない。
『あ、フクシマ様。種ならここにありますよ』
ゲオルグがフクシマの声に、片手を挙げる。
その手には、薄く白い毛のようなものに覆われたオワタの種が握られていた。
『は?』
『大体、野球のボールくらいかな? 懐かしいな』
前世、元野球部のゲオルグがピッチングポーズを取る。
『よっ! 兄様! カッコいい!』
『八番! レフト!』
『あれ? 背番号七番じゃなかった?』
『姉様、八番は打順です』
『なら、背番号も八番で良くない?』
『姉様、あれはポジションの番号でして……』
『え? イ◯ローとか51? だったよね? 野球は9人でするんでしょ?』
『あれは、あの、プロなんで、ですね……』
『紛らわしいわね、野球。あ、打順八番って凄いの?』
『え? 八番……は……えーーと……』
ウィリアムが兄と姉を見比べオロオロする。
『エマ、そのくらいにしときなさい』
そっとゲオルグの肩に手を置いて、レオナルドが止める。
『俺が調子に乗ってピッチングポーズなんて取ったから悪いんだ……』
『……結局、何の話でしたっけ?…………あっフクシマ様! 種がどうかしたのですか?』
脱線に次ぐ脱線を漸く軌道修正して、ウィリアムがフクシマを見る。
家族が一体何を言っているのか全く理解できなかったフクシマはぽかんと口を開けたままになっていた。
『はっ! いや、何故ゲオルグ君は種を持っているので? 種は弾けた勢いで地中を駆け巡り、どこにあるかなどが分からないはずでは?』
種が発芽する前に発見できていれば、初期の段階でオワタの繁殖を抑えることができた。
しかし、握り拳大の種と云えどもどこに埋まっているかも分からず、人海戦術をもってしても全て見つけることは不可能だった。
深く潜った種を掘るのも一苦労、あるかないか分からない穴を掘り続けるのは心理的にもキツい仕事だった。
後れを取ったとはいえ、この短時間で種を一つ見つけることなんてあり得ないのだ。
『種? 欲しいのですか?』
ゲオルグの持つ種を注視するフクシマにメルサが両手を差し出す。
メルサは片手に二つずつ、計四つの種を持っていた。
『は!? は!? いっ五つ? どうやって? は!? どうなってるんだ?』
フクシマだけでなく、護衛の武士達もざわざわと驚いている。
『あの時、あれだけ探しても見つからなかった種だぞ?』
『偶然なんてあり得ないだろ?』
『何でなんだ?』
一番初めに育ったオワタの種が落下した時、武士総出で穴を掘った。
その時見つけ出せたのは、二つだけ。
数時間後には発芽の準備で種は養分吸収を始める。
総出で掘っていた武士がバタバタと倒れ、穴を掘ることは中止するしかなかった。
それなのに。
既に五つの種を掘り出している…………だと?
たった五人の家族が? その内の四人は女、子供だぞ?
信じ……られない……。
「にゃんにゃん」
猫の鳴き声に、フクシマは我に返る。
猫と呼んでも良いかまだ、自分の中で折り合いがついていないが。
『あっ! かんちゃん見つけたの!?』
「にゃんにゃん!」
真っ黒な巨大猫が地面を前足でちょいちょいと撫でている。
『え?』
『種は猫達が見つけてくれるんです。オワタは魔物なので種でも微かに魔力を含んでいるそうで、鼻とお髭で感知できるって言うのでお願いしたのです』
エマがにっこりとフクシマに説明する。
…………ほう、なんて、便利な猫……猫?
いやいや、猫?
そもそも、え? 猫と話せるの?
え? え? え?
エマの説明は新たな疑問をフクシマに投げ掛ける。
『ちょっとヴァイオレット連れて行って来ますね』
『『『ひっ!!』』』
そう言って後ろを向いて黒猫の元に走って行くウィリアムの背中には、これまた巨大な蜘蛛がくっついていた。
あの、伯爵が頭に乗せて消えた紫色の巨大なやつだ。
『かんちゃん、ヴァイオレットよろしくね』
『にゃ!』
『!』
ウィリアムがかんちゃんの頭にヴァイオレットを乗せる。
『うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーーーーー』
巨大な黒猫が、巨大な蜘蛛を頭に乗せ、猛烈な勢いで穴を掘り始めた。
前脚の動きは速すぎて、残像しか見えない。
見えないのに、猫の後ろには掘り出された土が山のように積まれてゆく。
『『『は?』』』
『うにゃ!』
巨大な猫がすっぽり隠れる程に深く掘られた穴から、黒猫が顔を出す。
口には、六つ目の種を咥えて。
………………ここ掘れ、にゃんにゃん…………だと…………?
フクシマも武士達も己の目を何度も擦るが、信じられない光景が変わることはなかった。
ここ掘れにゃんにゃん言いたかっただけの話。




