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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と皇国
117/198

初弾。

誤字、脱字報告に感謝致します。

『一旦、休憩です』


フクシマはスチュワート一家の乗る馬車をノックし、声をかける。

何だかんだ言いくるめられオワタの群生地まで案内することになった。

タスク皇子はタロウズと商人だという少年を連れ皇居へ向かう道で別れた。


王国の巨大な黒船は、大量の食糧を運んで来ていた。

その全ての荷の中身を把握しているのか、商人の少年はテキパキと指示を出し、荷下ろしを終えタロウズと共に倉庫へ振り分けの算段を始めていた。

メルサ殿といい、王国人の能力の高さには舌を巻くばかりだ。


「エマ様、直ぐに追い付きますから、絶対に絶対に危ないことだけはしないで下さいね?」


何やら念入りに、スチュワート家の少女に話しかけていたが内容は分からなかった。


皇国に着いて早々にオワタの群生地へ向かうと言い出したのはスチュワート家だった。

最早、群生地は見張りの武士のみを残し最小限の人間しかいない。

民は皇国の海側ギリギリまで避難しており、港すら半分は避難民の為の掘っ建て小屋が犇めいている。


一家のあまりの熱意に、種が飛ぶ前に行って帰って来れればという望みにかけて渋々承諾した。

何を言ってもオワタを倒すと言い張る彼らの目は本気だった。

何故にここまでして皇国のために動けるのか、感謝よりも異様な別世界の人間を見るような気持ちになる。

御恩と奉公。

世界広しと言えど、武士程主君に仕え任務を()()と捉えて働く者はいないと思っていたが、王国のスチュワート家、小さな子供ですら積極的にオワタを倒すと意気込んでいる。

彼らを突き動かすものとは何なのか?


そうは言っても、所詮は子供。

オワタを見れば恐怖で泣き出すことだろう。

泣く子を放っておく親はいない。

私の任務は、できるだけ早くオワタの群生地へ案内し、できるだけ早く王国へ帰ってもらうことだ。


…………。


もしかしたら。

万が一にも。

奇跡的に。


メルサ殿が帰ったあと、天皇も将軍も自分でさえ希望があるのではと思ったこともあった。

情けない。

人とは、忘れる生き物。


再び、オワタが一斉にしなり始める光景を見た瞬間、それがどんなに不可能なことだったかを痛感させられた。


成長を終えたオワタの大きさ、ミシミシとしなる危うさ、あの硬い茎が曲がる程の重量の葉と種。


絶望とは、地獄とは、ここではないか。

今ここが、絶望で地獄なのだ。

希望なんて、万が一なんて、稀になんて入り込む余地はどこにもないのだ。


『うーーーーん』


皇国のそれとは一風変わった窓のない四角い箱のような馬車から、一家が出て来ては背伸びをする。

急いでいたために数時間走りっぱなしだったのだ、無理もない。

行き着く場所も、地獄のようなオワタの群生地、見張りの交代に向かう武士でさえ震えるのだ、小さな子供たちなんて体が強張ってしまっていても仕方がない。




『良く寝たーー!』


『ネコバっ……猫馬車はもう、テ◯ピュールベッドを超えてますね』


パレスから王国へ引っ越す時にも乗ってきていた猫用の馬車を皇国に持参した一家は、猫と一緒に馬車に揺られるうちに爆睡していた。

猫馬車は、ヨシュアの財力と涙ぐましい努力で作られた、コーメイさん他三匹も納得の乗り心地となっている。


『あれ? お父様は?』


三兄弟、メルサまでは順にするすると出て来たが、レオナルドが出てこない。

猫馬車の狭い入り口にエマが顔を突っ込むと、入り乱れる四匹の猫達の一番下にレオナルドが潰れていた。


『げふっ……何で、チョーちゃんは毎回……上に乗るの?』


腹の上でゴロゴロと毛繕いをするチョーちゃんの下で、なんとかレオナルドが這い出ようともがいていた。


『にゃ♪』


『パパさんのお腹はボクの特等席だもん♪ だってー』


『なら……仕方がない……か……』


『仕方がないねー』


エマの通訳にレオナルドが嬉しそうに嘆く。

父親に手を貸しながらエマが同意する。

万事、猫ファーストな一家なのだ。


レオナルドがやっとチョーちゃんの下から生還し、馬車から出て周りを見れば、一面が水の張られていない乾いた田んぼだった。


『この辺りは既に、オワタの種の予測射程内に入っています。我々、護衛の武士から離れないようにして下さい』


フクシマが家長であるレオナルドに声をかける。

本当に、今、種が頭の上に降ってくる可能性もあるのだから。


『この辺の田んぼは、田植えをしていないね?』


キョロキョロと周りを見ていたレオナルドが、残念そうに肩を竦める。

流石、あれだけの食糧を米のために持ってきた一家だけあって、打ち捨てられたこの田んぼが米のための場所だと知っているようだ。

米を主食とする国はもう、皇国しか残っていない。


かつて帝国と皇国の間に華国という大国があった。

そこでも米を食べていたと伝わっているが、それも遠い昔の話。

華国はいくつも、いくつもの魔物によって滅ぼされた国のひとつ。

皇国が鎖国をする以前は、最も親交の深い国で文化や文字、思想を手本にしていたという。


皇国、華国、帝国は結界内国家としては最も古い。

帝国の大図書館の古い古い文献を何十年も漁れば[米]についての一文くらいは見つけられるかもしれない。

しかし、華国が滅んで直ぐに皇国は鎖国に踏み切った。

王国人であるスチュワート家がどこで米を知ったか、謎でしかない。

王国は皇国の場所すら地図に乗せることもできなかったはず。


『この土地の民も全員、避難している。種が降れば耕した畑も、田植えを終えた田んぼもボコボコにクレーターができ、数日後にはオワタが芽を出すのだ』


硬い茎をしならす種は重たい。

硬い蒴果に覆われたまま種は飛び、落下の衝撃は地面を深くえぐる。

地中で蒴果が弾けた勢いで種は地中内を広範囲に駆け巡り、落下地点を掘ったとしても種はない。

あるのは、蒴果の残骸と種を守る柔らかい緩衝材のようなものだけ。


魔石の鉱山で働く腕の良い鉱夫総出で地中を掘って探しても種を見つけることはできなかった。

オワタはまた最終段階に入っている。

茎の硬さを克服しても、問題は山積みなのだ。


『あの……先程から気になっていたのですが……』


おずおずと一番幼いウィリアムきゅん……ウィリアム君が律義に片手を挙げている。


『今の……クレーターとかは王国語……ですよね? オワタもだし……聖女も……皇国語と偶然意味も発音も似てるなんてことあるんですか?』


皇国人は実はみんな結構王国語話せたりするのでは? と首を傾げている。

なんとウィリアムき……君は、メルサ殿の言う通り相当賢いようだ。


『クレーターもオワタも聖女も古くは【華国】という国の言葉が語源なんだよウィリアム君。大昔に滅んでしまったけれど大きな国だったといわれていてね。王国語のルーツは帝国語だよね? 帝国も古い国だから華国と親交があったのではないかな?』


……と、王国語を学び始めたタスク皇子が言っていた。

発音が似ていると思うのは皇国人側だけらしいが。


『!僕っ全然知りませんでした……なんで今まで気づかなかったんだろう』


フクシマ様スゴイ! とウィリアム君が目を輝かせている。

悪い気はしないな……。


『フクシマ様、これからオワタを討伐する上で紹介しておきたい子たちがいるのですが』


メルサ殿が、ウィリアム君の前に出てこちらを睨む。


『ごっゴホン……紹介したい子ですか?』


いや、その前に何と言った?

オワタを討伐?


『しかし、約束してほしいのです。この子たちのことは秘密にすると』


ゴゴゴゴゴゴっと音が聞こえそうな程の圧と共にメルサ殿が念を押してくる。


『秘密とな?』


『はい。この子たち(主に虫たち)の存在を王国に知られるとマズいのです』


……王家に仕える騎士を無断で連れてきたのだろうか?

チラッと一家の乗っている以外にも何台かある馬車を見る。

そんなフクシマにメルサ殿だけでなく一家全員が揃って同じように圧のある視線を向けてくる。


『フクシマ様、とっても大切な宝物なの。王国には……できれば皇国の人たちにもなるべく内緒にしてほしいの!』


エマ嬢が祈るように見ている。

宝物……王国に伝わる聖剣的なものでも持ち出してきたのだろうか?


フクシマの後ろで護衛についている武士たちにも緊張が走る。

一家が王国に無断でとんでもないモノを持って来ていることだけは察することができた。

一家だけでなく、それも無傷で王国へ返さなければならない。


彼らは、彼らなりに本気でオワタを倒すつもりなのだ。


その心意気に水を差すような武士は皇国にはいない。


『約束しよう』


後ろの護衛の武士たちも皆、頷く。


『絶対に内緒ですよ?』


両親譲りの強面でゲオルグ君が凄む。


『武士に二言はない』


ぱあっっとエマ嬢が花が咲いたように笑顔になり、乗って来た馬車に声をかける。


『コーメイさーん、リューちゃん、かんちゃん、チョーちゃーん出て来てもいーよー』


「にゃーん」


「にゃ!」


「にゃん!」


「にゃ?」


馬車から猫の鳴き声が、エマ嬢に返事をするように聞こえた。


『猫?』


『へ? 猫?』


『猫だな』


後ろの護衛の武士達が鳴き声に反応する。


猫は皇国で縁起の良い動物とされている。

王国同様に数は少なく、貴重動物だが縁起物として置物や着物の模様として庶民の間でも親しまれている。


『なるほど、猫は貴重だ。国外へ出すのも憚られるだろう』


無駄に王国の怒りを買わないためには、飼い猫をわざわざ連れて来るべきではない。

しかし、猫は可愛い。

離れがたいのも分かる。

返事をするほど慣れているなら尚更だろうとフクシマ他、護衛の武士達がちょっとだけほっこりした、その時。


馬車から覗く前脚に、全員が固まる。

肉球が、人の頭ほどある。


『!』


『!?』


『!!!?』


その前脚は、猫らしくするりとしなやかに馬車から出る。


『!!!!!!!!!?』


『!!!!!!!!!?』


『!!!!!!!!!?』


「にゃーん」


黒、白、茶の毛色を持つ、所謂三毛猫が音もなくエマ嬢に近づき、額をコツンとエマ嬢の肩に当てる。


『ひぃ!』


「にゃ?」


武士の一人が発した悲鳴に応えるが如く、馬車からもう一匹三毛猫が出てくる。


『!!!!!!!!!?』


『!!!!!!!!!?』


『にっひっきっ!!!?』


二匹目の三毛猫はウィリアム君へすり寄る。

ウィリアム君よりも……デカい。


「にゃん♪」


「にゃーん♪」


更に真っ黒な猫、真っ白な猫がゲオルグ君、スチュワート夫妻のもとへそれぞれ寄って行く。


『フクシマ様、家の飼い猫達です。三毛猫のコーメイさんとリューちゃん、黒猫のかんちゃん、白猫のチョーちゃんです♪』


にっこりと満足そうにエマ嬢が微笑む。


『…………………………………………………………………………………………猫?』


『はい、猫です』


たしかに、にゃーと鳴いてはいた。

スリスリと甘える仕草も、三毛模様も、肉球も、猫だ。


『……………………デカ過ぎない?』


これでも武士として鍛えてきた自負があった。

何事にも動じない、心と体を鍛練してきた。


そんなフクシマでも、目の前に現れたモノを猫と易々と納得することも、逆にそんな猫いるかと突っぱねることもできなかった。


たしかに、フォルムは猫なのだ。


しかし、その大きさはフクシマの知っている猫ではなかった。

フクシマの知っている猫は膝の上でゴロニャンプスプスと眠るサイズの猫だ。


こんな、こんな、虎よりデカい猫いるか?

昔、カトウが倒したと自慢しに見せてきた虎よりもどう軽く見積もっても、デカい。


『皇国の猫はもっと小さいのですか?』


メルサ殿が同じ圧のままフクシマを見る。


王国の猫は、これが普通……だ……と?

いや、そんなわけ……でも、いや、あれ?


皇国が鎖国している間に、世界の猫は巨大化したのか?

そんな……こと……あるか?

チラッと後ろの護衛の武士達の様子を見ても、自分だけが驚いている訳でなくおかしいのはあっちだと断言できる。


猫とは……一体……何だっけ?


『す、少なくとも私は、こんな大きな猫は見たことが………………!』


ばいんっ

ひゅるるるるるるるるるるるるるるるる

どがぁぁぁん


その時、誰も望んでいなかったオワタの初弾が放たれ、飛び、落下した。

落下地点は数キロ先なのだろうが、落下の衝撃に地面が揺れる。


『うわっ』


『地面が!』


「にゃにゃ?」


『地震は勘弁ー!』


全員が立っていられずに地面に倒れる。

大きな揺れの衝撃で、オワタが二発目、三発目と種を飛ばさないかと武士達は青ざめる。

あの地獄がまた、始まったのだ。






『…………おさまったか? 皆怪我はないか? 無事か?』


伏せていた顔を上げると、スチュワート家の猫らしきモノが各々の主人に覆い被さり守っていた。


なんと、頼もしい姿…………。


『こっわ! オワタこっわ! 何あの衝撃!?』


猫に助け起こされながらウィリアム君が驚いている。


『地震はトラウマだよねー?』


猫の首にしがみついていたエマ嬢も服の埃を払いながらオワタの初弾の落下地点の方へ視線を向ける。


こんな近距離でオワタの種の落下を味わったにしては、二人とも泣きも叫びもしていない。

幼い二人の肝の据わり様は信じられない。


『ちょっと見てくるな』


ひらりと猫の背に跨がり、ゲオルグ君が落下地点へと向かう。

……猫って乗れたっけ?


『あっ兄様! 僕も行きます!』


『私もー』


ウィリアム君とエマ嬢もひらりとそれぞれの猫に乗り、追いかける。


『ちょっと待って………猫、はっやっ………』


止める暇など無かった。


『はぁ……私も行ってきますね』


場が凍るようなため息を吐いた後、メルサ殿まで白猫に跨がり追いかける。


残されたのは、フクシマ含めた武士とスチュワート伯爵のみ。


『………………』


『………………』


『……俺も行っていいかな?』


気まずい沈黙の後、遠慮がちに伯爵が尋ねる。

良いも悪いも、守るべき一家の大半が向かったのなら自分達も行くしかない。


『……誰か……伯爵に馬を』


一家から遅れてようやく立ち上がってきた武士にフクシマは命じる。

猫がどれだけ人を乗せて走れるのかは知らないが、落下地点は数キロは離れていそうだった。


『ああ、馬は大丈夫。走って行くから。皆さんはゆっくり来て下さい』


そう言って、伯爵は一家と猫の馬車を引いていた馬……(よく見たらあれロバ?)の被り物を剥いだ。


『ひぃ!』


『!!!!!!!!!?』


『でっ……………………!』


ロバの頭の上に、異様なデカさの紫色の蜘蛛がいた。

武士でも悲鳴を上げるレベルの大きさだ。


『ヴァイオレット、またお願いできるかな?』


そのデカい蜘蛛に伯爵は話しかける。


………………正気か?



『じゃあ、お先に』


伯爵の腕をするすると伝って蜘蛛が頭へ到達したところで、伯爵はこちらを向いて手を振る。

いや、いやいや。

こちらは馬で移動するのだから、直ぐに追い抜……!!!!!


バビュンっ。


頭に蜘蛛を乗せた伯爵が消えた。


『はぁーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!?』


『なっなっなんなんですかーーー? フクシマ様っあの家族っなんなんですかーーー?』


聞かれても困る。

こっちが聞きたい。


ただひとつだけフクシマに言えることがあるのなら……。


『武士に二言はない。お前たち、このことは口外無用だぞ』


これだけだった。


馬車の見張りを数名残し、家族を追うために馬に跨がる。


『あっあのっ……フクシマ様!』


見張りの武士が、意を決したようにフクシマを呼ぶ。


『どうした?』


馬車の見張りも立派な仕事だ。

オワタの初弾が放たれた今、ここにいる時点で命懸けの任務なのだ。

不満を漏らす武士はいるわけが……。


『あのっこっちの、スチュワート家の馬車ですが……ずっと中からカサカサ聞こえて来るのですが……一体何が入っているのですか?』


まだ、何かあるのか!?


『………………そっとしておこう』


青ざめる武士を残し、フクシマはスチュワート家を追い掛けた。





彼らを突き動かすものとは……誰かフクシマさんにお米ですと教えて差し上げて下さい。



田中家、転生する。

好評発売中(勝手に言う)です!

よろしくお願いいたします!




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― 新着の感想 ―
なるほど、下のコメさんで納得。 アメリカンV8乗りとして、マヨネーズデスマッチのときのことを今ようやく理解できた。 確かにあの感じでゴロゴロしてたら相当の振動が伝わっていたはずだ。 じゃあ今回の風景は…
気道も広くなるだろうからお猫様の鳴き声はライオンより太く低くなりそう。喉を鳴らすのもV8エンジンのアイドリング並みにドロドロドロって。
[良い点] スチュワート家のメンバーがやっていることは紛れもなく御恩目的の奉公なんですけどね。 まあそこはフクシマ達は知らなくても良いことなんでしょうね。(笑)
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