フクシマの憂い。
誤字、脱字報告に感謝致します。
かつて、共に学んだ友は逝った。
ある日突然に、特別な力を得た友も逝った。
師も、弟子も逝った。
何故、自分は生きているのか。
何が、一番槍だ。
何もできなかった。
また、あの絶望の光景が広がっている。
ミシミシと一斉にしなるオワタ。
キリキリと狙いを定めて種が飛び始めるのも時間の問題。
『フクシマ様、魔石盤によれば明日にはタスク皇子が帰国なさるそうです』
将軍家の事務方を一手に引き受けるイシダが報告に来る。
魔石盤とは魔石に弱めの修復魔法をかけ、半分に割ったものだ。
割った面の片割れに傷をつけると傷を直すために修復魔法が作動する。
傷は魔法に反応して光を放つ。
傷のないもう片方も、片割れの傷に同調して仄かに光る。
傷をつけるように文字を刻むことで、矢文なんか比べられないほどに早く情報が共有できるのだ。
一対の魔石盤は離れ過ぎると機能しないのが難点ではあるが、船で1日分の距離程だとギリギリ有効範囲に入っている。
『タスク皇子は本当に帰国されて良かったのだろうか』
皇子だけでも、王国で生きることもできたはずだ。
天皇も将軍もそのつもりで王国へ行かせたというのに。
聡い皇子が気付かない訳がない。
自分の意思で、皇国と皇国民と共に最期を迎えることを選んだのだ。
『分かりません……それに、メルサ・スチュワート氏が家族を連れて同船しているようです』
『は?…………本気……だったのか?』
王国の食糧支援と共に通訳として同行していた女性。
外交官と名乗る男よりも外交官らしい振る舞いに驚いたものだった。
信じられないくらい旨い料理を作り、皇国の滅亡を一瞬で見抜き、何より誰も理解できなかった皇国語を巧みに操る才女。
皇国を去る時に、オワタの対策を考えてから夏頃にまた伺いますと言ってはいたが、誰も信じてはいなかった。
オワタ対策。
皇国が考えなかった訳がない。
魔石も枯渇し何十年も魔法使い不在の王国とは違い、オワタの繁殖が始まったばかりの皇国には、なんでもあった。
魔石も魔法使いも優秀な武士もいた。
特に潤沢な魔石資源は、上手く使いこなすための研究も進んでいた。世紀の鬼才ヒラガ率いるカラクリ班は数々の魔石発明を生み出した。
皇国の歴史をみても、これ以上ないくらいに発展していたのだ。
それでも、オワタの繁殖を許し皇国は滅亡を迎えようとしている。
メルサ・スチュワートも、才女かもしれない。
だが、王国には魔石も魔法使いもなく、天才がいようとも武器になりうるものがない。
これ以上、皇国の民を惑わせることはしたくない。
何度も何度も対策を練り、何度も何度も期待させて、何度も何度も裏切った。
もう、皆が疲れた。
もう、皆が諦めた。
やっと、皆が滅亡を受け入れた。
ただ、穏やかに残された時間を過ごすこと。
我々が願うのはそれだけだ。
また、期待や絶望を繰り返せるほどの精神力なんてない。
擦りきれている。
『…………フクシマ様?』
『もう、皇国は危険だ。オワタはいつ種が飛ぶかわからん。メルサ殿には皇国に着き次第ご帰国願おう』
王国の貴族に何かあっても、皇国は謝罪も補償もできない。
その頃には皇国などという国は存在していないのだから。
重いため息と足どりでフクシマは、翌日到着する王国からの船を迎える準備に取りかかった。
『……貴女は……一体、何を考えているのだメルサ殿……』
以前メルサは、嫁いだ家は魔物を狩る一族だと言っていた。
紹介された夫、レオナルド・スチュワート伯爵は皇国の武士であるフクシマですら一目置くほどの逞しい体躯。
しかし、次に長男だと紹介されたのはどうみても元服前の少年だった。
『このような危険な国に、なぜ子供を……』
家族旅行ではないのだぞっと怒りすら覚える。
『ゲオルグは王国でも魔物狩りに出ています。足手まといなどなりませんのでご安心を』
フクシマの問いにメルサから、明後日の返答が返ってくる。
王国で魔物狩りができる程の息子をみすみす危険に晒すというのか。
足手まとい? オワタ退治にも同行させるのか?
いや、まず、オワタを本当に退治するつもりか?
皇国では魔物退治は武士の仕事だ。
誰もがなれるものではない。
厳しい修行を経た、実力のある者でないと。
もし本当に、この年から魔物を相手にできる腕と胆力を持つならば、尚更連れて来るべきではない。命がもったいない。
『母様? どうしました?』
『ん? 大丈夫ですよウィリアム、心配ありません』
遅れて後ろからひょっこり童が近づいてくる。
は? 童?
『フクシマ様。この子は次男のウィリアムです』
母親に促され、童がペコリと頭を下げる。
『めっっっメルサ殿!? こんな童まで連れて…………!!』
危機管理の無さに恐怖すら覚える。
幼すぎる! 長男のゲオルグは子供とはいえ、鍛えてあるのが分かるがこの童は…………ただのきゃわゆい童ではないか!?
『ウィリアムは賢い子供です。魔物の知識も豊富できっと役に立ちます』
世の中には神童と呼ばれる者がいるらしいが、だったら尚更皇国に連れてきてはいけないだろう?
どこから、どこから窘めればいい? いや、このまま王国へ引き返してもらうのだ。
『母様!! 凄い! 遠くの町並みが赤いわ! タスク皇子とお母様の仰る通り、弁柄で色を付けているのですね?』
更に遅れて駆け寄る少女が一人。
…………じょ……女子だ……と!?
港から見えている町並みにはしゃぐ姿はめちゃくちゃ可愛いのだが……メルサのような女傑感は一切ない。
それどころか、触れれば容易く折れそうなほど細く、白い肌にふんわりと柔らかい顔立ち……。
その柔らかな顔には似合わない、痛々しい傷痕がある。
絶対、体弱いだろ!?
この子、絶対大事に大事に、蝶よ花よと育てられた箱入り娘さんだろ!?
は? は? は?
危機……管理……ゼェロォォォォォ! いや、マイナス?
『エマ、落ち着きなさい! はしたないですよ』
いや、メルサ殿? そこじゃない! 注意する以前の問題がすごくいっぱいあってだな……!
『あっ! 失礼しました。長女のエマ・スチュワートでございます』
あまりの衝撃に言葉が出ないフクシマに向かって、スカートの裾を少しつまみ上げ頭を下げる。
…………かわいい……。
『トヨトミ将軍家、家臣マサノリ・フクシマでございます』
圧倒的な可愛さに思わずフクシマも自己紹介する。
『まぁ! フクシマ様ですか!? …………(ぼそっ)一番槍だっ!』
可憐な花が咲きこぼれたかのように、少女の笑顔が溢れる。
…………かわいい……。
『ごほんっ』
イシダの咳払いで我に返る。
少女の笑顔にみとれてしまっていた。
おかしい……非常時にこのような気持ちになるなんて……。
しっかりしろ、俺。
『こっこのような危険な国に、女の子まで……』
大丈夫か? 夏の日射しに倒れたりしないか?
『エマは………………へっ……むっ…………かわいいのですよ』
『たしかに……』
(母様、今、姉様のこと変態って言いかけませんでした?)
(そのあと虫が好きって言いかけてやめたな?)
兄と弟がヒソヒソと目配せする。
『うん、うんエマはかわいい。天使だとも』
レオナルドは大きく頷いて肯定する。
『ごほんっ』
みかねたイシダが二度目の咳払いをする。
『先程からご家族全員、皇国語を話しておられるようにお見受けしますが……』
沈着冷静なイシダでも、突っ込み所満載の家族に内心驚いている。
なによりも、どの国でも通じることのなかった皇国語を流暢に話している理由が知りたい。
『あっ! あまりに自然で気づかなかった!』
会った瞬間から家族のペースに巻き込まれていたフクシマが遅れて驚く。
『スチュワート家は皆、皇国語を話せますよ! たくさん勉強したんです』
にっこりと少女が微笑む。
『……かわいい』
『ごほんっ』
『あああ、えーと。折角皇国に来てもらったが、この国はもう危険だ。このまま王国へ戻った方が良い』
わざわざ港まで出向いたのはこれを言うためだ。
おかしい……少女の笑顔がかわいすぎる。
『フクシマ様? 我々もただこの数か月何もせずに過ごしたわけではありません。ちゃんと対策を考えているのです』
『このまま帰れば、必ず皇国が滅びるなら、放っておくなんて絶対にできません!(お米が食べられなくなるもの!)』
レオナルドの説得に少女も同調する。
『まさか、本当にこのかわい…………少女までオワタのところへ行くと?』
そんな許可は絶対に下ろせない。
王国には食糧の恩がある。
それを、仇で返すなんて……武士としてできない。
『なら、私が許可しよう』
忍者とタロウズと一緒にタスク皇子が船から降りてきた。
『『たっタスク皇子』』
連絡でわかってはいたが、帰ってきてしまったかとフクシマもイシダも頭を下げる。
『エマは王国で聖女とまで呼ばれている優しい子でな。何度も説得したがどうしても皇国を助けたいと言うのだ』
『しかし、このようなかわいぃ…………か弱い少女に何ができると!?』
神と同様のタスク皇子の言葉であっても、簡単にはいそうですねとはいかない。
『王国のエドワード王子曰く、このエマ嬢はスライムを誰一人犠牲にすることなく倒す術を見つけるほど、類い稀な発想力を持っているそうだ』
『『は? スライム?』』
あんな最強、最悪、凶悪な魔物を倒す!?
しかも、犠牲者無し?
『そんな……バカなこと……』
もし、本当ならどの国でも大金を積んでも手に入れたい情報ではないか!?
『スライムですか? 大量に塩をかけてやれば良いのです。ナメクジと一緒で……多分、砂糖でも小麦粉でも倒せるかなーとは思うのですけど、こちらは実践してないので……今度三匹程出現したら比較検証してみたいですね。なので今のところは塩なら確実です』
『『ちょっっ』』
そんなさらっと話して良いのか?
いや、スライムが三匹出現すれば下手したら国が滅ぶぞ?
フクシマとイシダが驚愕の表情で声を上げるが、もう一人その倍はショックを受けている者がいた。
『うっ嘘でしょ!? 姉様!……砂糖でも小麦粉でもって……え? あの時僕がどれだけ必死に塩を探したか! 砂糖だったらもっと早く行けたのに!!』
スライムを倒すために塩の調達に走ったウィリアムだった。
『そんな貴重な情報を我々に話しても良いのか!?』
イシダが頭の中で情報の価値を換算し算盤を弾く。
『え? 魔物の知識は皆で共有することが大切でしょう? 命にかかわることを出し渋るなんてしないわ』
イシダの問いに、少女は何を迷うことがあるの? と首を傾げる。
『『………………聖女だ……』』
世界は、広い。
こんなにまで人に尽くせる少女がいるなんて……。
フクシマとイシダは一瞬、オワタの脅威や皇国滅亡の憂いから解放されたような感覚になる。
『!!!ですから、性女ではないのです!』
慌てて否定する謙虚な姿に更にほっこりする。
これは聖女だし、天使だ。
『たっタスク皇子! 絶対に性女なんて言わないで下さい!』
『そろそろ認めても良いのではないか? エマ嬢?』
『ひっ酷い!』
このやり取りで、スチュワート家、タスク皇子、タロウズ、忍者、フクシマにイシダ、全員が笑いだす。
その朗らかな声は、全てを諦めた皇国の民に届き、忘れていた楽しい気持ちを思い出させた。
皇国が滅ぶからといって暗く過ごすことはないんだと。
笑顔は北側に避難している多くの皇国民に染み込むように伝染していった。
張本人であるエマだけが、複雑な思いを抱え苦笑いをしていたが。
『……嘘でしょう? 皇国に着いて直ぐ性女扱いって!? え? 嘘でしょ? ちょっとフクシマ様が[昔はやんちゃしてたけど今はしっかり落ち着いた渋みを醸す系]イケオジだったからニタニタしただけじゃない!』
少女の訴えは、笑い声に虚しくかき消された。
おじさんホイホイ発動中。
ついに「田中家、転生する。」発売致しました!!
いつも読んで下さる皆様、購入して下さった皆様、書籍情報をみて読みに来て下さった皆様、ありがとうございます‼️
大変嬉しいことに一部有名オンラインショップでは在庫が少なくなっております。
コロナの影響で再入荷が遅くなるかもしれないとのことでした。ご迷惑をお掛けしております。
もし、在庫なしで困っている方がおられましたら、
KADOKAWAドラゴンノベルスサイトの方にあります各種オンラインショップではまだまだ(汗)在庫がありますので、そちらの方を覗いてみて頂ければと思います。
まだ、在庫あります。
これからも「田中家、転生する。」よろしくお願いいたします‼️