頼子の船上クッキング。
誤字脱字報告に感謝致します。
ロートシルト商会が用意した船は順調な航海を続けていた。
広い客室には、キッチンも併設されメルサはタロウズに料理を教え、レオナルドとゲオルグは鍛練に励み、エマとウィリアムは魔物かるたの製作と過ごすうちに、あっという間に皇国へ到着する前日になった。
「パンも問題なく焼けるようになりましたね」
「はい!メルサ様のご指導感謝します」
マンショ・イトウが釜からパンを取り出し笑顔で応える。
王国でよく食べられているパンとは少々形の異なるパンは、食糧難に苦しむ皇国のために一度で大量に作れ、切り分けて食べられるようにとメルサが考えたものだ。
と、いうことになっているがただの食パンである。
料理だけでなく、タロウズの王国語も驚くべきスピードで上達した。
滅びゆく皇国のため、一生懸命に努力する彼らの姿にはスチュワート一家は勿論、コックや使用人も助力を惜しまなかった。
マンショはメルサの領地経営に興味を持ち、ミゲルはエマと虫談義、ジュリアンはヨシュアの店のスイーツに感銘を受け、マルチノはレオナルドに刺繍を習ったり、それぞれが料理以外でも色々と学んでいた。
「タロウズ。最後に魔法のソースの作り方を伝授いたしましょう」
「ま、魔法の……ソース……ですか?」
「メルサ様よろしくお願いいたします」
「どんなソースですか?」
「楽しみです!」
「少々コツはありますが、皇国の料理にも王国の料理にも合う万能ソースです」
にやり、と不適な笑みを浮かべメルサは材料を用意する。
「母様今日は何を作るのですか?」
パンの焼けるかおりに吸い寄せられるように三兄弟もキッチンへと入ってくる。
「皇国料理にも王国料理にも合う魔法のソースを伝授して下さるそうです!」
期待に満ちたキラキラした目でジュリアンが代わりに答える。
タロウズの中ではジュリアンが一番料理に夢中のようだ。
「魔法……?」
そんなソース聞いたことがないとウィリアムが首をかしげる。
「あなた達も好きでしょう?野菜につけても、お肉につけても、ご飯にもパンにも合うソース」
メルサが用意した材料、卵、酢、塩、油を見てエマが気付く。
「あ、マヨネーズ!!」
「「マヨ!!!!!」」
エマの声にゲオルグとウィリアムが反応する。
田中家の男共は何でもマヨネーズとウスターソースをかけて食べればいいと思っている節がある。
素材の味よりマヨ&ソースという作り手にめちゃくちゃ失礼な奴らだった。
「にゃん?」
「にゃ?」
「にゃにゃにゃ?」
「にゃん?」
猫四匹も、マヨネーズに沸くゲオルグとウィリアムの声を聞きつけキッチンを覗き込む。
「コーメイさん達も後で食べようね」
メルサの指示のもと、タロウズに混じってエマも計量を手伝いながら、猫に話しかける。
「「「「にゃーん♪」」」」
「……エマ様の猫語は本当にすごいですね。私も虫と話してみたいです」
ミゲルが塩を量り分けながらうらやましいと笑う。
「一度に大量に作って失敗したらもったいないので、皆で分けて作りましょうか」
「母様、このマヨネーズで何を作るのですか?」
マヨラーゲオルグがそわそわとメルサに尋ねる。
焼き上がったパンの奥で、残り僅かと聞いていたお米を炊いているのを見逃さなかった。
「昨日、レオナルドが鰹を釣ったでしょう?お刺身はとっても美味しかったけど、商会の人や船乗りさん達は手をつけなかったから、残りは全部火を通してあります」
レオナルドが釣り上げた大きな鰹は、タロウズによって刺身になって夕食に出されたが王国人であるロートシルト商会や船乗り達はナマモノに抵抗を示した。
エマ様が美味しいのなら美味しいのです!とヨシュアは果敢に挑戦して気に入ったようだが、後に続く者はいなかった。
「……鰹、マヨネーズ……にパン……あっツナマヨ?のサンドイッチ?」
「……兄様、ツナってマグロですよ?」
「え?ツナってマグロだったの!?」
ウィリアムの言葉にゲオルグが驚いている。
「「……兄様…………なんだと思ってたの?」」
「◯ーチキンだから鶏じゃないの?」
「「……海のチキンだよ……」」
勉強できないとか以前の問題であった。
「まあ、あれよ。ウィリアム、◯ーチキンもマグロとカツオあるからね」
「え?」
前世も今世も料理知識なさすぎなんだよね、うちの兄弟。
それにしても、気になるのはお米だ。
「さっきタスク皇子から、良かったらどうぞってコレを頂いたのよ」
エマの視線の先を見て、メルサは隠していた食材を取り出す。
王国人が見れば食材とは思わないであろう真っ黒なシート。
「「「海苔だ!!」」」
「え、え、え、お米にツナマヨに海苔……お酢もあるってことは……巻き寿司ね?ツナマヨの巻き寿司ね?」
お寿司界のジャンクなあいつだ。
ツナマヨおにぎりも好きだけど、断然巻き寿司派。
「……あの、タスク皇子は大丈夫ですか?あまり食事をしてないみたいですが」
マルチノが心配そうにメルサに尋ねる。
タロウズにとってタスク皇子は神様のような存在で、畏れ多く話しかけたりできない。
王国では気丈に振る舞っていたタスク皇子も、皇国が近付くにつれ不安に押し潰されそうになっている。
自室に籠り、ひたすら祈っている姿は痛々しいほどで、タロウズだけでなくスチュワート一家も心配していた。
「マヨネーズは栄養価も高いから、タスク皇子に巻き寿司を食べてもらおうと思ってるのよ」
和洋折衷の代表、ツナマヨの巻き寿司で少しでも元気になってもらえたらと
メルサは考えていた。
「……ってことは……残りの米と海苔が……いち、にい……三枚。タスク皇子とタロウズは後学のために味見するとして……巻き寿司が食べられるのは三兄弟で一人だけだな?」
「「え?」」
一体どういう計算でそうなったか分からないがゲオルグがポツリと呟く。
「三兄弟で争う日が、また来ることになるとは……」
「ツナマヨ巻き寿司をかけた……デスマッチですね?」
ゲオルグの言葉に、エマとウィリアムも負けるつもりはない。
「あ、あの!そんなことで争わないで下さい!」
「私達が食べなければよいのです!」
「け、喧嘩はだめです!」
「穏便に、穏便に話し合いましょう!」
三兄弟の剣呑な雰囲気にタロウズが慌てる。
「め、メルサ様、あの、ど、どうしましょう」
「心配無用ですよ、マンショ。あれはただ遊んでいるだけですから。船旅も数日過ごせば飽きて暇なんでしょう」
やれやれとため息を吐いて、メルサはレオナルドを呼ぶ。
三兄弟デスマッチは一家のイベントだ。
「なるほどな。懐かしいなデスマッチ。それで……メルサどうする?」
デスマッチの勝負内容はメルサが決める。
古式ゆかしき田中家ルールだ。
もともとは普通に喧嘩されては家が傷むので、頼子がお題を出して三兄弟が挑戦し、勝敗を決めたことから始まった。
お題は、四つ葉のクローバーを一番に見つけた者、じゃんけん、歴史人物古今東西、目隠し猫におい嗅ぎ分け勝負等々、多岐に亘っている。
「ま、何であろうと俺はエマに賭ける」
そして、親は勝敗を賭けて遊ぶ。
要するに、ただの暇をもて余した田中家の遊びなのだった。
「今回のお題は、マヨネーズ乳化一本勝負よ」
「「「「ま、マヨネーズ乳化一本勝負……」」」」
ゴクリ、と家族が唾を飲む。
「卵黄、塩、酢を予め混ぜたものに、少しずつ油を入れてかき混ぜるの。油の入れる量とタイミング、混ぜるスピードがポイントよ」
「料理なら、エマが有利だな。やっぱり俺はエマに賭ける」
勝負内容を聞いてレオナルドが勝利を確信する。
「甘いわね、あなた。料理は力も必要よ。それに片手で混ぜながら片手で油を調節しなければならない……器用さこそがこの勝負の鍵。エマは三兄弟で一番ぶきっちょさんなのを忘れたの?私は力と器用さを兼ね備えたゲオルグに賭けるわ」
「ははは、だが、ゲオルグは勉強ができないぞ?手順を覚えきれず間違える危険もある。諸刃の剣ってやつだ」
一体何を賭けているのかは大人の事情とやらで教えてくれないが、毎回両親もノリノリだった。
が、ここまで本気の賭けになるとうっかり兄弟のディスりが出てしまう。
「……もうさ、喧嘩しててもさ、毎回この辺でどうでもよくなるよな」
「兄弟で傷を舐め合わないと立ち直れないもんね」
「そして、僕は毎回、選ばれない……」
両親の作戦なのか、勝負に熱が入り過ぎるのか謎だが喧嘩から派生したデスマッチも、この段階で8割くらいは収束しているのが常だ。
「にゃーん?」
何を盛り上がっているのかとかんちゃんがゲオルグにすり寄る。
「ごめんね、かんちゃん。ちょっとこれから大事な勝負だから」
「にゃ?」
後で遊んであげるからと、ゲオルグがかんちゃんを遠ざける。
「にゃーん?」
同じようにリューちゃんもウィリアムにすり寄る。
「リューちゃんも、ごめんね。この戦いは負けられないんだ」
「にゃ?」
後でご飯あげるからと、ウィリアムがリューちゃんを遠ざける。
「にゃーん?」
更にコーメイさんがエマにすり寄る。
「コーメイさん、机の上には乗っちゃダメだよ?ん?うん。足元にいるなら大丈夫よ」
「にゃん♪」
エマは、コーメイさんが足元にゴロゴロと絡まるままにしている。
ゲオルグとウィリアムに遠ざけられたかんちゃんとリューちゃんもエマにすり寄りゴロゴロと絡んで来た。
「ふっエマ、余裕だな?」
「結果は見えたも同然、巻き寿司は僕のものです」
猫に囲まれ身動きのままならないエマを見て、兄と弟はそれぞれに勝利を確信する。
「では、準備は良いですか?」
コトンっと計量した油をメルサが置き、三兄弟を見る。
「……え?……これ?……全部?」
「う、嘘だ……嘘だと言って母様っ……そんな……」
ゲオルグとウィリアムが置かれた油を見て動揺する。
「ちょっ、マヨネーズ……こんなに油……え?」
「ほっほぼ油なんじゃ……」
卵黄、塩、酢に対して油の量が想像以上に多かった。
「このカップ全部を混ぜながら加えるのです。貴方達は昔からマヨネーズをかけすぎなのです。マヨネーズは野菜に付けて食べるからカロリーはゼロなんて訳の分からないこと言って……」
一回原材料を見せてやりたかったのだとメルサが油を示す。
「…………嘘だろ……」
地味に後ろのレオナルドもショックを受けている。
「にゃ?」
レオナルドの両肩に後ろから前脚を置き、頭の上に顎を置いたチョーちゃんがモフモフと慰める。
一志も航も晩年は少々メタボ気味だった。
ゲオルグとウィリアムは油の量に怖じ気づき、エマは猫に囲まれ動きが制限されている。
良い感じにデスマッチの優劣が拮抗し、誰が勝つのか分からなくなってきた。
「では、今度こそ。準備は良いわね?」
「「……はい」」
「はーい」
「「「にゃーん♪」」」
エマにつられ、猫達も元気良く返事をする。
「巻き寿司をかけた、三兄弟デスマッチ。よーい、スタート!」
メルサの掛け声を合図に三兄弟が一斉に油を手にとりマヨネーズ作りに取りかかる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ゲオルグが勢い良く、混ぜる。
「凄い、ゲオルグ様の腕の動きが全く見えない!」
「でも、マルチノ。ゲオルグ様……油を入れ忘れているよ?」
「油は少量ずつ、大事」
ウィリアムが慎重に油を入れる。
「ウィリアム様の混ぜ方は無難ですね」
「でも、マンショ……油を入れるの一滴ずつってちょっと神経質過ぎない?」
「にゃにゃにゃにゃーん」
「コーメイさん直ぐできるからねー?ツナマヨにきゅうりも入れようね?」
「にゃん♪」
エマはコーメイと話しながら楽しそうに料理をしている。
「なんて、理想的な光景……お嫁さんにしたい……」
「ちょっ、ミゲル!願望駄々漏れすぎだよ?……でも、エマ様は油の調節は上手ですね?混ぜる方の手は全くもって猫に阻まれて動いてませんが……」
勝負は明らかに泥沼と化していた。
そう、田中家三兄弟。
デフォで残念がつきまとう星の下に生まれ落ちた運命の子供達。
「そこまで!」
メルサの声でピタリと三兄弟の手が止まる。
勝敗を決めるメルサチェックが始まる。
「…………ゲオルグ?卵黄がこんなに泡立つの私初めて見ましたよ?」
「はい。頑張りました!」
「油が全く入ってないようですが……?」
「……あ!?忘れてた!?」
「……ウィリアム?まあ、ゲオルグよりはマシ……?ですが、完成にはほど遠いようですね?」
「母様、ストップが早すぎます!まだ85滴しか油入れてないんですよ」
「……慎重なのは良いのですが、何事にも程度がありますよ?」
「……はい」
「……エマ……は……?混ぜる方の手は殆ど動いていないように見えましたが……完成して……いますね?マヨネーズ……」
エマの卵液と油は程良く混ざり、問題なく乳化してマヨネーズになっていた。
「「!!!え?」」
「ふふふ勝負はついたわね」
巻き寿司は私のものよとエマが笑う。
「バカな!エマの混ぜる方の手は動いてなかったぞ!?」
「姉様ズルしてないですか!?」
ゲオルグとウィリアムが判定に物言いをつける。
「いえ、僕達がずっと見ていましたから、反則は不可能ですよ!」
ジュリアンの言葉に他のタロウズも頷く。
「一体、何が起きたんだ……?」
「にゃーん♪」
「!!コーメイだ!コーメイがなんか魔法の力で……」
エマにすり寄るコーメイを見てゲオルグが叫ぶ。
「いや、猫達はエマに纏わりついてゴロゴロ言っていただけだ……ん?ゴロゴロ?」
レオナルドがからくりに気付く。
「まさか……ゴロゴロの微振動がエマから、マヨネーズに伝わっていたと?」
「「な、なんだって!?」」
ゲオルグとウィリアムがそんなバカなと驚く。
「ふふふ、猫を泣かせる者は、猫に泣くのよ!!かんちゃんとリューちゃんを遠ざけた時点で、二人の負けは決まったも同然だったのよ」
「「ぐぬぬぬぬ」」
その場に崩れるように跪いて、悔しがる兄弟。
「……えっと……何この茶番……」
いつも礼儀正しいマンショが、呆れて思わず呟いた。
「言ったでしょう?暇なのよ」
ため息を吐いてメルサが、タロウズもマヨネーズ作ってみなさいと促す。
「タスク皇子、いかがですか?ツナマヨの巻き寿司は」
心配事で頭いっぱいのタスク皇子に、エマが巻き寿司を勧める。
「巻き寿司……?中身は見たことないが……ツナマヨとは?」
勧められた巻き寿司を一切れ、タスク皇子は口に運ぶ。
「!!!これは、うまい」
「でしょう?」
エマもにっこりと笑って戦利品である巻き寿司を食べる。
ツナマヨが嫌いな男子なんて皆無(偏見)なのだから、美味しいに決まっている。
「この、魚に絡ませているソース……王国風の味なのに、米とも海苔とも相性がいい……」
「これは、マヨネーズというソースです。子供達とタロウズが作りました」
メルサがタスク皇子の前で緊張している様子のタロウズを見る。
「ああ、料理人の少年達か。ご苦労であった、これから皇国民達にもこのマヨネーズとやらを食べさせてやってくれ」
「はっはい!」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます!」
「皇国のために尽くす覚悟です!」
「たくさん召し上がって下さい!」
神様の言葉に感無量のタロウズが元気に答える。
「エマ様の作ったサンドイッチ…………めちゃくちゃ美味しいです」
ヨシュアも嬉しそうにツナマヨサンドイッチを頬張る。
「ヨシュア、それ、僕達も手伝ったんだけどね?」
巻き寿司をちらちら見ながらウィリアムがサンドイッチを食べている。
美味しい……が、敗北の味がする。
「……かんちゃんの裏切り者ぉ……」
エマから巻き寿司をもらう猫達を見てゲオルグもサンドイッチを食べる。
「にゃーん♪」
コーメイさんはきゅうりが入ったツナマヨに喜んでいた。
ツナマヨは、王国のロートシルト商会や船乗り達にも好評で、ヨシュアはひそかにカフェのメニューに加えようと頭のかたすみにメモをしておく。
「…………メルサがここまで……料理ができたなんて……知らなかった……」
モソモソとサンドイッチを口にいれながら、オリヴァーは改めてショックを受けていた。
「メルサ、賭けは俺の勝ちだからな」
ヒソっとレオナルドがメルサに耳打ちする。
「わかってますわ」
「へへっ今夜は寝かさないよ?」
席が近く、偶然聞こえてしまったオリヴァーの口からは、食べたはずのサンドイッチではなく、さらさらと砂が零れ出ていた。
暇をもて余した、田中家の遊び。
なんかちょっと番外編ぽくなったような……。
昔、「マヨネーズ食べ隊」という戦隊レンジャー的な自作漫画をノートに描いていた事がありまして、記念にマヨネタで供養してみました。
何の記念かと言いますと、先日、活動報告でもご報告させて頂きましたが、なんと「田中家、転生する。」コミカライズが決定致しました!
ありがとうございます!
6/27発売の「電撃マオウ」様でコミカライズ連載スタートです!!
描いて下さるのは、加藤ミチル 様です。
(感謝しかない)
小説の帯にもしっかりと、しっかりと書いてあります。
どーん!
(因みに小説の裏側の帯には、家族の紹介がありますよ)
漫画を担当して下さる 加藤ミチル様 が描いて下さったカラーイラストもとっても可愛くて素敵です。
どーん!
か、可愛いぃ。
ヴァイオレット初登場!
ヴァイオレットの脚は頭胸部からはやして下さい。腹部からは脚はやさないで。
なんて気持ち悪い要望を担当さんを介して熱弁したことを反省します。
(要望聞き入れて頂いてありがとうございます)
皆様、こちらも小説「田中家、転生する。」共々、よろしくお願い致します。
小説発売も一週間切りました!
楽しみと不安でドキドキです。




