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田中家、転生する。  作者: 猪口
スチュワート家と皇国
113/198

その頃のそれぞれ。

誤字脱字報告に感謝致します。


「何故なんだ……」


ロバートは信じられない思いで、天を仰ぐ。

さんさんと照りつける太陽はもう夏が近いことを教えてくれる。

少し視線を落とせば、広がる畑、畑、畑。


あの学園の騒動を起こした張本人が、貧しい農村の畑を耕しているなんて誰が想像できるというのか。


あの夜、王子率いる騎士達に捕縛され牢に入れられた。

一日、二日、三日と経つうちにとんでもない事を仕出かしたと気付かずにいられる程、バカではなかった。


父親よりも更に身分の高い、夜会でしか見ることの叶わない国の重鎮達による連日連夜の取り調べ。

被害者の人数。

ウデムシの行方。

ウデムシの価値。


あの、気持ち悪い虫の価値なんて知らなかった。

ランス家の財産まるっと全部充てたとしても、賠償できないなんて。

あの虫がだぞ?


下手をしたら親子揃って一生牢の中、300年振りのギロチン処刑をされるかもと父親に怒鳴られた。

父は父で、王国に背く行為をしていたらしい。

王の怒りは凄まじく、この国からランスの名が消え去ったとしても不思議ではなかったと後で聞くことになる。


この騒動の最大の被害者エマの言葉でロバートはこの青空の下、生きている。


女の子に悪戯するのは良くないけど、ロバート様とブライアン様も反省してるだろうし牢から出してあげても良いのでは?


誰もがその聖女振りに驚いたという。

王子の想い人(バレバレ)、美しい見た目に痛々しい傷。

万人へ向けられる慈悲の心、謙虚な姿勢。

一歩先を見る聡い瞳、どんな時でも健気に笑う少女。

赦すことを知る聖なる少女がそこにはいた。


そもそもが聖女とまで呼ばれ評判爆上がりの時に起きた彼女の悲劇に誰もが心を痛め、冷静な判断ができない状況にあったのではと。

立ち止まって考える切っ掛けを、その被害者のエマ本人が口にしたのだ。

ウデムシが普通の虫で、放たれた人、場所が貴族令嬢でなかったら牢に入れられることはなかったのではないか。


失われたウデムシは帰ってこないが、怪我をした令嬢の傷は癒える。


騒動による王城騎士団の出動経費、令嬢達の心のケア、傷の治療費、学園の授業停滞による損失の賠償。

ロバートとブライアンへの罰はそれだけだった。


その賠償額は、貴族に払えない額でもなく、ロバートもブライアンも神の恵みかと2つ返事でその罰に従うと頷いた。


エマ・スチュワート……マジで天使か? と思ったのも束の間、ブライアンとは別々に乗せられた馬車に半日近く揺られ、連れてこられたのは王都から離れたボロボロの農村の入り口だった。


てっきり屋敷に戻されるのかと軽く考えていたロバートに驚くべき事実が騎士から告げられる。


「ロバート・ランス。これからここで働いて賠償額を払うのだ。畑を耕し、種を蒔き、野菜を作れ」


「は?」


「お前が作った野菜は、その時々のレートに従い買い取ってやる」


「は? 何をバカな!! さっさと屋敷へ連れていけ 賠償金なんか即金で払ってやる!…………い、いや、この指輪を渡すっ。純金製だぞ。賠償額よりも高価なはずだ!!」


「賠償金は、お前が育てた野菜を売った金でしか受け付けない。……これは、当面の生活費だ。王国も悪魔ではないからな、これは賠償額の方に加算しておく」


硬貨が入れられた皮袋を渡される。

ロバートはずっしりと重い袋に微かな安堵を覚え、縛ってある紐を解いて中を確認する。


「は? は? 全部銅貨ではないか!?たったこれだけで、どう暮らせと!?」


ずっしりと重くても、銅貨しかないのなら大した金額は入ってないことになる。


「王都ならともかく、この辺りの農村では銅貨が一番流通しているんだよ、お坊っちゃん。金貨なんて見たことのない村民ばかりだ」


「は? 金貨無しでどうやって生きるんだ? 服は? 靴は? こんな銅貨で手に入れられる訳がないだろう!?」


今着ている服だって特別に仕立てさせたものだ。

牢に入れられてからろくに着替えすらさせて貰っていない。

屋敷に帰ったら先ずは風呂だ、食事だと思っていた半日前の自分がバカみたいだった。


「…………? 麻の服なら銅貨20枚で手に入るだろ? 靴は……自分で木を彫って作れるぞ? ここの村の者は皆、そうやって暮らしている」


「……麻だ……と? 俺様が麻の服なんか着れるか! この俺を誰だと思っている!? 麻を着て、木靴を履き、銅貨で暮らす!? そんなクソみたいな貧しいとこで、生きられるはずがないだろ!!」


ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな………………俺はロバート・ランスだぞ。

あと10年もすればランス公爵となる高貴な身分だぞ。

こんな、こんな、こんな、騎士ごときが本来口すら利けないような……俺は!


「お前は罪人だロバート。寛大な聖女のお陰で命拾いしただけのな。不満があるのなら、300年振りのギロチン処刑にするか?」


騎士がロバートを睨む。

あの騒動に出動した騎士は知っていた。

最大の被害者、エマ・スチュワートが自身の脚では立てない程に憔悴していた様を。

兄のゲオルグ・スチュワートに細心の注意を払いながら抱き抱えられ、ゆっくり、ゆっくりと運ばれて行く姿を。


少女にあれだけの事をしておきながら、命があるだけでもありがたいと思わねばならないというのに。

切り捨ててしまいたいという衝動を堪え、踵を返す。


「ま、待ってくれ!! せめてここではなく、もっと豊かな村にしてくれ!

こんなの人が、人間が暮らすところじゃない!」


ロバートの叫びに、歩み始めていた騎士がぴたりと止まる。


「ああ、言い忘れていた。ここはランス領内にある、ごくごく平均的な農村だ。重い税に喘ぐ村民にお前が領主の息子と分かればどうなるだろうな?」


ハハハっと渇いた笑い声を残して、騎士は馬車に乗り去っていった。







「陛下!!何故なのです!!」


冷静沈着なエドワード王子に似つかわしくない大きな声で、父親である国王に詰め寄る。


「皇国でオワタが繁殖し、もってあと数ヶ月という危険な今、何故スチュワート家を皇国に行かせるのですか!?」


王族と一部外交官、スチュワート家のみに知らされた事実。

皇国の滅亡危機。

既に皇国はオワタに大半の土地を浸食され、結界の外へ出た魔法使い含む精鋭部隊も絶えたとのこと。

今、皇国へ行くことは命すら危うい行為だ。


「落ち着きなさい、エドワード。スチュワート伯爵家からの申し出だったのだ。メルサ伯爵夫人が皇国へ訪問し、その惨状に心を痛め、何かしたいとスチュワート伯爵に訴えたのだ」


「しかしっ、エマまでっ……子供達まで危険な国へついて行くなど!」


「エドワード、お前が一番良く知っているだろう?」


王は息子の目を見る。


「っっつ!! エマは優しい子です。苦しむ者がいるなら、例え国外であろうと手を差しのべるでしょう。ですがっ陛下!! 彼女は、あの子は、頑張り過ぎてしまう。体も弱い! 船旅も、皇国での環境の変化にだって耐えられるか分からないのですよ?」


エマが、エマが、苦しむなんて嫌だ。

できることなら、代わってやりたい。

危ないことも、悲しいことも、全部代わってやりたい。

自分の手で守りたい。


「……私も皇国へ行きます!」


「我が儘はおよしなさい」


王の右隣に座る王妃が、ピシャリと王子を叱る。


「学園が、王都で一番過ごしやすいこの時期に2ヶ月間も休みに入るのが何のためか、知らないわけではないでしょう?」


王国の貴族社会で最も大事な社交シーズン。

(スチュワート家は毎年大体不参加)

各国の要人もこの時期に合わせてやってくる。

結界に囲まれた限られた範囲でしか人間の住むことのできないこの世界では国家間の貿易は必要不可欠。

第二とはいえ、一国の王子がこの期間に不在であることは許されない。

国家間の交流は、王家の仕事の中でも重要なもの。


皇国も早いうちに国を開いておけば、もっとできる対処があったかもしれないのに。


「え、エドワード? きっと大丈夫よ、エマちゃんなら。新学期がはじまる頃には元気で帰ってくるわよ」


王の左隣に座る母である側妃ローズが王子を宥める。


「エドワード、スチュワート伯爵家は辺境の魔物を狩る一族だ。魔物に侵食された皇国から、無事に帰って来られる者がいるなら、彼等しかいない」


王子の訴えが聞き入れられることはなかった。








「ヨシュア!?今、何て言った?」


社交シーズンを前に大量のパレスの絹を王都へ輸送してきた父、ダニエルが悲鳴を上げる。


「夏休みは、皇国へ行きます」


「…………昨年の帝国は、綿花の収穫が不良だったと情報が入っている。確実に値をつり上げてくることが予想されるって今、言ったよな?」


こめかみをグリグリ揉みながらダニエルは息子を見る。

王国は絹、帝国は綿が主な輸出品だ。

絹は贅沢品で綿は日用品。

庶民の多くはその綿ですら買うことができず、麻の服を着ている者も多い。

金持ち貴族だとしても、毎日絹を着ていられる者は少ない。

帝国に綿の値を上げられるのは商会としては大打撃となる。

それでなくても、最近出費が嵩んでいるのに。


「ええ、僕の得た情報によれば帝国の民衆の反乱が各地で起きたために収穫がままならなかったとか」


「……お前……そんな情報どこで……?」


「王都に拠点を置いているのです。僕だって、これくらいは商会のために把握していますよ」


民衆の反乱が収まれば、収穫も落ち着くはずだが、代替わりした帝国の王にあまり良い噂は聞こえてこない。


「つまり、帝国の綿だけに頼るのは今後、難しいでしょうね。当面は国内で麻を増やすように人員を調整する方が良いかと」


指示はしておきましたとヨシュアはさらりと言い放つ。


「いや、だが、それでも……」


社交シーズンは商人のかきいれ時でもある。

ロートシルト商会の主力は言わずと知れたパレスの絹。

今はまだ、第一王子派の不買運動も横行している。

この時期に他国の商会と交流し、輸出で絹を買ってもらわなければ儲けが少なくなってしまう。

ヨシュアは商会にとって、なくてはならない戦力なのだ。


「第一王子派の筆頭派閥のランス公爵家は当分王都を離れることになっていますから今回は国内でも絹は良く売れると僕は読んでいます」


「あのランス公爵家がか?」


ランス公爵家は王国四大公爵の一つだ。

公爵の息子が学園で騒動を起こしたと噂はあったが、それ以上の話は箝口令が敷かれ、うやむやになっていた。


「帝国商人への接待を省けば僕がいなくても商会の者が上手くやるでしょう。それに、スチュワート家のいるところこそが、経済の中心。僕も皇国へ行ってタダで帰ってくるつもりはありません」


皇国には魔石がある。

エマ様が求めてやまない米等の食材も。


「ヨシュア……王都にいても、しっかり仕事はしていたようだな」


わが息子ながら末恐ろしい。

だが、ダニエルもこの息子を長年男手一つで育ててきた自負がある。


「で、正直な本音は?」


「…………。スチュワート家に料理を習いに皇国から四人の少年が来ています。その中のミゲルという男、エマ様と仲良さげにいつも、いつも、いつも、いつも…………」


「やはり、そっちか……」


「虫の話でエマ様の気を引いて、異国の料理でエマ様の胃袋を掴んで…………ちょっと話したら、性格も爽やかで朗らかな、じぇんとるめん!」


万が一、億が一でも自分のいないところで二人が……二人が……。


「……父さんがなんと言おうと……いや……商会が潰れたとしても、皇国に行きます」


何よりも危険なのだ皇国は。

局地的結界ハザードの時のように後から知らされるなんて堪えられない。

あの時から、王都に来てからもずっと体は鍛えてきた。

ゲオルグ様やエドワード王子のように剣で守ることは難しいかもしれない。

でも、それでも側にいたい。


あの天使の笑顔をずっと、誰よりも側で見たいのだ。


久しぶりのロバート。

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― 新着の感想 ―
それでこそのヨシュア! やっぱり好き! 何があろうと好きでいてくれる!
ストーカーヨシュア、嫌です
本音が同じ目的であっても、ヨシュアとエドワード王子との違いがよく出ているね。 自分の立場を踏まえた上で自分が皇国へ行くことのデメリットとメリットを整理して、その上で自分のわがままで行くのだと主張するヨ…
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