世代間ギャップと伝わらない訴え。
誤字、脱字報告に感謝致します。
「ご飯だよーーー!」
大満足の食事を済ませ、三兄弟は猫達にご飯を持って行く。
普段は一緒に食べるが、今はタロウズが屋敷にいるので別棟に隠れている。
忍者達は未だに猫達に怯えているように見えるので、紹介は慎重にいこうと家族会議で皆頷きあったのだった。
「にゃーーーーん♪」
エマの声にコーメイさんを先頭に猫達が集まる。
「今日は、なんと、猫まんまだよ!」
ご飯に味噌汁をかけ、トッピングにはかつおぶしと鯛の刺身。
王都では田中家の猫達は人間と同じものを食べている。
パレスにいた頃は魔物を食べて腹を満たし、一家が用意するのはエマと一緒に食べるおやつくらいだった。
健康のことも考え塩分、油分を減らした方がいいのか考えるエマにコーメイがにゃんにゃと首を振る。
コーメイ曰く、前世からの記憶で食べたいから食べているだけで、実は食べなくても生きていけるのだという。
基本はその辺に漂っている魔力を吸収するだけで大丈夫で、食事は必ずしも必要ではない…………が、美味しいものは食べたい。
田中家と名の付く者は食欲と共にある。
「にゃ?」
「にゃ?にゃ?」
かんちゃんとチョーちゃんが不思議そうに今日の晩御飯を見る。
生まれた時から完全カリカリ世代の二匹にとって、前世、今世含め初めましての猫まんまだった。
「にゃ!」
猫まんま久しぶりっ!
とコーメイさんとリューちゃんは嬉しそうに食べ始める。
あうわうあう、あうわうあう、あうわうあうと喋りながら食べる二匹に遅れてかんちゃんとチョーちゃんも恐る恐るにおいを嗅ぎ、口をつける。
「「うみゃ!」」
気に入ったようで、二匹もあうわうあう、あうわうあう、あうわうあうと喋りながら食べ始めた。
「ふふふ、美味しい?」
ご飯中は邪魔しないように見守りながらエマが笑う。
「あの、姉様。猫達いつも食べながら何を喋っているんですか?」
ウィリアムが気になっていた猫語を姉に訪ねる。
猫達の食べ方は前世と変わらない。いつも、あうわうあうと言いながら食べている。
「ああ、基本食レポよ」
「「食レポ。……食レポ?」」
「そう。食レポ」
コーメイさん(夕飯の残り物世代)は、この猫まんまの汁……丁寧に出汁が取られている。鰹節と魚がのってより、味に深みが出ている。
リューちゃん(夕飯の残り物とカリカリ半々世代)は、美味しい♪お魚久しぶり!美味しい!!うまうまうまうま♪
かんちゃん(カリカリ世代)は、食べたことない味がある。でも、嫌いじゃない♪ たまには魔物狩りたい。生魔物肉食べたい。
チョーちゃん(カリカリ・ちゅ◯る狂い世代)は、柔くて、食べやすい!気に入った!でも、ちゅ◯るが忘れられない。……ちゅ◯る……ちゅ◯る……。
皆言っていることは違うが、基本食レポだった。
「…………前世、かんちゃんもチョーちゃんもほぼ365日同じカリカリ食べてたのに……ずっと食レポしてたの?」
ゲオルグが驚いている。
「カリカリにはカリカリの良さがあるらしいよ?」
「「にゃ!」」
かんちゃんとチョーちゃんが同意するように頷く。
「……いや、てかコーメイさんグルメ!!」
残り物世代は色んなものを食べているので味覚が鋭いのかもしれない。
その翌日から三兄弟は本格的にオワタを倒す研究を始めた。
王国一の蔵書を誇る学園の図書館で資料を集め、魔物かるたを作る。
母が持って帰ったオワタの茎を煮たり焼いたり、叩いたり切ったり、考え付くことは一通り試みたが全て失敗に終わっている。
「姉様……お手上げですね?これ……」
ウィリアムが机に突っ伏して弱音を吐く。
「もう、手がしびれて動かないぞ?」
オワタの茎を剣やら棒やらで切ったり、叩いたりしていたゲオルグもビリビリする手に眉をひそめる。
「オワタは、全くの無傷……ね……」
折れた剣、砕けた棒の中に転がっているオワタの茎を拾い、観察しながらエマはため息を吐く。
「オワタの親株が見つかったとしても、これでは難しいですね」
植物魔物が繁殖した後は親株を狙うのがセオリーとどの資料にも記されていたが、オワタに関してはその一株すら倒せそうにない。
てか、親株とそうでないのと見分けがつくのだろうか? 資料には肝心なことが書いていない。
「これを斬ったって皇国の刀、凄すぎ……この剣も、この剣も大分良い値段したやつだぞ?」
傷一つつけられないことに改めてゲオルグが絶望する。
「…………これ、加工できたらめっちゃ儲かりそうなんだけどな……」
ぽつりとエマが呟く。
竹に似たオワタは加工さえできれば、汎用性が高い素材となるだろう。
日々の研究でわかったことも、いくつかはある。
オワタを海水で煮ると切り口から粘液がぷつぷつと玉になって浮かんでくる。
その粘液は天然の接着剤の役目を果たし、オワタとオワタを完全にくっつけることができた。
「これ……オワタの中に食材を入れて、蓋をして煮たら……日持ちする保存食ができるわよね」
オワタの熱伝導率は金属に近く、焼き肉の鉄板としても使えた(もちろん実践、実食済み)。
「あー……竹に似ているだけあって抗菌作用もありそうですよね?」
ウィリアムも机の上の資料をペラペラとめくりながらエマに同意する。
接着されたオワタは縦向きの力に強く簡単には剥がれないが横向きの力には弱く、ひねるように力を加えるとパキンと剥がれるので簡単に開封できる。
つまり、
「これがあれば、猫缶できるのに……」
猫缶……この世界で缶詰ができれば、長期保存の可能な携帯食が作れるということ。
植物魔物の親株を探すために結界の外へ出れば、魔物狩りのエキスパートである狩人といえども生きて無事に帰れる者は少ない。
皇国の魔法使いも親株を見つけようと結界を出たことで魔物に襲われ命を落としたとのことだった。
結界の向こう側の敵は魔物だけでなく、水、食糧の調達も寝床の確保も全部が命懸け。
長期保存の可能な携帯食は、狩人の生存率を上げるアイテムになるだろう。
親株を倒せば、繁殖した植物魔物は一斉に枯れると数々の資料には書いてある。
しかし、オワタを斬る程の刀と腕を持つ武士と魔法使いが探して見つけられなかった親株を、残り少ない時間で見つけることができるとはエマには思えなかった。
親株の捜索は、人手や残り時間を考えれば良い策とはいえない。
「もう、めっちゃオワタの栄養状態を良くして今の三倍くらい成長させれば種の飛距離が伸びて海に落ちないかな……」
色々考えて、少々面倒くさくなってきたエマが呟く。
「もー姉様……そんな簡単……には………………ん?………………いくかも?」
「いや、エマ。栄養状態って……オワタがそんなすぐ…………でかく…………なる…………かもな……」
エマの投げやりな言葉を兄弟は否定できなかった。
「エマーーーーーーーーーーーーー!!!!」
母メルサがエマを呼ぶ声が庭の方から聞こえる。
これは、確実に怒っている声だ。
身に覚えのあるエマとゲオルグとウィリアムがびくうぅぅっと肩を震わせる。
「エマーーーーーーーーーーーーー!!!!ゲオルグーーーーーーーーーーーーー!!!!ウィリアーーーーーーーーーーーーーム!!!!説明しなさーーーい!!」
「「「は、はーーいっっ」」」
三兄弟は急いで母のいる庭へと向かって走った。
「これは、どういうこと!?」
メルサの指差す先には、エマが最近手に入れたウデムシ達がいた。
丁度、コーメイさん指示のもと陣形訓練の最中に出くわしたようだ。
猫達は、メルサから少し距離をとって素知らぬ顔で毛繕いをし、指揮官を失ったウデムシ達はオロオロとその場に所在なさげに止まっている。
「母様?これは…………とは?」
しらを切るエマの視線は不自然に明後日の方向を向いている。
「エマ、こっちを見なさい。私の目を見なさい。エマ、どうしてウデムシが巨大化してるのかしら? 何をしたの? もう、ヴァイオレットより大きいじゃないの!?」
あの日、五センチほどだったウデムシ達は、ここ数日で何故か十倍くらい、でかくなっていた。
中には一メートル近いものもいる。
「かっ蚕のエサと…………間違えちゃった…………かなー?」
スチュワート家の仕事がスラムの女の子に人気がない最大の理由は、大量の虫の世話があるからだ。
エマの所有する虫は種類が多く、エサも同じ数だけ用意しなくてはならない。
最近はオワタ研究に没頭するあまり、虫達の世話をスラムの子供に任せることが多くなっていた。
うっかり、子供達が蚕の巨大化用のエサをウデムシに与えてしまったのかもしれない。
三兄弟が気付いた時には、もう巨大化した後だった。
「エマ? こんなに大きくしてどうするの!?」
蚕の巨大化が成功した時は褒めてくれたメルサも、大量のウデムシにはどん引いている。
まだ、蚕の幼虫なら良かった。
ヴァイオレットも、一匹だからギリ許せた。
学園の貴族令嬢達を恐怖のドン底へ落としたあのフォルムを持つウデムシの巨大化は大分インパクトがある上に、数が多い。
「あのっ……母様……大きくなったら……ほら、可愛さも十倍? 的な?」
「……………………ほう、それで?」
母の目が怖い。
お母様がこの目になった時は、ゲオルグもウィリアムも絶対に助けてくれない。
ここで自分は悪くないとか往生際の悪いことを言えば、燻っている雷がドカンと落ちることくらい経験値でわかる。
そう、こうなったら、なんとか、うまいこと、誤魔化すしかない。
「そっそれでっ……あのっえっ……と……………………ほ、ほらっ見て下さいこのウデムシちゃん達の立派な……うっ……ハサミを!!! きっときっとオワタも切れちゃうはずです!」
それまで申し訳なさそうに、しゅんっとしていたウデムシが一斉にエマを見る。
ウデムシは王国語がわかるのか、ムリムリムリムリムリムリ!!!と腕を振ってあわあわと訴え始める。
だって、これ、ハサミじゃなくて腕だもん。
自分ら、ハサミ虫じゃなくてウデ虫だもん。
「生物が皆同じ大きさだったら、虫が一番強いって……どっかの何かの漫画にあったような気がします!!」
何そのふわっとした無茶苦茶な理由!!
ムリムリムリムリムリムリとウデムシ達は更に必死にエマに訴える。
自分らこんな見た目ですが……毒も持ってないし、噛んだり刺したりもしない陰キャなんです!
あの、自分ら……基本引きこもって生きてる無害なやつ…………なんです。
「このやる気を見て下さい! お母様!! この子達がきっとやってくれます!」
ばばーーんと巨大化したウデムシをエマはメルサにアピールした。
ムリムリムリムリムリムリと高らかに腕を振っていた虫達がピタッと固まる。
振り上げられた腕が、今は違う意味となってメルサへ伝わったことに嫌な予感しかなかった。
怒られない為なら、どんな言い訳を駆使しても逃げ延びてみせる。
怒られない為なら、どんな嘘だって真実にしてみせる。
エマは既に、ウデムシの腕を皇国の国宝刀に勝る切れ味に仕上げるエサの配合を頭の中で考え始めていた。
できる・できないじゃない。
やるんだ。
全ては怒られないために。
ええ、勿論。
ウデムシだって巨大化します。




