ご馳走。
誤字脱字報告に感謝致します。
ゴッ。
母が机の上に皇国から資料として持って帰ったオワタの茎を置いた。
その音は魔物とはいえ、植物とは思えない硬い音だった。
ウィリアムが机に置かれたオワタを手に取り、観察する。
「硬い割に軽い…………茎の構造は竹に似てますね?」
オワタの茎の中は空洞で等間隔に節がある。
種と葉の重みでこの茎が種の発芽の準備が整うまで徐々にしなってゆく。
そして、発芽の準備ができた時、重りの役割をしていた葉が一斉に茎から剥がれ落ちることで、限界までしなった茎の反動でオワタの種が飛び散るのだ。
飛び散った種はさながら投石機並みの攻撃力を有し、発芽を阻害する外敵を潰すかのように着弾する。
屋根なんて簡単に貫通する。
「どうやってこの茎を切ってあるのですか?オワタは硬くて切れない筈です」
ウィリアムが持って帰ってこれる大きさに切られた茎を見て、メルサに尋ねる。
オワタの恐ろしいのは伐採できないことにある。
それなのに目の前には切られた状態のオワタ。
「これは、皇国の国宝刀で……長曽祢興里?とかいう人が作った刀で斬られたオワタだそうです。皇国には幾つか大業物の刀が国宝として保管してあり、その中の何振りかがオワタに刃を通すことができたらしいのです」
長曽祢………………興里…………!?
「かっ母様!!それ虎徹やん!?」
前世歴女であった港ことエマが立ち上がる。
「虎徹?」
「母様っ他には? 他にはどんな刀があるのですか?正宗?村正?兼光??」
エマの勢いに家族全員が首を傾げる。
やっぱり皆、前世を100パーセント思い出してはいないようだ。
「他の刀は、なんて言っていたかしら? ……でも、一回オワタを斬ったらなまくらになったとかそんな話をしてたわよ?」
皇国はオワタに関する情報を余すことなくメルサに伝えてくれたが、オワタを斬った刀の名前一つ一つまでは教えてもらっていない。
「勿体なっ!!虎徹、勿体なっ!!」
メルサの言葉にエマだけがショックを受けている。
「つまり、エマの言う虎徹?ってのがめっちゃ斬れる日本刀って思えば良い? じゃ、そのめっちゃ斬れるやついっぱい作ってオワタを伐採すれば解決するんじゃ……?」
オワタを斬れるなら問題なくね? とゲオルグ。
「兄様……国宝の大業物クラスの刀なんて簡単に何振りも作れるわけないでしょう? それに一回しか使えないって話聞いてました? …………多分刀を使う人の技量とかも必要になるでしょうし……伐採できても数本程度だと思われます」
ちょっと考えてから言って、とエマは兄を睨む。
「でもほら、斬れるってわかっただけでも収穫だよ? エマ?」
「……確かに。でもお父様? 多分、王国の剣では絶対に斬れないし、皇国の国宝はほぼなまくらになっているみたいですし、オワタの繁殖は皇国の土地の半分を埋めつくしているなら……ちょっと難しいですよ?」
皇国からの情報は解決の糸口には直結しそうになかった。
家族全員がうーんと頭を悩ませる。
「「「「「…………………………」」」」」
「はっ母様! 大変です!」
「どうしたの? エマ? 何か思い付いた?」
「日が暮れてきています!!そろそろ、ご飯が炊ける頃!」
「「「「はっ!!そうだった!!」」」」
皇国のオワタが次に種を飛ばすのは夏。
まだ、時間の猶予はある。
それよりも、大事なのは……。
そう。
今夜の晩御飯なのだ。
早く、厨房へ行かなくては……と第五回田中家家族会議は早々にお開きとなった。
厨房には、手持ち無沙汰のコック。
皇国の食材を調理しているのは青い髪の四人の少年。
「どう? 順調かしら?」
手持ち無沙汰のコックに、メルサが尋ねる。
「奥様、扱ったことのない食材で手も出ません。奥様が皇国から連れて来た彼らに任せてはいるものの……何せ言葉が通じないもので……」
困っているとコックはメルサに泣きついた。
皇国でメルサの作ったナポリタンが予想以上に受け入れられ、その優しい味は全てを諦めた皇国人達に、少しばかりの安らぎを提供することとなった。
ヴァイオレットの力を借りて、頼子のレシピをウメに渡した時に、ウメから頼み事をされた。
『メルサ様、このままでは半年後には米が尽きます。皇国が滅ぶ残りの半年は王国の食糧で生きていかねばなりません。最後の半年、国民がおいしい食事がとれるように、この子達に料理を教えてはもらえませんか?』
王国の食材で皇国人の口に合う料理をこの四人の少年達に教えてほしい。
ウメの願いを聞き入れたメルサが連れて帰って来たのが今、スチュワート家の厨房で調理する少年達であった。
『イトウ、どうですか? 魔石がないので調理しづらくはありませんか?』
メルサが少年の一人に声をかける。
『!! メルサ様! 大丈夫です。祖母の家の台所と似ているので、なんとかなりそうです』
魔石のない王国では少年達が慣れるまでは大変かと思ったが安心する。
「あの……メルサ様……。彼らの名前なのですが……私どもには聞き取り辛く、発音もできません」
コックが言いにくそうに報告する。
「タスク皇子は皆普通に呼んでいたけど?」
ご飯の炊けるにおいに鼻をひくひくさせながら、エマが不思議そうに首を傾げる。
「…………あの……皆様…………?」
エマだけでなく、ゲオルグもウィリアムもレオナルドも同じように鼻をひくつかせ厨房に集まって来ていた。
「はっ……そうだね。タスク皇子を陛下も普通に呼んでいたし……」
ぎゅるぎゅるとお腹の虫を大合唱させていたレオナルドがエマの言葉に頷く。
「タスク皇子は聞き取れます!しかし、彼らは……い、てぅ? へら? ちわわ? なっなっなっ………………ぜんっぜん聞き取れないし、覚えられないのです!」
名前も呼べないのは困りますとコックが嘆く。
「母様? 彼らの名前……下の名前は?」
ウィリアムがヨダレを我慢しながら、名字がダメなら名前呼びにと提案する。
「それが、四人とも『太郎』なのです」
皇国では元服前の長男は大体太郎と名付けられる。次男は次郎。
皇室や将軍家では代々名前を歌舞伎役者のように引き継ぐが、庶民の男子は元服までは太郎、次郎、三郎、四郎なのだ。
因みに女の子は大人になって名前が変わることはないらしく、美しく育ちますように、食べ物に困りませんようにと願いを込めて、花や果実の名前が多いらしい。
「あの? 奥様? てろー? も聞き取れません」
コックが再び嘆く。
「聞き取れないって感覚が僕らにはイマイチわからないんですけど……困りましたね?」
ウィリアムが肩を落とすコックに同情する。
少年達が働くのは専ら厨房なので名前が呼べないのは不便だろう。
かと言って常に厨房に家族の誰かが常駐するわけにもいかない。
「もう、王国風の名前つければ良いんじゃない?」
そんな事より、早く米が食べたいゲオルグが少年達を呼ぶ。
家族会議で話には聞いていたが、初対面なので自己紹介をする。
『俺はゲオルグ・スチュワートです。メルサ・スチュワートの息子です。こっちが妹のエマと弟のウィリアム。あと、父のレオナルド』
四人の少年達は真面目な性格らしく、深く礼をしてから名を名乗る。
『タロウ・イトウと申します』
『タロウ・ハラです』
『タロウ・チヂワです』
『タロウ・ナカウラです』
本日よりお世話になりますと緊張した面持ちでゲオルグを見る。
呼ばれたからには用事があるのだろうと、その場で待機している。
『料理中に声をかけてすみません。あの、皆さんの名前が王国人には聞き取り辛く、王国風の名前を付けさせて貰ってもいいですか?』
基本、なんでもゲオルグは直球で行く。
『ああ、そうでしたか。こちらの料理長が何かお困りの様子で心苦しかったのですが……成る程、名前も通じないのですね?』
『我々もなるべく言葉を覚える努力はするつもりです。名前はどうか好きに決めて頂ければ……』
『王国風の名前は私達では分かりませんから』
『元服前に名前を貰えるなんて、国に帰ったら自慢できます』
急な提案も少年達は不快に感じるような素振りもなく、柔軟に受け入れる。
女官長ウメの人選に間違いはないのだろう。
「エマ様。治療院で入院中のジェイコブさんの弟さんがエマ様にお会いしたいと申しております。……あの、仕事終わりに直接来たらしく、あまり清潔とはいえない身なりでして……。お断りしますか?」
スチュワート家の使用人がおずおずと報告に来た。
少し前なら、勝手に使用人が断っていた案件も、あの悲劇以降は家族から使用人に至るまで、報告、連絡、相談の厳守を徹底している。
ホウ・レン・ソウは本気大事。
「ジェイコブさんの弟さん? ……たしか漁師をしているって聞いたわ(船乗りとは一味違った海の男……)もちろん会うわ!」
イケオジ船乗りジェイコブの弟なんて会わない選択肢はない。
ルンルンで庭へと向かう(使用人が屋敷内へ入れるのを躊躇ったため)と……。
黒く日焼けた肌に、ジェイコブよりも更にムキムキの体を誇る男が立っていた。
「聖女様! 兄がお世話になっております。あの、こんな格好で来ちまってすみません。珍しい魚が獲れたので是非とも聖女様に食べてもらいたくて……居ても立ってもいられねぇで……」
袖を捲ったシャツからは眩しいくらいの上腕二頭筋。
仕事終わりで急いで来てくれたのか、額には夕日に光る汗。
貴族屋敷の庭で居心地悪そうに眉を下げるいじらしい姿。
良きかな……。
これだけでご飯三杯はイケる。
キラキラと満面の笑みでエマはジェイコブの弟を迎える。
「まあ、何も気になさらないで下さい。ジェイコブさんは快方に向かっていますよ? 良かったら帰る前に顔を見に行ってあげて下さいね?」
「……………………………………天使……!」
ジェイコブの弟が顔を赤らめ呟くのを、エマの後についてきていたゲオルグとウィリアムは見逃さなかった。
「……命中率100パーセント……」
「悪魔の……魔王の上って……何がいましたっけ?」
これまで聖女だなんだという噂なんかを一番にバカにしてきたおっさん達を笑顔一つで熱狂的信者へと変貌させるエマに兄弟はため息しかない。
「はっ……! あのっこの魚なんですけど、この辺では珍しいやつでして、是非、是非食べてもらいたくて!」
そう言って、ジェイコブの弟は珍しい大きな魚を入れて担いでいた革袋を地面に下ろし、中の魚を取り出す。
袋には鮮度を保つために海水が入っているようで、相当重そうだった。
その袋を軽々と運ぶ逞しい腕が掴んで持ち上げたのは、ビチビチと活きの良い魚。
桜色の美しい魚。
ジェイコブの弟は珍しいと言っていたが、三兄弟にとっては懐かしい魚。
「「「たっっっっっっっっ鯛!!」」」
待ちに待った家族の食卓。
皇国土産にとメルサが持って帰って来た【箸】を器用に使いエマはホウレン草のお浸しに舌鼓を打つ。
醤油とかつおぶしありがとう。
「ねえ? ゲオルグ兄様、大事でしょう? ホウ・レン・ソウ」
「あ、ああ」
食卓の真ん中には、鯛の活け作りがどどーんと置いてある。
「ご飯に、お味噌汁、ホウレン草のお浸しに……鯛のお刺身……最高だ!」
レオナルドがわなわなと喜びに打ち震えている。
「ワサビが欲しいところですが、醤油だけでも美味。姉様、絶対に皇国滅亡は阻止しなくてはなりませんね?」
まだまだ食べたい食材はいっぱいある。
一つを食べればまた一つ、欲しいと思うものが増える。
皇国が滅亡すれば、全て手に入らなくなる可能性が高いのだとウィリアムが気づく。
「オワタ……夏までには絶対に攻略するわ」
お刺身とご飯をかっ込んでエマは決意を新たにする。
「………………………………あの? 皆様?…………魚を生で…………? あの?生ですよ?」
メイドも使用人もコックですら、困惑している。
王国に魚を、いや、肉もだが生で食べる文化はない。
普通に気持ち悪い。
おかしいのは、生の魚を美味しそうに口に運ぶ一家の方。
なのに、彼らの箸の動きに迷いなどない。
数十分前……。
再び鯛と共に厨房へと戻った三兄弟に、イトウが尋ねる。
『活きの良い鯛ですね。調理法に希望はありますか?』
『『『『『刺身で!!』』』』』
家族の心は一つだった。
皆様、いつも『田中家、転生する。』を読んで頂きまことにありがとうございます!!!!
皆様に奇跡のご報告ができることを大変嬉しく思います。
『田中家、転生する。』
KADOKAWA ドラゴンノベルス様より書籍化致します‼️
ありがとうございます!!!
本当にありがとうございます!!!
発売日は6月5日金曜日です(感無量)。
イラストレーターは、kaworu様。
とってもとっても素敵にして頂きました!!
うちのポンコツ達がこんなにスタイリッシュかつ美麗なイラストで描かれるなんて……!
そして、カバーイラストの公開の許可も頂きました。
コーメイさーーん!
皆様これからもどうかよろしくお願い致します!!




