第五回田中家家族会議。
誤字、脱字報告に感謝致します。
「さて、たった二週間。私がたった二週間家を離れていた間に何故か可愛い娘が聖女になっていたのだけど、どういうことかしら?」
皇国からの長旅を終え、シモンズ領自慢の港に到着したと同時に、待ち構えていた荷運びの男達や、掃除婦、たまたま通りかかった船乗り、商人がメルサに次々と祈りを捧げ始めた。
「あれは!聖女エマ様の母、メルサ様だ」
「エマ様の母?聖母メルサ様か?」
「聖女エマ様に、聖母メルサ様に、スチュワート伯爵家に祝福を!」
……………………………………はい?
港だけではない。
スチュワート家に帰る前に王城へ報告に向かったときも祈られた。
「メルサ様だ。ご無事に帰還なさったのか。聖女も喜ぶだろうな」
「なんと堂々とした佇まい。あの方が聖女を生み育てた聖母様なのだな」
…………………………はい?
「どういうことなのかしら?」
家族はメルサの前に床で正座させられている。
「いや、メルサ。エマが天使なのは昔からわかっていたじゃないか!ただ皆がそれに気付いてしまっただけなんだと……」
何故メルサが怒っているのか理解できないとレオナルドが首を傾げる。
「あなたは少し黙って下さる?」
「………………はい」
「ウィリアム?説明しなさい。何故、たった二週間でスチュワート家の領土にスラム街が加わっているのか。何故、大量に虫が増えているのか?何故、屋敷の別館が治療院と化しているのか。何故、エマが聖女と呼ばれているのか。パレスを出る時に皆で誓ったわよね?王都ではなるべく目立たないように暮らそうって」
「かっ母様!どっどれも……えっと……成り行き……です」
カタカタと震えながらウィリアムが答える。
母様……全部把握済みだ……。下手な言い訳なんて使えないっ。
あれ?てか二週間……でこんなにもやらかしてたっけ?
思い出す限り何も悪いことはしていないはずなんだけど……。
「エマ?どうして聖女なんて呼ばれているの?」
「ひぃっ!も、申し訳ございません!お母様……私も何が何だか……」
メルサの氷の視線がエマに刺さる。
絶対に知られてはならない。
王家主催の夜会でローズ様の爆乳を見つめていたことを。
屈強な船乗りの看病をするにあたって、枯れ専サーが鳴りっぱなしのニタニタ顔でお触りしまくっていたことを。
自分では充分に抑えていたと思っていたのに。
今や王都中どころか王国中に広まってしまった。
貴族社会でも、スラム街でも、仕立て屋界隈でも、シモンズ領の港でも恐ろしいスピードで噂は駆け巡り、更に遠くへと拡散されてしまった。
性女だって。
間の悪いことに、再開した学園でも言われてしまう始末。
女の子に悪戯するのは良くないけど、ロバート様とブライアン様も反省してるだろうし牢から出してあげても良いのでは?
なんて言わなきゃ良かったっ!
スカートめくりみたいな悪戯をした二人を庇うなんて仲間だと思われたのかもしれない。
性女なんて………………絶対にお母様赦してくれない。
「それに、大分お金も使ったみたいだけど?ゲオルグ?」
「ひぃっ!あのっ夜会が多くて……インクの在庫が切れていたので補充を……。あと……スラムの整備費……道や建物とか……あとパレスの領民となったからには領民の戸籍登録とか簡単な健康診断もして……教育もしないとだから教師の募集も……同時に暮らしていけるように仕事の斡旋も……あとウデムシの飼育環境整備に、壊血病の治療院のなんやかんや…………」
怒られるのが怖くてゲオルグの語尾が全部ゴニョゴニョと尻すぼみになっている。
エマが呟けばヨシュアが迅速に対応してしまうので、あり得ないスピードで何もかもができてしまう。
特に王子がエマに膝枕なんかされちゃうから治療院の整備は異様に速かった。
ヨシュア……競うとこソコじゃないだろう?
「はぁ……」
メルサのため息に、家族全員が震えながらメルサを見る。
「どうしてたった二週間でここまで騒ぎを起こせるの?」
「「「「さ、さあ…………」」」」
お留守番四人組は揃って俯く。
改めて振り返ると自分達にもわからない。
「おっお母様。でも別に私が騒動を起こしたわけではないのです!全部、向こうからやって来るのです!」
エマが必死に訴える。
王が褒賞を無茶振りしたのも、仕立て屋が困っていたのも、虫が降ってきたのも、壊血病で困っている人がいたのも全部エマのせいではないのだ。
「…………それ、全てに首を突っ込んだのね?」
「!!………………はい。ごめんなさい」
結局、謝る。
「エマ、これから聖女なんて呼ばれても振り向いたりしてはダメよ。教会から面倒ないちゃもんつけられるわよ?」
信仰心薄めの田中家にとって宗教はなるべく関わりたくないもの。
まして、間違って教会がエマを聖女と認めた場合、結婚できなくなってしまうではないか。孫が見れない!
教会曰く、聖女は清らかな処女であるべき。
ふざけるなって話だ。
「お、お母様?さすがに私も性女と呼ばれて「はい」と答えるほどアホじゃないですよ?」
エマが憤慨する。
性女なんてただの悪口だし、自分からエロエロの変態ですよ~なんて言うわけがない。
「め、メルサ?そろそろ家族会議の議題について話し合わないかい?」
わざわざ使用人達を下がらせて行う家族会議なのだ。
ずっと怒られるのだけで終わらせるには時間が勿体ないとレオナルドが右手をピシッと上げて提案する。
「………………まあ、良いでしょう」
スイッチがカチッと切り替わるようにメルサの表情が和らぐ。
和らぐといっても家族だけがなんとか判別できる程度の小さな変化ではあるが。
「お母様。例のものは手に入ったのですか?」
わくわくと期待を込めてエマが尋ねる。
「ええ。今回、お米、味噌、醤油、鰹節を持って帰ることができました」
「「「「おおおおーーー!さすが!!」」」」
今夜は炊きたてのお米にお味噌汁が飲めそうだ。
宴だー宴の準備だーと三兄弟とレオナルドがはしゃぐ。
「しかし、このままでは継続的にお米を手に入れるのは難しいでしょう」
喜ぶ家族に釘をさすようにメルサが皇国の問題について説明を始める。
「プラントハザード……ですか?……南大陸では珍しいですね?」
局地的結界ハザードと違い、プラントハザードは南大陸では殆んど起きたことがなかった筈だ。
むぅ……とゲオルグが唸る。
「あら、ゲオルグ。しっかり勉強しているわね?」
意外そうにメルサが笑う。
「も、もちろんですよ!母様」
たまたま王子の話に出てきたばかりだということは伏せておく。
エマの視線が冷たい。
「しかも、オワタですか?お母様。オワタなんて北大陸にしかいないと思っていました」
ウィリアムがこれまで勉強してきた本には南大陸に群生していると記してあるものは見たことがないと不思議そうに尋ねる。
「オワタでした。私がこの目で見たので間違いありません」
かつて、学園で魔物学上級を一番の成績で合格しているメルサが見間違うなんてことはしない。
「種が飛ぶのはいつ頃だい?」
レオナルドは深刻な顔をしている。
オワタは硬く、他の植物魔物のように伐採ができない。
結界の外へ出て、運良く親株が見つかったとしても根も茎も花も種ですら傷をつけることも難しいのだ。
そして、種は数キロ以上の広範囲に飛び散る。
「今、花が咲いていたので夏に飛び始めると思われます。皇国の残りの土地を見てもあと一年が限界かと……」
半年に一度種を飛ばし群生地を拡げるオワタは、スライム同様にまだ倒し方がわからない魔物に分類されている。
「え?皇国の人、大変じゃないですか?移住は進んでいるんですか?」
ゲオルグが両親の深刻な顔に皇国の危機を感じ取り尋ねる。
「「にいさま…………」」
「「げおるぐ…………」」
「え?」
家族が残念そうにゲオルグを見る。
「兄様、この世界は移住は難しいんですよ?」
「あっそうだった……」
この世界、人は魔物のいない結界の中と海に囲まれた島でしか生きのびることはできない。
国民全てを別の国へと移住させるほどの土地や食糧の余裕なんて、どこにもないのだ。
人が増え過ぎれば、国は滅びる。
王国でも教会が王国人の婚姻を許可制にし、人口をコントロールする役割を担っている。
そのため婚外子への差別が酷く、これまでスラムの子供達へ教会からの支援が届いていなくても誰も何も言わなかった。
そんな事情もあり、国家間の協定として国と国民を守るために大人数の移住は禁止されている。
「大金や、貴重な技術、魔石と引き換えに永住権を得ることもできなくはないけれど、多くて100人が限界でしょうね。それに皇国は言葉の問題もあるし、長年鎖国を貫いていた国に手を差しのべるところはないと思うわ」
「我が王国でもな。食糧難なら助けられるが、プラントハザード……それもオワタ群生となると……」
メルサの話を聞いたレオナルドも、頭を悩ませる。
人口もだが、殆んどの国は辺境に現れる魔物の対処で手一杯で他国のハザードまで助けられる余裕はない。
もし、万が一にもオワタの種が皇国から紛れ込み王国で発芽することがあれば、皇国の次に滅びることになる。
対岸の火事と侮ることはできない。
「…………でも、助けないと!」
シン……となった家族の中で唯一エマが声を出す。
王国として、手は出せない。
皇国も諦めている。
解決法などない
わかってはいるが、それでもエマは立ち上がる。
「だって、お米、食べられなくなるじゃない!」
ほら、結局食欲が勝っちゃう。




