ご褒美。
誤字脱字報告に感謝致します。
「コーメイさんっ次は雁行の陣だよ!コレっ斜めのやつ」
「うにゃ!!」
エマが紙に書いた図形を示すと、コーメイがウデムシに一声鳴く。
ザザザザザーーっ!
鶴翼の陣から雁行の陣へウデムシが一瞬で変わる。
「おおおお……凄い!!みんな良い子。可愛い!」
「姉様……よくここまで陣形覚えてましたね」
スチュワート家の広い庭で嬉しそうにはしゃぐエマに、ウィリアムは少々引き気味に笑う。
「鶴翼、魚鱗、雁行、鋒矢、衡軛の陣は何とか思い出したんだけど……あと3つ……」
「いや、普通は全部知らないだろう?」
ゲオルグも少々引き気味に笑う。
「もう、二人とも。目の前の軍勢にときめかないなんて、それでも日本男児なの?何のために漫画三國志全60巻を集めたっていうのよ?ぼーっと読んでんじゃないわよ!」
歴史トークが満足にできないエマが二人に八つ当たりする。
やはり、こういう話は母がいないと弾まない。
「にゃにゃ?」
「え?コーメイさん、陣形考えてくれるの?」
肩を落とすエマをコーメイが慰める。
「うにゃ!」
コーメイがウデムシに一声鳴くと、ウデムシ軍が雁行の陣から一瞬で【く】の字の陣へと変わる。
「にゃーんにゃ!」
「え?曲がったきゅうりの陣?」
「うにゃ!」
得意気にコーメイが頷く。
「あー……そういえば、コーメイさん。きゅうり好きだったよね?」
「にゃん♪」
「でも、何で曲がったきゅうりなの?」
「うにゃにゃ!」
「へぇ、曲がってる方が食べやすいんだ」
「にゃん!」
夏場の水分補給なのか、何故かコーメイはきゅうりを好んで食べていたことを思い出す。
田舎にある実家の周りは畑だらけ。
ご近所さんの畑に迷惑がかからないようにと、母頼子はコーメイのために庭できゅうりを育てなければならないほどだった。
「今年はお庭できゅうり育てようね」
「にゃーん♪♪♪♪」
コーメイが嬉しそうにエマに体を擦り寄せる。
モフデレ最高。
「うにゃ!?」
ウィリアムの近くで顔を洗っていたチョーちゃんがエマの言葉に反応する。
毛足の長い真っ白なしっぽを翻し、エマとコーメイの隣に座るとキリッとした顔で、コーメイのように一声鳴く。
「うにゃん!」
チョーちゃんの声で、ウデムシ軍が曲がったきゅうりの陣から縦一列の陣形に一瞬で変わる。
「にゃーにゃ!」
期待を込めに込めた目でチョーちゃんがエマを見る。
「え???ちゅ○るの陣???」
チョーちゃんが田中家で飼われる頃には港は家を出ていた。
帰る度に土産にちゅ○るを与えていたら、港はハムの人ならぬちゅ○るの人としてチョーちゃんに覚えられてしまっていた。
ちゅ○るは猫にとっての麻薬……。
チョーちゃんの視線が怖い。
「ちゅっちゅ○るは……どうだろう……?できるのかな?」
「にゃーん」
お願ーいとでもいうように、チョーちゃんがコーメイよりも更にモフモフの体をエマに擦り寄せる。モフデレが二倍に……。
「あーー可愛い!チョーちゃんも可愛い!よしよし、今度ヨシュアにお願いしようね」
「にゃーん♪♪♪」
チョーちゃんがゴロゴロと喉を鳴らし、喜んでいる。
このゴロゴロ音……癒し効果がヤバい。
「「うにゃにゃにゃ!」」
チョーちゃんを見たかんちゃんとリューちゃんが、エマ達を挟んで隣に座るとキリッとした顔で、またまた一声鳴く。
「「うにゃにゃん!」」
ちゅ○るの陣から、一斉にウデムシ軍が円を描く。
「にゃーん」
二匹の猫がチョーちゃんとそっくりな期待を込めた目でエマを見る。
「…………………………………………猫缶の……陣…………?……うん。わかった。ヨシュアにこれも頼んどくね」
「「うにゃーん♪♪♪」」
エマに更にかんちゃん、リューちゃんが加わり巨大な猫団子が完成した。
ゲオルグとウィリアムからはもう、猫に埋もれたエマの姿は見えない。
「何?あれ?羨ましい!」
「結局、頑張るのヨシュアじゃ……」
鶴翼の陣、魚鱗の陣、雁行の陣、鋒矢の陣、衡軛の陣、曲がったきゅうりの陣、ちゅ○るの陣、猫缶の陣。
これが後に【スチュワート八陣形】と呼ばれる八つの陣形が完成した瞬間であった。
娘大好き辺境領主と姪狂いの辺境領主代行が、魔物狩りに積極的に取り入れたことで王国に広まり、騎士団の訓練にも取り入れられ、軍略に長けているといわれる帝国にすら怖れられるようになることを今はまだ、誰も知らない。
「お嬢様ーーー!エマ様ーーー!」
遠くからマーサの声が聞こえる。
よっぽどのことがなければ、あそこまで大きな声を出すことのないマーサが走って来ていた。
「姉様、何やったんですか?」
「エマ、正直に言えば庇ってやるから教えろ。先に知っていた方が精神的に楽だ」
猫の塊と化したエマへ向かって二人が早口で訊いてくる。
「えええ?何もしてないって!二人とも酷い!!」
ゴロゴロ四匹の中から、抗議するもゲオルグもウィリアムも聞く耳を持ってくれない。
「よく、考えろ。朝起きて今までで怒られるようなことしなかったか?」
「姉様が大丈夫と思っていることは、世間的にアウトのことが多いんですよ?何をやらかしたのですか?」
「何もしてないって!ね、コーメイさんずっと一緒にいたものね?」
「うにゃ?」
「ほら、コーメイさんも多分大丈夫って言ってる!」
「いや、今のは疑問形だったぞ?」
「姉様、嘘の通訳はいけません!」
「エマ様、エマ様?…………ゲオルグ様、ウィリアム様。こちらにエマ様はいらっしゃいませんか?」
はあはあとマーサが息を切らせて、猫に埋もれているために見えないエマを探す。
「あの猫の塊の中だよマーサ」
「ちょっウィリアム!わざわざ教えなくても……」
「エマ様何をしてるんですか!?王子が、エドワード殿下がお見えになってますよって毛だらけ!!!!!っっっっっっって後ろの虫ぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃ」
猫缶の陣のままのウデムシにマーサが気付き、叫ぶ。
王子とアーサーは、騎士の護衛と共にスチュワート家のあの例の応接間に案内されていた。
どうぞとレオナルド伯爵が薦めるソファーには、手製のカバー(エマシルク)。
王子もアーサーも慎重に腰を下ろす。
護衛の騎士はあの日の外交官同様に、立ったまま後ろに控えている。
「殿下、お待たせして申し訳ございません」
「いや、急に来たのは私だ。気にしないでくれ」
表情に疲れの色が隠せない王子が苦笑する。
ロバートとブライアンを確保し、普段よりも遅い時間に就寝となったものの、エマが心配で殆んど眠れなかった。
朝も早くから公務に就き、数えて30回目のため息を吐いたところで、アーサーにそんなに心配なら様子を見に行こうと誘われたのだった。
騒動の一番の被害者であるエマに、王子自らが話を聞きに行くのはおかしなことではないとアーサーが唆し、逸る心を抑えつつスチュワート家の門を叩いた。
「殿下!どうなさったのですか!?」
バタバタとゲオルグとウィリアムが応接間へと入り、臣下の礼をした後に質問する。
エマの姿はない。
「昨日の騒動の話を聞きたくてな。……エマは大丈夫か?」
エマ……と声に出すだけで震える程に王子は心配で心配で堪らなかった。
大丈夫な訳がない。
繊細なエマに虫を降らせるなど、ロバートの仕打ちは残虐極まりない酷いものなのだ。
「大丈夫ですよ。元気です。全く問題ありません」
「はい。姉様は少々、着替えで遅れていますが直ぐに来ると思いますので心配なさらないで下さい」
王子の心配そうな表情を見て、気まずそうにゲオルグとウィリアムが応える。
エマは朝から張り切って猫とウデムシで遊んでいたし、それゆえに服が毛だらけで王子の前に出るには一旦着替えが必要になっていた。
「……着替え…………」
もともと暗かった王子の顔が更に曇る。
あの顔……ゲオルグもウィリアムも嘘が下手だ。
エマは、昨日の騒動がショックで寝込んでしまっていたのだろう。
寝衣のままでは王子である自分の前に出ることはできないために、着替えさせることになってしまった。
「あまり、無理をさせなくていい。体が辛いようなら寝かせてやってくれ」
「「へ?」」
兄弟が不思議そうに首を傾げる。
まさか、嘘を見破られるとは思ってなかったのかもしれない。
「殿下、お待たせして申し訳ございません」
着替えが終わり、現れたエマは臣下の礼の後ににっこりと王子に笑いかける。
庭から走って屋敷へ戻り、急いで着替えたので、気取られないようにこっそりと息を整えた。
「エマっ体調はどうだ?」
王子が思わず、立ち上がりエマの手を取り支えるように腰に手を置く。
いつも透き通るようなエマの白い肌が、今日は少し赤みが差しているように見えた。
やはり、ショックで熱が出たのかもしれない。
熱を測ろうとエマの額へ手をやる直前で、その手をレオナルドに握られ阻まれる。
「殿下。申し訳ございませんが、うちの娘はおさわり禁止でございます」
にこやかな顔に反し、握られた手はミシミシと骨が軋む音がしそうな程、力が加えられてゆく。
「まあ、お父様。娘をキャバクラのお姉さんみたいな扱いしないで下さい」
ぷくっと頬を膨らませエマが怒る。
おさわりきんし。
この言葉に王子は固まる。
今、自分は何をした?何をしようとした?
エマの細い手を取り、細い腰に手をやり、滑らかな額に手を………………!!!?
ボンっと王子の顔が真っ赤に茹で上がる。
「殿下!?大丈夫ですか?殿下?殿下?」
エマが王子の顔の前で手を振るが反応もなく固まっている。
「ぷはっ」
一連の流れをおとなしく黙って見ていたアーサーが堪えきれずに噴き出した。
「ふふふふっはっはははひっひひひひっひっ……えっエマ嬢っ。殿下はあの騒動のせいで殆んど休んでないんだ!!ふふふっひっわっ悪いんだけど……ちょっと介抱してあげてもらえないかな?はっ話は……私が聞いておくからっ」
お腹を抱え笑いながらもアーサーはちゃっかりと王子をアシストする。
「殿下、お顔が真っ赤ですわ!座りましょう?何か冷たい飲み物を用意しますね?」
エマが王子の手を引き、ソファーに座らせる。
王子も王子でおとなしくそれに従う姿をアーサーは楽しそうに横目に見ながらレオナルドに提案する。
「スチュワート伯爵。殿下は昨夜一睡もしておられないので、ここで少し休ませてはもらえないでしょうか?あまり、騒がしいのも良くありませんから、話は別室でお願いします」
「………………致し方ありません…………ね……」
苦渋の決断と言わんばかりに、レオナルドは使用人に別室の用意を命じる。
王子を介抱するエマを残し、ぞろぞろと部屋の移動を始めるが、ゲオルグだけが父親に止められる。
「お前は、この部屋に残れ。いいな?もし、エマに何かするようなら、王子といえども容赦するなよ。責任は私が取る。わかったな?ゲオルグ」
「……………………はい」
エマ…………お前……応接間に入っただけでこの騒動……。
お父様……。
娘、中身アラフォーだから心配ないと思いますが?
「殿下、少し横になって眠った方がよろしいのでは?あっ私、膝枕しますね?ふふふっ懐かしいですね。去年を思い出します」
「エマぁーーーーーーーーー!どおしてそこでお前は止めを刺しに行くんだよ!?」
これ以上赤くなるはずのなかった王子の顔がもう凄いことになっている。
ゲオルグは頭を抱え、妹を睨む。
「???なんのことですか?お兄様?」
王子の頭を膝にのせ、さらさらの黒髪を撫でながらエマは不思議そうに首を傾げた。
それぞれのご褒美回。




