犯人。
誤字脱字報告に感謝致します。
月明かりがあるとはいえ、真夜中の学園は静まり返り不気味な雰囲気を醸し出している。
「ううあう……ロロロロ、ロバートさまぁ~…………なんであの気持ち悪い虫を回収しないといけないのですか?」
「うるさい!ブライアンっ黙って探すのだっ」
ロバートとブライアンは必死で今日の朝に木の上からエマ・スチュワートへ向けて落とした虫を探していた。
「夜中に屋敷を抜け出したなんてバレたら俺、叱られますよーー」
ブライアンはロバートに虫探しを手伝えと無理やり学園に連れてこられたのだった。
ロバートとブライアンの屋敷は隣接しており、お互いの家同士が昔から親密な関係だったため、両屋敷を繋ぐ抜け道が存在する。
まだ幼かった昔、偉そうにしていなかった頃のロバートは夜にこっそりとブライアンと遊ぶためにこの抜け道を通って来たものだが、最近は悪巧みを持ってくることにしか使われていない。
「ブライアン!早く見つけろ!見つけるまで帰れないのだからな」
不思議なことに、あの気持ち悪い虫が一匹として見つからない。
あんなにいっぱいいたはずなのにだ。
ロバートは焦りの色が隠せない。
父は怒り狂っていたし、手ぶらでは屋敷に入れてもらえないだろう。
最悪の事態になりつつある現状を打開すべく、ブライアンと二人で木の周りの茂みを這いつくばるようにして探す。
草をかき分け、石を動かし、石畳の道まで慎重に少しずつ移動しながら……。
っと、目の前に足が現れた。
ブライアンのやつ、真面目に探せと言ったのに……と憎々しげにその足を見上げれば、その足の持ち主はブライアンではなく、夜の闇に溶け込むような漆黒の髪と瞳の……。
「でっ殿下!!!?」
エドワード王子の姿があった。
「こんな夜中に何をしているんだ?ロバート・ランス」
氷のように冷たい表情で、王子はロバートを呼んだ。
王子の後ろには、アーサー。
アーサーの後ろには数十人の王城の騎士達が控えている。
「なっなぜ、殿下が!?」
木の周りを中心に探していたブライアンが叫ぶ。
「なぜ?こちらが聞きたいな、ブライアン。君たちはどうしてここに来たのだ?朝にあんな騒動があった場所に」
王子のキンキンに冷えきった目が光る。
空から虫が降ってきた。
騒動が落ち着いた後に行った聞き取り調査で、令嬢達が口々に震えながら答えた真相は王子や騎士達が拍子抜けする内容だった。
殺人鬼が出たわけでも、魔物が出たわけでも、爆発が起きたわけでもなく、原因は虫で、被害者の令嬢が語るには、世にも恐ろしい気持ち悪い見た目の虫だったという。
Gを凌ぐほどのおぞましきフォルムをした気持ち悪い虫。
はじめは、拍子抜けした王子と騎士も聞けば聞くだけ、気の毒に思えてくるほどに令嬢の震えは治まらず真っ青の顔で、朝の事件を語るのだった。
そして何よりも、その降ってきた真下にいた最大の被害者が、エマ・スチュワートだと知った時、王子は心配と怒りで我を失いかけた。
神よ。
何故、エマだけがこのような目に遭わねばならないのですか?
儚く、繊細な彼女の心は大丈夫だろうか?
脆く、繊細な彼女の体は大丈夫だろうか?
騎士の話では怪我もなく無事だと、報告は受けている。
でも、誰にも心配をかけまいと無理をしてしまうエマの性格を考えると、直接顔を見るまでは心から安心できないのだ。
この騒動が、故意に行われたのだとするのなら、到底、許すことなどできない。
「ロバートとブライアンを牢へ入れろ」
後ろに整列した騎士へ命じる。
「はっ!?……殿下!!!?」
「なっなんで牢屋に?え?牢屋?」
王子の言葉で、自分達の状況にようやく気付いたロバートとブライアンの顔色が変わる。
逃げる隙など王城の騎士が与えるはずもなく、両脇からがっしりと拘束された二人は牢へと連行される。
「まっ待ってください!!殿下?殿下っどうかっご慈悲を!」
「わっ私はランス公爵家のロバートだぞ!たかが騎士ごときが触れていい身分ではない…………ぞ!おい!アーサー何を突っ立って見てるんだ?おい、助けろ!おい!」
ブライアンとロバートの叫びは虚しく夜の学園に響き渡る。
「殿下。良いのですか?独断で牢へなどと」
ランス家は、貴族の中でも取り分け影響力が高い。
跡継ぎになるロバートを牢へ入れたとなれば黙ってはいないだろう。
「……ランス家と気持ち悪い虫。少々、心当たりがある。もし、ロバートが放った虫がソレなら、罰はロバート一人では足りなくなるだろうな」
いつも一緒にいるアーサーでさえ、ヒヤリと背筋が凍る程の冷たい目で王子が答える。
あの虫が、例の虫ならば。
あの例の虫が、エマの頭上へと放たれたと言うのなら。
怒りを抑えるのでさえ、難しい。
そして、ロバート達がわざわざ捜していたのが、あの例の虫だったとすれば。
あの例の虫が万が一にも失われたとするなら…………。
公爵家の令息といえど、お咎め無しとはいかないだろう。
「父に、陛下に報告へ行く」
犯人は、学園の生徒。
しかし、子供の悪戯で済まされる問題ではなくなってしまっていた。
「コーメイさん、コーメイさん。ちょこっとだけ、寄ってくれるかな?」
「にゃ?」
いつもなら、ベッドの中にいる時間帯なのにエマは机に向かっていた。
大きな紙を机いっぱいに広げて、必死で記憶を絞り出して何やら一生懸命図形を書いている。
「えーと……あと三つが出てこない。八つある筈なんだけど……。んー……これ、誰か知ってるかな?んー……あっちょっ……コーメイさん?もう、ちょこっとだけ、ね?ごめんね?」
「うにゃ?」
エマの書く大きな紙の大半は、コーメイさんの体の下にある。
図形に集中すればするほど、ずずずいっとコーメイさんがその上に体を伸ばして邪魔をするのだ。
「あっちょっと、ほら、毛にインク付いちゃうからね?」
「うにゃ?」
「うんうん、もうちょっとで寝るからね。一緒にベッドで寝ようね。でもあとこの、この四角だけ、書かせて……ね?右の前足……それ、わざと?あっ爪はっ爪はしまって!ちゃんと収納して!無い無いしてね?」
「うにゃ?」
「うん。あと五分だけ。そしたら一緒に寝るからね?」
一度はベッドに入って眠る体勢になったものの、コーメイさん指揮のウデムシの整列を思い出したら、一つ面白い遊びを閃いてしまったのだ。
一緒に寝ると思っていたのに、エマが起き出して夢中で何かを書き出したのが気に入らなかったのか、コーメイは机の上に陣取って動かない。
圧がすごい。
エマはコーメイと地味に攻防を繰り広げながら、思い出せた五つの図形を完成させる。
「あと三つは……諦めよう……」
「うにゃ?」
「うん。終わったよ、完成だよ!コーメイさん、明日はこれで遊ぼうね?」
「にゃ!?」
「コーメイさんも覚えてね。このVの形が鶴翼の陣で、この矢印みたいなのが魚鱗の陣だよ!」
「にゃにゃ?」
「そうそう。明日は、コーメイさんとウデムシと武田軍ごっこしようね!」
「にゃにゃにゃにゃん?」
「そう。武田軍……あれ?これ諸葛孔明考えたんだっけ?あれ?微妙に記憶怪しい……」
「にゃ!!」
「あっはい。そうだよね。寝ようね、どうせあと三つも思い出せないもんね。なんとなく雰囲気合ってれば良いよね」
明日、学園は休みだと連絡が来ているので遊び放題なのだし。
猫様に作業を邪魔される。
だが、悪いのは猫様にあらず。




