小豆あらいと蜘蛛女。
誤字脱字報告に感謝致します。
殆んど1日を馬車移動に費やしオワタの群生を見たあと、暗くなるギリギリまで、エドへと再び馬車で戻るも距離が距離だけに、途中で宿を取ることになった。
宿……と言っても村人はエドへと避難しており、世話人どころか掃除すら行き届いていない建物で一泊することになる。
『申し訳ございません。急なことで寝床を整えることも満足に出来ず……』
フクシマがメルサとオリヴァーに頭を下げる。
『大丈夫です。自分の面倒位は自分でみられますので』
元々、皇国の問題を教えろと言ったのはメルサだ。
想定外の予定にこれだけの人手を出してくれただけでもありがたい。
夕飯も、まさかのナポリタンだったのは驚いたが、皇国の武士達が美味しそうに食べていたのでよっぽど気に入ったのだろう。
ぶつぶつと文句を言い続けるオリヴァーと別れ、割り当てられた部屋で休む。
明日には、王国へ帰らなければならない。
体のためには眠った方が良いのだろうが、眠れそうにない。
メルサがオワタの資料を王国に持ち帰ったとしても、エマに何のアイデアも思いつかなければ皇国はあと一年で滅びる。
皇国人はもう、諦めている。
パニックもなく、ただ受け入れるように淡々と過ごす皇国人にメルサに出来ることは無いだろうか……。
ふと、ナポリタンを頬張る武士の顔が浮かぶ。
そうだ。
レシピを渡そう。
できるだけたくさんのレシピを。
持ってきた支援物資とまだある皇国の食材で出来るレシピを。
料理が得意だった頼子の自慢のレシピを。
カサっ
部屋で一人になったタイミングで、スカートから出てきたヴァイオレットが机の上でメルサを見つめている。
「ヴァイオレット……お手伝い頼めるかしら?」
より多くのレシピを書き残すために、ヴァイオレットはメルサの頭へと登った。
ショキショキショキ。
ショキショキショキ。
あれだけ文句を垂れていたオリヴァーだが長旅の疲れもあり、部屋へ通されると直ぐに布団に突っ伏して眠ってしまった。
しかし、眠りは浅く、深夜に奇妙な音で目を覚ます。
ショキショキショキ。
ショキショキショキ。
近くで聞こえる気がするのに……目をこすり、よくよく目をこらしても何もいない。
ショキショキショキ。
ショキショキショキ。
異国の地。
何が起こるかわからない。
この建物の扉は、木枠に紙を貼っただけの簡素な作りで賊に押し入られでもしては一溜まりもない。
「だっ、だれだ!?」
恐怖に耐えきれず、声を出す。
ショキショキショキ。
ショキショキショキ。
扉の……外にいる?
ショキショキショキ。
ショキショキショキ。
こ、怖っ。
…………メルサ……。
共に皇国へ来た元婚約者の顔が浮かぶ。
男の自分でさえこれ程こわいのだ。
彼女は震えていないだろうか。
泣いて、自分を呼んでいないだろうか。
思いきって、扉を開ける。
「…………誰も……いない?」
ショキショキショキ。
ショキショキショキ。
「ひぃっ」
見えないのに、音だけが……聞こえる。
夢中で、メルサの部屋へ走る。
ここは危険だ。
木枠に紙を貼り付けたメルサの部屋の扉を勢い良く開ける。
「メルサっ無事か!!?…………ぎぃやああああああああ!!!」
そこで、オリヴァーは意識を手放した。
オリヴァーの悲鳴で武士達が駆けつける。
『何事ですか!?』
通訳の女性の部屋の前で外交官の男が倒れていた。
『お騒がせして…………すみません。多分、寝惚けたのでしょう』
メルサが武士へ謝り、オリヴァーの頬をペチペチと叩く。
「オリヴァー、オリヴァー?」
「ん?うーん……ひぃっ」
目を覚ましたオリヴァーは、メルサの顔を見て悲鳴を上げる。
「人の顔を見て悲鳴を上げるなんて失礼な……」
「おっ……お前っメルサ!…………ほっ本物か?」
「何を寝惚けたことを……」
「お前っ頭にっでっかい蜘蛛……」
「…………頭……でも打ちましたか?」
『な、なんと言っているのです?』
尋常じゃない怯えた様子を見せるオリヴァーを見て武士が警戒を強め、メルサに尋ねる。
夜中にノックもなく急にメルサの部屋の障子を開けたオリヴァーに、巨大な蜘蛛を頭に乗せ、一心不乱に目にも止まらぬスピードで頼子自慢のレシピを書きまくっている姿を見られてしまった。
「オリヴァー、女性の部屋へノックも無しに入るなど何を考えているのです?しかも、こんな夜中に」
「わ、私は見たぞ!頭に巨大な蜘蛛を乗せたお前を!?」
「寝惚けるのも大概にして下さい。なぜ?私の部屋に?……まさか!夜這いですか!?」
「ち、違う!!変な音が聞こえたんだ!変なショキショキショキって音が!姿は見えないのにっ音だけが!!そっそれでお前が怯えてないか心配でっ……扉を開けたら、頭にく」
「私が頭に蜘蛛を乗せるわけが無いでしょう?」
「いっいや。見たぞ!確かに見たぞ!」
オリヴァーの焦りように武士が心配そうにメルサに重ねて尋ねる。
『彼は大丈夫ですか?』
『……彼が言うには変な音が聞こえると。ショキショキショキと、姿が見えないのに音がすると』
メルサが通訳すると、武士たちは一斉にぷっと吹き、笑い出した。
『……それは多分……小豆あらいでしょう……無害な妖怪なので大丈夫ですよと彼に教えてあげて下さい』
何をそこまで怯えているのかと武士たちは呆れながら、部屋へと戻ってゆく。
「おい!メルサ!なんて言ったんだ?あの皇国人は!?」
「ショキショキショキって音は小豆あらいって言う無害な妖怪だから大丈夫だって笑ってましたよ」
「妖怪!?なんだそれは?魔物か?魔物なのか?」
「どちらかと言えばゴーストとかの部類だと思いますけど……」
「ゴースト!!!!危ないではないか!?呪われる!この国のエクソシストを呼んでくれ!」
「大丈夫ですって無害だって言ってたじゃないですか。……小豆あらい……懐かしいわね……皇国……妖怪もいるのね……小豆とごうか人とって食おうかショキショキショキだったっけ?」
ふふふと前世を思い出してメルサが口ずさむ。
「ひっ人とって食うやつが大丈夫なわけないだろう!」
メルサの言葉にオリヴァーが震える。
「結局、小豆とぐ方を選ぶから大丈夫なんじゃない?知らないけど。そろそろ部屋に戻って下さる?オリヴァー」
「いや、何でお前が蜘蛛を頭に乗せてい」
「頭に蜘蛛を乗せるわけ無いでしょう!」
オリヴァーを無理やり部屋の外へ出し、ピシャリと障子を閉める。
カサカサと机の影に隠れていたヴァイオレットが現れ、メルサを心配そうに見上げる。
何とか誤魔化せたから大丈夫よとメルサは蜘蛛に笑いかけ、そろそろ寝ましょうかと大量に書いたレシピを集める。
「ふぅ。本当にオリヴァーって間の悪い男」
夜中にノックもなく急に部屋の障子を開けるなんてあり得ない。
強がって偉そうにして、そのくせ怖がりなのは昔から変わらない。
あの時、婚約破棄されていなければ彼と結婚することになっていたと思うとゾッとする。
今となっては、レオナルド以外の男と一緒になるなど想像できない。
結婚してこんなに離れているのは初めてだった。
夫と子供達の顔を思い浮かべながら、訪れる眠気に従って横になる。
みんな、元気にしているかしら。
レオナルドは、しっかり子供達の面倒を見ているかしら……。
ゲオルグは、ちゃんとお勉強しているかしら……。
ウィリアムは、狩人の実技についていけているのかしら……。
エマは……問題起こしてないかしら……。
……。
……。
……。
エマ……問題起こしてないわよね?
エマ……大丈夫よね?
ね?
結局心配で寝れないやつ。




